1・7 《幕間》ライナルト、抗議する
ノックをすると「どうぞ」と気安い声が返ってきた。
扉をあけ、局長室に入る。
「なんだ、ライナルトか。どうした?」
書類仕事をしていたらしいテオフィルが、ペンを置いてオレを見る。自然な表情だ。
「いったいなにを企んでいるんだ?」
ストレートに尋ねると、テオフィルは「なんのことだい?」と小さく笑う。
「結婚命令のことなら、企みなんてなにもない。言ったとおりのままだよ。それとね――」
テオフィルは申し訳なさそうな顔になる。
「クビも事実だ」
「合同捜査本部が立っているこの時期に、魔法局長が休職したんだ。周囲を納得させる対応が必要なんだろ?」
「そのとおり。さすがライナルト。説明が省けて助かるよ」
テオフィルの顔に笑顔が戻る。
「それはいいんだ。オレが聞きたいのは、お前がフリーデとオレを結婚させようとしていることだ」
『それが嫌なら救済策を授ける』なんてこいつは言ったが、それは建前だ。あのときはオレも急なことに戸惑っていたから気づけなかったが、夜会で最初に話しかけてきた令嬢の言葉で気がついた。
オレの盛装は濃紺のジュストコールにライムイエローのベスト。
彼女のドレスはライムイエローと同系統のカナリア色で、首飾りは青いサファイア。
完全にペア仕様だった。
だから彼女たち兄妹は、最初オレとフリーダは夫婦だと思ったのだという。だけど距離感がそうではなかったから、不思議に思って話しかけてきたのだとか。
しかも、だ。フリーデの瞳はミモザのような黄色だ。
オレは彼女の瞳の色を着させられていた。
テオフィルは表情を変えずにオレを見つめていたが、やがて椅子の背にもたれた。
「ぼくはね、君の妻になれるのはフリーデ・キューネルしかいないと思っている」
やっぱりという思いと、友人の意味の分からない思考とに、ため息がこぼれた。
「オレは彼女を好きじゃないし、彼女もオレを好きじゃない。どこをどう考えたら、そんな結論が出るんだ」
「だって君はそんなふうだから」テオフィルが苦笑する。「普通の令嬢じゃ無理だよ。令嬢側も、君も。自分が一番よくわかっているだろう?」
オレは答えずに友人をにらみつける。
コイツとの付き合いは長い。幼いころに『友人候補』として引き合わされ、それ以来の仲だ。
そして、テオフィルは数少ないオレの理解者だ。今回の命令だってコイツとしては、考え抜いた最善のものなのだろう。だが――
「テオフィルがどう考えようが構わない。でも関係のない人間まで巻き込むな」
「そうかなあ。君たちはお互いへの理解が足りない。それさえ埋めれば、案外いいコンビになると思うんだ」
――お互いへの理解?
ふと、昨晩のことが思い浮かんだ。
盛装への着替えを済ませ、フリーデを待っている間にオレは、縁談リストを紙片に書き写した。書類サイズの綴りなんぞ夜会へは持っていけない。時間があまったから、ついでに彼女のものも写した。
それをフリーデに渡すと、彼女は驚いた。彼女のぶんまで用意したことが意外だったらしい。だが婚活はオレだけが成功してもダメなのだから、当然のことだ。オレはそう思った。
だからフリーデが、「お礼をしないとね。借りをつくるのはイヤだし」と言ったときも、オレは「そんなものはいらない」と答えた。そもそも借りというほどのことでもない。
「でも、婚活のためにもね」
彼女はそう言って、オレの両手を握りしめた。
「お化粧で隠したみたいだけど、クマがある。激務なんでしょ? 回復魔法をかけるわ。時間がないから少しだけになるけど」
回復魔法は自分自身にはかけられない。力が巡回するだけになってしまうからだ。
代わりに回復効果のあるポーションを飲んだりはするが、やはり、能力の高い魔術師に直接術をかけてもらうのが、一番効く。
フリーデが呪文を唱え始めると、手の上に深緑色に光る魔法陣が現れた。繋いだ手から、魔力が流れてくることがわかる。
予想どおりの強さと、予期せぬ心地よさのある魔力だった。
その温もりは生意気で強気の性格からは想像できない感触で、オレはライバルの本当の力をなにも知らなかったことに気がついた。
術が終わると、疲労で重く感じられていた体が、信じられないほど軽くなっていた。
フリーデ・キューネルは、いい魔術師らしい。悔しいけれど――
「もう思い当たることがあったんだ」
フフッと笑うテオフィルに我に返る。
「だがそれと、彼女を結婚相手として見るかは別問題だ」
「そう。残念だな」
「わかってくれればいい」
それじゃ、と扉に向かう。そんなオレにテオフィルが「でもね」と話を続けた。
どうやらわかってくれてはいなかったらしい。足を止めて振り返る。
うんざり気分で見たテオフィルに、先ほどまで見せていた笑顔はなかった。
「ぼくは友人として、心の底からライナルトを心配しているんだ。——もう一年を切ったじゃないか」
テオフィルは心配そうな表情をしていたし、長年の付き合いからそれが本心によるものだとわかる。
「……案じてくれる気持ちは嬉しい。だがオレは大丈夫だ。心配するな」
◇
局長室を出て、ひとけのない廊下を進む。
残り、あと数ヵ月。
テオフィルはそれを案じているところに、シェーケル局長の休養問題が降りかかり、一挙に解決させようと今回の命令を考えついたのだろう。
問題は国王陛下の裁可がおりていることだ。あいつの一存だけならばよかったのだが……
「きゃぁーーっ!!」
突如女性の悲鳴が聞こえてきた。
外からだとすぐに気づき、窓辺に駆けよる。中庭を見下ろすと、そこにはフリーデと先月入局したばかりの女性魔術師がいた。
新人がなにやら失敗したらしく、ふたりともびしょ濡れだ。おそらくそれで悲鳴をあげたのだろう。
「もう! びっくりした! でも水でよかったー」
明るい声で叫ぶフリーデは驚いたせいなのか、顔を赤くして笑っている。
「あいつ、あんなに笑えたのか」
フリーデの表情で覚えがあるのは、怒り顔か真顔のどちらかだ。笑ったところなんて初めて見るんじゃないだろうか。
――そういえば。
夜会で男にあれこれと褒められていたときも、フリーデは見たことのない顔をしていた。
やはり顔を赤く染めて。恥ずかしげに俯き、はにかんだ表情。
気の強いフリーデが、あんな顔をすることもあるのかと驚いたのだった。
――確かに、彼女について知らないことが、たくさんあるのかもしれない。
だからといって、もっと知りたいという気にはならないし、結婚だなんて悪夢だとしか思えないが。
「面倒だけど、婚活をがんばるしかないよな」
窓辺を離れて歩き始める。
せっかくタイミングよく両親がいないのだ。この隙に許容できる結婚相手を絶対にみつけるのだ。




