第十話 谷底で覚える身体のこと【一般公開版】
休憩していると、エヴァが急に言った。
「そうだ。聖者についてもう一つ教えとく」
シズクは警戒した。
「今度は何ですか」
「これは本当に生活上の注意だ」
「その言葉が信用できなくなっています」
「聖者はオーガだ」
「はい」
「オーガは性欲が強い」
シズクは嫌な予感を覚えた。
「聖者の場合、かなりひどい」
「ひどい?」
「ほとんど尽きない」
シズクは瞬きをする。
「尽きない?」
「あいつ自身、自分の身体がどうなってるのか全部分かってない。どれだけしても、また元気になる」
エヴァは少し遠い目をした。
「初めての夜は、俺も聖者も加減を知らなかったからな。本当に溺れるんじゃないかと思った」
シズクは何にとは聞かなかった。
「それほど?」
「どれだけでも出る。本人も困ってる」
「聖者が?」
「ああ」
エヴァの声が少し落ち着いた。
「欲が強いくせに、それを他の女へ向けたくないんだと。身体はオーガでも、誰かを欲のはけ口にするのは嫌らしい。だから、できるだけ女と接する機会も減らしてる」
「私にも?」
「特にな」
「では、エヴァは……」
「基本的に毎晩、俺が相手してる」
「毎晩」
「ああ」
「大丈夫なのですか」
エヴァが吹き出した。
「谷へ落とされる前は、何十匹のオーガを相手にさせられた事もあるんだぞ」
シズクの表情が曇る。
エヴァは肩をすくめる。
「そんな顔するな。楽しかったなんて言ってない。あの頃は俺が選べなかった。それだけだ」
そして、すぐに口元を上げる。
「だからまあ、何十匹相手にしてた頃と比べりゃ、聖者一人くらいどうってことない」
「比べるところがおかしくありませんか」
「そうか?」
「そうです」
「まあ、聖者一人の方が大変な夜もあるけどな」
「聞いていません!」
エヴァは豪快に笑った。
「ただ、オーガにはもう一つ面倒なのがある」
「まだ?」
「ああ。近くにいる女の性欲まで強くすることがある」
シズクは固まった。
「……え?」
「身体が熱くなる。落ち着かない。聖者が妙に気になる。触れたくなる。そんな感じだ」
「聖者が何かしているのですか」
「違う。本人の意思じゃない。オーガの種族的な性質らしい」
シズクは自分の身体を見下ろした。
「では、私も?」
「可能性はある」
「どうすれば」
「俺一人だった時は簡単だった。欲しくなったら聖者とすればよかった」
「エヴァはそうでしょうけれど!」
「だからシズクは別だ」
エヴァは指を一本立てた。
「まず聖者から離れろ」
二本目。
「水を浴びろ」
三本目。
「それでも収まらなきゃ、一人で満足するまでしろ」
シズクの顔が真っ赤になる。
「私はそんなことをしたことがありません!」
「なら覚えろ」
「なぜ谷底でそんなことまで!」
「必要だからだ」
「私は巫女ですよ!」
「身体は巫女でも同じだ」
「そんな……」
「一人でやって、それでも駄目なら俺のところへ来い」
シズクはさらに固まった。
「エヴァ?」
「俺が相手する」
「女性ですよ!」
「知ってる」
エヴァは胸を張った。
「捕虜の時は、女の相手もさせられた。そこらの娼婦ごときとは経験が違う!」
「そこで誇らないでください!」
「男も女も、魔物も、獣も、それなりに経験だけはあるぞ」
「経験という言葉の幅が広すぎます!」
「使えるものは使う。それが俺のやり方だ」
エヴァはさらに指を立てた。
「あと、一人でする時に何か使いたくなったら、勝手に変なものを使うな。俺に聞け」
「どうして!」
「怪我するからだ」
「エヴァは詳しいのですか」
「拷問の時に、嫌ってほど経験がある。安全かどうかには一家言あるぞ!」
「やはり誇らないでください!」
「形、硬さ、表面、欠け、割れるか、抜けなくなるか。馬鹿にするな。怪我すると面倒だ」
そこだけは真面目だった。
「恥ずかしがって傷つくくらいなら聞け」
「……分かりました」
エヴァはシズクの額を指で軽く突いた。その指先は、思いのほか温かかった。
エヴァはシズクの額を指で軽く突いた。
「いいか。無理はイカンぞ」
「……はい」
「よし」
「ですが、私は谷底の暮らしを教わっていたはずです」
「身体の扱いも生活だ」
「範囲が広すぎます!」




