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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十六章 谷底Ⅴ

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第百十五話 電灯

夕食が終わった。


九人分の皿を洗い、鍋を片づけ、調理場を流し、最後の布巾を干した頃には、谷底はすっかり暗くなっていた。


屋根付きの共同食事場には灯りがある。


館の中にも灯りはある。


だが、人数が増えてから、それまで気にならなかった問題が目立つようになった。


リーゼは廊下の途中で立ち止まった。


「暗い」


前を歩いていたシズクが振り返る。


「灯りを持ってきましょうか?」


「それだ」


「はい?」


「何故、館の中を歩くだけで灯りを持ち歩かなければならん」


シズクは手元の小さな灯りを見る。


「夜ですから」


「そうではない!」


少し離れたところからエヴァが来る。


「何騒いでんだ?」


「館が暗い!」


「夜だからな」


「シズクと同じことを言うな!」


エヴァは廊下を見る。


館は聖者仕様である。


廊下は広い。


天井も高い。


窓も大きい。


昼間なら十分に明るい。


しかし夜になると、その広さが逆に問題になる。


小さな灯火を一つ置いても、光が届く範囲は限られていた。


館がノアとエヴァの二人暮らしだった頃なら、それでも困らなかった。


使う場所だけ灯せばよかった。


必要な部屋へ行く時だけ、手元へ灯りを持てばよかった。


今は違う。


シズクが縫い物をする。


リーゼが記録を書く。


ティセラが研究室と保管場所を往復する。


クロエは電装工作室へ行く。


アスラは魔術工房へ行く。


ネイラは娘たちの部屋と工作室を行き来する。


ルヴァナはその辺を歩き回る。


エヴァはどこにでもいる。


ノアは館の内外を往復する。


夜になっても、人が動いている。


リーゼは廊下の暗がりを指差した。


「人が増えた。使う部屋も増えた。なら灯りも増やすべきだ」


エヴァが言う。


「増やせばいいだろ」


「だから増やすと言っている!」


「じゃあ増やせよ」


「貴様は話を終わらせるな!」


そこへノアが来た。


「何を増やすの?」


リーゼが振り返る。


「電灯だ」


ノアの顔が少し明るくなる。


「ああ。それはいいかも」


「聖者もそう思うか」


「発電量にはまだ余裕があるしね」


リーゼの目が鋭くなる。


「どの程度だ?」


「今使ってる分だけなら、かなり余ってると思う。正確には測った方がいいけど」


「測るぞ」


リーゼは即答した。


エヴァがため息をつく。


「始まった」


         ◇


翌朝。


水車発電設備の前に、人が集まっていた。


ノア。


リーゼ。


クロエ。


ネイラ。


ティセラ。


そこまでは分かる。


何故かルヴァナもいる。


リーゼが聞いた。


「貴様は何をする」


「見学」


「正直だな」


「あと重い物あったら運ぶ」


「それなら役に立つ」


「でしょ?」


ルヴァナは嬉しそうだった。


水車は変わらず回っている。


谷底を流れる水の一部を引き込み、その流れで軸を回す。


そこから作った電気を、そのまま全て館へ流しているわけではない。


一度蓄える。


安定させる。


必要な場所へ分ける。


娘たちのアバター設備にも使う。


クロエの電装工作室にも使う。


リーゼが作った計器類にも使う。


ティセラの魔術設備へ回される分もある。


リーゼが記録板を見る。


「現状の使用量は?」


クロエが答える。


「娘たちの接続中が最大だ」


ネイラが補足した。


「クロエ母さん側の演算設備と、アスラ母さん側の魔力供給が同時に動きますから」


ティセラも言う。


「ただし魔力側の全てを電気で賄っているわけではありません。電力から変換して補助している部分があります」


リーゼが頷く。


「そこを除いても余裕はある?」


クロエが計器を見る。


「ある」


ノアが言う。


「電灯なら、そんなに大きな負荷にはならないと思う」


リーゼがすぐに言う。


「思う、では困る」


「うん。だから測ろう」


ネイラがしゃがみ込んだ。


設備の側面を見る。


リーゼがすぐ警戒する。


「ネイラ」


「触っていません」


「まだ何も言っていない」


「顔で分かりました」


「小官はそんなに分かりやすいか?」


ルヴァナが答えた。


「うん」


「貴様には聞いていない!」


クロエが笑う。


ネイラは計器だけを確認した。


「現在の出力なら、廊下と共用部分へ灯りを増やす程度は問題ないと思います」


リーゼが言う。


「問題は配線だ」


クロエが頷いた。


「館は木造だからな」


ノアも言う。


「そこは慎重にしたい」


シズクが火を扱う時と同じである。


木は燃える。


館に使われている木材は異常に乾きやすい。


生活には便利だが、電気設備を雑に作ってよい理由にはならない。


リーゼは館の方を見る。


「まず全部を一気にやるのはやめる」


ノアが頷く。


「うん」


「共同食事場。廊下。調理場。洗い場。階段。娘たちの部屋の前。この辺りからだ」


クロエが言う。


「工作室は?」


「貴様のところは既に明るいだろう!」


「もっと欲しい」


「却下!」


ネイラが小さく手を上げる。


「私の机は?」


リーゼが見る。


「今でも足りないか?」


「細かい作業をする時だけ、もう少し欲しいです」


リーゼは少し考えた。


「手元用を一つ増やす」


「ありがとうございます」


クロエが娘を見る。


「私も欲しい」


リーゼが叫ぶ。


「貴様は自分で作れ!」


         ◇


その日の午後から、館の中で配線作業が始まった。


とはいえ、壁の中へ全部隠すようなことはしない。


後から点検できる。


異常があればすぐ見つけられる。


壊れた場所だけ交換できる。


それがリーゼとノアの基本方針だった。


クロエは最初、


「内部へ通した方が見た目はいい」


と言った。


リーゼは即座に却下した。


「小官たちが貴様と同じ設備を持っていると思うな!」


「壁を開ければいい」


「毎回館を解体する気か!」


ノアも苦笑する。


「僕も見える方が安心かな」


「聖者まで」


クロエは少し不満そうだった。


ネイラはむしろリーゼ側だった。


「保守するなら露出配線の方が楽ですね」


クロエが娘を見る。


「ネイラ」


「何?」


「見た目が悪い」


「母さん、そこ気にするの?」


「気にする」


ルヴァナが笑う。


「クロエ母さん、意外とそういうとこあるよね」


「お前たちは私を何だと思っている」


リーゼが答えた。


「機械のことしか考えていない忍者」


「大尉」


「何だ」


「後で覚えていろ」


「脅すな!」


         ◇


問題は高さだった。


聖者仕様の館。


天井が高い。


普通の人間では、灯りを取り付けたい位置へ簡単には届かない。


ノアが台を持ってこようとした。


ルヴァナが上を見る。


「これ、あたしがネイラ持ち上げれば届かない?」


リーゼが止まった。


「待て」


ネイラが天井を見る。


ルヴァナを見る。


「届くと思う」


「やろ」


「待てと言っている!」


だが。


ルヴァナがネイラの腰を持った。


ひょい。


「わっ」


ネイラが持ち上がる。


かなり高い。


「もう少し右」


「こっち?」


「そう」


「リーゼ大尉、届いてます」


「安全帯を使え!」


「ルヴァナが持っています」


「それを安全設備として数えるな!」


アスラが通りかかる。


娘二人を見る。


「何をしている」


ルヴァナが答える。


「灯り付けてる」


アスラが上を見る。


「もっと上か?」


「もう届く」


「ならいい」


リーゼがアスラを見る。


「母親なら止めろ!」


「ルヴァナが落とすと思うか?」


「そういう問題ではない!」


クロエも来た。


しばらく見た。


「安定しているな」


「貴様もか!」


結局。


ノアが頑丈な足場を作った。


リーゼは娘二人をそこへ乗せた。


「最初からこれを使え!」


ルヴァナが言う。


「でも持ち上げた方が早かったよ?」


「速さだけで安全を決めるな!」


         ◇


シズクは灯りそのものを興味深そうに見ていた。


電灯はもう何度も見ている。


だが、今までは発電設備や工作室など、限られた場所で使われるものという印象が強かった。


それが。


廊下。


階段。


食事場。


調理場。


自分たちが毎日使う場所へ増えていく。


シズクがノアへ尋ねた。


「これも、水車が回ることで光るのですね」


「うん」


「火は使わない」


「使わないよ」


シズクは灯りを見る。


「不思議です」


リーゼが近くから言う。


「慣れれば普通だ」


シズクはリーゼを見る。


「リーゼの国では、家にもこのような灯りがあるのですか?」


リーゼは少し考えた。


「ある場所もある。だが、どこにでもあるわけではない」


「では、かなり贅沢なものなのですね」


「地域による」


ノアが笑う。


「僕の前世だと、家にあるのが普通だった」


シズクはノアを見る。


「聖者の国では、皆が?」


「かなり多くの家で」


シズクは改めて灯りを見る。


「夜でも昼のように?」


「そこまで明るくすることもできたよ」


シズクは黙った。


しばらくして言う。


「夜なのに?」


「うん」


「寝なくなりそうですね」


ノアが笑った。


「実際、遅くまで起きている人は多かったかな」


リーゼが腕を組む。


「それは文明的なのか?」


ノアは少し考えた。


「そこは何とも言えない」


         ◇


夕方。


最初の区画が完成した。


共同食事場。


調理場。


そこから館へ入る廊下。


階段。


娘たちの部屋の前。


いくつかの共用部分。


リーゼは最後の確認をする。


「一つずつ点けるぞ」


ノアが頷く。


クロエも配線を見る。


ネイラは計器。


ティセラは魔力側への影響を確認。


アスラは少し離れて見ている。


ルヴァナは単純に楽しみにしている。


エヴァとシズクも来た。


リーゼが操作する。


一つ。


灯る。


廊下の一角が明るくなる。


ルヴァナが声を上げた。


「おおー」


もう一つ。


階段。


さらに。


共同食事場。


調理場。


館の中に、火とは違う白い灯りが増えていく。


シズクは廊下を見渡した。


「明るいですね」


「まだ一部だ」


リーゼが言う。


「全部を明るくする必要はない。必要なところだけでいい」


エヴァが言う。


「全部つけた方が明るいぞ」


「当たり前だ!」


「じゃあ全部つけよう」


「電気を無駄にするな!」


「余ってんだろ?」


「余っているから浪費してよいという理屈になるか!」


ルヴァナが小声で言う。


「広いから置けると似てる」


リーゼの耳が動いた。


「聞こえているぞ!」


「何も言ってない!」


「言った!」


         ◇


その日の夕食は、前の日とは少し違った。


料理は九人分。


作るのは相変わらず大変。


片づけも大変。


だが。


日が落ちても。


屋根付きの食事場は明るい。


火をいくつも置く必要はない。


皿の中がよく見える。


誰がどこにいるかも分かる。


風が吹いても灯りは消えない。


ルヴァナが食事をしながら上を見る。


「これいいね」


ネイラも頷く。


「かなり楽」


ティセラは料理を見ながら言う。


「色の違いも分かりやすいです」


エヴァが肉を見る。


「焼け具合も見えるな」


リーゼが即座に言う。


「だから焦がすな」


「今日は焦がしてないだろ」


「今日はな」


シズクは箸を止め、周囲を見回した。


以前は。


夜になれば、一日の仕事も少しずつ終わった。


暗くなる。


灯火を使う。


必要のない場所へは行かない。


それが普通だった。


だが今は。


食事が終わっても。


廊下は明るい。


階段も見える。


調理場も使える。


娘たちの部屋へ続く道も明るい。


何かをするための時間が、夜の中へ少し伸びたように感じる。


シズクが呟いた。


「夜が長くなったようです」


リーゼが聞く。


「長く?」


「はい。暗くなって終わっていた時間が、まだ続いているように思えます」


ノアが少し笑った。


「電気のある生活って、そういうところがあるかもね」


リーゼも明るい廊下を見る。


「便利ではある」


エヴァが言う。


「じゃあ館全部やろう」


「すぐ全部に広げようとするな!」


         ◇


食後。


九人で片づける。


昨日決めた役割分担が、もう機能していた。


洗う。


すすぐ。


拭く。


戻す。


それが終わる。


だが、今日はそこで皆が散らなかった。


ネイラは自分の机へ戻った。


手元灯を点ける。


「明るい」


その一言だけで満足そうだった。


クロエが横から覗く。


「私の工作室にも同じものを」


リーゼが廊下から叫ぶ。


「自分で作れ!」


アスラは魔術工房へ戻る。


「こちらは魔法で十分だ」


クロエが言う。


「電灯の方が安定するぞ」


「魔術の方が自由だ」


「効率が悪い」


「喧嘩を始めるな!」


ティセラは研究室へ記録を持っていく。


ルヴァナは巨大寝台へ寝転がる。


シズクは縫い物を持ってきた。


今までなら、夜に細かな針仕事を長く続けるのは避けていた。


今日は手元がよく見える。


リーゼが気づく。


「目は疲れないか?」


「今のところは」


「長時間はやめろ」


「はい」


ルヴァナが寝台から言う。


「大尉、お母さんみたい」


リーゼが振り返った。


「またそれを言うか!」


ネイラも机から言う。


「でも、かなり世話を焼いていますよね」


「安全管理だ!」


「はいはい」


「ルヴァナまでその返事をするな!」


         ◇


ノアは少し離れた廊下から、娘たちの部屋を見た。


中にはネイラ。


ルヴァナ。


シズク。


少ししてクロエが来る。


アスラも来る。


ティセラまで顔を出す。


最後にリーゼも、文句を言いながら入っていった。


昨日と同じように。


夜になると、一つの部屋へ人が集まる。


だが今日は。


そこへ続く廊下も明るかった。


以前なら手元の灯りを持ち。


暗い廊下を歩き。


必要な場所だけを照らした。


今は。


誰かがいる部屋まで、光が続いている。


ノアは少しだけ笑った。


エヴァが後ろから来る。


「何見てんだ?」


「灯り」


「人じゃなくて?」


「両方かな」


エヴァも廊下を見る。


「明るくなったな」


「うん」


「夜でも館がでかく見える」


ノアが笑う。


「暗いと分からなかった?」


「分かってたけどな」


エヴァは壁の灯りを見る。


「これ、外にも付けられるか?」


「付けられると思う」


「風呂までの道」


「便利かも」


「畑」


「夜に畑へ行く?」


「何か出た時」


「それなら必要か」


「黒のところ」


ノアが止まった。


「黒のところまで?」


「暗いと踏まれるぞ」


「かなり遠いよ」


「広いからいけるだろ」


廊下の奥から。


リーゼの声が飛んできた。


「その理屈で電線まで延ばすなああああっ!」


エヴァが笑った。


「聞こえてたか」


「聞こえるだろ!」


リーゼが部屋から顔を出す。


「まず館内! 次に生活動線! 外は必要性を確認してからだ!」


ノアが頷く。


「それがいいね」


エヴァも肩をすくめた。


「じゃあ順番で」


リーゼは少しだけ驚いた。


「……素直だな」


「電灯は逃げないからな」


「何と比べている!」


その夜。


館の灯りは、いつもより遅くまで点いていた。


誰かが仕事をしているからではない。


緊急事態でもない。


ネイラとルヴァナの部屋で話している者がいる。


シズクが縫い物をしている。


ティセラが聞いた話を記録している。


クロエとアスラが娘たちと話している。


リーゼが途中で何度も口を挟む。


エヴァが廊下から覗く。


ノアは少し離れた場所にいる。


それだけだった。


電灯を増やしたことで、夜が昼になったわけではない。


谷底は相変わらず暗い。


森の向こうには巨大な生物がいる。


大瀑布の轟音も消えない。


それでも館の中では。


暗くなったから一日が終わるのではなく。


もう少し話す。


もう少し作る。


もう少し一緒にいる。


そんな時間が増え始めていた。


翌朝。


リーゼが廊下へ出ると。


娘たちの部屋の灯りが点いたままだった。


リーゼの眉が跳ねる。


「誰だ!」


中からルヴァナの眠そうな声がする。


「なにー?」


「灯りを消さずに寝たのは!」


「……ネイラ?」


「私ではありません」


「じゃあクロエ母さん?」


「私は消した」


「アスラ母さん?」


「知らん」


リーゼが叫んだ。


「電灯を増やした翌日からつけっぱなしにするなああああっ!」


館へ、新しい朝の叫び声が響いた。


電気が余っていることと。


無駄に使ってよいことは。


リーゼにとって、まったく別の話だった。

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