第百二十二話 幼木
朝食に使う卵の実が少なくなってきたので、ネイラとルヴァナは鶏の木の林へ向かっていた。
今回は二人だけではない。
その横を、巨大なキマイラが歩いている。
四メートル級の巨体である。
獅子の身体に、獅子、山羊、竜の三つの頭。さらに後ろには、独立して動く蛇の尻尾。
キマイラも卵の実を採りに来た。
ただし、自分で食べるためではない。
黒へ弁当を作るためだった。
鶏の木へ続く道は、もともと人間用の小道だった。
シズクやリーゼなら普通に歩ける。エヴァでも枝を避ければ通れる程度には幅がある。
ネイラとルヴァナにとっても、何度か通った見慣れた道だった。
しかし、キマイラには狭すぎた。
本人は普通に歩いているだけだった。
それだけで。
ざざざざざっ、と左右の下草が薙ぎ倒される。
巨大な前脚が草を踏み潰し、獅子の胴が灌木へ触れれば、そのまま横へ押し倒す。
肩へ細い若木が当たった。
キマイラは止まらない。
みしみしみし。
ばきっ。
若木が倒れた。
山羊頭の角には、別の枝が引っ掛かった。
「んー? 何これ、邪魔じゃん」
軽く首を振る。
ばきばきっ。
枝が何本もまとめて折れた。
竜頭の前にも枝が垂れてきた。
「ちょっとー。顔に当たるんだけど。せっかく黒にお弁当作る材料取りに来てんのに、傷とかついたら最悪じゃん」
獅子頭が呆れたように言う。
「弁当の材料を取りに来てるだけだろ。黒はここにはいないぞ」
「分かってるし。作ったら持ってくんだから、その時かわいい方がいいじゃん」
「そこまでは分かる」
「いっぱい食べてもらって、元気になってもらって、その後は――」
「そこから先は言わなくていい!」
竜頭はけらけら笑った。
「何よー。隠す方が変じゃん。ウチ、黒好きだし」
「欲望を全部口から出すな!」
後ろでは蛇の尻尾が左右へ揺れていた。
ばさっ。
ばさばさっ。
蛇頭が通るだけでも、残っていた草や細い枝が倒れていく。
「お兄ちゃん、喜んでくれるかなあ。妹がお弁当作ってきたよって言ったら、いっぱい褒めてくれるかなあ」
山羊頭が笑う。
「もう黒の妹になってんじゃん」
蛇頭は甘えるように身体をくねらせた。
「気持ちは妹だもん」
「絶対、妹のままで終わる気ないでしょ」
「えー? 妹がお兄ちゃんを誘惑しちゃ駄目なの?」
ルヴァナが吹き出した。
「駄目とか以前に、黒はお兄ちゃんじゃないから!」
「お兄ちゃんって呼んだ方がかわいいじゃん」
「そこからなんだ」
「お兄ちゃん、大きくて強くてかっこいいし。甘えたら何でもしてくれそうだし」
獅子頭が振り返る。
「黒はそんなに甘くないだろ」
蛇頭は嬉しそうだった。
「そこを誘惑するのが楽しいんじゃん」
竜頭がすぐ割り込む。
「ウチは誘惑とか遠回りなのいらないけど。普通に黒に――」
「お前は黙ってろ!」
獅子頭が怒鳴った。
ルヴァナは腹を抱えて笑っている。
ネイラは少し後ろから四つの人格を眺めながら言った。
「同じ身体なのに、黒への近づき方が全員違うのね」
山羊頭が答える。
「恋バナなんてそんなもんじゃん?」
「三つの頭と尻尾で恋バナする人は、あまりいないと思うけど」
「細かいこと気にしない気にしない」
そんな話をしている間にも、キマイラは進み続ける。
ざざざざっ。
みしっ。
ばきっ。
ばさばさっ。
鶏の木への小道が、キマイラの身体が通れる幅へ強制的に広げられていく。
しばらくして、ルヴァナが何気なく後ろを振り返った。
そして止まった。
「……ねえ」
獅子頭が振り向く。
「何?」
「道、めちゃくちゃ広くなってるよ」
全員が後ろを見る。
来た時には、人が二人並ぶかどうかという小道だった。
今は違う。
左右の草木が薙ぎ倒され、若木まで何本か折れている。
中央の土には、巨大な四肢の跡が並び、踏み固められ始めていた。
ネイラも確認する。
「帰りにもう一度通れば、かなりしっかりした道になりそうね」
山羊頭が笑った。
「じゃ、ウチが歩くだけで道路工事してんじゃん」
「勝手に鶏の木への道を拡張してるだけだよ!」
「でも帰り楽っしょ?」
ルヴァナは広がった道を見る。
「……それは楽」
「ほら」
「認めたくないけど!」
山羊頭が得意そうに言う。
「公共事業じゃん」
ルヴァナがすぐに言った。
「それ、リーゼ大尉の前で絶対言わないでね」
「なんで?」
「絶対叫ぶから」
ネイラも頷く。
「昨日までの小道が一日で大型生物用の道になれば、地図を書き直すでしょうね」
キマイラ本人には、森を壊しているという感覚はほとんどない。
黒へ会いに行く道を作っているわけでもない。
ただ、弁当の材料にする卵の実を採りに、鶏の木へ向かっているだけだった。
四メートル級のキマイラが歩くには、人間用の道が狭すぎる。
その結果として、森の方が退いていく。
それだけだった。
話題は、すぐ弁当へ戻った。
山羊頭が聞く。
「ルヴァナも誰かに作ったりすんの?」
「するよ。母さんたちに」
「二人とも?」
「クロエ母さんとアスラ母さん。姉ちゃんも作るよね?」
ネイラが頷いた。
「ええ。こちらの材料で、向こうで作っていたものをどこまで再現できるか試してみたいわ」
「じゃ、一緒に作ろ」
「いいわよ」
山羊頭が笑う。
「家族仲よすぎじゃん」
「普通だって」
獅子頭が少し顔を逸らす。
「別に、ウチだって黒のためだけに作るわけじゃないけど」
ルヴァナの目が細くなる。
「はい、出た」
「何よ」
「ツンデレ」
「違うし!」
山羊頭が笑う。
「いや、それ完全にそうじゃん」
「うるさい!」
蛇頭が横から言う。
「私はお兄ちゃんのためだけに作るよぉ」
竜頭も続く。
「ウチも黒のためなら何でも作る。いっぱい食わせて――」
「その後を言うな!」
ルヴァナの笑い声が林へ響いた。
そうして歩いているうちに、鶏の木の林が見えてきた。
風が吹く。
「コケッ」
少し離れた木からも。
「コケ、コケッ」
キマイラが足を止める。
三つの頭が別々の方向を見る。
蛇頭まで周囲を見回した。
獅子頭が言う。
「鶏いる?」
ルヴァナが木を指差した。
「あれ」
「木じゃん」
「木が鳴いてる」
「は?」
風が吹く。
「コケッ」
三つの頭と蛇頭が、一斉に同じ木を見る。
別の木から。
「コケコケッ」
山羊頭が笑った。
「何これ、めっちゃウケる」
竜頭は枝から下がる白い実を見る。
「これが卵?」
「そう」
「普通に卵じゃん」
「木の実だよ」
「意味分かんないけど便利じゃん。いっぱい採って黒に食わせよ」
蛇頭が枝の卵を見上げる。
「お兄ちゃんの卵……」
獅子頭が即座に振り返った。
「その言い方やめろ!」
ルヴァナがまた吹き出す。
ネイラは木を見上げながら言った。
「谷底では、普通の言葉でも妙な意味に聞こえることがあるわね」
獅子頭が周囲を見る。
「谷底って、たまに意味わかんないよね」
ネイラが答える。
「たまに?」
「……結構?」
「そちらの方が正確ね」
ルヴァナが卵の実を採ろうと親木へ近づく。
そこで止まった。
「ん?」
大きな鶏の木の周囲に、以前にはなかった小さな木が生えていた。
一本ではない。
あちらにも。
こちらにも。
高さはルヴァナの膝から腰ほど。親木によく似た葉を持つが、枝は細く、幹もまだ頼りない。
風が吹いた。
「ピヨ」
ルヴァナが止まる。
ネイラも止まる。
キマイラまで止まった。
別の幼木から。
「ピヨピヨ」
さらに。
「ピヨ」
「ピヨピヨ、ピヨ」
ルヴァナがゆっくりネイラを見る。
「……ひよこ?」
「木だけど」
「鳴き声、完全にひよこじゃん」
風。
「ピヨピヨ」
山羊頭が言った。
「かわい」
蛇頭も幼木へ顔を近づける。
「ちっちゃーい。お兄ちゃんにも見せてあげたい」
獅子頭が親木を見る。
「これの子供?」
ネイラはしゃがみ込み、幼木の根元を見る。
「おそらく」
ルヴァナも隣へしゃがんだ。
「木の赤ちゃんがひよこってこと?」
「成長したら、あちらと同じように鳴くのでしょうね」
目の前の幼木から。
「ピヨ」
ルヴァナが笑った。
「かわいい」
山羊頭も嬉しそうに言う。
「一本持って帰らない?」
ネイラが即座に答えた。
「やめておきましょう」
「なんで?」
「教授に確認する前に、勝手に持ち帰る方が怖いわ」
「それはある」
目的の卵の実を採っている間も、周囲では幼木が鳴いていた。
「ピヨピヨ」
「ピヨ」
「ピヨピヨ」
その上では親木が、
「コケッ」
「コケコケ」
と鳴いている。
音だけ聞けば、完全に鶏小屋だった。
鶏は一羽もいなかった。
帰り道は、行きより遥かに歩きやすかった。
理由は単純である。
キマイラが行きにかなり薙ぎ払ったからだ。
そして帰りには、さらに広がった。
行きには片側へ傾いただけだった若木が、反対方向から巨大な胴へ押されて完全に倒れる。
まだ残っていた灌木も脚で踏まれる。
蛇の尻尾が草を薙ぐ。
巨大な四肢が、行きに踏んだ地面をさらに押し固める。
ルヴァナが後ろを見る。
「……もう完全に道じゃん」
ネイラも振り返る。
「大型生物が通れる道になったわね」
山羊頭が得意そうに言った。
「ほら、公共事業」
「だからリーゼ大尉の前で言わないでって!」
館へ戻る頃には、鶏の木へ続いていた小道は、完全に別物になっていた。
館へ戻った後も、ルヴァナとキマイラのギャルトークは続いた。
キマイラは巨大なので共同調理場には入れない。ルヴァナが採ってきた卵の実や、使えそうな食材をバルコニー前へ運び出した。
「で、黒のお弁当、何入れる?」
山羊頭が答える。
「肉」
竜頭も即答する。
「肉。いっぱい。黒にはたっぷり食べさせないと。食べた後に――」
「次」
獅子頭が強制的に話を切った。
蛇頭が言う。
「卵も入れようよぉ。お兄ちゃんに、はい、あーんってしたい」
ルヴァナが笑う。
「それ、お弁当作りたいんじゃなくて、あーんしたいだけじゃない?」
「両方だよぉ」
「野菜は?」
獅子頭が少し考える。
「入れた方がいいだろ」
「黒、食べるかな」
「たぶん食う」
「嫌いなものある?」
キマイラの三つの頭と蛇頭が揃って考え込んだ。
誰も答えなかった。
ルヴァナが言う。
「何でも食べるんじゃん」
山羊頭が笑う。
「じゃ、いっぱい詰めればよくね?」
「問題は箱だよね」
「樽?」
「それもう弁当箱じゃないって!」
二人の笑い声がバルコニー前から聞こえている。
少し離れたところでは、ネイラがリーゼへ報告していた。
「鶏の木の周囲に幼木が増えています」
帳面を見ていたリーゼが顔を上げる。
「幼木?」
「はい。確認できただけで十本以上です。もっと小さいものもありました」
リーゼの手が止まった。
「十本以上?」
「はい」
「以前は?」
「少なくとも、私が前に見た時にはありませんでした」
リーゼは遠くを見る。
鶏の木の林がある方向。
そして。
その方向へ伸びている。
昨日まではなかった、妙に幅の広い道。
リーゼの眉が寄った。
「……ところで」
「はい」
「あの道は何だ」
ネイラも見る。
「ああ」
「ああ、ではない」
「キマイラが鶏の木まで歩きました」
リーゼが止まる。
「歩いた?」
「はい」
「それだけ?」
「はい」
「道を作ろうとしたわけではない?」
「卵の実を採りに行っただけです」
リーゼはもう一度道を見る。
幅がある。
草は倒れている。
若木も折れている。
中央は明らかに踏み固められていた。
「……四メートル級だったな」
「はい」
「普通に歩くだけで?」
「森が薙ぎ払われました」
リーゼはしばらく遠くを見た。
かなり長く。
向こうからは、ルヴァナとキマイラの笑い声が聞こえてくる。
「リーゼ大尉?」
ネイラが呼ぶ。
リーゼはようやく言った。
「戻す意味はないな」
「私もそう思います」
「卵の実を大量に運ぶ時にも使える」
「はい」
「今後、黒たちが通る可能性もある」
「ありますね」
「……地図を直す」
「お願いします」
リーゼは帳面へ書き込んだ。
『鶏の木方面・大型生物通行可能』
そこまで書いて、一度止まる。
「何故、卵を取りに行っただけで道路が一本増えるんだ……」
ネイラは答えなかった。
ティセラが幼木を確認したのは、その日の午後だった。
教授は親木の根元を掘り、そこから少し離れた幼木まで土を慎重に開いていった。
さらに一本。
その隣。
別の幼木。
夕方、館へ戻ったティセラは記録板を持ってリーゼの前へ立った。
「地下茎です」
リーゼが嫌そうな顔をした。
「種ではないのか」
「種子でも増える可能性はあります。ただし今回確認した幼木は、親木と地下でつながっていました」
「つまり」
「親木から地下へ茎を伸ばし、少し離れた場所で新しい株を出しています」
リーゼは目を閉じる。
「勝手に増える」
「はい」
「谷底の成長速度で」
「はい」
「放置すれば?」
「林が拡大しますね」
リーゼは鶏の木の方向を見る。
昨日までなかった幼木。
昨日までなかった大型生物が通れる道。
また遠い目になる。
「成長速度は?」
ティセラは眼鏡を直した。
「かなり速いですね。前回確認時には存在しなかった株が、すでにあの大きさです」
「間伐は?」
「早々に必要でしょう」
リーゼは長く息を吐いた。
「……明日やる」
翌朝。
リーゼ、シズク、ティセラ、ノア、ネイラ、ルヴァナ、エヴァが鶏の木の林へ向かった。
キマイラが広げた道のおかげで、非常に歩きやすかった。
リーゼは歩きながら何度か周囲を見る。
「便利なのが腹立たしい」
ルヴァナが笑う。
「キマイラ、公共事業だって言ってたよ」
リーゼが止まった。
「誰が言った」
「あ」
「本人か!」
「言わないでって言ったんだけど!」
「帰ったら話をする!」
「絶対怒ると思った!」
今日の目的は卵ではない。
間伐だった。
鶏の木の周囲では、幼木が風に揺れている。
「ピヨ」
「ピヨピヨ」
「ピヨ」
ルヴァナの顔が曇る。
「……これ、切るの?」
リーゼが答える。
「全部ではない。密集しているものだけだ」
「でもさ」
風。
「ピヨピヨ」
シズクも困った顔をした。
「木ですよね」
ティセラが答える。
「植物です」
「分かっています」
ノアは斧を持ったまま幼木を見る。
「普通の間伐より、かなりやりにくいなあ」
リーゼが言った。
「放っておけば増えすぎる。親木と競合する。他の植物も圧迫する。必要な作業だ」
理屈は正しい。
誰も反論できない。
だから余計につらい。
エヴァが斧を受け取った。
「俺がやる」
ルヴァナが見る。
「師匠、平気?」
「木だぞ」
「ピヨピヨ言うけど」
エヴァは幼木を見る。
風が吹く。
「ピヨ」
わずかに沈黙した。
「……木だ」
「今、ちょっと嫌だったでしょ」
「木だ!」
エヴァは一本目の前へ立った。
細い。
普通の木なら、一撃か二撃で切れる。
斧を振り上げる。
ざくっ。
「ピッ!?」
全員が止まった。
エヴァまで止まる。
切り口から樹液が滲み、風が傷口と枝の空洞を抜けた。
「ピヨッ、ピヨピヨッ!」
ルヴァナが叫ぶ。
「師匠!」
「俺を見るな!」
リーゼが額を押さえた。
「風だ! 枝や幹の空洞へ風が通って鳴っているだけだ!」
ティセラも補足する。
「神経系や疼痛反応は確認されていません」
ルヴァナが聞く。
「本当に?」
「植物ですから」
そこで風が吹いた。
切りかけの幼木から。
「ピヨォォ……」
妙に弱々しい声が漏れた。
全員が黙る。
ティセラが眼鏡を直した。
「……構造上の偶然です」
リーゼが教授を見る。
「今、教授も嫌だっただろう!」
「予想以上にそれらしい音でしたので」
「そこは認めるな!」
エヴァが斧を握り直した。
「一気にやるぞ」
二撃目。
ざくっ。
幼木が大きく傾く。
そして。
「ピヨオオオオオオッ!」
ルヴァナが両手で顔を覆った。
「やだこれ!」
シズクも目を逸らした。
ノアまで苦い顔をしている。
どさっ。
幼木が倒れる。
最後に。
「……ピ」
それきり静かになった。
誰も喋らなかった。
しばらくして、リーゼが言う。
「……次」
誰も動かない。
「次だ」
シズクが小さく言った。
「リーゼ」
「何だ」
「後味が悪いです」
「小官も同じだ!」
それでも必要だった。
一本。
ざくっ。
「ピヨッ!」
もう一本。
「ピヨピヨッ!」
さらに一本。
「ピィィィィ!」
斧が入るたびに、全員の顔が曇った。
普通なら、ただの間伐だった。
増えすぎる木を減らす。
残す木へ光を入れる。
地下での競合を減らす。
林を維持する。
必要な仕事である。
ただし、切るたびに、ひよこが絶命するような声が響く。
「ピヨオオオオッ!」
どさっ。
ルヴァナがしゃがみ込んだ。
「もうやだ……」
ネイラが隣へ来る。
「あと少しよ」
「姉ちゃん、よく平気だね」
「平気ではないわ」
ネイラも倒れた幼木を見る。
「でも、増えすぎる方が困るでしょう」
「分かってるけど……」
リーゼも斧を地面へ立てた。
「次からは、もっと小さいうちに抜く」
皆が見る。
ルヴァナが顔を上げた。
「鳴く前?」
「そうだ」
ティセラが頷く。
「発音に必要な空洞構造が形成される前なら、この問題は避けられると思います」
「そうしろ!」
シズクも強く頷いた。
「ぜひ」
ノアも頷く。
「その方がいいね」
エヴァも斧を見る。
「俺もそれがいい」
ルヴァナがすぐ言った。
「師匠も嫌だったんじゃん」
「うるせえ」
「絶対嫌だったじゃん」
「木だ!」
「めっちゃピヨピヨ言ってたよ」
「木だと言ってるだろ!」
間伐された幼木は、もう鳴かなかった。
その向こうでは、残された幼木が風に揺れている。
「ピヨピヨ」
「ピヨ」
さらに奥では親木が、
「コケッ」
「コケコケッ」
と何とも平和な音を立てている。
帰りは、昨日キマイラが広げた鶏の木への道を歩いた。
荷物も運びやすい。
間伐した木まで持ち帰れる。
リーゼは改めて道を見た。
「……これは残す」
ルヴァナが笑う。
「公共事業?」
リーゼが睨んだ。
「その言葉を二度と使うな!」
その日の昼食には、卵の実を使った料理が並んだ。
キマイラが採った分の一部は、黒へ持っていく弁当用として別に取ってある。
誰も悪くない。
卵はいつも通り美味しい。
鶏の木も元気だ。
間伐も必要だった。
それでも、最初の一口だけは全員が妙に静かだった。
外から風が吹く。
遠くの林で、
「コケッ」
と親木が鳴いた。
少し遅れて、残された幼木から、
「ピヨ」
と小さな声が聞こえた。
リーゼはしばらく箸を止めた後、何も言わずに卵を食べた。




