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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十四章 来訪Ⅰ

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第百四話 露天風呂

もともと聖者仕様の巨大な館に合わせて造られたものなので、湯船も洗い場も人間基準なら十分すぎるほど広い。シズクなど、初めて見た時には風呂ではなく池だと思ったほどだった。


だから、住人が増えたところで入れないわけではない。


ノア。


エヴァ。


シズク。


リーゼ。


ティセラ。


クロエ。


アスラ。


ネイラ。


ルヴァナ。


九人になっても、場所そのものには余裕がある。


問題は、九人集まった時に全員が静かに入浴するとは限らないことだった。


「うわー! 広っ!」


露天風呂を見るなり、ルヴァナが走った。


そして、そのまま湯船へ飛び込もうとした。


片足が地面を離れた瞬間、クロエが首根っこを掴む。


「飛び込むな」


「何で!」


「風呂だからだ」


「こんな広いのに?」


「広さの問題ではない」


その横でアスラが湯船を見た。


「着水角度を浅くすれば、あまり湯は飛ばないと思うが」


クロエが振り返る。


「母親が煽るな」


「私ならもっと綺麗に入れる」


ルヴァナの目が輝く。


「アスラ母さん、勝負する?」


「いいだろう」


「よくありません」


ネイラが二人の前へ回り込んだ。


「普通に入りましょう」


ルヴァナが姉を見る。


「姉ちゃん、こういう時だけ真面目だよね」


「風呂へ入るだけで競技にする必要がないからです」


リーゼが満足そうに頷いた。


「うむ。ネイラには常識がある」


クロエが言う。


「では、そのまま妹とアスラを任せた」


リーゼが一瞬止まる。


「何故、小官ではなくネイラへ押しつける」


「貴様は監督役なのだろう?」


「いつ決まった!」


そんなやり取りの横を、エヴァが悠々と通り過ぎた。


今のエヴァは大きい。


谷底へ来た頃より、明らかに身体そのものが大きくなっている。失っていた力を取り戻すにつれて、筋肉だけではなく骨格まで全盛期へ戻りつつあるらしい。


裸になると、その変化がさらに分かりやすかった。


リーゼが見上げる。


「……また大きくなっていないか?」


エヴァは自分の腕を見る。


「そうか?」


ティセラが即答する。


「前回計測時より、身長にわずかな増加があります。肩幅にも――」


リーゼが振り返った。


「教授、何故風呂へ記録板を持ち込んでいる!」


「耐水処理済みです」


「聞いているのはそこではない!」


ティセラはもうエヴァを観察している。


エヴァは気にせず湯船へ入った。


ざぶん。


大きな身体が沈んだ瞬間、湯船全体へ波が広がった。


ルヴァナが喜ぶ。


「波きた!」


ざぱあん、と湯が揺れる。


シズクは少し身体を引いた。


ネイラも一歩下がる。


リーゼは顔へかかった湯を拭った。


「エヴァ、一人入っただけで水位が変わるのはおかしいだろ」


「俺に言うな」


ルヴァナが両手で湯を掬った。


ばしゃっ。


リーゼの顔へ直撃した。


全員が止まる。


リーゼの前髪から、ぽたぽたと湯が落ちる。


ルヴァナも止まった。


「……事故」


「今、明らかに両手で狙っただろうが!」


ルヴァナが逃げる。


リーゼが追う。


「待て!」


「風呂場で走るな」


クロエが言う。


「滑りますよ」


ネイラも続ける。


シズクも心配そうに見る。


「リーゼ、危ないですよ」


ティセラは記録板へ何か書いた。


「湿潤環境における転倒危険の実例として――」


「教授はそれを記録するな!」


その間に、シズクは静かに湯へ入っていた。


足から。


腰まで。


肩まで。


ゆっくり沈む。


「ふう……」


ネイラも隣へ入る。


「気持ちいいですね」


「はい」


「この規模の浴場を個人で作ったのですか?」


「聖者が作りました」


「給水も?」


「はい」


「加温設備も?」


「はい」


ネイラの目が少し変わった。


シズクはすぐ気づく。


「分解してはいけませんよ」


「まだ何も言っていません」


「工作室で同じ顔をされていました」


「配管を見るだけなら」


「見るだけです」


「接続部分を少し確認して――」


「触ってはいけません」


ネイラが黙る。


少し離れた場所で、クロエが親指を立てた。


ネイラが母親を見る。


「私を危険物のように扱っていませんか?」


「機械の前では似たようなものだ」


アスラが笑う。


「言えている」


ネイラがそちらを見る。


「魔法陣を見るとすぐ触るアスラ母さんには言われたくありません」


「私は解析しているだけだ」


「私は分解しているだけです」


クロエが二人を見る。


「どちらも止められる側だ」


その直後だった。


ざばあああんっ!


巨大な水柱が上がった。


全員が振り返る。


ルヴァナが湯の中から顔を出した。


隣からアスラも出てくる。


「勝った!」


「いや、私の方が高かった」


クロエの眉間に皺が寄る。


「結局飛び込んだのか」


リーゼは頭から湯を被っていた。


「貴様らああああっ!」


ルヴァナは笑う。


「リーゼももう入っちゃいなよ!」


「誰のせいで全身濡れたと思っている!」


リーゼも諦めて湯船へ入った。


「いいか! ここは浴場だ! 遊技場ではない!」


ルヴァナが手を上げる。


「質問!」


「何だ!」


「どこまでなら遊んでいいの?」


「遊ぶ前提を捨てろ!」


「泳ぐのは?」


「泳ぐな!」


アスラが聞く。


「潜るのは?」


「貴様まで聞くな!」


エヴァも口を挟む。


「相撲は?」


リーゼがエヴァを見る。


「何故、風呂で相撲を取る必要がある」


「滑るから面白いぞ」


「危険だから面白くするな!」


ティセラがまた書く。


リーゼは見逃さなかった。


「教授、今度は何だ」


「湿潤環境におけるエヴァの平衡能力について」


「実験する気だろ!」


「興味はあります」


「するな!」


そこで、ネイラが静かに立ち上がった。


「ルヴァナ」


「ん?」


「先ほど、私にも湯をかけましたね」


「事故」


「二回目です」


「どうせお風呂だから濡れてるじゃん」


ネイラは微笑んだ。


両手を湯へ入れる。


ルヴァナの顔が変わった。


「姉ちゃん?」


ばしゃあっ!


「うわっ!」


ルヴァナの顔へ直撃した。


ネイラは平然としている。


「事故です」


「絶対嘘!」


そこから姉妹の水掛け合いが始まった。


ルヴァナが豪快に掬う。


ネイラは避ける。


飛んだ湯がクロエへ直撃した。


クロエが止まる。


ルヴァナも止まる。


「……クロエ母さん?」


クロエは無言で両手を湯へ入れた。


「待って待って待って!」


ばしゃあああんっ!


「うわあああ!」


アスラが笑う。


「狙いが甘い」


クロエが見る。


「なら貴様がやれ」


「いいだろう」


アスラも参戦した。


飛んだ湯をクロエが避ける。


その後ろにいたティセラへ直撃する。


ティセラの眼鏡がずれた。


リーゼが小さく言う。


「終わった」


ティセラは眼鏡を直した。


記録板を安全な場所へ置いた。


そして静かに両手を湯へ入れる。


リーゼが後退する。


「教授?」


「観察対象へ介入します」


「何の観察だ!」


ばしゃああんっ!


そこからは、もう駄目だった。


クロエ。


アスラ。


ネイラ。


ルヴァナ。


ティセラ。


五人が入り乱れる。


誰が誰を狙っているのか分からない。


シズクは最初、端で静かにしていた。


だが。


ばしゃっ。


ルヴァナの一撃が顔へ当たった。


シズクは目を閉じる。


ゆっくり開く。


ルヴァナが止まった。


「シズクさん?」


「ルヴァナ」


「はい」


「これは、お返ししてもよいのでしょうか」


「もちろん!」


シズクも両手で湯を掬った。


ばしゃっ!


「うわっ!」


シズクまで参加した。


リーゼが叫ぶ。


「シズクまで堕ちるな!」


「一度だけです!」


ばしゃっ。


「二度目だ!」


「今のはクロエに当てるつもりでした!」


「完全に参加しているだろ!」


エヴァは湯船の端で腹を抱えて笑っていた。


リーゼが指を差す。


「貴様も笑っていないで止めろ!」


「何で?」


「一番力があるだろ!」


「俺が混ざったら危ねえぞ」


リーゼが黙る。


現在のエヴァを見る。


一度、水を見る。


もう一度エヴァを見る。


確かに。


本気で水をかけられたら、遊びでは済まない気がする。


「……貴様はそこで静かにしていろ」


「最初からそうしてる」


「今日初めて正しい判断をしたな!」


少し離れた風下側から、ノアの声がした。


「楽しそうだね」


全員が振り返る。


ノアだけは、露天風呂の続きに設けた離れた湯溜まりへ入っている。


同じ景色を眺め、会話もできる。


ただし、長時間全員のすぐ近くへいることは避ける。


ノアの体質を考えた、今の共同生活なりの使い方だった。


ルヴァナが手を振る。


「聖者もこっち来れば?」


ノアは笑う。


「今日はやめておくよ」


リーゼが力強く頷いた。


「それがいい」


アスラがからかう。


「怖いのか?」


「別の意味で危険なんだ!」


クロエは風を見る。


「今日はかなり流れているぞ」


ティセラも空を見る。


「現在の風量なら、短時間であれば通常時より接近可能時間を伸ばせる可能性は――」


リーゼが睨む。


「教授、今は実験の話をするな」


エヴァが立ち上がった。


ざばあっ、とまた大きな波が起きる。


「じゃあ俺がノアの方へ行くか」


「何をしに!」


「風呂入りに」


「今入っている!」


「向こうも風呂だろ」


「理屈ではそうだが!」


そこで。


森の向こうから地響きが聞こえた。


どどどどどどどどっ。


全員が止まる。


リーゼが嫌な顔をした。


「……何だ」


エヴァはすぐ答えた。


「黒だ」


「何故、足音だけで分かる」


「黒だからな」


「またその説明か!」


森の向こうから巨大な黒い頭が現れた。


黒だった。


その後ろにはキマイラ。


さらに鵺。


三頭そろっている。


ルヴァナが喜ぶ。


「来た!」


リーゼは嫌そうだった。


「何で来る!」


エヴァが笑う。


「騒いでたからだろ」


黒が露天風呂を見る。


「ぶひひーん!」


キマイラの獅子頭が言った。


「何よ。楽しそうじゃない」


山羊頭も水を見る。


「水浴び?」


竜頭はもっと素直だった。


「入りたいー」


すると、後ろに伸びていた蛇の尻尾まで首を持ち上げた。


「お兄ちゃん、アタシも水遊びしたーい」


獅子頭が振り返る。


「お前まで喋ると話が増えるから黙ってろ!」


「えー」


鵺は丁寧に頭を下げた。


「こちらのお水は、私どもが入ってもよろしいのでしょうか」


その後ろでは、鵺の蛇の尻尾もそろそろと黒へ顔を向けている。


「兄者様が入られるのでしたら、ヘビもご一緒しとうございます」


鵺の本体が振り返る。


「まあ。あなたまで」


「姉者ばかり兄者様とご一緒するのは、ずるうございます」


「今はその話ではございません」


リーゼが三頭を指差した。


「全員駄目だ!」


ルヴァナが聞く。


「何で!」


「大きさを見ろ!」


黒一頭だけで、館の平屋部分と比べられるほど大きい。


キマイラも同等。


鵺もほとんど変わらない。


その上、キマイラと鵺には勝手に喋る蛇の尻尾までついている。


リーゼは今の湯船を見る。


三頭を見る。


また湯船を見る。


「入ったら風呂が消える!」


ノアも離れた場所から言った。


「さすがに別の水浴び場が必要だね」


リーゼが頭を抱える。


「また増設か!」


ルヴァナが笑う。


「もう一個作ればいいじゃん」


「貴様は何でも増築で解決するな!」


「でも必要じゃん」


「それはそうだが!」


黒が湯へ近づこうとした。


リーゼが指を差す。


「待て! 入るな!」


黒が首を傾げた。


「ぶひ?」


「今、可愛らしく首を傾げても駄目だ!」


黒は少し考えたらしい。


そして、露天風呂の外を流れる水路へ顔を突っ込んだ。


ごくごくごくごく。


大量に飲む。


リーゼが少し安心した。


「そうだ。それなら――」


黒が顔を上げる。


ぶるぶるぶるぶるぶるっ!


巨大な頭が振られた。


飛んできたのは水滴という量ではない。


雨だった。


「うがあああっ!」


リーゼが全身で受ける。


シズクは両手で顔を庇う。


ネイラの髪が全部後ろへ流れた。


ルヴァナだけは大喜びする。


「すっご!」


クロエが顔の水を拭う。


「水量がおかしい」


アスラは笑った。


「面白い」


ティセラが記録板へ手を伸ばす。


「黒の頭部振動による水滴飛散範囲は――」


「教授は記録するなあああっ!」


キマイラまで黒の真似をした。


三つの頭が一斉に水路へ突っ込む。


リーゼの顔が青ざめる。


「待て」


三つの頭が水を飲む。


「待て待て待て」


顔を上げる。


「やめろ!」


獅子頭。


山羊頭。


竜頭。


三つが一斉に頭を振った。


ばしゃああああああっ!


完全な豪雨だった。


さらに。


キマイラの蛇の尻尾まで水路へ頭を突っ込む。


小さな口いっぱいに水を含み。


ぷしゃあっ!


ルヴァナの顔へ一直線。


「うわっ!」


蛇の尻尾が楽しそうに笑う。


「当たったー!」


ルヴァナの目が輝いた。


「やったなー!」


すぐに水をかけ返す。


蛇の尻尾も避ける。


また水を吐く。


ルヴァナと蛇の尻尾だけで水掛け合いが始まった。


リーゼが叫ぶ。


「何で尻尾と人間が普通に遊び始める!」


その反対側では、鵺の蛇の尻尾が水面を見ていた。


「姉者。ヘビもやってみとうございます」


「皆様へご迷惑になります」


「少しだけ」


「いけません」


「少しだけでございます」


「いけません」


蛇の尻尾が黒を見る。


「兄者様も見ておられます」


黒。


「ぶひひーん!」


鵺の本体が黒を見た、その隙だった。


蛇の尻尾が水路へ飛び込んだ。


どぼん。


「まあ!」


蛇の頭だけが水面へ出る。


口へ水を含む。


ぷっ。


鵺本体の顔へかけた。


鵺が固まる。


蛇の尻尾も固まる。


「……姉者?」


鵺は非常に上品な笑顔を作った。


そして前脚で水を掻く。


ざばあっ!


蛇の尻尾がまともに水を浴びた。


「きゃあ!」


ルヴァナが叫ぶ。


「鵺も参戦した!」


リーゼは絶望した。


「最後の良心まで堕ちた!」


鵺自身も一度始めると楽しくなったらしい。


キマイラの方へも水を飛ばす。


キマイラの三つの頭が一斉に怒る。


「やったわね!」


「こっちもやる?」


「もっとー!」


黒も頭を水へ突っ込む。


リーゼが叫ぶ。


「貴様は二回目をやるな!」


遅かった。


ぶるぶるぶるぶるっ!


再び豪雨。


もう誰も止められなかった。


人間たち。


黒。


キマイラ。


鵺。


キマイラの蛇の尻尾。


鵺の蛇の尻尾。


あちこちから水が飛び、笑い声が飛び、リーゼの怒鳴り声も飛ぶ。


シズクは髪を押さえながら笑っていた。


「これは、お風呂だったはずなのですが」


エヴァが腹を抱えている。


「もう祭りでいいんじゃねえか?」


ノアも離れた湯船から笑った。


「楽しそうだからいいんじゃないかな」


「よくない!」


その日の夕食前には、全員がぐったりしていた。


ルヴァナだけはまだ元気だった。


「またやろうね!」


リーゼが即答する。


「二度とやらん!」


黒。


「ぶひひーん!」


キマイラの山羊頭。


「明日?」


竜頭。


「明日やろー」


蛇の尻尾。


「お兄ちゃんも一緒ねー」


鵺。


「次はもう少し静かに楽しみとうございます」


鵺の蛇の尻尾。


「ヘビも次は上手に水を飛ばします!」


リーゼが鵺を見る。


「何を教育しているんだ!」


ノアは露天風呂の横にある空き地を見ていた。


黒。


キマイラ。


鵺。


三頭が並んでも余裕のある水浴び場。


人間用とは水系を分け、下流側へ置く。


泥や汚れがこちらへ流れないようにする。


排水も必要。


どうせなら、少し大きめに作っておいた方がいい。


リーゼが、その視線に気づいた。


「聖者」


「何?」


「今、何を考えている」


「三頭用の水浴び場」


「考えるな!」


「でも必要でしょ」


エヴァが言う。


「黒も欲しいってよ」


黒。


「ヴォー!」


キマイラの獅子頭。


「べ、別にあったら使ってもいいけど」


鵺。


「ご迷惑でなければ、お願いしたく存じます」


ルヴァナ。


「作ろう!」


ネイラ。


「下流側なら、既存の排水路へ接続できます」


クロエ。


「水量制御も必要だな」


アスラ。


「加温が必要なら術式はこちらで組める」


ティセラ。


「大型生物三種による水質変化も観察できます」


シズク。


「洗う場所も分けた方がよいでしょうか」


ノア。


「そうだね」


リーゼは一人ずつ見た。


もう設計が始まっている。


「うがあああっ!」


結局。


九人で露天風呂へ入っただけだったはずなのに。


人間用露天風呂の洗い場拡張と。


黒、キマイラ、鵺用の巨大水浴び場。


二つの工事が決まった。


そしてノアは、念のため巨大水浴び場を必要量より少し大きめに造った。


その判断が正しかったことは。


完成して、それほど経たないうちに証明された。


後日。


一同が巨大水浴び場を見に行くと、黒が入っていた。


その隣にキマイラ。


さらに鵺。


ここまでは予定通りだった。


キマイラの蛇の尻尾は、水面から頭だけを出してぷかぷか浮かんでいる。


「お兄ちゃん、こっち来てー」


鵺の蛇の尻尾も、黒の近くでぱしゃぱしゃ水を叩いていた。


「兄者様、こちらは大変心地ようございます」


リーゼはそこまで確認し、珍しく満足そうに頷いた。


「よし。予定通りだな」


その横に。


見覚えのないものがいた。


白い。


額から一本の長い角が伸びている。


姿は馬によく似ている。


そして。


大きい。


黒とほとんど同じ大きさだった。


白い巨馬はリーゼたちに気づくと、元気よく片方の前脚を上げた。


「やあ! 僕もお邪魔してるよ!」


リーゼが止まった。


「誰だ」


白い巨馬は胸を張る。


「僕? ユニコーン!」


リーゼはエヴァを見る。


「僕と言ったぞ」


「ああ」


「雌だよな?」


「ああ」


ユニコーンが笑う。


「僕っ娘ってやつだよ!」


リーゼには、その分類が理解できなかった。


「何なんだ、それは」


「僕は僕だよ」


「説明になっていない!」


しかも。


そのさらに向こうにも一頭いた。


こちらも白い。


巨大な翼がある。


馬に近い身体。


当然のように、黒とほとんど同じ大きさだった。


翼のある巨馬は水へ浸かりながら、黒を横目にしている。


こちらへ気づくと、凛とした声を上げた。


「くっ……私は誇り高き空の騎士。このような場所で貴様などに心を許したわけではないぞ!」


黒。


「ぶひひーん!」


ペガサスがびくりとする。


「くっ……殺せ!」


リーゼが即座に尋ねる。


「何をされた」


「何もされていない!」


「では何故、殺せと言った!」


「騎士としての習慣だ!」


「そんな習慣があってたまるか!」


ユニコーンが横から笑う。


「この子、いつもこんな感じだよ」


リーゼがユニコーンを見る。


「貴様は何故すでに事情通なんだ!」


「一緒に来たから」


「何処から!」


「森の向こう」


「範囲が広すぎる!」


水浴び場を見る。


黒。


キマイラ。


鵺。


僕っ娘のユニコーン。


くっ殺女騎士のペガサス。


巨大生物が五頭。


全員、ほとんど黒と同じ大きさである。


大きめに造ったはずの水浴び場が、完成して間もないのに、すでにかなり賑やかだった。


ノアが全体を見る。


「大きめにしておいてよかった」


リーゼが振り返る。


「そういう問題ではない!」


エヴァは五頭を順番に見た。


キマイラ。


鵺。


ユニコーン。


ペガサス。


そして、その真ん中にいる黒。


しばらく考える。


それからノアを見る。


「聖者」


「何?」


エヴァは真顔だった。


「女の数、黒に負けてるぞ」


一瞬。


誰も喋らなかった。


ノアも黒を見る。


黒の周りを見る。


もう一度、数える。


リーゼが叫んだ。


「張り合うなあああああっ!」


黒。


「ぶひひひひーん!」


キマイラの獅子頭。


「べ、別に黒の女になったわけじゃないし!」


山羊頭。


「ねぇ、今日は二人でどっか行かない?」


竜頭。


「子作りー」


獅子頭が怒鳴る。


「今それ言うな!」


キマイラの蛇の尻尾は黒へ泳いでいく。


「お兄ちゃん、アタシとア・ソ・ボ!」


鵺は黒へ丁寧に頭を下げる。


「黒様、お背中をお流しいたしましょうか」


鵺の蛇の尻尾も続く。


「兄者様、ヘビもお手伝いいたします!」


ユニコーンが前脚で水を叩く。


「僕も混ざっていい?」


ペガサスは翼で身体を隠すようにする。


「くっ……これ以上、私を辱めるつもりか!」


リーゼが叫ぶ。


「誰も何もしていない!」


エヴァは笑った。


「黒、もてるなあ」


ノアも苦笑する。


「僕と比較する必要はないと思うけど」


「負けっぱなしでいいのか?」


「勝負じゃないからね」


「聖者は欲がねえな」


リーゼがエヴァを指差した。


「そこで聖者を煽るな!」


黒を中心に、五頭の巨大生物と二本の喋る蛇の尻尾が好き勝手に騒いでいる。


人間用の露天風呂を大人数で使ったら祭りになったので。


巨大生物用の水浴び場を別に造った。


これで静かになると思った。


結果として。


完成して間もない巨大水浴び場の方が。


すでに人間用露天風呂より騒がしくなっていた。

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