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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十六章 谷底Ⅴ

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第百十七話 回転

小型電動機を作ることになった翌朝、クロエの電装工作室には、すでに人が集まっていた。


ノア。


リーゼ。


クロエ。


ネイラ。


ティセラ。


そして当然のようにアスラ。


ルヴァナは見物と言いながら、壁際の椅子へ座っている。


シズクは朝食後の片づけを終えてから顔を出し、エヴァは「肉を回せるようになったら呼べ」とだけ言い残して畑へ行った。


リーゼは工作台の上に並べられた材料を見る。


銅線。


鉄片。


磁性を持つ石。


木材。


軸に使えそうな金属棒。


留め具。


絶縁用の布と樹脂。


谷底へ流れ着いた道具から回収した部品も混ざっている。


「……作れるのか?」


クロエが即答した。


「作れる」


「貴様の世界の部品を使わずにだぞ」


「だから昨日から材料を見ている」


クロエは磁性体を一つ持ち上げた。


「磁力は十分。銅線の質も悪くない。軸受けだけ少し面倒だな」


ネイラが金属棒を指で転がす。


「これ、少し曲がっています」


リーゼが見る。


肉眼ではほとんど分からない。


ノアも受け取って転がした。


「あ、本当だ」


リーゼがネイラを見る。


「貴様、また分かるのか」


「回した時の動きが少し変でした」


「まだ回していないだろう」


「机の上で転がしました」


「そこまで見るのか……」


クロエが娘を見る。


「使えない?」


「低速なら。高速だと振動が出ると思う」


「削るか」


「はい」


リーゼが二人を見る。


「母娘で話が早すぎる!」


クロエは気にしない。


「大尉は巻線を頼む」


「小官に命令するな!」


「では、巻線をお願いできるか?」


「言い直せばいいという話ではない!」


それでもリーゼは銅線を受け取った。


ノアが苦笑する。


「結局やるんだ」


「必要だからだ!」


         ◇


最初に作るのは、極端に強いものではない。


卓上で軸が回る。


その程度でいい。


壊れても大きな事故にならない。


触って構造を確認できる。


次に改良できる。


ノアとリーゼの意見はそこでは一致していた。


クロエだけが少し不満そうだった。


「最初からもう少し出力を上げてもいい」


リーゼが却下する。


「駄目だ」


「理由は?」


「貴様がいるからだ」


「意味が分からない」


「絶対に限界を試すだろう!」


クロエが黙った。


リーゼが指差す。


「今、否定しなかったな!」


ネイラが静かに言う。


「クロエ母さんなら試すと思います」


「ネイラ」


「私も見たいですが」


「娘まで!」


ルヴァナが笑った。


「姉ちゃん、こういう時だけ欲望隠さないよね」


ネイラが振り返る。


「構造を確認したいだけ」


「回転数上げたい顔してるよ」


「していないわ」


「してるって」


クロエが言う。


「回せるなら回した方がいい」


リーゼが叫んだ。


「親子で出力を上げる方向へ行くな!」


ティセラはその横で、磁性体を測っていた。


「こちらは興味深いですね」


リーゼが嫌な予感を覚える。


「教授。何がだ」


「魔力反応がほとんどありません」


「天然の磁石だからだろう?」


「はい。ですから、魔術を介さずに力を発生させる装置を比較できます」


アスラが壁から身体を離した。


「つまり私の方と勝負できるわけだな」


リーゼが即座に言う。


「勝負ではない!」


クロエがアスラを見る。


「負ける気はない」


「貴様も乗るな!」


アスラが笑った。


「昨日、匙一つなら私の方が先に回したぞ」


クロエの眉が動く。


「匙を回す程度なら子供でもできる」


「では、それ以上を見せてやろう」


「やってみろ」


「やめろ!」


リーゼの声が工作室へ響いた。


ノアが二人の間に入りはしない。


ただ、工作台の上にある材料を少し奥へ移した。


「壊すなら外でやろうね」


リーゼがノアを見る。


「聖者まで勝負を認めるな!」


「いや、工作室が壊れるの困るから」


「そこではない!」


         ◇


電動機は、少しずつ形になった。


鉄心へ銅線を巻く。


磁石を配置する。


軸を通す。


回転部分が固定側へ触れないよう間隔を取る。


電気を流す部分を作る。


谷底で手に入る材料に合わせ、構造はできるだけ単純にする。


ノアが部品を削る。


リーゼが寸法を見る。


クロエが組み立てる。


ネイラが軸の動きを確かめる。


ティセラは横で、電力と魔力の両方を測る準備をしている。


ルヴァナは途中から退屈した。


「まだ回らないの?」


リーゼが答える。


「まだだ」


「さっきも聞いた」


「さっきもまだだった!」


「一時間くらいずっと巻いたり削ったりしてない?」


「機械とはそういうものだ!」


ルヴァナは作業台を見る。


「完成品買った方が早くない?」


全員の手が止まった。


ルヴァナが気づく。


「……あ」


リーゼがゆっくり顔を上げる。


「店があるならな」


「ないね」


「ここは谷底だ」


「知ってる」


「だから作っている!」


ルヴァナは小さくなった。


「ごめん」


ネイラが笑いを堪えている。


「姉ちゃん、笑った?」


「笑っていないわ」


「絶対笑った!」


クロエが軸を差し込みながら言う。


「完成品に慣れているとそうなる」


ネイラが頷く。


「向こうでは、電動機そのものを一から作る機会なんてほとんどありませんから」


リーゼが少し意外そうに見る。


「貴様らほど技術が進んでいても?」


「進んでいるからです」


ネイラは答えた。


「必要な規格のものを選んで使います。壊れれば交換します。特別な用途なら設計しますが、材料から全部手作業で作ることは普通ありません」


ノアが頷いた。


「僕の前世も近かったな」


リーゼは作りかけの電動機を見る。


「文明が進むと、機械を作れる人間でも、その機械の中身を一から作らなくなるのか」


クロエが言う。


「全部一人で作っていたら何も進まん」


「それはそうだ」


ノアが笑った。


「ここでは全部やるしかないけどね」


リーゼも小さく笑った。


「随分と贅沢な工作だな」


「不便だからやってるんだけど」


「分かっている」


         ◇


昼前。


ようやく形になった。


工作台の中央に、小さな電動機が固定される。


金属の軸。


簡素な筐体。


巻かれた銅線。


磁石。


まだ何かの機械へ組み込んだわけではない。


ただ回るだけの装置。


リーゼが全員を見る。


「いいか。最初は低い電圧からだ」


クロエが頷く。


ネイラも計器を見る。


ノアは配線を確認する。


ティセラが記録板を構える。


アスラだけが腕を組んだまま少し離れている。


ルヴァナが身を乗り出す。


「回る?」


「今からそれを確認する」


「爆発しない?」


「不吉なことを言うな!」


「クロエ母さんの機械だし」


クロエが娘を見る。


「どういう意味だ」


「たまに爆発するじゃん」


「戦闘用だ」


「やっぱするんじゃん」


リーゼが頭を抱える。


「今日は爆発させるなよ!」


クロエが答える。


「努力する」


「保証しろ!」


ノアが電源側を操作した。


低い電圧。


まだ動かない。


少し上げる。


軸が。


かすかに震えた。


ルヴァナが声を上げる。


「動いた!」


「まだ回っていない」


リーゼは計器を見る。


もう少し。


軸が動く。


一度引っ掛かる。


止まる。


ネイラがすぐ言った。


「軸が少し触っています」


クロエが電気を切る。


「どこだ」


ネイラが指を差す。


「こっち」


分解。


削る。


戻す。


もう一度。


電気を流す。


今度は。


くるり。


軸が一回転した。


そして止まる。


ルヴァナが拍手する。


「回った!」


リーゼも少しだけ顔が明るくなった。


「一回だがな」


クロエは満足していない。


「弱い」


「最初だからだ!」


また調整。


巻線。


接点。


軸。


磁石の位置。


少しずつ直す。


そして。


もう一度電気を流した。


軸が回る。


今度は止まらない。


小さな音を立てながら、連続して回転する。


ルヴァナが身を乗り出した。


「おおー!」


シズクもちょうど茶を持って入ってきた。


「回っていますね」


ノアが笑う。


「回ったね」


リーゼは計器を見ながらも、口元が緩んでいた。


「まだ効率は悪い。熱も出ている。軸受けも雑だ。だが」


クロエが言う。


「回った」


「そうだ」


ネイラは軸をじっと見る。


「もう少し芯を出せます」


リーゼが即座に止める。


「今日は一度成功を喜べ!」


「でも振動しています」


「分かっている!」


「直せます」


「分かっていると言っている!」


クロエが娘を見る。


「後で直そう」


「はい」


リーゼが叫んだ。


「もう改良予定を立てるな!」


         ◇


シズクは回る軸をしばらく見ていた。


「これだけなのですね」


リーゼが振り返る。


「何がだ」


「今は、ただ棒が回っているだけです」


「そうだ」


「ですが、これが風を作ったり、水を送ったりする?」


ノアが頷く。


「先に何を付けるかで変わるよ」


「不思議ですね」


シズクは回る軸を見る。


「同じ回る力なのに」


リーゼが言う。


「そこが便利なんだ」


シズクは少し考えた。


「包丁を付ければ切る?」


クロエが頷く。


「そうだ」


「石を付ければ削る?」


ネイラが答える。


「はい」


「羽根を付ければ風?」


ノアが頷く。


「そう」


シズクはさらに考えた。


「肉を付ければ」


廊下からエヴァの声がした。


「焼ける!」


リーゼが振り返る。


「いつから聞いていた!」


エヴァが入ってくる。


「肉って聞こえた」


「そこだけ拾うな!」


「回ったのか?」


「回った」


「じゃあ肉付けよう」


「最初の実用試験を肉にするな!」


エヴァは不満そうだった。


「食えるぞ」


「試験装置に脂を垂らすな!」


         ◇


その時。


アスラが前へ出た。


「終わったか?」


リーゼの顔から喜びが消えた。


「何だ」


「次は私だろう」


「忘れていた……」


アスラは工作台の横に、木製の軸を一本置いた。


リーゼが見る。


「それを回す?」


「そうだ」


「壊すなよ」


「この程度で壊れるか」


アスラが指を動かす。


魔法陣が現れる。


軸の周囲を包む。


ティセラの眼鏡が光を反射した。


「測定します」


「教授が一番やる気ではないか!」


「比較試験ですから」


アスラが魔力を流す。


軸が回った。


最初から。


かなり速い。


ルヴァナが声を上げる。


「速っ!」


クロエの目が細くなる。


「雑だな」


「何?」


「回転が揺れている」


「回っているだろう」


「精度が悪い」


「速い」


「速さしか見ていないのか」


アスラの額に青筋が浮かぶ。


リーゼが嫌な予感を覚えた。


「待て。出力を上げるなよ」


アスラが魔力を増やした。


「聞け!」


軸の回転が一気に上がる。


ぶうん、と低い音がする。


ルヴァナが喜ぶ。


「すご!」


クロエが言う。


「まだ揺れている」


「黙れ!」


さらに速くなる。


リーゼが叫ぶ。


「止めろ!」


次の瞬間。


木製の軸が耐えきれなくなった。


ぱきん。


折れた。


先端が飛んだ。


ノアが片手で受け止める。


沈黙した。


アスラが魔法陣を消す。


リーゼがゆっくり振り返った。


「……何と言った」


「少し上げすぎた」


「小官は何と言った!」


「壊すな、と」


「うがあああっ!」


いつもの叫び声が工作室へ響いた。


ルヴァナが笑う。


「アスラ母さん、負け?」


「負けていない」


クロエが即座に言う。


「壊した方の負けだ」


「貴様のは遅い!」


「回転を維持している」


「弱い!」


「実用品は壊れない方がいい」


アスラがクロエを睨む。


「もう一度だ」


リーゼが間へ入った。


「やらせん!」


「何故だ!」


「材料が減る!」


ティセラは淡々と記録している。


「非常に分かりやすい結果ですね」


リーゼが教授を見る。


「何が分かった」


「魔術式は初動から高い回転力を得やすい。一方、術者が直接制御しているため、アスラの感情によって出力が変動しました」


アスラが眉を寄せる。


「私のせいか?」


「はい」


即答だった。


クロエが笑う。


アスラが睨む。


ティセラは続ける。


「電動機は出力こそ小さいですが、電力が安定していれば回転も比較的安定しています。そして術者が側にいる必要がありません」


リーゼが頷く。


「そこは大きいな」


ノアも言う。


「ずっと扇風機を回すために、アスラが横で魔法を使い続けるのは大変だしね」


アスラは少し考えた。


「魔力を蓄積する術具へ接続すればいい」


ティセラが頷く。


「可能です」


クロエが言う。


「では電気と同じになるな」


「違う!」


「何がだ」


「魔術だ!」


「そこだけではないか」


「貴様!」


リーゼが叫ぶ。


「比較試験中に宗派争いを始めるな!」


         ◇


ティセラは二つの方式を記録した。


電気。


魔術。


どちらにも利点がある。


どちらにも欠点がある。


リーゼはその記録を見て言った。


「なら、用途で分ければいい」


クロエとアスラが同時に見る。


「分ける?」


「どういう意味だ」


「長時間、一定速度で回し続けたいものは電気。短時間で大きな力が必要なら魔術。そうすればいいだろう」


ティセラが頷く。


「合理的です」


ノアも頷く。


「ポンプでも、普段は電気で回して、詰まった時だけ魔術で補助するとかできるかも」


ネイラがすぐ反応した。


「同じ軸へ?」


「できるように作れば」


クロエの目が変わる。


「混ぜるのか」


アスラも笑う。


「面白い」


リーゼの嫌な予感が戻る。


「待て」


クロエが紙を取る。


アスラが横から覗く。


「ここへ魔術回路を」


「磁石に干渉するな」


「なら外周」


「起動時だけ?」


「過負荷時もだ」


ネイラも参加する。


「回転検出があれば自動で補助へ入れられるかもしれません」


ティセラも言う。


「魔力変換側で閾値を設定できます」


ノアが図を見る。


「でも最初から全部やると複雑になるよ」


リーゼがノアを指差した。


「それだ!」


全員がリーゼを見る。


「今日は小型電動機が回った。それで終わりだ!」


クロエが不満そうに言う。


「まだ時間はある」


「あるから終わる!」


「何故だ」


「貴様らを放っておくと、夕食までに別の機械になる!」


ネイラが小さく言う。


「たぶんなりますね」


「貴様も認めるのか!」


         ◇


結局、その日の実用試験はさらに単純なものになった。


軸の先へ、小さな羽根を付ける。


回す。


風が出る。


それだけ。


ルヴァナが正面へ立つ。


「おおー」


髪が少し揺れる。


「風!」


リーゼが呆れる。


「見れば分かる」


「でも電気で風出てる!」


シズクも手をかざした。


「本当に風が来ますね」


「弱いがな」


「これでも十分涼しいです」


シズクの反応を見て、リーゼは少し考える。


「調理場なら、もう少し大きくすれば使えるか」


ノアが言う。


「羽根の形も考えよう」


ネイラが羽根を見る。


「今の形だと効率が悪いです」


クロエが頷く。


「角度を変える」


リーゼが言う。


「明日だ!」


アスラが手を出す。


「私ならもっと強い風を――」


「貴様は触るな!」


「何故だ!」


「さっき軸を折ったからだ!」


エヴァが再び顔を出した。


「肉は?」


全員がエヴァを見る。


「まだだ!」


リーゼの声が揃った。


エヴァが少し驚く。


「何で全員で言うんだよ」


         ◇


夕方。


小型電動機は止められた。


熱を確認。


軸を確認。


巻線を確認。


大きな損傷はない。


ネイラが名残惜しそうに見る。


「分解して確認していい?」


リーゼがじっとネイラを見る。


ネイラは待つ。


以前なら、気づいた時にはもう開いていたかもしれない。


リーゼは少しだけ考えた。


「……いい」


ネイラの顔が明るくなる。


「本当に?」


「ただし小官も見る。クロエもだ。摩耗と焼けを確認したら元へ戻す」


「はい」


クロエが娘を見る。


「よかったな」


「うん」


ルヴァナが笑う。


「姉ちゃん、機械開ける許可もらっただけなのにめっちゃ嬉しそう」


ネイラは否定しなかった。


「楽しいから」


リーゼがため息をつく。


「そこまで素直に言われると怒りにくいな……」


ノアが笑う。


「じゃあ明日は中を見て、それから送風機かな」


「そうだな」


クロエが言う。


「その後に研磨機」


ネイラが続ける。


「旋盤」


ティセラ。


「ポンプも」


アスラ。


「魔力補助」


エヴァが廊下から。


「肉」


リーゼが頭を抱えた。


「一つ回っただけで、何故こんなに仕事が増えるんだ……」


シズクが笑う。


「使い道が多いからでは?」


リーゼはシズクを見る。


少し考え。


「……その通りだ」


小さな軸が一本回っただけだった。


だが。


その一本から。


風を送る。


水を運ぶ。


物を削る。


穴を開ける。


食事を楽にする。


新しい機械を作る。


いくつもの次が見え始めていた。


そして、谷底では電気だけが答えではない。


魔術もある。


水力もある。


人の力もある。


エヴァやルヴァナのように、そもそも機械が必要なのか疑いたくなるほど力のある者までいる。


どれか一つへ統一する必要はなかった。


使えるものを。


必要なところへ。


一番楽な形で使う。


それでいい。


翌朝。


リーゼが工作室へ来ると。


机の上には、すでに分解された小型電動機が綺麗に並んでいた。


その前にネイラが座っている。


「おはようございます」


リーゼが止まった。


「……小官も見ると言ったな?」


「はい」


「何故もう開いている」


「起きるのが遅かったので」


「小官が悪いのか!?」


クロエが隣から言う。


「構造は覚えたから問題ない」


ネイラも頷く。


「構造は覚えましたから問題ありません」


リーゼは母娘を見る。


「そこで同じことを言うなああああっ!」


朝からまた。


館へ、いつもの叫び声が響いた。

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