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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十六章 谷底Ⅴ

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第百二十話 農作

畑への水やりをほとんど自動化して、数日。


水槌ポンプは今日も一定の間隔で鳴っている。


ばん。


少し待って。


ばん。


高い場所の貯水槽へ水が送られ、そこから円筒分水へ流れ、日常の畑、薬草と育苗、予備貯水、大型生物水場へ分かれていく。


畑の中では細い水路へさらに分けられ、必要なところまで水が届く。


人が桶を担ぐ必要は、ほとんどなくなった。


シズクは朝食の後、畑を見回った。


水量を見る。


土を触る。


昨日抜いた雑草がまた生えていないか確認する。


野菜を見る。


そして。


止まった。


「……あ」


隣を歩いていたリーゼが振り向く。


「どうした」


シズクは畑を指差した。


「育っています」


「それは畑だからな」


「そうではなく」


シズクは少し困った顔をした。


「また収穫できます」


リーゼも見る。


葉物。


根菜。


豆。


いくつもの作物が、ちょうど食べ頃になっている。


数日前に収穫したばかりだった。


リーゼが黙った。


谷底の植物は成長が早い。


それ自体は以前から知っている。


問題は。


畑が以前より広いことだった。


人数が増えた。


食べる量が増えた。


だから畑を広げた。


さらに水やりが楽になった。


乾きやすかった場所にも安定して水が来るようになった。


その結果。


育つ。


ものすごく育つ。


シズクが言った。


「昨日もかなり採りましたよね」


「採ったな」


「一昨日も」


「採った」


「今日も」


リーゼは畑を見る。


「……採らないと駄目か?」


シズクが葉物の一つを確認する。


「このまま置くと育ちすぎます」


リーゼは額を押さえた。


「仕事を減らすために水やりを自動化したのではなかったか?」


「水やりは減りました」


「その分、収穫が増えたぞ!」


シズクは少し考える。


「たくさん食べられますね」


「そういう問題なのか?」


そこへエヴァが来た。


「何してんだ?」


リーゼが畑を指す。


「収穫だ」


「じゃあ採ればいいだろ」


「量を見ろ!」


エヴァが見る。


広い。


そして実っている。


「多いな」


「今気づいたのか!」


エヴァは少し考えた。


「九人で採れば早い」


リーゼが止まる。


「……それはそうだな」


「じゃあ呼ぼうぜ」


「貴様が合理的だと調子が狂う!」


「何でだよ」


         ◇


結局。


朝から全員で収穫することになった。


ノア。


エヴァ。


シズク。


リーゼ。


ティセラ。


クロエ。


アスラ。


ネイラ。


ルヴァナ。


九人。


もっとも、ティセラは途中から自分の薬草区画へ行き、クロエとネイラは収穫道具の構造を見始め、アスラは魔術で一気に抜こうとしてリーゼに止められた。


「根菜ならまとめて引き抜けるぞ」


「畑ごと持ち上げる気だろう!」


「土は戻せる」


「エヴァと同じことを言うな!」


エヴァが根菜を抜きながら振り向く。


「俺は手でやってるぞ」


「貴様も昨日、土ごと抜いた!」


「今日は加減してる」


エヴァが一本抜く。


今度は綺麗だった。


シズクが頷く。


「上手になりましたね」


エヴァが得意そうに笑う。


「だろ」


リーゼが言う。


「何故、根菜を抜くだけで成長を感じなければならんのだ」


ルヴァナも根菜区画へいる。


一本掴む。


引く。


綺麗に抜けた。


「ほら」


エヴァが見る。


「うまいじゃねえか」


「でしょ?」


「二本いけるぞ」


「いける」


リーゼがすぐ反応する。


「だから競争にするな!」


二人は左右の手で一本ずつ抜いた。


「できた」


「できるな」


「四本いけそう」


「指の間に挟めばな」


「やってみよ」


「やめろ!」


畑にリーゼの声が響いた。


         ◇


ネイラは葉物を収穫していた。


最初は。


一枚ずつ状態を見る。


大きさを見る。


傷を見る。


必要なところだけ切る。


非常に丁寧だった。


シズクが近くで見る。


「綺麗ですね」


「ありがとうございます」


ネイラは次の株を見る。


また丁寧に切る。


さらに次。


リーゼが遠くから見ていた。


しばらくして。


「ネイラ」


「はい」


「その速度で、この畑全部終わると思うか?」


ネイラが畑を見る。


広い。


自分が終えたところを見る。


狭い。


「……終わりませんね」


「少し基準を緩めろ」


「でも傷んだ葉が」


「後で仕分ければいい!」


ネイラは少しだけ残念そうだった。


その横へクロエが来た。


「刈り取り用の刃を長くするか」


リーゼが振り返る。


「また機械か!」


「まだ機械とは言っていない」


「顔が機械だ!」


クロエが首を傾げる。


「どういう意味だ」


「最近の貴様の顔を見ていれば分かる!」


ネイラは手に持った小さな鎌を見る。


「確かに、もう少し幅があれば一度に切れます」


クロエが頷く。


「往復式でもいい」


「電動?」


「できる」


リーゼが叫ぶ。


「今日は手で採れ!」


         ◇


一方。


ティセラのところは別の意味で進まなかった。


薬草を一つ採る。


記録する。


重さを量る。


状態を見る。


香りを確認する。


切断面を見る。


次。


リーゼが近づいた。


「教授」


「はい」


「収穫だぞ」


「しています」


「研究ではない」


「収穫したものの状態記録です」


「全部に必要か?」


ティセラは少し考えた。


「研究用だけなら、三分の一でも」


「一割にしろ!」


「少なすぎませんか?」


「今日は食料の収穫もある!」


ティセラは不満そうだった。


「では二割」


「交渉するな!」


アスラが横から笑う。


「教授と大尉は相性がいいな」


二人が同時にアスラを見る。


「どこがだ!」


「どこがですか!」


今度はアスラが少し下がった。


「息も合っているぞ」


リーゼが頭を抱えた。


         ◇


昼になる頃。


収穫物が、共同食事場の横へ積まれていた。


葉物。


根菜。


豆。


瓜のような実。


香草。


穀類。


果実。


まだ畑には残っている。


シズクが山を見る。


「多いですね」


リーゼも見る。


「食えるのか、これ」


エヴァが即答する。


「食える」


「貴様一人でではない!」


「聖者もいる」


ノアが苦笑した。


「さすがに全部は無理だよ」


ルヴァナが野菜の山を見る。


「向こうに持って帰れたらいいのにね」


ネイラが頷く。


「アバターから実体へ物は移せないから無理ね」


クロエも言う。


「情報なら持ち帰れるが、野菜は無理だ」


アスラが腕を組む。


「向こうの私へ『野菜が余っている』と伝えても意味はないな」


ルヴァナが笑う。


「自慢になるくらい?」


リーゼは収穫物を見る。


「問題は保存だ」


ノアも頷いた。


「そうだね」


館には保存設備がある。


冷たい水を使う場所。


風通しのいい乾燥場所。


魔宝石を使った冷蔵保存。


塩漬け。


乾燥。


燻製。


発酵。


それなりに揃っている。


だが。


収穫量そのものが増えれば。


洗う。


仕分ける。


切る。


干す。


漬ける。


煮る。


保存容器へ入れる。


そこにも人手がいる。


リーゼが呟く。


「またか」


シズクが聞く。


「何がです?」


「食事と同じだ。増えたのは物だけではない。処理する仕事も増える」


ノアが笑う。


「便利になると、次の詰まりが見えるんだよね」


リーゼが睨んだ。


「貴方は楽しそうだな」


「ちょっと」


「小官は今日だけで何度野菜を見たと思っている!」


         ◇


午後。


保存作業が始まった。


シズクは手慣れている。


葉物を分ける。


今日食べるもの。


明日まで。


乾燥させるもの。


漬けるもの。


家畜ではなく、大型生物へ回しても問題ないもの。


傷んだもの。


ノアも手伝う。


リーゼは量を記録する。


ティセラは薬草を別にする。


ここまではいい。


問題は。


穀物だった。


実った穂が大量に積まれている。


リーゼが一本持ち上げる。


「これも今日処理するのか?」


シズクが答える。


「できれば」


「脱穀は?」


「手で」


リーゼが穂を見る。


量を見る。


もう一度穂を見る。


「……手で?」


「はい」


クロエの目が変わった。


リーゼはすぐ気づいた。


「待て」


「まだ何も言っていない」


「脱穀機だろう!」


「そうだ」


「やはりな!」


ネイラも穂を見る。


「回転を使えそうですね」


ノアが頷く。


「使えるね」


リーゼは天井を仰いだ。


「小型電動機を一つ作っただけで、何台作る気だ……」


クロエが指を折る。


「送風機。ポンプ。研磨。穴開け。刈り取り。脱穀」


エヴァが言う。


「肉回し」


「それはまだ入っていない!」


「入れろよ」


ルヴァナが穂を手で揉んでみる。


粒が落ちる。


「これ全部やるの?」


シズクが頷く。


「そうですね」


ルヴァナは山を見る。


「機械作ろ」


リーゼが振り向く。


「貴様まで!」


「だってこれ手でやる方が嫌だよ!」


リーゼは反論しようとした。


山を見る。


黙る。


また山を見る。


「……作るか」


クロエがすぐ立った。


「工作室へ行く」


「待て!」


「作ると言っただろう」


「設計からだ!」


ネイラも立つ。


「構造は簡単だと思います」


「貴様らは完成を急ぎすぎる!」


ノアも穂を一本持って考える。


「棒で叩く方式でもできるけど、この量なら回転式を考えた方がいいかな」


リーゼがノアを見る。


「貴方まで工作室へ行く顔をするな!」


「でも今日中に試作品くらいなら」


「今日中!?」


         ◇


結局。


大がかりな機械は作らなかった。


ノアが簡単な木枠を組む。


中へ回転する筒を置く。


筒の表面へ短い突起をつける。


穂を直接巻き込まない程度の隙間。


手回し。


まずはそれだけ。


リーゼが言った。


「今日は手で回す」


クロエが不満そうに言う。


「電動機がある」


「まず構造が正しいか確認する!」


ネイラが穂を入れる。


ルヴァナが取っ手を回す。


「これ?」


「ゆっくり」


「はーい」


ぐるぐる。


穂が筒へ触れる。


粒が外れる。


下へ落ちる。


藁は別側へ残る。


シズクが驚く。


「取れています」


ルヴァナが速度を上げる。


「もっといけそう」


リーゼが言う。


「ゆっくりと言っただろう!」


「でも平気」


さらに回す。


粒が次々と落ちる。


ネイラが次の穂を入れる。


クロエが隙間を見る。


「もう少し狭くできる」


リーゼが止める。


「今日はこれでいい!」


シズクは下へ溜まった粒を見る。


「手よりずっと早いです」


エヴァが来た。


「俺が回そうか?」


リーゼが即座に言う。


「駄目だ」


「まだ何もしてないぞ」


「取っ手が折れる!」


「折らねえよ」


ルヴァナが笑う。


「エヴァ、あたしでも回せるよ」


「じゃあ交代」


「うん」


リーゼが言う。


「何故、力自慢二人で順番に回す!」


だが。


エヴァは本当に加減した。


ぐるぐる。


速い。


しかし壊れない。


穀粒が大量に落ちていく。


シズクの顔が明るくなる。


「早いです」


リーゼは認めざるを得なかった。


「……貴様、こういう時だけ便利だな」


エヴァが笑う。


「いつも便利だろ」


「否定はしない!」


         ◇


脱穀が終わる。


今度は。


粒の中へ細かな殻や藁くずが混じっている。


シズクが言った。


「次は、これを分けます」


リーゼが嫌な予感を覚える。


「どうやって」


「風で」


全員が止まった。


クロエがゆっくり小型電動機を見る。


ネイラも見る。


ノアも。


リーゼが両手を上げる。


「分かった!」


全員がリーゼを見る。


「分かったから、何も言うな!」


クロエが言った。


「送風機」


「言うなと言った!」


ノアが笑う。


「ちょうど次に作る予定だったね」


「全部つながっているのが腹立たしい!」


ティセラが粒を指先で見る。


「風量を調整できれば、重い穀粒だけ落として軽い夾雑物を飛ばせますね」


リーゼが教授を見る。


「教授まで機械側へ来るな!」


「合理的ですので」


シズクは穀粒の山を見た。


「風があれば、とても助かります」


リーゼは黙った。


シズクの一言が一番強かった。


「……作ろう」


クロエがまた立つ。


「工作室へ」


「今日は行かん!」


「何故だ」


「夕飯だからだ!」


全員が外を見る。


いつの間にか、かなり日が傾いていた。


         ◇


夕食。


今日採れた野菜が大量に並んだ。


汁物。


煮物。


焼き物。


漬物。


肉。


魚。


新鮮な葉物。


ルヴァナが皿を見る。


「今日、野菜多くない?」


シズクが答える。


「たくさん採れましたから」


エヴァが肉を食べながら言う。


「肉もあるぞ」


「エヴァは肉しか見てないじゃん」


「野菜も食ってる」


エヴァが根菜を一つ食べる。


リーゼが少し感心する。


「本当に食うようになったな」


「シズクに言われたから」


シズクが微笑む。


「ありがとうございます」


エヴァが妙に誇らしそうになる。


ノアは今日の作業を思い返していた。


「水を運ばなくてよくなった」


リーゼが頷く。


「その結果、収穫が増えた」


「収穫が増えたから、保存作業が増えた」


「脱穀機が欲しくなった」


クロエが続ける。


「次は送風機だ」


ネイラが言う。


「その後、選別機も作れそう」


リーゼが止まった。


「何だ選別機とは」


「粒の大きさを揃えるものです」


「増やすな!」


ルヴァナが笑う。


「大尉、もう機械作るの諦めた方がいいんじゃない?」


「逆だろう! 作らなければ仕事が減らん!」


「じゃあ作るんじゃん」


リーゼが黙った。


アスラが面白そうに笑う。


「負けたな」


「誰にだ!」


「生活に」


リーゼはしばらく考えた。


そして。


「……それは否定できん」


珍しく素直に認めた。


         ◇


食後。


九人で片づける。


以前より早い。


もう慣れてきている。


終わった頃。


シズクが調理場の隅に置かれた収穫籠を見る。


まだ野菜がある。


保存蔵にも入れた。


乾燥用にも回した。


漬けた。


それでも残る。


シズクはノアへ尋ねた。


「聖者」


「何?」


「畑、少し減らしますか?」


リーゼが振り向いた。


クロエも。


ティセラも。


全員が少し黙った。


これまで。


人が増える。


畑を広げる。


もっと作る。


そういう方向ばかり考えてきた。


ノアは少し考える。


「それもありだね」


リーゼも頷いた。


「必要以上に作る意味はない」


ティセラが言う。


「不作へ備える余裕は必要ですが、現在の成長速度なら過剰生産になっています」


エヴァが聞く。


「余ったら黒たちに食わせれば?」


シズクが答える。


「食べられるものなら、それもできます」


リーゼは考える。


「だが、それを前提に畑を増やし続けるのは違うな」


ノアも頷いた。


「必要量を一回測ろう」


「九人が一日に食べる量」


「大型生物へ回す量」


「保存する分」


「種として残す分」


「予備」


ティセラがすぐ記録板を持ってきた。


リーゼが顔をしかめる。


「教授」


「必要でしょう?」


「……必要だ」


ティセラが少し嬉しそうに座る。


クロエが言った。


「また役所だな」


リーゼが即座に叫ぶ。


「違う!」


アスラも笑う。


「今度は農政か」


「違うと言っている!」


ルヴァナが言う。


「農業大尉」


「貴様は官職を増やすな!」


         ◇


翌朝。


畑へ行くと。


昨日、全員で収穫した場所には。


もう小さな新芽が出ていた。


シズクがしゃがみ込む。


リーゼも隣へ来る。


二人で見る。


新芽。


昨日採ったばかり。


シズクが言った。


「また育ちますね」


リーゼが遠い目をした。


「……水をやりすぎたか?」


「適量です」


「土が良すぎる?」


「以前からです」


「谷底だから?」


「おそらく」


二人はしばらく新芽を見ていた。


後ろからティセラが来る。


「生育状況を測りましょう」


リーゼが振り返る。


「教授」


「はい」


「今日は測らなくていい」


「何故です?」


「見れば分かる!」


新芽は。


既に昨日の朝より大きくなっていた。


リーゼは畑全体を見渡す。


それから。


大きく息を吸った。


「育つのが早すぎるんだああああっ!」


朝の谷底へ。


いつもの声が響いた。


その日の食料管理表には、新しく一項目が追加された。


『作りすぎない』


その横へ、シズクが小さな字で書いた。


『ただし、勝手に育つ分は仕方ありません』


リーゼはそれを見て。


しばらく何も言えなかった。

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