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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十六章 谷底Ⅴ

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第百十六話 動力

館へ電灯を増やした翌日、リーゼは朝食を終えると、共同食事場の長机へ一枚の大きな紙を広げた。


紙の中央には、大きく一言だけ書かれている。


『電気を何に使うか』


エヴァが肉を食べながら紙を覗き込んだ。


「昨日、灯りに使っただろ」


「それで終わりなら、水車まで作った意味が薄い」


「明るくなったぞ」


「それは十分な成果だ。だが、発電量にはまだ余裕がある。ならば次に、何へ使えば生活が楽になるかを決める」


ノアが紙を見る。


「優先順位を決めるんだね」


「そうだ。貴方の前世なら、電気で動く物はいくらでもあったのだろう?」


「多すぎるくらいあったよ」


リーゼの目が鋭くなった。


「挙げろ」


「全部?」


「生活に使えそうなものからだ」


ノアは少し考えた。


「照明。送風機。水を汲み上げるポンプ。冷蔵庫。洗濯機。掃除機。調理器具。工作機械。通信機器。計算機……」


リーゼが途中で手を上げた。


「待て」


「うん」


「最後の方は今すぐ作れるものなのか?」


「無理だと思う」


「最初から分けろ!」


エヴァが笑った。


「聖者は知ってる物を聞かれると全部言うからな」


「聞かれたから」


「小官は作れる物を聞いている!」


クロエが紙を自分の方へ引き寄せた。


「なら、まず動力だ」


リーゼが見る。


「動力?」


「電気を光に変えるだけではもったいない。回転運動へ変えれば、応用先が増える」


ネイラも頷いた。


「電動機ですね」


シズクだけが二人を見比べた。


「電気で、物が回るのですか?」


ノアが説明する。


「うん。電気と磁石を使って、軸を回すことができるんだ」


シズクは少し考え、昨日増えた電灯を見る。


「水車が回ると電気ができて、その電気で別の物を回す?」


「そう」


シズクはさらに考えた。


「では、水車の回る力を、そのまま棒や縄で運ぶのでは駄目なのでしょうか」


リーゼが止まった。


クロエもシズクを見る。


ノアが笑う。


「駄目じゃないよ。むしろ近ければ、その方が簡単な場合もある」


「では、何故一度電気にするのです?」


今度はリーゼが答えた。


「運びやすいからだ」


シズクがリーゼを見る。


「力を?」


「そうだ。回転する軸を館の中まで延ばすなら、長い軸や歯車や帯が必要になる。曲がり角も面倒だ。だが電線なら比較的細い線を引けばよい」


ノアも頷く。


「必要な場所で、また回転へ戻せる」


シズクは感心したように紙を見る。


「力を細い線の中へ入れて運ぶのですね」


リーゼが少し考えた。


「厳密には違うが、今はそれでいい」


エヴァが言う。


「じゃあ力を運べるなら、俺の力も線に入れられるか?」


「無理だ!」


「何でだよ」


「貴様を発電設備へ接続するな!」


ルヴァナが笑った。


「エヴァなら水車直接回せそう」


「やってみるか?」


「やめろ!」


リーゼは朝から頭を抱えた。


それでも話は進んだ。


まず候補に上がったのは、送風だった。


屋根付きの共同食事場はもともと風が抜けるよう作られている。ノアが長く同席しても影響が籠もりにくいよう、開放面を広く取ってあるからだ。


しかし、館の内部には空気が動きにくい場所がある。


クロエの工作室。


ティセラの研究室。


物を保存している部屋。


雨の日の洗濯物を一時的に置く場所。


そして調理場。


シズクが言った。


「暑い日に風があれば、料理は少し楽になります」


エヴァも頷く。


「肉焼いてる時は暑いな」


リーゼが紙へ書く。


「送風機。候補一」


ティセラが続ける。


「乾燥にも使えますね」


「洗濯物か?」


「それもあります。試料や薬草など、風を当てながら乾燥させたいものがあります」


シズクも頷いた。


「雨が続いた時にも使えそうです」


リーゼはさらに大きく丸をつけた。


「有用だな」


次に出たのは水だった。


ルヴァナが手を上げる。


「水を汲むやつは?」


「ポンプだな」


ノアが答えた。


「でも館の生活用水は、今は高いところから水路で引いてるから、普段は必要ないよ」


リーゼも頷く。


「わざわざ電気で上げる必要はない。水が自然に流れてくるなら、それを使うべきだ」


ルヴァナは少し残念そうだった。


「じゃあいらない?」


「いや」


ノアは考える。


「低い場所の水を高いところへ移したい時には便利だよ。畑を広げた時とか、水槽へ水を入れたい時とか」


ティセラが言う。


「火災時にも使えるのでは?」


リーゼの手が止まった。


「それだ」


全員がリーゼを見る。


「館は木造だ。調理場もある。工作室もある。魔術工房もある。電気まで増えた。火が出た時、桶で水を運ぶより、一定量の水を継続して送れる方がいい」


クロエが頷いた。


「消火用か」


「普段使わなくてもいい。非常時に動けば価値がある」


ノアも紙を見る。


「水路から取水できる場所を決めて、ホースみたいなものを用意できればいいかも」


シズクが尋ねる。


「ほーす?」


「長い管」


「水を運ぶ?」


「うん」


「それなら分かります」


リーゼは『消火用ポンプ』と書き、その横へ大きく印をつけた。


エヴァが紙を見る。


「火が出たら俺が壁ごと外すぞ」


「最後の手段としては頼る!」


「頼るんじゃねえか」


「館全部燃えるよりましだ!」


次にクロエが、自分の案を出した。


「工作室へ小型の電動機が欲しい」


リーゼが嫌そうな顔になる。


「何を回す」


「まず研磨」


「まず?」


「穴開け。切断。研削。送風。小型旋盤にも使える」


ネイラの顔が明らかに変わった。


「旋盤まで?」


「出力と精度が出ればな」


リーゼが二人を見る。


「顔が同じだぞ」


クロエが首を傾げる。


「何がだ」


「新しい玩具を見つけた顔だ!」


ネイラは否定した。


「玩具ではありません。工作精度が大きく上がります」


「その目で言っても説得力がない!」


ノアはむしろ興味を示した。


「旋盤が使えるようになると、軸とか円筒部品を作るのがかなり楽になるね」


「聖者まで!」


「いや、これは本当に便利だよ」


リーゼも分かっている。


だからこそ困る。


設備を作るための設備。


一つ作れば、その設備で次の設備を作りやすくなる。


工作能力が上がれば、水車の修理も、発電機の改良も、ポンプも送風機も作りやすくなる。


リーゼはしばらく考えた後、『工作用電動機』にも大きな印をつけた。


クロエが満足そうに頷く。


「決まりだな」


「候補だ!」


ネイラが聞く。


「いつ作ります?」


「まだ決まっていない!」


「必要な部品を確認しておきます」


「もう始める気ではないか!」


さらに話題は冷蔵へ移った。


ノアの館には、すでに保存手段がある。


冷たい水を使った簡易保存。


魔宝石を使った保存蔵。


だから電気式の冷蔵設備は、急いで必要なものではなかった。


リーゼが言う。


「これは後だな」


ノアも頷く。


「今の保存蔵が使える間は、そっちの方がいいと思う」


ティセラが言う。


「ただし、魔宝石への依存を減らす研究としては価値があります」


「研究課題には残す」


「分かりました」


洗濯機も候補から外れた。


シズクが即座に言ったからだ。


「バルトリがあります」


全員が納得した。


水流で洗う巨大な洗濯設備は、電気を使わない。


寝具までまとめて洗える。


九人に増えた今でも十分使える。


リーゼが紙へ線を引く。


「洗えるものを、わざわざ別の方法で洗う必要はない」


エヴァが言う。


「聖者の前世の洗濯機より、バルトリの方が強そうだな」


ノアが笑う。


「毛布とか大物なら、こっちの方が向いてるかも」


その後、掃除機は説明だけでシズクが首を傾げ、エヴァが「箒でよくないか」と言ったため保留。


調理器具については、エヴァが「肉を自動で回して焼く物」を欲しがった。


リーゼは少し考えてから、それだけは否定しなかった。


「回転肉焼き機か」


「いいだろ」


「……人数が多いなら、意外と使える」


エヴァが勝ち誇る。


「ほらな」


「貴様の案が初めて役に立ったような顔をするな!」


シズクが静かに言う。


「エヴァは以前から肉については役に立っていますよ」


「シズク!」


「何でしょう」


「そこは慰めなくていい!」


最後に、紙の上にはかなりの候補が残った。


送風機。


工作用電動機。


消火用ポンプ。


将来的な給水ポンプ。


一部の調理機械。


冷蔵設備は研究のみ。


それ以外は必要が出てから。


リーゼは一覧を眺めた。


「全部同時にはやらん」


クロエが言う。


「まず電動機だ」


ティセラは言う。


「消火設備も重要です」


シズクは言う。


「調理場に風があると嬉しいです」


エヴァは言う。


「肉を回す」


ルヴァナが言う。


「あたし、動くやつなら何でも見たい」


ネイラはクロエを見る。


「電動機ですね」


クロエが頷く。


「電動機だ」


リーゼが頭を抱える。


「意見が割れたな」


ノアが紙を見る。


「でも、最初に電動機を作るのはいいんじゃないかな」


「何故だ」


「送風機にもポンプにも工作機械にも、結局は回す力がいるから」


リーゼが止まった。


クロエが小さく笑う。


「だから最初に動力と言った」


「分かっている!」


ネイラも言う。


「一つきちんとした電動機を作って構造を固めれば、用途に合わせて増やせます」


リーゼは二人を見る。


そしてノアを見る。


「作れるのか?」


ノアは少し考えた。


「原理は分かる。でも精度の高いものを一発で作れるとは思わない」


「小官も同じだ。電動機自体は知っているが、ここにある材料で一から作った経験はない」


クロエが言う。


「私は作れる」


沈黙した。


リーゼがゆっくりクロエを見る。


「……貴様、今まで黙っていたな」


「聞かれなかった」


「そういう技術があるなら最初に言え!」


「私の世界では珍しいものではない」


「貴様らはいつもそれだ!」


ネイラが横から付け加える。


「ただ、クロエの世界で使う材料や部品を、こちらでそのまま用意できるわけではありません」


「そこだ」


クロエも頷いた。


「設計はできる。だが材料はここのものに合わせる必要がある」


リーゼの怒りが少し引いた。


「なら、全員でやるしかないな」


ノアが頷く。


「銅線はある程度ある」


「磁石は?」


ティセラが言う。


「魔力を使わない天然の磁性体なら、保管している試料にいくつかあります」


リーゼが教授を見る。


「何故そんなものを持っている」


「面白かったので」


「教授らしい理由だな!」


エヴァが立ち上がった。


「じゃあ決まったか?」


「ああ」


リーゼは紙の一番上へ、新しく書いた。


『最初に小型電動機を作る』


その下へ。


『壊れても困らない規模から』


さらに。


『ネイラは勝手に分解しない』


ネイラが即座に言った。


「最後の一行は必要ですか?」


リーゼは顔を上げる。


「必要だ」


「完成後なら?」


「許可を取れ」


「分かりました」


「何故少し残念そうなんだ!」


クロエが笑っている。


ルヴァナも笑う。


アスラは途中から聞いていたらしく、壁際で腕を組んでいた。


「電気で回る物を作るのか」


リーゼが頷く。


「そうだ」


「魔力で回せば早いぞ」


リーゼの顔が固まった。


アスラが指を動かす。


小さな魔法陣が現れ、卓上に置かれていた木の匙がくるくる回り始めた。


全員がそれを見る。


リーゼの眉間に深い皺が寄る。


「……教授」


「はい」


「魔術で回転させる場合の効率も測るぞ」


ティセラの目が輝いた。


「比較試験ですね」


アスラが笑う。


「面白そうだな」


クロエも腕を組む。


「負ける気はない」


「何故勝負になる!」


ネイラも興味深そうに回転する匙を見る。


ルヴァナは笑っている。


ノアは嫌な予感を覚えた。


「リーゼ」


「何だ」


「小型でやろうね」


リーゼはクロエとアスラを見る。


すでに二人とも、どちらの方式で強く速く安定して回せるかという顔になっている。


「……そうする」


シズクも匙を見る。


「ところで」


全員がシズクを見る。


「これほど話している間、匙をずっと回しておく必要はあるのでしょうか」


アスラが指を止めた。


匙が止まる。


少しだけ沈黙した後、リーゼが大きく息を吐いた。


「まずは、必要な時だけ動かすというところから覚えよう」


電灯を増やした翌日。


谷底の館では、電気を使う目的がまた一つ増えた。


光らせる次は、回す。


回せるようになれば、風を作れる。


水を送れる。


物を削れる。


食事の手間も減らせるかもしれない。


その最初の小さな電動機を作るため。


午後から、工作室の長机へノア、リーゼ、クロエ、ネイラ、ティセラが集まった。


少し遅れてアスラも来た。


ルヴァナは見物。


シズクは途中で茶を持ってくる。


エヴァは肉を回す機械がいつできるのかだけ聞きに来た。


リーゼは集まった面々を見渡した。


「……ただ小さな軸を回したいだけなのだが」


ノアが笑う。


「人数が増えたね」


「技術者まで増えすぎだ!」


そして、まだ何も作っていないうちから。


電気派と魔術派の言い争いが始まった。

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