2・1 話しかけられましたが……?
たまにはランチを食堂でとろう。テイクアウトのサンドイッチばかりではさすがに飽きる。
そう思って久しぶりに魔法局を出て食堂に向かう。
王宮には、ここで働くひとのための専用食堂がある。官吏や軍人、魔術師、侍従侍女。そういった職種のひとが使えるものだ。
何棟も複雑に繋がる王宮の、北の一角にある。正面である南棟からは遠いけれど、そのかわりほぼ独立したひと棟で大広間以上に広い。天井の一部はガラス張りで、太陽が出ていれば陽がさんさんと降りそそぎ、とても心地よい場所だ。
ただ、いつ行っても人が多い。王宮中の業務従事者が集まるのだから、当然といえば当然で。
でもその喧騒が私は嫌いで、ほぼテイクアウトで済ましている。
問題はテイクアウトの種類の少なさ。イートインのメニューは豊富なのに。テイクアウトする人間が少ないのか、用意するのが面倒なのか。
改善してほしいと何度か投書したことがあるけれど、今のところメニューが増える様子はない。
「せっかく利用するのだから、アクアパッツァが食べたい。ああ、でもトマト系パスタも捨てがたいわよね。海老がいいか蟹がいいか……。待って、ボンゴレロッソもいいかもしれない」
ランチを取るには少し遅い時間。ひとけの少ない廊下で、メニューに想いを馳せながら歩いていたら、ふいに背後からクッと笑う声がした。「食い意地が張りすぎだろ?」と、あざける言葉が続く。
誰もいないと思ったのに……!!
慌てて振り返ると、いつからそこにいたのか、やや離れたところにライナルトがいた。嫌味たらしく笑っている。
「いいでしょ、久しぶりの食堂なんだもの」
「悪いとは言っていない。フリーデがトマトが好きなのがよくわかったしな」
「……そういえば」
確かにどれもトマトを使っている。
「気づいていなかったのか」
悔しいので、返答はしない。こういうときは話をすり替えるに限る。
「あなたも食堂へ行くの?」
「いいや、通りがかり」
ライナルトが顎で、私が先ほど通り過ぎたばかりの交差部分を示した。
「ふうん。あ、そうだ。婚活はどう? うまく行っている?」
尋ねた途端に、ライナルトはげっそりした顔になった。
「え、もしかしてダメなの……?」
あんなに自信満々だったのに? それに噂では――
「いや。よりどりみどり状態だ」
はぁぁぁっと大きなため息をつくライナルト。
「なるほど。逆にうんざりしているのね」
夜会の翌日以降、魔法局のまわりではライナルトを出待ちしている令嬢が複数いるとの噂がある。どうやらそれは本当みたいだ。
「オレは忙しいんだ。仕事をしたい。魔法を極めたい。なのに! 待ち伏せされるわ、手紙やらプレゼントやらが届くわ。対応も面倒なら、ひとりを選ぶのも難しい。そもそも令嬢の判別がつかない!」
ライナルトは眉間にめちゃくちゃしわを寄せ、まくしたてた。よほど鬱憤が溜まっているらしい。
「そうだ、テオフィル殿下に見極めてもらったら? あの方なら侯爵家にふさわしい令嬢がわかるでしょ?」
すごくよい提案――と思ったのだけど、ライナルトは再びため息をついた。
「自分で選べと断られた」
「……そっか……」
まあ生涯の伴侶にするなら、自分で選ぶのが筋なのかな。テオフィル殿下も友人の結婚相手に責任を持ちたくないのかもしれない。
三度ため息をついたライナルトが私を見た。
「フリーデはどうなんだ」
「私? 私も面倒だから、マリウス・フォイゲ様で決めちゃおうかなと思っているところ」
「フォイゲ……? 覚えがあるような、ないような」
「夜会で最初に声をかけてきてくれた兄妹の兄の方」
ライナルトの眉がピクリと動いた。
「あ……あ、あの男か」
「思い出した? 私も顔はうろ覚えなんだけどね」
呆れたような目を向けられる。
「なら、なんでその男にしたんだ」
「次の日に丁寧なお手紙をくれたし、やっぱり可愛いって最初に褒めてくれたのが嬉しかったし」
自分でもびっくりするほど乙女思考だと思う。
でも、すっかり忘れていたけれど、学生のときもたまにするヘアアレンジを友達に褒められるとすごく嬉しかったのだ。
仕事に夢中すぎて、可愛いと褒められることの嬉しさをすっかり忘れていた。
大昔に「可愛げがない」と言われたことは、しっかり覚えているのだけど……
いやいや、あんな狭量な男はどうだっていい。
今は目前の婚活問題! マリウス・フォイゲ様には非常に良い長所がある!
「それにマリウス様は伯爵家の嫡男で家格も合うでしょ? しかも結婚後も魔法局で働いていいって」
この条件はとてもポイントが高い。貴族の女性が働くことを嫌がる人間は多い。うちの両親みたいに古い価値観を持っていると特に。
けれどマリウス様は理解があるみたいだ。
しかも私が一度婚約破棄された身、かつ二十六歳の行き遅れということも承知の上で、結婚を前提に、もう少しお会いして話をしたいと誘われた。
マリウス様自身は二十五歳。魔力はあまりなく魔法も得意ではないから、魔法学院には通わず代わりに留学をしたという。
そのときの同級生と二十歳のときに国際結婚したけれど、体の弱かった奥様に外国の生活は合わなかったらしい。わずか二年後に奥様と死別。
最近になってようやく再婚する気持ちが芽生えてきたので、お相手探しを始めたのだそうだ。
そういった事情を先に包み隠さず教えてくれたところに、好感が持てる。
「だから今度デートするの。上手くいくよう、祈ってて。速攻で婚活を終わらせて見せるわ!」
「顔も覚えていないのに?」
「いいの。これから覚えるから。ライナルトもがんばって。足を引っ張らないでよ!」
不愉快そうに渋面になったライナルトに別れを告げて、食堂へ向かう。
いくらも行かないうちに、はたと気づいて振り返る。
もう、ライナルトの姿はなかった。
「……あのライナルトが、通り過ぎた私をわざわざ呼び止めたの? 今までそんなことあったかしら」
私自身は、用がないときに彼に声をかけたことなんてない。
目が合えば高確率で、嫌味の応酬になる。
仕事上で会話が必要なときは、私情は挟まず最低限の単語で済ませる。
ライナルトと雑談をしたことなんて、記憶にない。
「う~ん。でも私も婚活がどうなっているのか気になっていたしね。きっとライナルトもそうだったのね」
乗り気のない婚活とはいえ、ライナルトに遅れをとるのは悔しい。彼も同様のはずだ。しかも私より分がいいと考えているだろうし。
「ライナルトに負けないためにも、ここは次のデートでサクッと婚約を決めたいところね」




