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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十五章 娘達Ⅲ

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第百十二話 心配する言葉

娘二人が向こうへ戻り、再び谷底へ来たのは翌日のことだった。


娘たちの部屋。


奥の接続設備が動き始める。


クロエ側の計器へ灯りが入り、アスラ側の魔法陣にも淡い光が走った。


クロエが最初から部屋にいる。


アスラもいる。


二人とも、普段より少し早く来ていた。


リーゼはそれを見て笑った。


「貴様ら、待っていたのか」


クロエが見る。


「何をだ」


「娘たちを」


「接続状態の確認だ」


アスラも言う。


「私は魔力供給を見に来ただけだ」


リーゼは頷いた。


「そういうことにしておこう」


「大尉」


「何だ」


「黙れ」


二つのアバターが起動した。


先にネイラが目を開ける。


続いてルヴァナ。


ルヴァナは大きく伸びをした。


「ただいまー」


シズクがちょうど廊下を通りかかっていた。


「お帰りなさい」


「ただいま、シズク」


ネイラも立ち上がる。


「戻りました」


クロエがすぐ聞いた。


「伝わったか?」


「はい」


「返事は」


「あります」


クロエの目が少し細くなった。


アスラも娘を見る。


「こちらもか?」


ルヴァナが嫌そうな顔をした。


「あるよ」


「何だ、その顔は」


「だって絶対また喧嘩になるし」


リーゼが椅子を引いた。


「よし。聞こう」


「何故大尉まで参加する」


「昨日から巻き込まれている!」


ティセラもやってきた。


当然のように記録板を持っている。


リーゼが見る。


「教授」


「はい」


「これは家族の文通だぞ」


「同時に、谷底と外界との情報伝達試験でもあります」


「正論で入ってくるな!」


ティセラは座った。


シズクも残った。


エヴァまで後から果物を持って現れる。


「返事来たのか?」


クロエが嫌そうに見る。


「何故増える」


エヴァは果物を一つ齧った。


「面白そうだから」


「貴様は帰れ」


「嫌だ」


結局、いつもの顔ぶれが揃った。


ネイラが最初にクロエを見る。


「では、クロエ母さんから」


「言え」


ネイラは淡々と話し始めた。


「『こちらは問題ない。ネイラとルヴァナの本体も正常。接続後の疲労も許容範囲内』」


クロエが頷く。


「そこは重要だ」


「続きます」


「『それから、服についてだが』」


クロエの顔が少し険しくなる。


リーゼがすでに笑いそうになっている。


ネイラは続けた。


「『こちらに残っている身体も私なのだから、私の服を私が着て何の問題がある』」


エヴァが吹き出した。


リーゼも耐えられなかった。


「正論ではないか!」


「別個体だ」


クロエは真顔だった。


「だから何だ!」


「私の服だ」


「向こうの貴様にとっても自分の服だろう!」


クロエは納得していない。


ネイラがさらに続ける。


「『こちらで着ないなら誰も使わない。物資を無駄にするな』」


エヴァがクロエの肩を叩いた。


「向こうのお前、結構まともだな」


「触るな」


「自分に負けてんぞ」


「負けていない」


リーゼが笑う。


「自分相手に勝敗を作るな!」


ネイラが紙のない手紙をさらに再現する。


「それと、黒について」


エヴァが反応した。


「黒?」


「はい」


「『巨大な黒い馬がいる、という情報だけでは不足している』」


リーゼが力強く頷いた。


「その通りだ!」


エヴァは不満そうだった。


「馬だぞ」


全員がエヴァを見る。


エヴァが周囲を見回した。


「何だよ」


ネイラは続ける。


「私とルヴァナから詳しい話を聞いて、向こうのクロエ母さんも驚いていました」


ルヴァナが割り込む。


「だって、母さんたちから来てた情報だと『大きな黒い馬が来た』くらいだったんだもん」


リーゼが言う。


「普通なら、せいぜい多少大きな軍馬を想像する」


エヴァが言う。


「普通の軍馬も聖者くらいあるぞ」


リーゼの顔が引きつった。


「今その話を混ぜるな!」


ルヴァナが笑う。


「向こうのクロエ母さんも、実物見たら絶対同じ顔すると思う」


クロエが腕を組む。


「それは否定しない」


今度はアスラの番だった。


「ルヴァナ」


「はいはい」


「向こうの私は何と言った」


ルヴァナは一度ネイラを見る。


ネイラは助けない。


諦めて話す。


「まず、『紫晶石の棚は私も使う』」


アスラの眉が動く。


「何?」


「『銀粉も必要だから使った』」


「勝手に?」


「向こうでは向こうのアスラ母さんが管理してるんだから、勝手ではなくない?」


「私の工房だぞ」


リーゼが即座に言う。


「向こうのアスラにとっても自分の工房だ!」


「違う!」


「何が違う!」


ルヴァナはまだ続ける。


「『今あの家を維持しているのは私だ。帰れない奴が在庫管理に細かく口を出すな』」


クロエが笑った。


「向こうのお前の方が正しい」


アスラが振り向く。


「黙れ!」


「事実だ」


「貴様も服で同じことを言われていただろう!」


「服と魔術素材は違う」


「何が違う!」


リーゼが頭を抱えた。


「何故、自分自身が二人ずついるだけで喧嘩が四倍になるんだ!」


ティセラが小さく呟く。


「興味深いですね」


リーゼが睨む。


「教授、そこを研究対象にするな!」


「同一情報から分岐した個体が、異なる環境でどの程度判断を変えるかという――」


「今は家族喧嘩だ!」


ティセラは記録板へ書くのをやめなかった。


ルヴァナが続ける。


「あと、こっちはちゃんとした話」


アスラが見る。


「何だ」


「『ルヴァナに無茶な力仕事をさせるな』」


アスラが止まった。


ルヴァナは少し得意そうだった。


「ほら」


「何が、ほら、だ」


「向こうの母さんは心配してくれてる」


「私もしている」


「昨日、丸太運ぶの褒めてたじゃん」


「力がついたことを褒めたのであって、限界まで働けとは言っていない」


エヴァが目を逸らした。


リーゼがすぐ気づく。


「エヴァ」


「何だ」


「何故目を逸らした」


「知らん」


ルヴァナが指差す。


「エヴァが二本持ってたから、あたしも二本にした」


リーゼがエヴァを見る。


「原因がいた!」


「本人が持ったんだぞ」


「煽っただろう!」


「持ち方は教えた」


「さらに悪い!」


アスラがエヴァを見る。


「娘に無茶させるな」


エヴァが少し笑う。


「お前、母親っぽいな」


「母親だ!」


ルヴァナも笑った。


「そうだよ」


アスラは少し気まずそうに娘の頭を撫でた。


そこへネイラが言った。


「もう一つあります」


クロエが見る。


「何だ」


「分かつ谷について、向こうの母さんたちから確認がありました」


リーゼが反応する。


「分かつ谷?」


ネイラは頷いた。


「以前、母さんたちが落ちた場所です」


クロエが補足した。


「私たちの世界を大きく横切る巨大裂谷だ」


アスラも言う。


「珍しい場所ではあるが、秘密の場所ではない。誰でも知っている」


ルヴァナが笑う。


「橋もいっぱいあるしね」


シズクが首を傾げる。


「谷なのに、渡れるのですか?」


「はい」


ネイラが答える。


「主要な場所には大きな橋があります。都市同士の往来にも使います」


リーゼが驚く。


「それほど大きな谷へ橋を架けているのか?」


「普通ですよ?」


「貴様らの普通を信用できなくなってきた!」


クロエが続ける。


「問題は分かつ谷そのものではない」


リーゼが見る。


「では何だ」


「分かつ河だ」


アスラが答えた。


「谷の底を流れている河だ。私たちはそこへ落ちた」


ネイラも頷く。


「そこまでは私たちも知っています」


「知っているのか?」


「もちろんです」


ルヴァナが言う。


「分かつ谷も分かつ河も有名だよ。学校でも習うし」


リーゼは少し考えた。


「では、母親二人がそこから現在の谷底まで来た経路は?」


娘二人が揃って首を振った。


「それは分かりません」


「知らない」


クロエが言う。


「私たち自身も分からない」


アスラも頷いた。


「分かつ河へ落ちたところまでは覚えている。その後は流された」


「途中で流れが分かれた」


「私は別の支流へ」


「私も別方向だ」


そして最後は、別々の場所から今の谷底へ流れ着いた。


リーゼは確認するように言った。


「つまり、分かつ谷とこの谷底は別物」


「そうだ」


クロエが即答した。


アスラも頷く。


「少なくとも、私たちが知る分かつ谷と、ここは全く違う」


シズクが窓の外を見る。


この谷底からは、断崖の頂すら見えない。


分かつ谷には橋がある。


人が往来する。


都市もある。


同じ場所とは考えにくい。


ルヴァナが言う。


「こっち来て最初、全然違う場所だと思ったもん」


ネイラも頷く。


「植生も、生物の規模もかなり違います」


エヴァが笑う。


「黒もいるしな」


リーゼが言う。


「黒は後から来ただろう!」


ティセラは記録板へ短く書いた。


「分かつ谷と現在地を同一視しない、と」


クロエが頷く。


「それでいい」


ノアが入口近くから言った。


「たぶん、それ以上は今考えても分からないよ」


リーゼが振り向く。


「聖者は気にならないのか?」


「気にはなる。でも、分からないものを考え続けても生活は進まないから」


エヴァが頷く。


「聖者は昔からそれだ」


シズクも笑う。


「分からないものは、まず棒で、ではないのですか?」


ノアが笑った。


「棒で届くならね」


リーゼも少し笑った。


「世界規模の谷に棒は届かん」


「じゃあ今は保留」


「随分あっさりしているな」


「生活に困ってないから」


その一言で、ティセラまで記録板から顔を上げた。


谷底の仕組みを解くことより。


今日の水量。


畑。


食料。


洗濯。


発電。


娘たちの接続。


そちらの方が、今は重要だった。


ルヴァナが急に手を上げた。


「じゃあ文通の続き!」


リーゼの嫌な予感が戻る。


「まだあるのか」


「あるよ。向こうのアスラ母さんから、こっちのアスラ母さんへ」


アスラが腕を組む。


「言え」


ルヴァナはにやりと笑った。


「『それから、娘たちの前でクロエと殺し合うな』」


アスラが止まった。


クロエが吹き出した。


「向こうのお前はまともだな」


ルヴァナが続ける。


「まだある」


「何だ」


「『どうせまた仲直りするくせに』」


部屋が静かになった。


クロエがアスラを見る。


アスラがクロエを見る。


エヴァが大笑いした。


シズクまで口元を押さえる。


ティセラは即座に記録板を持ち上げた。


リーゼが叫ぶ。


「教授、これは記録しなくていい!」


「分岐個体による自己評価として非常に――」


「家族の悪口だ!」


ネイラがクロエを見る。


「クロエ母さん側からもありますよ」


クロエの顔から笑みが消えた。


「……何だ」


ネイラは淡々と答えた。


「『アスラと喧嘩するのは構わないが、館を壊すな。娘たちが住んでいる場所だ』」


アスラが今度は笑った。


「向こうの貴様もまともだな」


「うるさい」


ルヴァナとネイラが顔を見合わせる。


二人とも笑った。


こちらにいる母親たち。


向こうにいる、母親たちから分かれた別の二人。


完全に同じではない。


経験も少しずつ違っている。


考えることも、もう少しずつ変わっている。


それでも娘たちについて心配するところだけは、妙によく似ていた。


リーゼはそれを見て肩をすくめた。


「次から、家族喧嘩は一往復一件までにしろ」


クロエとアスラが同時に言う。


「断る」


「無理だ」


ネイラとルヴァナも同時に言った。


「一件までです」


「一件まで!」


リーゼが笑った。


「娘たちの方が強いな」


クロエとアスラは不満そうだったが、それ以上は反論しなかった。


谷底から、親たちは帰れない。


だが、娘たちは行き来できる。


紙は渡せない。


物も渡せない。


それでも言葉は運べる。


そして今のところ、その細い道を通って一番多く運ばれているのは。


世界の秘密でも。


重要な軍事情報でもなく。


母親同士の苦情と。


娘を心配する言葉だった。

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