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大瀑布の底のハーレム【一般公開版】 (R18版 日間76位ありがとうございます)  作者: 黒瀬 量衡
第十四章 来訪Ⅰ

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第百一話 鳥と魚を蹴散らして

滝壺の彼方では、落ちてきた黒い生き物を目掛けて、鳥のようなものが集まり始めていた。


一羽だけではない。


二羽。


三羽。


さらに遠くからも、大きな影が旋回しながら近づいてくる。


ネイラが目を細めた。


「増えています」


クロエも空を見る。


「落下を見ていたんだろう」


ルヴァナが聞く。


「助けに?」


アスラが娘を見る。


「食いにだ」


「そっちかー」


鳥たちは、真っ直ぐ黒い生き物へ向かったわけではなかった。


先に鳥同士で争い始めた。


一羽が別の一羽へ体当たりする。


嘴が首へ食い込む。


爪が翼を裂く。


巨大な身体同士が空中でぶつかり、羽毛と血が水面へ降っていく。


一羽が翼を折られた。


身体を傾けながら落下する。


水面へ叩きつけられた瞬間、下から魚のようなものが何匹も集まった。


巨大な口。


牙。


鳥の腹へ噛みつく。


別の魚は翼へ。


さらに別のものが首へ食らいついた。


鳥が暴れるたび、水面が白く泡立つ。


やがて動かなくなる。


そこへ別の鳥が落ちる。


また魚が集まる。


鳥たちは空で殺し合い。


魚たちは落ちてきた鳥を食う。


青黒かった水の一角へ、血が広がっていった。


赤。


白い羽。


黒い羽。


千切れた翼。


浮かぶ巨大な死体。


その下で、魚の背が何度も水面を割る。


ルヴァナが少し黙った。


ネイラも、さすがに目を離さない。


シズクはその光景を普通に眺めていた。


「今日は随分赤くなりましたね」


リーゼも血の広がる方向を見る。


「流れがあるから、しばらくすれば薄まる」


ティセラは眼鏡越しに観察している。


「死体も長くは残らないでしょう。魚がかなり集まっています」


ルヴァナが三人を見る。


「普通に景色の話してるけど」


シズクが振り返る。


「はい?」


「あれ、血の池みたいになってるよ?」


「滝壺では、たまにあります」


「あるんだ……」


アスラが娘の肩を叩いた。


「慣れろ」


クロエも頷く。


「私たちも慣れた」


リーゼが言う。


「慣れたくて慣れたわけではないがな」


その間にも争いは続いていた。


最後まで空に残った一羽が、他の鳥を追い払った。


かなり大きい。


先ほど黒い生き物と比較した鳥よりも、さらに一回り大きく見える。


そいつは滝壺の水面へ降りた。


嘴を突っ込む。


何かを咥えた。


黒いもの。


四本の脚。


大きな胴。


先ほど落下した生き物だった。


ルヴァナが叫ぶ。


「いた!」


鳥が首を振る。


黒い生き物が持ち上がる。


遠くからでも分かるほど大きい。


それでも、鳥の方が遥かに大きかった。


嘴が開く。


黒い生き物が、そのまま口の中へ入っていく。


ネイラが眉を寄せる。


「丸呑みするつもりです」


一度。


鳥の喉が動く。


もう一度。


黒い四本脚が消える。


ルヴァナが呟いた。


「……食われた」


シズクが少し残念そうに言った。


「間に合いませんでしたね」


ノアも遠くを見る。


「あの距離だとね」


エヴァだけは黙っていた。


ずっと。


鳥を見ている。


眉間へ皺が寄っている。


シズクが横を見る。


「エヴァ?」


「……何だ」


「先ほどから、あの生き物を気にされていますね」


「何か」


エヴァは目を細めた。


「知ってる気がする」


リーゼが振り返る。


「知っている?」


「でも、あんなところから落ちてくるわけねえんだよ」


「何がだ」


「分からん」


鳥が飛び立った。


巨大な翼が水面を叩く。


飛沫が上がる。


鳥は高度を上げた。


何羽もの鳥を殺して獲物まで手に入れた。


そのまま飛び去る。


そう見えた。


ところが。


途中で鳥が身体をよじった。


クロエが気づく。


「おかしい」


鳥の飛び方が乱れる。


翼を広げたまま、左右へ大きく揺れる。


高度が落ちる。


また上がる。


アスラが目を細めた。


「腹だ」


「腹?」


リーゼが聞く。


「中で動いている」


鳥の腹が一度。


大きく膨らんだ。


ネイラが息を呑む。


次の瞬間。


鳥がこちらを見た。


少なくとも、頭が明らかにこちらへ向いた。


そして。


加速した。


リーゼの表情が変わった。


「待て」


鳥が大きくなる。


「待て待て」


さらに大きくなる。


「速すぎる!」


ものすごい速度だった。


飛行機に乗っていたリーゼだからこそ、その異常さが分かった。


巨大な鳥が、ほとんど弾丸のように水面すれすれを飛んでくる。


「貴様、飛行機より速くないか!?」


クロエが答える。


「速いな」


「簡単に認めるな!」


ルヴァナが目を輝かせる。


「すっご」


「感心するな!」


鳥との距離が一気に縮まる。


ノアが全員の前へ出る。


クロエとアスラも構える。


ティセラも魔法を準備した。


エヴァはシズクのところへ来る。


シズクが素直に棒を置いた。


「荷物ですね?」


「ああ」


右脇へ抱えられる。


リーゼはもうそこには何も言わなかった。


鳥が滝壺の途中まで来た。


そして。


突然。


急停止した。


翼を大きく広げる。


水面へ触れそうな高度で、無理やり速度を殺す。


リーゼが目を剥いた。


「何だ今の減速は!」


鳥が身体をよじる。


一度。


二度。


首を曲げる。


腹を見る。


自分の腹へ嘴を向ける。


届かない。


さらに身体を捻る。


腹が動いた。


内側から。


何かが暴れている。


ぶちっ。


腹の一部が盛り上がった。


肉が裂ける。


黒い頭が飛び出した。


ルヴァナが叫ぶ。


「出てきた!」


さらに裂ける。


四本脚の黒い生き物が、鳥の腹を内側から食い破った。


鳥が悲鳴を上げる。


黒い生き物は、鳥の肉へ噛みつきながら身体を外へ押し出した。


前脚。


首。


胴。


後脚。


全身が出る。


そのまま。


ばしゃああああんっ!


滝壺へ落ちた。


腹を破られた鳥も少し先へ墜落する。


そこへ魚が集まる。


だが、黒い生き物は沈まなかった。


水面へ頭を出す。


大きく息を吐く。


そして。


こちらを見た。


エヴァの身体が止まった。


シズクを抱えていた右腕まで固まる。


「エヴァ?」


返事がない。


遠い水面。


黒い四つ足。


大きな頭。


長い首。


水面から出ているだけでも分かるほど、太い胸。


五メートルには届かない。


それでも、人間から見れば巨大と言っていい。


黒い生き物もエヴァを見ていた。


しばらく。


互いに動かない。


そして。


黒い生き物が泳ぎ始めた。


一直線に。


こちらへ。


ルヴァナが言う。


「こっち来る!」


速い。


四本の脚で水を掻き、かなりの速度で進んでくる。


その途中。


一羽の鳥が降りてきた。


先ほどの争いから外れていた個体らしい。


嘴を開く。


黒い生き物へ襲いかかる。


黒い生き物は逃げなかった。


むしろ水面から身体を持ち上げた。


口を開く。


鳥の首へ噛みついた。


ぶちっ。


首を食いちぎる。


鳥の胴体だけが水面へ落ちかける。


黒い生き物は、その胴へさらに噛みついた。


首のない巨大な鳥を。


振り回した。


一度。


二度。


巨大な鳥の死体が、水面の上で鞭のように振られる。


そこへ別の鳥が突っ込んできた。


どごんっ!


死体がまともに当たった。


飛んできた鳥の身体が潰れる。


振り回されていた方も、衝撃で胴が大きく折れた。


二体の鳥が絡まりながら水へ落ちる。


ぐしゃり、と肉と骨が潰れた。


ルヴァナが口を開けた。


「……強っ」


ネイラもさすがに無言だった。


黒い生き物は、何事もなかったように泳ぎ続ける。


今度は水中から魚のようなものが出た。


大きな口。


黒い生き物の腹へ向かって飛びつく。


黒い生き物は前脚を上げた。


蹄。


振り下ろす。


どごんっ!


魚の頭へ直撃した。


頭蓋が割れる。


肉と骨の破片が飛ぶ。


魚の身体が水面へ横倒しになった。


黒い生き物は、その飛び散った肉片の一つを空中で咥えた。


そのまま。


食べた。


リーゼが止まった。


「今、食ったな?」


ティセラが答える。


「食べましたね」


「馬みたいな形をしているのに?」


エヴァの顔が変わっていた。


もう疑っていない。


「黒」


シズクが見る。


「え?」


エヴァはシズクを地面へ下ろした。


「エヴァ?」


走った。


岸へ。


そのまま。


水へ。


リーゼが叫ぶ。


「待て!」


エヴァの足が水面へ着く。


沈まない。


蹴る。


次の足。


さらに次。


ものすごい勢いで水面を走り始めた。


リーゼが固まる。


「…………」


ノアを見る。


「なぁ」


「うん」


「いま、すごい勢いで水の上を走ってるよな?」


「走ってるね」


「何でだ?」


ノアは少し考えた。


「エヴァだから?」


リーゼが叫ぶ。


「説明を放棄するな!」


エヴァは止まらない。


水面を蹴る。


飛沫が左右へ飛ぶ。


途中。


一羽の鳥がエヴァへ襲いかかる。


エヴァは走ったまま拳を振った。


どごんっ!


鳥の顔が横へ弾ける。


巨体が回転しながら水へ落ちた。


別の鳥が背後から来る。


エヴァは振り返りもしない。


後ろ蹴り。


翼の付け根へ叩き込む。


鳥が折れ曲がって吹き飛ぶ。


今度は水中から魚が飛び出す。


エヴァは水面を蹴った。


身体が跳ねる。


そのまま魚の頭へ踵を落とす。


どんっ!


魚が水面へ叩き戻された。


リーゼが遠くから叫ぶ。


「何故、水上を走りながら空と水中の敵まで蹴散らせる!」


誰も答えられない。


黒い生き物もエヴァへ向かう。


鳥が来る。


噛みつく。


首を千切る。


魚が来る。


蹄で砕く。


エヴァも同じだった。


鳥が来る。


殴る。


魚が来る。


蹴る。


二つの生き物が。


滝壺の生態系を力任せに突破しながら。


互いへ向かっていく。


シズクが呆然と眺めている。


「似ていますね」


リーゼが振り返る。


「何が!」


「エヴァと、あの生き物です」


「否定したいが否定できん!」


距離が縮まる。


エヴァの声が滝壺へ響いた。


「黒おおおおおおっ!」


黒い生き物も声を上げる。


「ぶひひひひーん!」


エヴァの顔が完全に崩れた。


「黒ー!」


「ヴォオオオオオッ!」


リーゼが眉を寄せる。


「ん?」


さらに。


「ガオオオオオオッ!」


リーゼがゆっくりノアを見る。


「後半、おかしかったよな?」


ノアも頷く。


「馬の鳴き声ではないと思う」


シズクが聞く。


「馬なのですか?」


二つの生き物が接触した。


エヴァが黒い首へ飛びつく。


黒も頭を振りながら、エヴァへ身体を寄せる。


エヴァは笑っていた。


「黒! 黒! お前、生きてたのか!」


「ぶひひーん!」


「よく来たな!」


「ヴォー!」


「そうかそうか!」


「ガオー!」


リーゼが叫ぶ。


「会話が成立しているように扱うな!」


エヴァには聞こえていない。


黒もエヴァへ頭を押しつける。


その勢いで、エヴァの身体が水面を滑る。


だがエヴァは笑うだけだった。


しばらくして。


黒が岸へ向きを変えた。


泳ぎ始める。


その背には。


エヴァがいた。


乗っている。


ではない。


立っている。


巨大な黒い四つ足の背の上。


エヴァは仁王立ちしていた。


両足を広げ。


腕を組み。


濡れた金髪を風になびかせている。


黒は滝壺を泳ぐ。


途中で魚が寄れば歯を剥く。


鳥が近づけば睨み上げる。


その背の上には、二メートルを超えるノアへ近づきつつある巨体の女戦士。


ノアがぽつりと言った。


「世紀末覇王感」


リーゼが即座に頷く。


「聖者、それだ」


シズクが聞く。


「何ですか、それは?」


「僕の前世の話」


「今のエヴァに似ているのですか?」


「かなり」


黒が浅瀬へ入る。


やがて四本の脚が底へ着いた。


水から上がってくる。


そこで初めて。


全員が、黒の全身を間近で見ることになった。


大きい。


五メートルには届かない。


だが、普通の馬という言葉から想像するものとは完全に違う。


脚は太い。


胸は分厚い。


首は筋肉で盛り上がっている。


蹄も大きい。


黒い毛並みは水を吸って身体へ張りつき、その巨体の輪郭をはっきり見せていた。


口元には、鳥と魚の血が付いている。


その背には。


まだエヴァが仁王立ちしている。


どすん。


黒が一歩進んだ。


地面が少し揺れた。


シズクが腰を抜かした。


「……大きい」


リーゼも後ずさろうとして足を取られ、そのまま尻餅をついた。


「これが馬!?」


エヴァが黒の背から飛び降りる。


「そうだ」


黒の首を叩く。


「俺の軍馬だ」


ルヴァナが見上げる。


「これが黒!?」


「ああ」


ネイラも目を見開いている。


「以前話していた軍馬?」


「そうだ」


クロエが黒を見る。


「なるほど」


アスラも頷く。


「現在のエヴァなら、この馬へ乗っていても不自然ではない」


リーゼは座ったまま二人を見る。


「貴様ら、何を納得している!」


クロエが答える。


「エヴァの体格の話だ」


以前。


エヴァの身体そのものが、谷底へ来た時より大きくなっていることが判明した。


強さを取り戻すにつれ。


筋肉だけではなく、骨格そのものまで大きくなっている。


エヴァの世界では、強い者ほど身体が大きくなる。


弱れば縮む。


その話を聞いた時。


リーゼには最後まで理解できなかった。


だが。


黒を見る。


現在のエヴァを見る。


また黒を見る。


「……確かに」


リーゼが呟く。


「谷底へ来た直後の貴様では、この馬に乗るには小さすぎるな」


エヴァが頷いた。


「だろ?」


「納得したくなかった!」


シズクはまだ地面に座ったままだった。


「エヴァ」


「何だ?」


「以前、黒はとても大きな軍馬だと聞いていました」


「ああ」


「想像より、かなり大きいです」


「そうか?」


黒がシズクを見る。


巨大な頭が近づく。


シズクの顔ほどある鼻先。


さらに近づく。


ふんっ。


黒が鼻息を吐いた。


シズクの髪が一斉に後ろへ流れた。


「…………」


エヴァが笑う。


「大丈夫だ。黒は味方を食わねえよ」


リーゼが叫ぶ。


「さっき鳥の首を食いちぎって魚の肉を食っただろうが!」


「敵だったからな」


「馬が敵を食うな!」


黒がリーゼを見る。


「ぶひひーん」


リーゼが止まる。


「今のは馬だ」


「ヴォー」


「戻った」


「ガオー」


「何なんだ貴様は!」


ルヴァナは完全に気に入ったらしい。


少し距離を取りながら黒の周囲を回る。


「めっちゃかっこいい」


ネイラはもう少し慎重だった。


「これは、エヴァさんの国では一般的な軍馬なのですか?」


エヴァは考える。


「黒はでかい方だ」


リーゼが立ち上がる。


「その説明で安心できると思うか!」


エヴァは黒の首へ腕を回した。


黒も頭をエヴァへ押し付ける。


互いにかなりの力なのに、どちらもびくともしない。


エヴァの顔には、これまでほとんど見せたことのないほど素直な喜びが出ていた。


「よく来たな、黒」


黒が鼻を鳴らす。


「ぶひひーん」


エヴァはその首を何度も叩いた。


「まさか、お前まで落ちてくるとは思わなかった」


「ヴォー」


「そうか」


リーゼが小さく言う。


「だから会話するな」


だが、今度はそれ以上邪魔しなかった。


エヴァが国を失ったことは知っている。


捕虜になったことも。


最後には魔界大穴へ捨てられたことも。


谷底へ来た時。


エヴァには何も残っていなかった。


その過去から。


今。


一頭だけ。


自分の足で主人のところまで来た。


鳥に食われても。


腹を食い破り。


魚に襲われても。


蹄で頭を砕き。


その肉まで食い。


それでも。


エヴァを見つけて。


一直線に泳いできた。


リーゼは黒を見る。


「……まあ」


少しだけ声が柔らかくなる。


「来てしまったものは仕方ないな」


エヴァが振り返る。


「連れて帰るぞ」


「やはりそうなるのか!」


「当たり前だろ」


ノアが黒を見上げる。


「館の近くに置く場所、考えないとね」


「聖者まで受け入れるのが早い!」


「エヴァの馬なんでしょ?」


「そうだが!」


シズクもようやく立ち上がった。


黒からは少し距離を取っている。


「でも、エヴァにとって大切な方なのでしょう?」


リーゼが見る。


「方?」


シズクも黒を見る。


「馬?」


エヴァが答える。


「黒だ」


「そういう問題ではない!」


帰る準備を始める。


漂着物回収は途中で終わった。


使えそうなものだけをまとめる。


そして。


今までより一頭多い一行が、館へ戻ることになった。


先頭にはエヴァ。


その隣には巨大な黒い軍馬。


シズクはかなり離れて歩く。


リーゼも黒の後ろには立たない。


ルヴァナは近づきたがり、ネイラと母親二人に止められている。


ノアは、これから黒が寝る場所をどうするか考えていた。


黒が一度鳴いた。


「ぶひひーん」


リーゼが少し安心する。


続けて。


「ヴォー」


リーゼの顔が曇る。


最後に。


「ガオー」


リーゼは頭を抱えた。


「本当に馬なのか、こいつ!」


エヴァの笑い声が森へ響いた。


こうして。


谷底の共同生活には。


エヴァが国を失う前から乗っていた軍馬。


黒が加わった。

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