第百二十三話 電動トウモロコシ
朝食が終わったところで、クロエとティセラが揃ってリーゼの前へ来た。
その組み合わせを見た時点で、リーゼは嫌な予感がした。
クロエだけなら電装関係。
ティセラだけなら植物か魔術。
二人が一緒なら、その両方である。
「報告がある」
クロエが言った。
リーゼは手にしていた茶を置く。
「聞こう」
ティセラが記録板を開いた。
「第五で、新しい植物を確認しました」
リーゼの表情が少しだけ険しくなった。
第五。
正式には第五管理区域。
聖者自己処理池及び周辺生物災害監視区域。
ノアが現在も定期的に利用し、その影響で周辺の植物や動物に異常な反応が生じているため、谷底共同体が公的施設として管理している場所である。
クロエとアスラが初めて立ち入った時には、防護服を着て、風向を確認し、警報器を身につけ、異常を感じたら即座に撤退する訓練まで受けている。
だから。
「第五で新しい植物」
という一言だけで、充分に警戒する理由になった。
リーゼが聞く。
「何をする植物だ」
「発電する」
クロエが答えた。
リーゼはクロエを見る。
「……何を?」
「電気だ」
「それは分かる。何が発電する」
「植物が」
リーゼはティセラを見る。
教授は平然と頷いた。
「太陽光を受け、電気と魔力の双方を蓄積します」
リーゼはしばらく何も言わなかった。
それから。
「第五は、とうとう発電まで始めたのか!」
シズクが振り返った。
「発電?」
ノアも聞いていたらしい。
「太陽の光で?」
クロエが頷く。
「ああ」
ティセラが続ける。
「正確には、光を受けた植物組織内部で何らかの変換が起きています。植物自身の生育にも利用しているようですが、余剰分が電気と魔力の形で蓄えられます」
リーゼが聞く。
「光合成は?」
「しています」
「普通の植物としても育つ?」
「はい」
「そのうえで発電?」
「はい」
リーゼは額を押さえた。
「何故、一つの植物へ機能を詰め込むんだ……」
クロエが言う。
「便利だからいいだろう」
「貴様は性能を見つけると、すぐ利用する側へ回るな!」
「利用できるものを利用して何が悪い」
「第五で見つかったものだぞ!」
ティセラが補足する。
「そのため、第五の管理区域内に試験区画を設けています。区域外へは出していません」
リーゼは少しだけ安心した。
「そこは守っているんだな」
「当然です」
「教授が管理責任者で助かった……いや、研究対象を前にした教授だから、まだ安心できんな」
「失礼ですね」
シズクが尋ねる。
「どのような植物なのです?」
クロエが答えた。
「見れば分かる」
リーゼがすぐ振り向く。
「その言葉は最近ろくな結果にならん!」
◇
見学することになった。
ただし第五である。
普通の畑を見に行くのとは違う。
ティセラの指示で、防護服、長靴、手袋、顔面防護具、濾過具を装着する。
警報用の魔術具も一人ずつ持たされた。
ネイラとルヴァナは第五へ入るのが初めてだったため、ティセラから改めて説明を受けている。
「警報が鳴った場合は?」
ティセラが聞く。
ネイラが答えた。
「即時撤退」
「採取途中でも?」
「捨てて撤退」
「あと少しで観察が終わる場合は?」
「撤退」
ティセラが頷く。
「結構です」
ルヴァナが手を上げた。
「気分悪くなったら?」
「警報が鳴っていなくても申告してください。その時点で撤退します」
「はーい」
「勝手に植物へ触れないでください」
「棒なら?」
シズクが横から、自分の長い棒を見せた。
ティセラが頷く。
「まず私へ確認してください。そのうえで棒を使用します」
ルヴァナがシズクを見る。
「本当に棒が正式装備なんだ」
シズクは少し誇らしそうだった。
「便利ですよ」
リーゼが呟く。
「谷底の科学が今日も棒から始まっている……」
外縁へ着くと、赤い杭の前で全員が止まった。
風向確認。
空気採取。
魔力濃度測定。
周辺の植物活動。
動物の痕跡。
以前の立入訓練と同じ手順を、ティセラは一つも省略しなかった。
クロエが聞く。
「今日の目的地は外縁?」
「外縁と中間域の境界近くです。中央へは行きません」
アスラが少し残念そうな顔をする。
「久しぶりに奥も見たかったのだが」
「見学目的で危険を増やしません」
「相変わらず堅いな」
「管理責任者ですので」
リーゼが強く頷いた。
「今日は教授が正しい」
「いつもです」
「そこまでは言っていない」
安全確認が終わり、一行は第五へ入った。
途中では、以前見た蔓もまだ生きている。
動物の通り道へ向かってゆっくり伸びている。
シズクは棒を両手で持ち直した。
ルヴァナがそれを見る。
「シズクさん、めっちゃ構えてるね」
「以前、棒にすぐ巻きつきましたので」
「怖っ」
「だから触らないでくださいね」
「触らない触らない」
少し進んだところで、ティセラが立ち止まった。
「こちらです」
全員が前を見る。
ルヴァナが最初に言った。
「……トウモロコシじゃん」
リーゼも同じ感想だった。
畑である。
背の高い茎。
そこから伸びる細長い葉。
茎の途中についた太い実。
何本も一定の間隔で並んでいる。
どう見てもトウモロコシ畑だった。
違うところがあるとすれば。
「光っているな」
リーゼが呟く。
普通のトウモロコシなら、実を包む葉は閉じている。
こちらは違った。
実を包むはずの葉が、花弁のように大きく外へ開いている。
しかも緑ではない。
葉の表面全体が、細かな金属を薄く延ばしたような光沢を持っていた。
太陽を受けるたび。
きら。
きらきら。
と反射する。
茎も同じ。
露出している実の粒まで、金属のような光を返している。
ルヴァナが言う。
「なんか、メタリックなトウモロコシ」
ネイラはじっと観察する。
「葉が全部、光の方向へ向いているわ」
ティセラが頷いた。
「日中は外側の葉を最大まで開きます。太陽の位置に合わせて角度も少しずつ変わります」
シズクが見上げる。
「向日葵のようですね」
「挙動としては近いですね。ただし葉の面積を最大限、光へ向けるようです」
クロエは畑の横に設置した器具へ向かった。
そこには簡易的な計測器と配線が組まれている。
「今も出ている」
リーゼが覗き込む。
針が動いていた。
「本当に電気なのか」
「ああ」
クロエが一本から伸ばした導線を示す。
植物そのものを切り開いたわけではない。
表皮の一部へ、接点のような器具を固定してある。
「この状態で継続して電位差が出る」
「植物を傷つけずに?」
「今のところは」
ティセラも別の器具を見る。
「魔力蓄積量も上昇しています」
アスラが近づいた。
「電気と魔力を同時に?」
「はい」
「面白いな」
アスラが手をかざす。
すぐにティセラが止めた。
「直接触れないでください」
「測るだけだ」
「こちらの器具で測ります」
「私の方が早いぞ」
「第五では、早さより手順を優先してください」
アスラは少し不満そうだったが、手を引いた。
リーゼが笑う。
「新兵だな」
アスラが睨んだ。
「貴様、以前自分が言われたことを根に持っているだろう」
「非常に気分がいい」
ティセラは二人を無視して説明を続ける。
「現在、十二株を試験的に管理しています」
リーゼが周囲を見る。
確かにまとまっている。
「試験的な発電施設というわけか」
クロエが頷く。
「そうなる」
リーゼは目の前を見る。
トウモロコシ畑。
その横には計測器。
配線。
魔力測定具。
「……どう見ても畑なんだが」
「植物だからな」
「しかし役目は発電所」
「そうだ」
「畑なのか発電所なのか、どちらかにしろ!」
ネイラが言った。
「発電畑でいいのでは?」
リーゼが止まる。
「……それで済ませると負けた気がする」
◇
シズクが棒を一本取り出した。
「触れてみても?」
ティセラは警報値を確認する。
「葉の端だけなら。直接は触れないでください」
「はい」
シズクは長い棒で。
つん。
葉を軽く突いた。
かつん。
植物とは思えない硬い音がした。
ルヴァナが目を丸くする。
「硬っ」
シズクも少し驚いた。
「葉ですよね?」
「植物組織です」
ティセラが答える。
「ただし表層に金属に近い成分を集積しています」
ネイラが興味深そうに見る。
「導電経路として使っている?」
クロエが頷いた。
「その可能性が高い」
「じゃあ、葉そのものが集光板と導線を兼ねているの?」
「今の仮説では」
リーゼが二人を見る。
「娘まで完全に工作側へ行ったな」
ネイラが聞く。
「リーゼ大尉は興味ありません?」
「あるに決まっている!」
リーゼは金属光沢の葉を見る。
「水車も水槌ポンプも設置場所を選ぶ。これが本当に日光だけで発電し、しかも内部へ蓄電するなら価値は大きい」
クロエが少し笑った。
「やっと認めたか」
「安全性を確認してからだ!」
ルヴァナが実を棒で軽くつついた。
かつ。
こちらも硬い。
「これ食べられるの?」
ティセラが即答する。
「まだ食用試験はしていません」
エヴァが言った。
「焼けば?」
リーゼが振り返る。
「焼くな!」
「トウモロコシだろ?」
「発電設備だ!」
「でも植物だろ?」
「だから困っているんだ!」
ノアが苦笑する。
「食べる方は、もう少し調べてからにしよう」
エヴァは残念そうだった。
◇
昼の間。
植物はほとんど動かなかった。
正確には。
ゆっくりと太陽を追っていた。
葉の角度。
実を囲む外葉。
茎そのもの。
どれもごくわずかに動き、できるだけ広い面積へ陽光を受けている。
電気は少しずつ蓄積する。
魔力も増える。
ティセラが一株ごとの数値を記録する。
クロエは取り出せる電流を測る。
ネイラも横で構造を観察している。
リーゼは最初こそ警戒していたが、次第に技術者の顔になっていた。
「個体差があるな」
クロエが答える。
「ある」
「大きい株が必ず出力も高いわけではない?」
「今のところは」
「葉の向きか?」
「表面組織の密度かもしれない」
ティセラが加える。
「魔力蓄積量との相関も調べる必要があります」
リーゼが記録を見る。
「これが安定して増やせるなら、館の近くへ持ち出したいところだが」
ティセラが即答する。
「まだ駄目です」
「分かっている」
「第五の外へ出すには、繁殖方法、周辺生物への影響、夜間挙動、枯死後の挙動まで確認します」
「そこまで必要だな」
ルヴァナが言った。
「枯れた後まで?」
リーゼが頷く。
「発電している植物だぞ。枯れた途端に溜めた電気を全部吐き出したら危険だろう」
「なるほど」
クロエも言う。
「焼いた時に放電する可能性もある」
エヴァが聞いた。
「じゃあ焼くのはまだ駄目か」
「まだ諦めていなかったのか!」
◇
夕方になった。
ティセラは全員へ帰還を指示しなかった。
代わりに。
「もう少し見ていきましょう」
リーゼが教授を見る。
「夜に何かあるのか」
「あります」
「先に言え」
「見た方が早いです」
リーゼの眉間に皺が寄った。
「その言葉は本当に嫌いになってきたぞ」
太陽が落ちていく。
第五の試験区画へ届く光が弱くなる。
すると。
開いていた葉が動き始めた。
一枚。
また一枚。
昼間は太陽へ向かって大きく広がっていた外葉が、中央の実へ向かって閉じていく。
ルヴァナが指差した。
「閉じてる」
ネイラも観察する。
「日射量に反応しているのね」
ティセラが頷く。
「一定以下になると閉鎖を始めます」
シズクが言う。
「眠るようですね」
「その可能性もありますが、蓄積したエネルギーを保持するための形態変化とも考えられます」
やがて外葉は完全に閉じた。
昼間は大きく広がっていた金属光沢の葉が。
今は実の周囲へぴったり沿っている。
細長い。
丸い先端。
滑らかな金属光沢。
ルヴァナがじっと見た。
ネイラも見る。
リーゼも。
何となく。
誰も感想を言わなかった。
夜になった。
第五へ持ち込んだ灯りの中で、閉じた植物が並んでいる。
リーゼが聞く。
「これで終わりか?」
クロエが答える。
「まだだ」
「まだあるのか」
「少し待て」
しばらくした。
ゔぅ゙ぅ゙ゔぅ゙ぅ゙。
リーゼの顔が止まった。
「……何だ、今の音は」
ルヴァナも周囲を見る。
「今なんか震えなかった?」
もう一度。
ゔぅ゙ぅ゙ゔぅ゙ぅ゙。
目の前の一本が震えていた。
閉じた外葉全体が細かく振動している。
さらに。
表面へ透明な液体が滲んできた。
ぬらり。
ゆっくり外側を伝う。
シズクが棒を握り直した。
「粘液が出ています」
ティセラは記録する。
「はい。夜間になると確認されます」
リーゼが聞く。
「何のための粘液だ」
「まだ分かりません」
「振動は?」
「こちらも不明です」
クロエが計測器を見る。
「振動中も電気は保持している」
ティセラも別の値を確認する。
「魔力も大きくは減っていません」
次の一本が。
ゔぅ゙ぅ゙ゔぅ゙ぅ゙。
震え始めた。
その隣も。
ゔぅ゙ぅ゙ゔぅ゙ぅ゙。
さらに。
ゔぅ゙ぅ゙ゔぅ゙ぅ゙。
金属光沢。
細長い形。
表面を伝う粘液。
規則的な振動。
ルヴァナが黙った。
ネイラも黙った。
リーゼは何も言わない。
シズクだけが、皆の反応を見て首を傾げる。
「どうされたのです?」
ルヴァナが口を開いた。
「これさ」
リーゼがすぐ振り向く。
「言うな」
「まだ何も言ってないよ」
「分かる!」
「でも絶対みんな思ってるって」
「思っていても口に出さなければいい!」
エヴァが大笑いした。
「電動ディルドだな!」
リーゼが叫んだ。
「言ったああああっ!」
ルヴァナも笑い出す。
「やっぱそう見えるよね!」
ネイラは額へ手を当てていた。
「否定はできないわ」
アスラは震えている植物を眺める。
「見た目だけなら、確かにな」
「貴様まで冷静に認めるな!」
シズクが尋ねる。
「電動ディルドとは何です?」
リーゼが止まった。
「知らなくていい!」
ルヴァナが説明しようとする。
「えっとね――」
「ルヴァナも説明するな!」
シズクはますます気になったようだった。
「ですが、皆さん同じものを想像しているようですし」
「この場では必要のない知識だ!」
クロエだけは、相変わらず計測器を見ていた。
「形はどうでもいい」
リーゼがクロエを見る。
「貴様は本当に何も思わないのか」
「発電できればいい」
「強いな」
「それより、この粘液だ」
ティセラも採取器具を取り出した。
「私も気になっています」
リーゼは二人を見る。
「見た目の問題を完全に無視して研究へ戻るな!」
クロエは粘液へ器具を近づける。
直接触れず、先端だけで採取する。
「導電性がある可能性が高い」
ティセラが別の試料容器を用意する。
「魔力伝導性も確認しましょう」
アスラが言う。
「つまり、自分で発電して、自分で魔力を溜めて、夜は震えながら導電性の粘液まで出す?」
「現状では」
リーゼが頭を抱えた。
「何故、その性能をその見た目へまとめた!」
ルヴァナが笑う。
「第五だからじゃない?」
リーゼが止まった。
それ以上に強い説明が思いつかなかった。
第五である。
植物が動物を追う。
蔓が勝手に移動する。
繁殖対象の認識までおかしくなっている。
その場所で生えた植物が。
昼は太陽へ葉を広げて電気と魔力を溜め。
夜になると葉を閉じ。
粘液を垂らしながら。
ゔぅ゙ぅ゙ゔぅ゙ぅ゙。
と震える。
リーゼは遠い目をした。
「……第五だったな」
ティセラが頷く。
「第五です」
「なら、もう少しおかしくても驚くべきではなかったか」
「慣れすぎるのも危険ですよ」
「教授に言われたくない!」
◇
夜間観察を終えると、全員は来た道を戻った。
もちろん第五なので、出たところですぐ防護具を脱ぐわけではない。
準備していた水で洗浄。
長靴。
手袋。
防護服。
顔面防護具。
使用した棒。
採取器具。
最後に付着物を確認し、問題がないことを確かめてから装備を外す。
ルヴァナが防護服を脱ぎながら言った。
「でも、あれ普通に便利じゃない?」
リーゼも認める。
「安全ならな」
クロエが答える。
「出力はまだ小さい。だが株数を増やせるなら使い道はある」
「水力と競合させる必要はない」
リーゼも続ける。
「水車を置けない場所や、独立した設備の補助電源には向くかもしれん」
ネイラが言う。
「魔力も取れるなら、アバター設備にも?」
アスラが反応した。
「そこは面白いな」
ティセラがすぐ止める。
「まだ第五の外へ出しません」
全員が教授を見る。
「安全性を確認するまで試験区画限定です。繁殖方法も分かっていません」
リーゼが頷いた。
「それが正しい」
ルヴァナが笑う。
「でも増やすなら、あの畑もっとすごいことになるよね」
リーゼは嫌な予感がした。
「何がだ」
「百本くらい並んで、夜に全部一斉に」
ルヴァナが両手を小刻みに震わせる。
「ゔぅ゙ぅ゙ゔぅ゙ぅ゙って」
リーゼの顔が引きつった。
「想像させるな!」
エヴァが大笑いする。
「見物だな!」
「観光施設ではない!」
クロエは淡々と言った。
「百株あれば出力も百倍に近づく」
「貴様はそこで現実的な計算を始めるな!」
ティセラまで記録板を見る。
「単純比例するかは試験が必要ですね」
「教授も!」
その日の第五管理記録には、新しい項目が追加された。
昼間の発電量。
魔力蓄積量。
日射量。
葉の開閉時刻。
夜間振動の開始時刻。
粘液量。
そして、区域外への持ち出し禁止。
ティセラは最後まで真面目に記録した。
リーゼも内容そのものには異論がなかった。
問題は。
翌朝。
クロエが試験区画の図面へ、
『光電・魔力複合試験区』
と書き込んでいる横で、ルヴァナが小さく、
『電動トウモロコシ畑』
と書き足していたことである。
リーゼは見つけた瞬間、紙を指差した。
「消せ!」
「分かりやすいじゃん」
「分かりやすすぎる!」
ティセラが二つの名称を見比べる。
「正式な記録にはクロエの名称を使用します」
「当然だ!」
「ただ、現場で識別するにはルヴァナの名称も――」
「教授!」
第五にはまた一つ。
利用価値は高そうなのに。
どうしても見た目と挙動へ余計な問題を抱えた植物が増えた。




