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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十五章 娘達Ⅲ

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第百九話 娘たちの部屋

娘二人の部屋は、二人が谷底へ来る前から用意されていた。


館の一角に並ぶ三つの大部屋。その左がクロエの電装工作室、右がアスラの魔術工房。そして中央が、ネイラとルヴァナのアバター設備室である。


部屋の奥には、クロエ側から引いた電力と演算設備、アスラ側から引いた魔力供給と遠隔接続術式がまとまっている。ネイラ用には人間の高さに合わせた大きな作業机が置かれ、ルヴァナ側の家具や床は、本人の力を考えて少し頑丈にしてあった。


そして部屋の中央寄りには、明らかに二人用ではない巨大な寝台が置かれている。


もともとはエヴァの旧個室にあったものだった。エヴァの部屋を正式な衣装室へ変えた際に不要となり、捨てる理由もないので、そのまま娘二人の部屋へ移された。


聖者仕様。


ノアが自分で使うために作った規格なので、ネイラとルヴァナが二人で横になっても、まだかなり余る。


昼過ぎ、リーゼはその寝台を見ながら腕を組んでいた。


「何度見てもでかいな」


ルヴァナは寝台の上で大の字になっていた。


「快適だよ?」


「貴様一人が手足を伸ばしても、まだ半分近く余っているではないか」


「姉ちゃんも来るし」


机に向かっていたネイラが振り返る。


「二人でも十分余りますよ」


「知っている。聖者本人が、二人で使っても大きいかもしれないと言っていたからな」


入口にいたノアが苦笑した。


「人間用を作った方がよかったかな」


「今さら作り直す必要はない。使える物をわざわざ増やす方が無駄だ」


「じゃあ問題ないじゃん」


ルヴァナが笑う。


リーゼは寝台を睨んだ。


「問題はない。納得しづらいだけだ」


最初、この部屋には生活感がほとんどなかった。


接続設備。


計器。


机。


棚。


寝台。


娘二人がこちらへ来ても困らないように、母親たちが先に用意した物ばかりだった。


それが、実際にネイラとルヴァナが過ごすようになってから、少しずつ変わっている。


まず、ネイラの机に物が増えた。


水車発電機を調べた時に描いた構造図。


リーゼやノアから借りた電気関係の資料。


ティセラから渡された魔力変換の記録。


谷底で見つけた設備を、自分なりに描き直した図。


小さな工具。


分類された留め具や金属片。


そして、ノアから正式に分解してよいと渡された壊れた道具。


リーゼは机を見た。


「昨日より増えていないか?」


「増えています」


「迷いなく認めるな」


「勝手に持ち込んだものではありません。聖者に確認しています」


リーゼがノアを見る。


「本当か?」


「うん。壊れていて使っていないものだけね」


ネイラも続ける。


「分解前に許可を取っていますし、終わったら戻しています」


「それならよい」


「いくつかは、戻した後の方が動きがよくなりました」


リーゼの眉が動いた。


「またか」


「少し調整しただけです」


「何故貴様は、壊れた物を渡すと改良して返してくるんだ」


隣の工作室からクロエが顔を出した。


「良いことだろう」


「そこで得意げな顔をするな」


クロエは否定しなかった。


一方、ルヴァナの側には違う物が増えていた。


髪飾り。


服。


シズクからもらった小さな布袋。


エヴァと力仕事をした時に使った手袋。


滝壺の岸で拾った、妙な模様の石。


どこから持ってきたのか分からない飾り。


読者モデルの仕事で使うらしい小物や紙類。


そして寝台の端には、脱いだ上着が何枚か積まれている。


リーゼはそれを見つけた。


「ルヴァナ」


「なに?」


「服を寝台へ置くな」


「まだこんなに空いてるじゃん」


リーゼの表情が固まった。


少し離れたところにいたエヴァが吹き出す。


「言ったな」


リーゼはゆっくりルヴァナを見る。


「今、何と言った?」


「空いてるから置いてもよくない?」


「またそれか! 小官が何度『広さを収納の代わりに使うな』と言えば分かる!」


ルヴァナが目を丸くする。


「え、そんな怒る?」


リーゼはエヴァを指差した。


「そこの女と同じことを言ったからだ!」


「俺を巻き込むなよ」


「貴様が元祖だ!」


エヴァは寝台を見る。


端に服がある。


反対側には、まだ広大な空間がある。


「でも置けるぞ」


「だから置けるかどうかの話ではない!」


ルヴァナが笑いながら起き上がった。


「クロエ母さんも、邪魔じゃないならいいって言ってたよ」


リーゼがクロエを見る。


クロエは普通に頷いた。


「合理的だ」


「貴様までそちらへ行くな!」


今度はアスラが魔術工房から出てきた。


「何を騒いでいる」


「大尉が、ベッドに服置くなって」


アスラは寝台を見る。


服を見る。


まだ余っている場所を見る。


「別にいいだろう」


「増えた!」


リーゼは頭を抱えた。


ネイラが机から静かに言う。


「私は寝台へ物を置いていませんよ」


「そこは偉い」


「机にまだ置けますから」


リーゼは机を見た。


半分近くが紙と部品で埋まっている。


「貴様も時間の問題ではないか」


「分類されています」


「整理されていれば増やしてよいという話でもない!」


シズクが洗い終えた布を抱えて入ってきた。


「ルヴァナ、こちらは棚へ入れておきますね」


「ありがと、シズク」


「ネイラの分はこちらです」


「ありがとうございます」


シズクは何の迷いもなく、それぞれの棚へ物を収めていく。


リーゼがその様子を見る。


「シズクは完全に二人の部屋として扱っているな」


シズクは不思議そうに首を傾げた。


「お二人の部屋ですから」


「いや、そうなのだが」


リーゼ自身、何に引っ掛かっているのか分からなくなってきた。


正式にはアバター設備室。


だが、もう設備だけの部屋ではない。


二人はここで着替える。


作業する。


休む。


物を置く。


本体側の生活に合わせて接続を落とすこともあれば、アバターだけ休止させることもある。


こちらで休む時は巨大寝台を使う。


設備室という名前の方が、だんだん実態から離れ始めていた。


その日の夜。


リーゼが廊下を歩いていると、娘たちの部屋から何人もの声が聞こえた。


扉は開いている。


中を見る。


巨大寝台の上にネイラとルヴァナがいた。


そこまでは普通だった。


クロエもいる。


アスラもいる。


さらに寝台の脇には、記録板を持ったティセラまで座っていた。


リーゼは入口で止まった。


「……何故教授までいる」


ティセラが顔を上げる。


「アバターが休止へ移る前に、二人の状態を確認していました」


「確認は終わったのか?」


「終わりました」


「では何故まだいる」


ティセラは少し考えてから答えた。


「話が興味深かったので」


「研究ではないのか?」


「今は雑談です」


リーゼは少し驚いた。


「教授が雑談のために残っているだと?」


「私も雑談くらいします」


「記録板を持ったまま言われても説得力がない!」


ルヴァナが笑う。


「教授、さっきまで向こうの学校の話聞いてたよ」


ネイラも頷く。


「大学の制度について質問されました」


ティセラが説明する。


「魔術と機械技術が併存する社会で、専門教育がどのように分かれているかは興味深いので」


リーゼが指差す。


「やはり研究ではないか!」


「雑談から得られる知識もあります」


「雑談を調査方法へ組み込むな!」


ティセラは記録板へ手を伸ばしかけた。


リーゼが睨む。


「教授」


「はい」


「今の家族の会話まで記録するな」


「まだ書いていません」


「書こうとしただろう」


「習慣です」


「今夜くらい止めろ!」


ティセラは少し残念そうに記録板を伏せた。


寝台の上では、アスラがルヴァナへ話している。


「そういえば、向こうの庭の石柱はまだずれているぞ」


「戻したじゃん」


「戻っていない。傾いている」


ネイラが口を挟む。


「私が最後に見た時点で、三度ほど傾いていました」


ルヴァナが姉を見る。


「何でそんなの覚えてるの!」


クロエが満足そうに言う。


「ネイラだからな」


アスラはルヴァナの頭を軽く撫でた。


「だが、一人で持ち上げられるようになったのは大したものだ」


「そこ褒める?」


「私の娘だからな」


クロエが即座に言う。


「私の娘でもある」


「分かってるって」


ルヴァナが笑った。


普通の親子の会話である。


基準だけが少しおかしい。


そこへエヴァがやってきた。


「何だ、集まってんな」


部屋を覗く。


寝台にはネイラ、ルヴァナ、クロエ、アスラ。


横にティセラ。


エヴァは巨大寝台を見て笑った。


「まだ乗れるな」


リーゼが即座に振り返る。


「何故、乗れるかどうかで判断する!」


エヴァは構わず寝台の端へ腰を下ろした。


五人。


まだかなり余っている。


ティセラは寝台の脇なので数に入らない。


シズクも廊下の向こうから来た。


「皆さん、こちらにいらしたのですね」


ルヴァナが手招きする。


「シズクも来なよ」


「はい」


シズクも座った。


六人。


それでも余る。


リーゼは巨大寝台を見つめた。


「……何故六人乗っても余っている」


ノアの声が後ろから聞こえた。


「何が?」


リーゼが振り返る。


「聖者。貴方の規格だ!」


ノアも部屋を覗く。


「もう僕の寝台じゃないよ」


「元は貴方用だろう!」


「そうだけど」


ノアは六人が乗っている寝台を見る。


「本当に大きいね」


「今さら気づいたような顔をするな!」


エヴァが寝台を叩いた。


「聖者も来いよ」


ノアは首を振る。


「僕はここでいいよ。長くいるなら近づきすぎない方がいいし」


開いた扉の近く。


風が通る位置。


ノアがいつもの距離を取るのは、もう誰も気にしなかった。


ティセラだけがノアと寝台の距離を目で追っていた。


リーゼが気づく。


「教授、測るな」


「癖です」


「今夜はその癖が多すぎる!」


結局、リーゼも部屋へ入った。


ただし寝台には座らず、ネイラの机の横にある椅子を使う。


「小官はここでいい」


ルヴァナが笑う。


「大尉だけ離れてない?」


「寝台へ六人も乗っている方がおかしい!」


「まだ空いてるよ」


「空いているかどうかではない!」


ティセラも記録板を置き、別の椅子を寝台の近くへ寄せた。


気づけば、九人全員が同じ部屋にいた。


誰かを助けるためでもない。


設備を作るためでもない。


危険な生物が現れたわけでもない。


ただ夜になり、娘二人の部屋へ一人ずつ集まった結果だった。


話題も大したものではない。


ネイラは向こうの大学の話をした。


ルヴァナは読者モデルの仕事について話した。


リーゼは相変わらずそれを宣伝用の仕事に近いものだと理解しており、ルヴァナに何度も訂正された。


クロエとアスラは娘たちの昔話を挟む。


エヴァは面白そうなところだけ拾って余計なことを言う。


シズクは知らない制度について尋ねる。


ティセラは最初こそ教育制度を聞いていたが、途中からは普通に笑い、普通に話へ加わっていた。


ノアは入口近くで聞きながら、時々自分の前世と似たものについて補足する。


リーゼはその光景を眺めていた。


最初、この部屋にあったのは設備だった。


電線。


計器。


魔法陣。


机。


棚。


そして、大きすぎる寝台。


まだ本人たちがいない頃から、クロエとアスラが娘たちを安全に呼ぶために用意した場所だった。


今は違う。


ネイラの図面がある。


ルヴァナの手袋がある。


二人の服がある。


読みかけの資料がある。


拾ってきた石がある。


使った寝具がある。


そして今夜は、その部屋に館の住人が全員いる。


ティセラが周囲を見回した。


「面白いですね」


リーゼが少し警戒する。


「今度は何だ」


「ここは、もともとアバター設備室として作られた部屋です」


「そうだな」


「ですが現在は、館の中でも人が集まりやすい場所になっています」


クロエが娘二人を見る。


「部屋に集まっているわけではないだろう」


アスラも頷く。


「娘たちがいるから来ているだけだ」


ルヴァナが少し照れた。


「なにそれ」


ネイラもわずかに笑う。


シズクが静かに言った。


「でも、本当にそうなのかもしれませんね」


リーゼは部屋を見回した。


「……娘たちの部屋になった、ということか」


ネイラが首を傾げる。


「最初から私たちの部屋ですよ?」


「そういう意味ではない」


ルヴァナがにやりとする。


「大尉、なんか最近お母さんみたい」


「誰がだ!」


エヴァが吹き出した。


ティセラまで笑った。


リーゼが教授を見る。


「教授まで笑うな!」


「今の発言は記録しません」


「当たり前だ!」


その夜は、誰もすぐには部屋を出なかった。


向こう側にも、ネイラとルヴァナそれぞれの暮らしがある。


本体の帰る家がある。


大学がある。


仕事がある。


母親たちとの生活がある。


それでも谷底には、別の机があり、別の棚があり、大きすぎる寝台がある。


自分たちの物を置き、休み、話し、誰かが自然と訪ねてくる場所がある。


最初は、娘二人をこちらへ呼ぶために作った部屋だった。


いつの間にか。


谷底にも、二人が帰ってくる自分たちの部屋ができていた。

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