第百四話 露天風呂
もともと聖者仕様の巨大な館に合わせて造られたものなので、湯船も洗い場も人間基準なら十分すぎるほど広い。シズクなど、初めて見た時には風呂ではなく池だと思ったほどだった。
だから、住人が増えたところで入れないわけではない。
ノア。
エヴァ。
シズク。
リーゼ。
ティセラ。
クロエ。
アスラ。
ネイラ。
ルヴァナ。
九人になっても、場所そのものには余裕がある。
問題は、九人集まった時に全員が静かに入浴するとは限らないことだった。
「うわー! 広っ!」
露天風呂を見るなり、ルヴァナが走った。
そして、そのまま湯船へ飛び込もうとした。
片足が地面を離れた瞬間、クロエが首根っこを掴む。
「飛び込むな」
「何で!」
「風呂だからだ」
「こんな広いのに?」
「広さの問題ではない」
その横でアスラが湯船を見た。
「着水角度を浅くすれば、あまり湯は飛ばないと思うが」
クロエが振り返る。
「母親が煽るな」
「私ならもっと綺麗に入れる」
ルヴァナの目が輝く。
「アスラ母さん、勝負する?」
「いいだろう」
「よくありません」
ネイラが二人の前へ回り込んだ。
「普通に入りましょう」
ルヴァナが姉を見る。
「姉ちゃん、こういう時だけ真面目だよね」
「風呂へ入るだけで競技にする必要がないからです」
リーゼが満足そうに頷いた。
「うむ。ネイラには常識がある」
クロエが言う。
「では、そのまま妹とアスラを任せた」
リーゼが一瞬止まる。
「何故、小官ではなくネイラへ押しつける」
「貴様は監督役なのだろう?」
「いつ決まった!」
そんなやり取りの横を、エヴァが悠々と通り過ぎた。
今のエヴァは大きい。
谷底へ来た頃より、明らかに身体そのものが大きくなっている。失っていた力を取り戻すにつれて、筋肉だけではなく骨格まで全盛期へ戻りつつあるらしい。
裸になると、その変化がさらに分かりやすかった。
リーゼが見上げる。
「……また大きくなっていないか?」
エヴァは自分の腕を見る。
「そうか?」
ティセラが即答する。
「前回計測時より、身長にわずかな増加があります。肩幅にも――」
リーゼが振り返った。
「教授、何故風呂へ記録板を持ち込んでいる!」
「耐水処理済みです」
「聞いているのはそこではない!」
ティセラはもうエヴァを観察している。
エヴァは気にせず湯船へ入った。
ざぶん。
大きな身体が沈んだ瞬間、湯船全体へ波が広がった。
ルヴァナが喜ぶ。
「波きた!」
ざぱあん、と湯が揺れる。
シズクは少し身体を引いた。
ネイラも一歩下がる。
リーゼは顔へかかった湯を拭った。
「エヴァ、一人入っただけで水位が変わるのはおかしいだろ」
「俺に言うな」
ルヴァナが両手で湯を掬った。
ばしゃっ。
リーゼの顔へ直撃した。
全員が止まる。
リーゼの前髪から、ぽたぽたと湯が落ちる。
ルヴァナも止まった。
「……事故」
「今、明らかに両手で狙っただろうが!」
ルヴァナが逃げる。
リーゼが追う。
「待て!」
「風呂場で走るな」
クロエが言う。
「滑りますよ」
ネイラも続ける。
シズクも心配そうに見る。
「リーゼ、危ないですよ」
ティセラは記録板へ何か書いた。
「湿潤環境における転倒危険の実例として――」
「教授はそれを記録するな!」
その間に、シズクは静かに湯へ入っていた。
足から。
腰まで。
肩まで。
ゆっくり沈む。
「ふう……」
ネイラも隣へ入る。
「気持ちいいですね」
「はい」
「この規模の浴場を個人で作ったのですか?」
「聖者が作りました」
「給水も?」
「はい」
「加温設備も?」
「はい」
ネイラの目が少し変わった。
シズクはすぐ気づく。
「分解してはいけませんよ」
「まだ何も言っていません」
「工作室で同じ顔をされていました」
「配管を見るだけなら」
「見るだけです」
「接続部分を少し確認して――」
「触ってはいけません」
ネイラが黙る。
少し離れた場所で、クロエが親指を立てた。
ネイラが母親を見る。
「私を危険物のように扱っていませんか?」
「機械の前では似たようなものだ」
アスラが笑う。
「言えている」
ネイラがそちらを見る。
「魔法陣を見るとすぐ触るアスラ母さんには言われたくありません」
「私は解析しているだけだ」
「私は分解しているだけです」
クロエが二人を見る。
「どちらも止められる側だ」
その直後だった。
ざばあああんっ!
巨大な水柱が上がった。
全員が振り返る。
ルヴァナが湯の中から顔を出した。
隣からアスラも出てくる。
「勝った!」
「いや、私の方が高かった」
クロエの眉間に皺が寄る。
「結局飛び込んだのか」
リーゼは頭から湯を被っていた。
「貴様らああああっ!」
ルヴァナは笑う。
「リーゼももう入っちゃいなよ!」
「誰のせいで全身濡れたと思っている!」
リーゼも諦めて湯船へ入った。
「いいか! ここは浴場だ! 遊技場ではない!」
ルヴァナが手を上げる。
「質問!」
「何だ!」
「どこまでなら遊んでいいの?」
「遊ぶ前提を捨てろ!」
「泳ぐのは?」
「泳ぐな!」
アスラが聞く。
「潜るのは?」
「貴様まで聞くな!」
エヴァも口を挟む。
「相撲は?」
リーゼがエヴァを見る。
「何故、風呂で相撲を取る必要がある」
「滑るから面白いぞ」
「危険だから面白くするな!」
ティセラがまた書く。
リーゼは見逃さなかった。
「教授、今度は何だ」
「湿潤環境におけるエヴァの平衡能力について」
「実験する気だろ!」
「興味はあります」
「するな!」
そこで、ネイラが静かに立ち上がった。
「ルヴァナ」
「ん?」
「先ほど、私にも湯をかけましたね」
「事故」
「二回目です」
「どうせお風呂だから濡れてるじゃん」
ネイラは微笑んだ。
両手を湯へ入れる。
ルヴァナの顔が変わった。
「姉ちゃん?」
ばしゃあっ!
「うわっ!」
ルヴァナの顔へ直撃した。
ネイラは平然としている。
「事故です」
「絶対嘘!」
そこから姉妹の水掛け合いが始まった。
ルヴァナが豪快に掬う。
ネイラは避ける。
飛んだ湯がクロエへ直撃した。
クロエが止まる。
ルヴァナも止まる。
「……クロエ母さん?」
クロエは無言で両手を湯へ入れた。
「待って待って待って!」
ばしゃあああんっ!
「うわあああ!」
アスラが笑う。
「狙いが甘い」
クロエが見る。
「なら貴様がやれ」
「いいだろう」
アスラも参戦した。
飛んだ湯をクロエが避ける。
その後ろにいたティセラへ直撃する。
ティセラの眼鏡がずれた。
リーゼが小さく言う。
「終わった」
ティセラは眼鏡を直した。
記録板を安全な場所へ置いた。
そして静かに両手を湯へ入れる。
リーゼが後退する。
「教授?」
「観察対象へ介入します」
「何の観察だ!」
ばしゃああんっ!
そこからは、もう駄目だった。
クロエ。
アスラ。
ネイラ。
ルヴァナ。
ティセラ。
五人が入り乱れる。
誰が誰を狙っているのか分からない。
シズクは最初、端で静かにしていた。
だが。
ばしゃっ。
ルヴァナの一撃が顔へ当たった。
シズクは目を閉じる。
ゆっくり開く。
ルヴァナが止まった。
「シズクさん?」
「ルヴァナ」
「はい」
「これは、お返ししてもよいのでしょうか」
「もちろん!」
シズクも両手で湯を掬った。
ばしゃっ!
「うわっ!」
シズクまで参加した。
リーゼが叫ぶ。
「シズクまで堕ちるな!」
「一度だけです!」
ばしゃっ。
「二度目だ!」
「今のはクロエに当てるつもりでした!」
「完全に参加しているだろ!」
エヴァは湯船の端で腹を抱えて笑っていた。
リーゼが指を差す。
「貴様も笑っていないで止めろ!」
「何で?」
「一番力があるだろ!」
「俺が混ざったら危ねえぞ」
リーゼが黙る。
現在のエヴァを見る。
一度、水を見る。
もう一度エヴァを見る。
確かに。
本気で水をかけられたら、遊びでは済まない気がする。
「……貴様はそこで静かにしていろ」
「最初からそうしてる」
「今日初めて正しい判断をしたな!」
少し離れた風下側から、ノアの声がした。
「楽しそうだね」
全員が振り返る。
ノアだけは、露天風呂の続きに設けた離れた湯溜まりへ入っている。
同じ景色を眺め、会話もできる。
ただし、長時間全員のすぐ近くへいることは避ける。
ノアの体質を考えた、今の共同生活なりの使い方だった。
ルヴァナが手を振る。
「聖者もこっち来れば?」
ノアは笑う。
「今日はやめておくよ」
リーゼが力強く頷いた。
「それがいい」
アスラがからかう。
「怖いのか?」
「別の意味で危険なんだ!」
クロエは風を見る。
「今日はかなり流れているぞ」
ティセラも空を見る。
「現在の風量なら、短時間であれば通常時より接近可能時間を伸ばせる可能性は――」
リーゼが睨む。
「教授、今は実験の話をするな」
エヴァが立ち上がった。
ざばあっ、とまた大きな波が起きる。
「じゃあ俺がノアの方へ行くか」
「何をしに!」
「風呂入りに」
「今入っている!」
「向こうも風呂だろ」
「理屈ではそうだが!」
そこで。
森の向こうから地響きが聞こえた。
どどどどどどどどっ。
全員が止まる。
リーゼが嫌な顔をした。
「……何だ」
エヴァはすぐ答えた。
「黒だ」
「何故、足音だけで分かる」
「黒だからな」
「またその説明か!」
森の向こうから巨大な黒い頭が現れた。
黒だった。
その後ろにはキマイラ。
さらに鵺。
三頭そろっている。
ルヴァナが喜ぶ。
「来た!」
リーゼは嫌そうだった。
「何で来る!」
エヴァが笑う。
「騒いでたからだろ」
黒が露天風呂を見る。
「ぶひひーん!」
キマイラの獅子頭が言った。
「何よ。楽しそうじゃない」
山羊頭も水を見る。
「水浴び?」
竜頭はもっと素直だった。
「入りたいー」
すると、後ろに伸びていた蛇の尻尾まで首を持ち上げた。
「お兄ちゃん、アタシも水遊びしたーい」
獅子頭が振り返る。
「お前まで喋ると話が増えるから黙ってろ!」
「えー」
鵺は丁寧に頭を下げた。
「こちらのお水は、私どもが入ってもよろしいのでしょうか」
その後ろでは、鵺の蛇の尻尾もそろそろと黒へ顔を向けている。
「兄者様が入られるのでしたら、ヘビもご一緒しとうございます」
鵺の本体が振り返る。
「まあ。あなたまで」
「姉者ばかり兄者様とご一緒するのは、ずるうございます」
「今はその話ではございません」
リーゼが三頭を指差した。
「全員駄目だ!」
ルヴァナが聞く。
「何で!」
「大きさを見ろ!」
黒一頭だけで、館の平屋部分と比べられるほど大きい。
キマイラも同等。
鵺もほとんど変わらない。
その上、キマイラと鵺には勝手に喋る蛇の尻尾までついている。
リーゼは今の湯船を見る。
三頭を見る。
また湯船を見る。
「入ったら風呂が消える!」
ノアも離れた場所から言った。
「さすがに別の水浴び場が必要だね」
リーゼが頭を抱える。
「また増設か!」
ルヴァナが笑う。
「もう一個作ればいいじゃん」
「貴様は何でも増築で解決するな!」
「でも必要じゃん」
「それはそうだが!」
黒が湯へ近づこうとした。
リーゼが指を差す。
「待て! 入るな!」
黒が首を傾げた。
「ぶひ?」
「今、可愛らしく首を傾げても駄目だ!」
黒は少し考えたらしい。
そして、露天風呂の外を流れる水路へ顔を突っ込んだ。
ごくごくごくごく。
大量に飲む。
リーゼが少し安心した。
「そうだ。それなら――」
黒が顔を上げる。
ぶるぶるぶるぶるぶるっ!
巨大な頭が振られた。
飛んできたのは水滴という量ではない。
雨だった。
「うがあああっ!」
リーゼが全身で受ける。
シズクは両手で顔を庇う。
ネイラの髪が全部後ろへ流れた。
ルヴァナだけは大喜びする。
「すっご!」
クロエが顔の水を拭う。
「水量がおかしい」
アスラは笑った。
「面白い」
ティセラが記録板へ手を伸ばす。
「黒の頭部振動による水滴飛散範囲は――」
「教授は記録するなあああっ!」
キマイラまで黒の真似をした。
三つの頭が一斉に水路へ突っ込む。
リーゼの顔が青ざめる。
「待て」
三つの頭が水を飲む。
「待て待て待て」
顔を上げる。
「やめろ!」
獅子頭。
山羊頭。
竜頭。
三つが一斉に頭を振った。
ばしゃああああああっ!
完全な豪雨だった。
さらに。
キマイラの蛇の尻尾まで水路へ頭を突っ込む。
小さな口いっぱいに水を含み。
ぷしゃあっ!
ルヴァナの顔へ一直線。
「うわっ!」
蛇の尻尾が楽しそうに笑う。
「当たったー!」
ルヴァナの目が輝いた。
「やったなー!」
すぐに水をかけ返す。
蛇の尻尾も避ける。
また水を吐く。
ルヴァナと蛇の尻尾だけで水掛け合いが始まった。
リーゼが叫ぶ。
「何で尻尾と人間が普通に遊び始める!」
その反対側では、鵺の蛇の尻尾が水面を見ていた。
「姉者。ヘビもやってみとうございます」
「皆様へご迷惑になります」
「少しだけ」
「いけません」
「少しだけでございます」
「いけません」
蛇の尻尾が黒を見る。
「兄者様も見ておられます」
黒。
「ぶひひーん!」
鵺の本体が黒を見た、その隙だった。
蛇の尻尾が水路へ飛び込んだ。
どぼん。
「まあ!」
蛇の頭だけが水面へ出る。
口へ水を含む。
ぷっ。
鵺本体の顔へかけた。
鵺が固まる。
蛇の尻尾も固まる。
「……姉者?」
鵺は非常に上品な笑顔を作った。
そして前脚で水を掻く。
ざばあっ!
蛇の尻尾がまともに水を浴びた。
「きゃあ!」
ルヴァナが叫ぶ。
「鵺も参戦した!」
リーゼは絶望した。
「最後の良心まで堕ちた!」
鵺自身も一度始めると楽しくなったらしい。
キマイラの方へも水を飛ばす。
キマイラの三つの頭が一斉に怒る。
「やったわね!」
「こっちもやる?」
「もっとー!」
黒も頭を水へ突っ込む。
リーゼが叫ぶ。
「貴様は二回目をやるな!」
遅かった。
ぶるぶるぶるぶるっ!
再び豪雨。
もう誰も止められなかった。
人間たち。
黒。
キマイラ。
鵺。
キマイラの蛇の尻尾。
鵺の蛇の尻尾。
あちこちから水が飛び、笑い声が飛び、リーゼの怒鳴り声も飛ぶ。
シズクは髪を押さえながら笑っていた。
「これは、お風呂だったはずなのですが」
エヴァが腹を抱えている。
「もう祭りでいいんじゃねえか?」
ノアも離れた湯船から笑った。
「楽しそうだからいいんじゃないかな」
「よくない!」
その日の夕食前には、全員がぐったりしていた。
ルヴァナだけはまだ元気だった。
「またやろうね!」
リーゼが即答する。
「二度とやらん!」
黒。
「ぶひひーん!」
キマイラの山羊頭。
「明日?」
竜頭。
「明日やろー」
蛇の尻尾。
「お兄ちゃんも一緒ねー」
鵺。
「次はもう少し静かに楽しみとうございます」
鵺の蛇の尻尾。
「ヘビも次は上手に水を飛ばします!」
リーゼが鵺を見る。
「何を教育しているんだ!」
ノアは露天風呂の横にある空き地を見ていた。
黒。
キマイラ。
鵺。
三頭が並んでも余裕のある水浴び場。
人間用とは水系を分け、下流側へ置く。
泥や汚れがこちらへ流れないようにする。
排水も必要。
どうせなら、少し大きめに作っておいた方がいい。
リーゼが、その視線に気づいた。
「聖者」
「何?」
「今、何を考えている」
「三頭用の水浴び場」
「考えるな!」
「でも必要でしょ」
エヴァが言う。
「黒も欲しいってよ」
黒。
「ヴォー!」
キマイラの獅子頭。
「べ、別にあったら使ってもいいけど」
鵺。
「ご迷惑でなければ、お願いしたく存じます」
ルヴァナ。
「作ろう!」
ネイラ。
「下流側なら、既存の排水路へ接続できます」
クロエ。
「水量制御も必要だな」
アスラ。
「加温が必要なら術式はこちらで組める」
ティセラ。
「大型生物三種による水質変化も観察できます」
シズク。
「洗う場所も分けた方がよいでしょうか」
ノア。
「そうだね」
リーゼは一人ずつ見た。
もう設計が始まっている。
「うがあああっ!」
結局。
九人で露天風呂へ入っただけだったはずなのに。
人間用露天風呂の洗い場拡張と。
黒、キマイラ、鵺用の巨大水浴び場。
二つの工事が決まった。
そしてノアは、念のため巨大水浴び場を必要量より少し大きめに造った。
その判断が正しかったことは。
完成して、それほど経たないうちに証明された。
後日。
一同が巨大水浴び場を見に行くと、黒が入っていた。
その隣にキマイラ。
さらに鵺。
ここまでは予定通りだった。
キマイラの蛇の尻尾は、水面から頭だけを出してぷかぷか浮かんでいる。
「お兄ちゃん、こっち来てー」
鵺の蛇の尻尾も、黒の近くでぱしゃぱしゃ水を叩いていた。
「兄者様、こちらは大変心地ようございます」
リーゼはそこまで確認し、珍しく満足そうに頷いた。
「よし。予定通りだな」
その横に。
見覚えのないものがいた。
白い。
額から一本の長い角が伸びている。
姿は馬によく似ている。
そして。
大きい。
黒とほとんど同じ大きさだった。
白い巨馬はリーゼたちに気づくと、元気よく片方の前脚を上げた。
「やあ! 僕もお邪魔してるよ!」
リーゼが止まった。
「誰だ」
白い巨馬は胸を張る。
「僕? ユニコーン!」
リーゼはエヴァを見る。
「僕と言ったぞ」
「ああ」
「雌だよな?」
「ああ」
ユニコーンが笑う。
「僕っ娘ってやつだよ!」
リーゼには、その分類が理解できなかった。
「何なんだ、それは」
「僕は僕だよ」
「説明になっていない!」
しかも。
そのさらに向こうにも一頭いた。
こちらも白い。
巨大な翼がある。
馬に近い身体。
当然のように、黒とほとんど同じ大きさだった。
翼のある巨馬は水へ浸かりながら、黒を横目にしている。
こちらへ気づくと、凛とした声を上げた。
「くっ……私は誇り高き空の騎士。このような場所で貴様などに心を許したわけではないぞ!」
黒。
「ぶひひーん!」
ペガサスがびくりとする。
「くっ……殺せ!」
リーゼが即座に尋ねる。
「何をされた」
「何もされていない!」
「では何故、殺せと言った!」
「騎士としての習慣だ!」
「そんな習慣があってたまるか!」
ユニコーンが横から笑う。
「この子、いつもこんな感じだよ」
リーゼがユニコーンを見る。
「貴様は何故すでに事情通なんだ!」
「一緒に来たから」
「何処から!」
「森の向こう」
「範囲が広すぎる!」
水浴び場を見る。
黒。
キマイラ。
鵺。
僕っ娘のユニコーン。
くっ殺女騎士のペガサス。
巨大生物が五頭。
全員、ほとんど黒と同じ大きさである。
大きめに造ったはずの水浴び場が、完成して間もないのに、すでにかなり賑やかだった。
ノアが全体を見る。
「大きめにしておいてよかった」
リーゼが振り返る。
「そういう問題ではない!」
エヴァは五頭を順番に見た。
キマイラ。
鵺。
ユニコーン。
ペガサス。
そして、その真ん中にいる黒。
しばらく考える。
それからノアを見る。
「聖者」
「何?」
エヴァは真顔だった。
「女の数、黒に負けてるぞ」
一瞬。
誰も喋らなかった。
ノアも黒を見る。
黒の周りを見る。
もう一度、数える。
リーゼが叫んだ。
「張り合うなあああああっ!」
黒。
「ぶひひひひーん!」
キマイラの獅子頭。
「べ、別に黒の女になったわけじゃないし!」
山羊頭。
「ねぇ、今日は二人でどっか行かない?」
竜頭。
「子作りー」
獅子頭が怒鳴る。
「今それ言うな!」
キマイラの蛇の尻尾は黒へ泳いでいく。
「お兄ちゃん、アタシとア・ソ・ボ!」
鵺は黒へ丁寧に頭を下げる。
「黒様、お背中をお流しいたしましょうか」
鵺の蛇の尻尾も続く。
「兄者様、ヘビもお手伝いいたします!」
ユニコーンが前脚で水を叩く。
「僕も混ざっていい?」
ペガサスは翼で身体を隠すようにする。
「くっ……これ以上、私を辱めるつもりか!」
リーゼが叫ぶ。
「誰も何もしていない!」
エヴァは笑った。
「黒、もてるなあ」
ノアも苦笑する。
「僕と比較する必要はないと思うけど」
「負けっぱなしでいいのか?」
「勝負じゃないからね」
「聖者は欲がねえな」
リーゼがエヴァを指差した。
「そこで聖者を煽るな!」
黒を中心に、五頭の巨大生物と二本の喋る蛇の尻尾が好き勝手に騒いでいる。
人間用の露天風呂を大人数で使ったら祭りになったので。
巨大生物用の水浴び場を別に造った。
これで静かになると思った。
結果として。
完成して間もない巨大水浴び場の方が。
すでに人間用露天風呂より騒がしくなっていた。




