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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十五章 娘達Ⅲ

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第百十三話 姉妹【一般公開版】

ルヴァナが意識を取り戻した時、最初に気づいたのは、身体が妙に重いことだった。


次に、動かない。


腕も。脚も。胴も。


目を開けると、部屋の中央に置かれた大きな作業台へ固定されている。


身体は訓練服の上から透明な膜で包まれ、内部の空気を抜かれていた。両腕と両脚は大きく広げられ、四方へ固定されている。


「…………」


ルヴァナは身体を捻った。


動かない。


標本台の横から声がした。


「やっと起きた」


ネイラが腰掛けている。いつもの落ち着いた顔。ただし、口元だけが笑っていた。


「ネイラ!」


「何?」


「何じゃないでしょ!」


「よく眠っていたわね」


「どう見てもそれどころじゃない!」


「こちらへ意識を戻した直後は、少し反応が鈍いのね」


「そこ狙ったの!?」


「ええ」


「卑怯!」


「忍者が恋人相手に何を言っているの」


「恋人だから言ってんの!」


ネイラは楽しそうに笑った。


「今晩は、こちらの母さんたちが二人ともいないのに」


ルヴァナの表情が止まる。


「油断していたのかしら?」


「……そういう意味?」


「そういう意味」


ルヴァナは透明な膜の中でもう一度身体を動かした。びくともしない。


「これ、対捕縛訓練用のやつじゃん」


「改良版よ」


「誰が改良したの」


「私」


「聞いた私が馬鹿だった!」


ネイラは台から降り、ルヴァナの周囲を歩く。


「アバターで谷底へ行くようになってから、あなた随分と警戒が緩くなったでしょう」


「そんなことないって」


「戻ってきて、そのまま眠った」


「疲れてたんだもん」


「忍者学園で聞いた言い訳ね」


「もう卒業してるから!」


「卒業したから忘れていいわけではないでしょう?」


「家で寝て何が悪いの!」


「だから捕まったのよ」


「ぐぬぬ……」


ネイラがルヴァナの頬へ指を添えた。


「続けていいかしら?」


ルヴァナは少しだけ黙り、にやりと笑う。


「聞く必要ある? 絶対、逃げるから」


ネイラの笑みが深くなった。


「逃げられたらね」


「その顔、むかつく」


「好きでしょう?」


「好きだけどむかつく!」


ネイラはルヴァナの額へ短く口づけた。


「なら始めましょうか」


作業台の周囲へ、神経接続用の細いケーブルが伸びる。


視覚の反転。平衡感覚の攪乱。時間認識の引き延ばし。対捕縛訓練用の偽信号が、次々とルヴァナへ流し込まれた。


「うわ、ちょ、床が天井!」


「三分以内に脱出できたら合格よ」


「絶対抜ける!」


ルヴァナは指一本動かせない。


だが、生身の忍者ではない。


肩と脚の付け根にある隠しジョイントを切り離す。四肢を一時的に外し、胴だけになって固定膜から滑り出した。


「肉ダルマ脱出!」


「それを使うと思っていたわ」


「なら止めなよ!」


「捕縛具の評価も兼ねているもの」


ルヴァナの背中から細い触手が伸び、ネイラの足首へ絡みつく。


「形勢逆転!」


ネイラが倒れる直前に身体をひねり、逆に触手を掴む。


二人は床を転がった。


拘束。脱出。再拘束。神経干渉。幻覚。


最後には、どちらの術が誰へ作用しているのか分からなくなった。


互いの喉元へ刃を突きつけたところで、二人は同時に止まる。


「引き分けね」


「先に捕まえた方が負けでしょ」


「その理屈は初めて聞いたわ」


「今作った!」


また争いになった。


結局、勝敗がつかないまま、二人は床へ転がって眠った。


翌朝。


谷底の露天風呂には、クロエ、ネイラ、アスラ、ルヴァナの四人がいた。


朝の冷たい空気の中、巨大な露天風呂から白い湯気が立ち上っている。


ルヴァナは肩まで湯へ沈み、長く息を吐いた。


「あー……」


隣ではネイラも静かに身体を湯へ預けている。昨夜の騒ぎなどなかったような、実に穏やかな顔だった。


クロエが娘を見る。


「楽しかったか?」


ネイラは即答した。


「ええ」


ルヴァナが勢いよく顔を上げる。


「ちょっと!」


「何?」


「普通に答えないでよ!」


アスラが笑った。


「今さら何を恥ずかしがっている」


「母親の前だから!」


「成人しているだろう」


「そういう問題じゃないって!」


クロエはまったく気にせず、ネイラへ尋ねた。


「真空包装拘束は?」


「良好だったわ」


「改良点は?」


「あります」


ルヴァナが勢いよく振り向く。


「そこで技術評価始めないで!」


クロエは真面目だった。


「最後には抜けられたのだろう?」


「肉ダルマで、ですが」


ネイラが答えると、ルヴァナが得意そうに胸を張った。


「抜けたからね!」


アスラが娘を見る。


「お前が?」


「そう!」


「何分だ」


「時間測ってない!」


ネイラが静かに言う。


「かなりかかったわ」


「ネイラ!」


「事実でしょう?」


「途中で色々してたからでしょ!」


クロエとアスラが同時に娘二人を見る。


ルヴァナは、自分で言ってから失敗に気づいた。


「……そこ掘らないでね」


アスラが笑う。


「聞いていない」


「その顔は聞きたそうじゃん!」


クロエはそれ以上追及せず、肩まで湯へ沈んだ。


「あー……」


アスラも隣で同じように身体を伸ばす。


「あー……」


ルヴァナが嫌な予感を覚えた。


「やめてよ」


ネイラだけは首を傾げる。


「何?」


アスラが満足そうに目を閉じた。


「やはり、こういう夜の翌朝は」


クロエが続ける。


「これだな」


二人は揃って、いつもの台詞を口にした。


「対捕縛訓練の後の露天風呂は気持ちいいー」


ネイラは二人を見た。


少し考える。


それから、自分も肩まで湯へ沈んだ。


「あー……」


ルヴァナが叫ぶ。


「ネイラまでやらないで!」


「でも気持ちいいわ」


「それはそうだけど!」


結局、ルヴァナも肩まで沈む。


朝の冷たい空気と、熱すぎない湯。


身体から力が抜けていく。


思わず口から声が漏れた。


「あー……」


ネイラが横を見る。


ルヴァナも見る。


そして今度は、娘二人が揃って言った。


「対捕縛訓練の後の露天風呂は気持ちいいー」


クロエとアスラが顔を見合わせた。


アスラが笑う。


「同じではないか」


ルヴァナがすぐ反論する。


「違うから!」


「何がだ」


「気分!」


「同じ台詞だったぞ」


「そこはもういいの!」


クロエは湯の中で身体を伸ばした。


「まあ、分かればいい」


「何が!?」


「朝風呂の良さが」


「そこ!?」


ネイラが小さく笑った。


昨夜どれほど激しい訓練をしていようと、朝になれば四人で露天風呂に入る。


クロエとアスラが以前から繰り返していた習慣へ、ネイラとルヴァナまで加わっただけだった。


その時、遠くの森が揺れた。


どどどどど、と重い音が地面を伝わってくる。


四人が揃ってそちらを見る。


森の向こうを、巨大な黒い影が走っていた。


黒だ。


そして、その後ろから四匹の巨大な雌が追っている。


キマイラ。


鵺。


ユニコーン。


ペガサス。


黒が大きく右へ曲がる。


四匹も一斉に曲がった。


ペガサスが翼を広げ、空から前へ回り込もうとする。


キマイラは横から距離を詰める。


鵺は巨大な身体なのに妙に優雅な走り方をしている。


ユニコーンだけは、明らかに楽しそうに跳ねながら黒を追いかけていた。


ルヴァナが湯船の縁へ腕を置く。


「……何してんの、あれ」


クロエが答える。


「知らん」


アスラも遠くを眺めた。


「黒が何かしたのだろう」


ネイラは冷静に数える。


「四対一ですね」


「でも黒だよ?」


ルヴァナがそう言った直後、黒がさらに加速した。


四匹も負けじと速度を上げる。


巨大な五つの影が森を揺らし、そのまま朝日の差す彼方へ駆けていった。


しばらくして地響きも遠ざかる。


クロエは再び肩まで湯へ沈んだ。


「あー……」


アスラも続く。


「あー……」


ネイラも同じように沈む。


「あー……」


ルヴァナは三人を見た。


少しだけ呆れたあと、自分も身体を湯へ預ける。


「あー……」


朝から巨大生物が追いかけっこをしていても、誰も風呂から出ようとはしなかった。


対捕縛訓練の翌朝くらい、ゆっくり湯に浸かりたい。


その点だけは、親も娘も意見が完全に一致していた。

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