第百二十六話 日常
「エロ拷問の後の露天風呂は気持ちいいー」
朝の露天風呂で、四人の声が綺麗に重なった。
クロエ、アスラ、ネイラ、ルヴァナの親子四人は、肩まで湯へ浸かっていた。まだ朝の空気は少し冷たく、湯気の向こうには谷底の緑が広がっている。
昨晩は、またクロエとアスラが張り合った。
第五で見つかった、昼には太陽光から電気と魔力を蓄え、夜には葉を閉じて勝手に震え出すトウモロコシ。
クロエは昼間の姿を利用し、芯へ回転軸を加えた。
サイバー電動トウモロコシ。
さらに電流制御まで組み込んだ。
対するアスラは、夜の電動トウモロコシを魔術的に肉触手へ取り込んだ。
電動トウモロコシ肉触手。
当然のように口が開き、舌もある。
しかも産卵機能まで付いていた。
結果として昨晩は、
サイバー電動トウモロコシによる感電エロ拷問。
対。
電動トウモロコシ肉触手による産卵エロ拷問。
という、本人たち以外には勝敗基準すら分からない争いになった。
クロエは湯船の縁へ腕を乗せ、平然と言った。
「電流の強弱、回転数、周期、すべて任意に変更できた。制御性はこちらが上だ」
アスラが鼻で笑う。
「だから何だ。貴様のは動きが素直すぎる。こちらは肉触手だぞ。相手の反応を見ながら自ら動きを変える」
「制御不能を自律性と言い換えるな」
「貴様こそ、何でも数値にすれば優れていると思うな」
「再現できないものは技術として未完成だ」
「エロ拷問に再現性を求めるな」
ネイラは二人の間に座りながら、静かに目を閉じた。
ルヴァナも隣で湯船の縁へ頭を預けている。
聞こえていないわけではない。
ただ、母二人がこうなった時は放っておくのが一番だと、娘二人とも知っていた。
アスラが続ける。
「そもそも貴様の欠点は、産卵がないことだ」
「必要ない」
「必要だ」
「何故だ」
「楽しい」
クロエが少し黙った。
ネイラが目を開ける。
「アスラ母さん、それは技術的な説明じゃないと思う」
「エロ拷問に技術的な説明だけを求めるな、ネイラ」
「さっきクロエ母さんと技術で張り合ってたよね」
ルヴァナが小さく笑った。
「姉ちゃん、ほっとこ。どうせどっちも負けたって言わないから」
「そうね」
クロエが娘たちを見る。
「私は負けていない」
アスラも言う。
「私もだ」
「ほら」
ルヴァナの一言で、ネイラも笑った。
四人はもう一度、肩まで湯へ沈んだ。
昨晩何をしていたかはともかく、朝の露天風呂は気持ちいい。
温かい湯。
冷たい朝の空気。
身体から力が抜けていく。
少しして、誰からともなく声が出た。
「エロ拷問の後の露天風呂は気持ちいいー」
今度も四人揃った。
露天風呂の外では、いつもの谷底の朝が始まっていた。
鶏の木が鳴く。
「コケッ」
少し離れた木も応える。
「コッコッ」
その根元では、地下茎から増えた幼木たちが小さな声を上げている。
「ピヨ」
「ピヨピヨ」
最初に聞いた時は全員が異常事態として集まった。
今では、すっかり朝の音になっていた。
さらに遠くから、地響きが近づいては遠ざかる。
どどどどどどどどっ。
黒が走っている。
その周囲にはキマイラ、鵺、ユニコーン、ペガサス。
巨大な五匹が、朝から谷底を爆走していた。
ペガサスが途中で翼を広げ、少しだけ浮き上がる。
ユニコーンがその下を駆け抜ける。
鵺も器用に追いついていく。
キマイラの三つの頭は、それぞれ勝手なことを叫んでいるらしい。
先頭には黒。
ルヴァナが湯船から遠くを見る。
「今日も走ってる」
ネイラも見る。
「毎朝あれだけ走って疲れないのかしら」
「黒って元軍馬なんでしょ?」
「エヴァさんのね」
「師匠も一緒に走ればいいのに」
ネイラは少し想像した。
「……普通に混ざりそう」
「でしょ?」
別の方向では水車が回っている。
ざあああ、と水が落ち、木の軸が一定の速さで回り続ける。
さらにその向こうからは、水槌ポンプの音。
ばん。
少し間が空く。
ばん。
今日も水が高い場所の貯水槽へ押し上げられている。
そこから円筒分水を通り、畑、薬草区画、予備貯水、大型生物の水場へ流れていく。
鶏の木が鳴く。
幼木が鳴く。
巨大生物が走る。
水車が回る。
水槌ポンプが鳴る。
露天風呂では親二人が昨晩のエロ拷問についてまだ張り合っている。
平和である。
風呂から上がると、四人は館へ戻った。
朝食の頃には、いつもの九人が揃っていた。
卓上には、畑の野菜、卵の実、魚、保存していた肉、穀物、それに先日作った回転肉焼き器で焼いた肉の残りまで並んでいる。
ルヴァナが肉を食べながら聞いた。
「今日、何する?」
リーゼが顔を上げた。
「その質問を朝食の席でするのが普通になってきたな」
「だって朝決めた方が気分で変えられるじゃん」
「作業計画という概念をもう少し持て」
エヴァが肉を噛みながら言った。
「俺は木を取りに行く」
ノアが尋ねる。
「この前見つけた倒木?」
「ああ。乾いてるのが何本かあっただろ。薪にも使えるし、太いところは材木にできそうだ」
「じゃあ僕も行こうかな。切り分けた方が運びやすいし」
ルヴァナがすぐに手を上げた。
「あたしも行く」
「来るか?」
「行く。師匠と木材回収」
リーゼがすぐに言った。
「競争するなよ」
ルヴァナが眉を上げる。
「まだ何も言ってないじゃん」
「貴様とエヴァが同じ作業へ行くと言った時点で警戒している!」
エヴァが笑う。
「信用ねえな」
「実績だ!」
シズクは汁物をよそいながら言った。
「私は畑を見ます。昨日抜いたところにも、また小さな雑草が出ていましたので」
ティセラも頷く。
「私も薬草区画を確認します。育苗区画との境に、見覚えのない芽が三つ出ています」
リーゼが反応した。
「触ったか?」
「まだです」
シズクが答える。
「では、棒を持っていきます」
リーゼは一度頷いた。
「そうしろ」
アスラが笑う。
「大尉まで完全に棒を信頼しているな」
「第五で正式な推奨装備になった時点で諦めた」
「合理的ではある」
「そうなのが困る!」
クロエは朝食を食べながら言った。
「私は工作室へ行く」
リーゼの目が細くなった。
「何をする」
「何故、最初から尋問になる」
「昨晩何を作っていた」
「サイバー電動トウモロコシ」
「だからだ!」
アスラが笑った。
「なら私は魔術工房で、電動トウモロコシ肉触手を――」
「貴様も今日はやめろ!」
ネイラが母二人を見る。
「普通の作業にしたら?」
クロエが尋ねる。
「普通?」
「送風機の二台目。細かい調整が残ってるでしょ」
クロエは少し考えた。
「残っている」
「じゃあ、それを一緒にやろう」
「分かった」
ネイラに言われると、クロエはあっさり了承した。
アスラが娘を見る。
「私は?」
ルヴァナが即答した。
「草むしり」
アスラの顔が微妙になる。
「地味だな」
「昨晩が派手すぎるんだって」
シズクが真面目に言った。
「草は今日も生えていますので」
「分かった。手伝おう」
リーゼは食事をしながら今日の仕事を整理した。
木材の回収。
畑の草むしり。
薬草区画の確認。
水路と貯水槽の点検。
送風機の調整。
工作室の整理。
それから。
シズクが思い出したように言った。
「洗濯もあります」
全員が一瞬黙った。
特にクロエとアスラが黙った。
ルヴァナが二人を見る。
「昨日、めっちゃ増えたよね?」
クロエは視線を逸らした。
アスラも茶を飲む。
ネイラがため息をついた。
「私がバルトリへ入れておくわ」
ルヴァナも手を上げる。
「あたしもやる。木材行く前なら時間あるし」
シズクが微笑む。
「ありがとうございます。洗い終わったら、昨日の送風機も使えますね」
リーゼが頷く。
「食料用とは分けろよ」
「分かっています」
「薬草用ともだ」
「はい」
ルヴァナが笑う。
「大尉、完全に送風機の管理人じゃん」
「誰かが決めなければ混ざるからだ!」
朝食が終わる頃には、今日の仕事は自然に分かれていた。
木を取りに行く。
草を抜く。
薬草を見る。
水路を確認する。
洗濯する。
道具を直す。
昨日まで作っていた設備を、今日は普通に使う。
特別な一日ではない。
谷底では、そうやって生活が続いていた。
食器を片づけたあと、ネイラとルヴァナは洗濯物を抱えて外へ出た。
ルヴァナはそのままバルトリへ向かおうとしたが、地面から伝わってくる重い振動に気づいて足を止めた。
どす。
どす。
どす。
ネイラも振り向く。
「何か来る」
リーゼが館の中から顔を出した。
「黒たちか?」
ルヴァナは近づいてくる影を見て笑った。
「キマイラだ」
木々の間から、四メートル級の巨体が現れた。
獅子の身体。
獅子頭。
山羊頭。
竜頭。
そして、後ろでは蛇の尻尾が忙しそうに揺れている。
朝方まで黒たちと爆走していたキマイラだった。
ただし。
今は何かがおかしい。
獅子頭が、妙に得意そうな顔をしている。
その口には、何かを咥えていた。
獲物を噛み潰すような咥え方ではない。
牙を立てないよう、ずいぶん慎重に運んでいる。
大きなキマイラの口から垂れ下がっているため、まだ遠目には形がよく分からない。
草でもない。
枝でもない。
朝食にする獲物とも違う。
何か柔らかいもの。
布のようなものも見える。
ネイラが目を細めた。
「何か咥えてる」
「ほんとだ」
ルヴァナが洗濯物を抱えたまま立ち止まった。
獅子頭は二人がこちらを見ていることに気づくと、さらに得意そうに胸を張った。
見つけた。
持ってきた。
褒めろ。
顔だけで、それくらいは分かる。
山羊頭はルヴァナを見つけると、ぱっと顔を明るくした。
「ルヴァナっちー!」
「なにー?」
山羊頭は、獅子頭が口に咥えているものを示した。
「なんか拾ったー」
ルヴァナが止まった。
ネイラも止まった。
リーゼも外へ出てきた。
獅子頭は、相変わらず少し得意そうな顔で、正体の分からない何かを慎重に咥えている。
谷底で暮らしていると、嫌でも分かる。
「なんか拾った」
それは、大抵。
何かが始まる言葉だった。
続く




