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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第二章 谷底Ⅰ

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第十二話 明日も、この谷底で

館へ戻った時には、陽が傾き始めていた。


結界の内側へ戻った。


そう思っただけで、シズクはほっとした。昨日まで、この谷底のすべてが知らない場所だった。それが今日一日で。


水場。台所。生け簀。洗濯場。便所。畑。結界。滝壺。


少しずつ名前のある場所へ変わった。


夕食前、洗濯場へ戻る。


朝からバルトリへ入れてあった毛布を取り出す。


「重い……」


「水を吸ってるからな」


エヴァと二人で物干しへ掛ける。


「これを全部手で洗うのは大変ですね」


「だから聖者がバルトリを作った」


「聖者の知識は、本当に生活を便利にするのですね」


「ああ」


エヴァは頷いた。


「エロにも使われるがな」


「なぜ必ずそこへ戻るのですか!」


「事実だからだ」


夕方。


ノアが戻ってきた。大きな獣の肉を肩へ担いでいる。


「ただいま」


「おかえり、聖者」


「おかえりなさい、聖者」


ノアはシズクを見る。


「ただいま、シズク。今日はかなり歩いた?」


「はい。エヴァから色々教わりました」


「無理してない?」


「大丈夫です」


「ならよかった」


「バルトリも見ました」


「あれ、ちゃんと回ってた?」


「はい。とても便利です」


「毛布を手で洗うの、大変だったからね」


横からエヴァが口を挟む。


「今晩はまた洗濯物増やすけどな」


ノアが止まった。


「エヴァ」


「巫女服を着るんだろ?」


「シズクの前で言わなくていいよ」


「もう全部教えた」


ノアがシズクを見る。シズクは視線を逸らした。


「全部って……」


「パンツ、ブラジャー、Tバック、Oバック、ガーターベルト、ニーソックス」


エヴァは指を折る。


「あと、お前が黒、紫、赤、白を好きなこと」


ノアが額へ手を当てた。


「エヴァ……」


「胸の先が隠れないブラジャーも」


「お願いだから、その辺で」


シズクは気になっていたことを思い出した。


「聖者」


「何、シズク」


「胸の先だけ隠れないブラジャーには、何か実用上の意味があるのですか」


ノアが完全に止まった。エヴァが腹を抱えて笑う。しばらくして、ノアは静かに答えた。


「……ないよ」


「やはり趣味なのですね」


「エヴァがそう言った?」


「はい」


「うん。それで合ってる」


巨大なオーガが、本気で恥ずかしそうにしている。シズクは少しだけ面白くなった。


夕食の後。


皿を洗う。


調理台はノアの身体に合わせて高いため、シズクは木箱へ乗った。ノアがそれを見る。


「シズク用の踏み台、明日作ろう」


「この箱で十分です」


「滑ると危ないよ」


「でも」


「すぐ作れるから」


明日作る。


その言葉は、明日もシズクがここにいることを、当然の前提としていた。胸が少し温かくなった。


片づけが終わる。


シズクが自室へ戻ろうとすると、エヴァが椅子から立ち上がった。


「さて」


「はい?」


「巫女服を着るか」


シズクの足が止まった。


「……本当に着るのですか」


「そのために聖者が用意したんだからな」


エヴァは楽しそうに白と赤の衣を取り出した。シズクの小袖と袴によく似ている。ただし、ところどころ妙に身体へ沿うよう作られている。


「聖者は一日で作ったのですか」


「似たようなのを前から作ろうとしてたらしい」


「なぜ?」


「白と赤が好きだったんじゃないか」


「それは私の国の巫女とは関係ないのでは」


「たぶんな」


エヴァは衣を身体へ当てる。


そして突然、シズクを見る。


「そうだ。シズク」


「何でしょう」


「巫女服の下着って、褌とさらしか?」


あまりにも普通に聞かれ、シズクも普通に答えてしまった。


「私のところでは、下は褌で、胸はさらしを巻きます」


「なるほど」


エヴァは真剣に考え始めた。


「褌とさらしか……」


「なぜそんなに真剣なのですか」


「こすぷれなら再現性は大事だろ」


「そんな再現性はいりません」


「いや」


エヴァが顎へ手を当てた。


「待て」


「何を?」


「巫女服の下からガーターベルトの線が少し見えてる方が、くるんじゃないか?」


シズクは止まった。


「……エヴァ?」


「そうなると普通のパンツだと邪魔か」


「エヴァ」


「Tバック?」


「エヴァ!」


エヴァが顔を上げた。


「なんだ」


「昼間、私にそれらの名前を教えていた人ですよね」


「ああ」


「なぜ今、普通に組み合わせを考えているのですか」


エヴァも少し考えた。


「……確かに」


「確かにではありません!」


「聖者に影響されたな」


「ものすごくされています!」


エヴァは白い巫女服。赤いガーターベルト。黒いTバック。そして褌とさらし。それらを真剣に見比べる。


「昔の俺なら、何に使うかも分からなかったんだよな」


「私が今その状態です」


「一年って怖いな」


「聖者が怖いのでは?」


「それもある」


エヴァは笑った。


「なあ、聖者」


まだ近くにいたノアが振り返る。


「何、エヴァ」


エヴァはさらしを手に取った。


「さらしで縛って半脱ぎって、くるだろ?」


ノアが黙った。シズクには意味が分からない。


だが。


エヴァの口元がにやりと上がった。


「くるんだな」


「……エヴァ、覚える方向がおかしくない?」


「お前が教えたんだろ」


「僕、そこまで教えた記憶ないんだけど」


「一年も一緒にいれば学習する」


エヴァはさらしを腕へ軽く巻いてみる。


「俺、嫌がっていい?」


「え?」


「捕まった女戦士って設定で」


ノアが少し困った顔をした。エヴァはもう乗り気だった。


「くっころしていい?」


「くっころ?」


シズクが聞き返す。ノアが片手で顔を覆った。


「シズクは知らなくていいよ」


「待て、聖者。教育は大事だ」


「その教育はいらない」


「女戦士が敵に捕まって、『くっ、殺せ』って抵抗するやつだ」


「エヴァ」


「なるほど」


シズクは頷いた。


「納得しなくていいから」


ノアが慌てる。エヴァはさらに楽しそうになった。


「よし。今晩は男装した女戦士で、途中で女だとばれて捕まることにするか」


「設定が増えてない?」


「さらしをほどかれながら、『くっ、殺せ!』って言う」


「エヴァ」


「もちろん遊びだからな」


エヴァはシズクにも聞こえるよう、はっきり言った。


「俺が本当に嫌なら止める。そこは別だ」


ノアも頷く。


「それならいいけど」


「決まりだな」


エヴァはさらしと褌を抱えた。そして、また考える。


「いや」


シズクは嫌な予感がした。


「まだ何か?」


「最初は褌とさらしで本物っぽくして」


「はい」


「途中でガーターベルトとTバックへ着替えるのもいいな」


「もう完全に聖者の側ではありませんか!」


ノアまで苦笑した。


「僕も今そう思った」


「おい」


エヴァが二人を見る。


「俺を何だと思ってる」


シズクは即答した。


「一年で巫女服の下へガーターベルトを合わせるようになった人です」


エヴァは少し黙った。


「なるほど」


「納得しないでください」


「じゃあ今日は両方やるか」


「なぜそうなるのです!」


「着替えると盛り上がる」


「昼間教わりました!」


「覚えてるじゃないか」


「覚えたくて覚えたのではありません!」


エヴァは笑った。


「さて、行くぞ、聖者」


「今日はほどほどにしようね」


「嫌だ」


「即答?」


「昼から楽しみにしてた」


エヴァは白い衣を肩へ掛ける。


「それとシズク」


「何ですか」


「明日の朝は洗濯物が多いぞ」


「もう知っています!」


「バルトリの使い方も覚えたな?」


「そのために覚えたのではありません!」


エヴァの笑い声が館へ響く。二人が廊下の向こうへ歩いていく。シズクは深くため息をついた。


朝には。


パンツも知らなかった。ブラジャーも知らなかった。ガーターベルトも。ニーソックスも。Tバックも。Oバックも。こすぷれも。くっころも。


何一つ知らなかった。


それが一日で、全部名前だけは覚えてしまった。本当に谷底で生きるために必要だったのだろうか。たぶん半分以上はいらない。


いや。


かなりいらない気がする。


けれど。


水を飲む場所を覚えた。野菜を冷やす場所を覚えた。生け簀を知った。洗濯を覚えた。便所と肥溜めを知った。畑を知った。毒草を知った。結界を知った。魔物を知った。滝壺の恐ろしさを知った。漂着物の拾い方も覚えた。


自分にも裁縫という仕事があると知った。


そして。


この家で暮らす二人が、どういう二人なのかも。嫌というほど知った。


シズクは去っていく二人の背中へ声を投げた。


「エヴァ!」


「なんだー?」


廊下の向こうから返事が来る。


「今日は戸を閉めてくださいね!」


少し間があった。


「善処する!」


「絶対に閉めてください!」


エヴァの笑い声が返ってきた。ノアの困ったような声も聞こえた。


シズクは自分の部屋へ戻った。


障子を閉める。布団へ入る。


遠くでは大瀑布が鳴っている。その向こう岸は見えない。水の中には、空を飛ぶ巨大な鳥さえ飲み込む魚がいる。結界の外には、知っている獣も、名前も分からない魔物もいる。毒草は一日で伸びる。魔物の種も十倍の速さで育つ。結界も絶対ではない。


だから毎日。


水路を見る。飲み水を守る。畑を見る。知らない芽を抜く。結界を確かめる。魚を生け簀へ入れる。漂着物を拾う。洗濯する。乾かす。食べる。片づける。


明日のために残す。


豊かな土地だから暮らせるのではない。結界があるから安全なのでもない。


毎日。


誰かが手を動かしている。それでようやく、この谷底の一角だけが、人の暮らせる場所になっている。


そして今日。


シズクもそこへ少しだけ加わった。


自分で拾った針が、今は部屋の隅に置いてある。


ほんの小さなものだ。


けれど。


自分のものが一つ、この館の中へ増えた。明日になれば、聖者が自分用の踏み台を作るという。


明日。


シズクは目を閉じた。


昨日までは。


死ぬのか。帰れるのか。ここにいてよいのか。そんなことしか考えられなかった。


今は。


明日は何を覚えるのだろう。何をすればよいのだろう。そう考えている。生け贄として捧げられた。世界の果てから落ち、一度は終わったはずの人生。


けれどここでは。


誰も自分を生け贄とは呼ばない。死者とも呼ばない。巫女であることすら、自分のすべてではない。


シズク。


ただ、それだけだった。明日もシズクとして起きる。水を飲む。飯を食べる。何かを覚える。何か一つ、自分にできることを増やす。


「あっ……あああっ……!」


エヴァの声だ。


シズクの瞼が、ぴくりと震える。


声は次第に大きくなり、嬌声と呼ぶべきものに変わっていく。合間に聞こえるのは、男の荒い息遣い。ノアだ。


「あっ、あっ、や、ノア……! ああああっ!」


エヴァの声が、途切れ途切れに響く。それが単なる嬌声ではなく、何かに耐えかねたような、あるいは何かに押しつぶされるような、そんな切迫した響きを帯び始める。


「お"っ……お"お"っ……!」


喉の奥から絞り出すような、くぐもった声。


シズクは布団を頭まで被った。


「……戸を閉めてと言ったのに」


少しして、獣じみた、理性の箍が外れたような声。


「お"お"お"っ! ああっ、あああっ! また……またイク……!」


遠くで、何かが激しくぶつかる音がする。壁か床か。それとも、肌と肌が打ち合う音なのか。規則的な、しかし次第に速くなるそのリズム。ノアの腰を振る動きが、ここまで伝わってくるようだった。


「やめ……あ"っ……! もう、もうむり……お"っ……!」


エヴァの嬌声と、獣のようなうめき声が入り混じり、断続的に夜の静寂を切り裂いていく。


ノアは何も言わない。ただ、ひたすらに腰を振り続けているのだろう。その無言の激しさが、かえってシズクの想像を掻き立てた。


「……うるさい」


シズクは小さく呟いて、耳を塞いだ。


それでも、少しだけ笑ってしまった。


谷底にも、朝が来る。

明日もまた、朝が来るのだ。

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