1-6 事後の写真
「これ、事後――」
テオフィル殿下の口から恐ろしい言葉が漏れかかった。
「「ちがうっ!!」」
バンッと机に手をつき身を乗り出す。
「疲れて寝ちゃったんです!」
「仮眠をとっただけだ!」
「ヒールも会話も慣れていなかったから!」
「延々と聞かされるくだらない話に限界だったんだ!」
テオフィル殿下は半眼で私たちを見ると、「わかってるよ」とため息をつく。
「そう見えるってだけ。でもね、着替え担当の侍女や侍従がこの姿をばっちり見て――」
「「そんなっ!!」」
思わず頭を抱えてその場にしゃがみこむ。
「キズモノだと思われたら婚活がうまくいかなくなる!」
「オレは責任を取らないロクデナシと思われるじゃないか!」
私のとなりではライナルトも頭を抱え込んでいる。
「あそこに監視システムがあってよかったねえ。アレを確認すれば、なにもなかった証明になるでしょ?」
「「殿下!!」」
私もライナルトも立ち上がり、再び身を乗り出す。
「「ありがとうございます!!」」
「もちろん口止めもしてあるしね」にこりとするテオフィル殿下。「でも夜会での君たちを遠くから見ていたけれど。婚活は無理じゃないかな」
「「そんなことは!!」」
「じゃあ、会話したお相手の名前を教えて。はい、ライナルト」
テオフィル殿下が意地悪な顔でライナルトを見る。「ええと……」と口ごもるライナルト。
「次、フリーデ」
殿下が私に顔を向ける。でも私も答えることはできなかった。
「まあ、こうなるだろうなとは思ったよ。君たちは社交慣れしていないからね」
テオフィル殿下の言葉にしょぼんとなってしまう。
確かに私は軽く考えすぎていた。がんばればなんとかなると思っていたけれど、『私を認知してもらう』という、実に能動的な成果しかない。
「だからね、ふたりで結婚するのが手っ取り早くていいんだよ」
「「まだ始まったばかりですよ!!」」
ライナルトと言葉が重なった。彼を見ると、彼も私を見た。お互いに大きくうなずく。
「私はやれます、殿下!」
「テオフィル、オレを見くびるな!」
「……まあね。この格好で密室にいて、なにも起こらない君たちだからねえ」
殿下が苦笑したので、ほっと胸を撫でおろす。
やっぱり婚活はなしで、ふたりで結婚しろだなんて言い出されたら困ってしまう。
「そういうことだ」と言ったライナルトが殿下に向けて手を差し出した。「写真をくれ」
「ん? いいよ」
はい、と渡される、流出するとマズイ写真。それを手にしたライナルトは、短い呪文を唱えた。
すぐに写真が燃え上がる。
「局長の胃に穴があいたのは申し訳なく思う。けど、テオフィル。こういうのは女性に失礼だ。友人として見損なうぞ」
「そうだな。——悪かった」
テオフィル殿下がすまなそうに私を見る。
「い、いえ。そもそも自分が悪いので……」
ちらりととなりに視線を走らせると、ライナルトはむすりとした顔をして殿下を見ていた。
――私をチビだとか足が短いだとかけなすくせに。こういう写真は、写っているのがたとえ私でも不適切だと思うんだ。
また、意外な面を知ってしまった……
◇
局長室を辞し、改めて魔法局に出勤したライナルトと私はすぐに、同僚たちに囲まれた。
「ふたりで一緒に夜会に参加したんだって?」
「ついに素直になったのか! おめでとう!」
「いつから交際していたんだよ!」
「ケンカするほど仲がいいっていうからな!」
「「違うーー!!」」
ライナルトと私は、局長の長期休養の原因が自分たちだったことから、代理になったテオフィル殿下からとんでもない命令をされたことを説明した。
その結果、みんな口々に――
「婚活なんて無理でしょ」
「ふたりとも魔法以外はてんでダメじゃない」
「コミュ障だし」
「異性に興味もないし」
うぅ……。きのうの戦いに完敗した私には、同僚の忌憚のない意見がとても痛い。
「でもふたりがクビになると困る。結婚しちゃいないよ」
誰かがそう言うと、みんなが大きくうなずいた。
「他人事だと思って!」
昨日の疲れが残っていたせいか、じんわりと涙が浮かぶ。
「そ、そんな、泣くなよ」
ひとつ年上のヨーゼフ先輩がおろおろとする。
「真面目に考えないでさ、軽く考えればいいんだよ」
軽く? 結婚を?
どういうことだろうと首をかしげる。
「だからさ、『結婚』さえすればいいんだろ?」先輩はしたり顔で続ける。「ライナルトとフリーデで結婚する。白いやつを」
白いやつ――つまり性的干渉を持たない結婚。それをする? ライナルトと私で?
「それで、一年後くらいに離婚すればいい。クビの危機は乗り切れるし、みんなハッピーだ」
「おおっ! 先輩、天才じゃないですか!」
これならライナルトを我慢できなくもない。
「一年はきついけど半年、いえ、三ヶ月くらいなら、なんとかいけるかも?」
ライナルトの顔を見上げる。これで問題解決ではという気持ちを込めて。
だけれど彼はうかない顔で首を横に振った。
「無理だ」
「どうして?」
「うちの親をごまかせない。それに離婚なんてしたら、両親はきっと烈火のごとく怒ってフリーデを許さないだろう。『嫡男を捨てた』お前に報復しかねない」
「残念。この案はなしだな」とヨーゼフ先輩が肩をすくめる。
話はここで終わり、それぞれ持ち場へ向かうことになった。
背後でライナルトがヨーゼフ先輩に、「そもそも離婚は女性側の名誉に傷がつくじゃないですか」と抗議している。
やっぱり意外にも紳士的な面があるらし。ライナルトのくせに。
みんなと別れた足で、自分の作業室に向かう。
魔法局員はそれぞれ個室を持っている。王宮からの依頼は、魔法局内でも共有できないものがあるからだ。
書き物机と作業台、様々な道具を乗せた棚のある広い作業室に入ると、隅のチェストに歩み寄った。その上には部屋を出る前にいれたものの、飲みそびれてしまったお茶がある。
ポットがわりのフラスコから、カップ代わりのビーカーに注いで立ったまま口をつける。
きのうテオフィル殿下から衝撃的な命令を聞いて以来、ずっと頭の中にもやもやとしたものがあった。あまりに多くのことがあったし、基本的に魔法以外に使う脳のリソースはないから放っておいたけど。
「……よくよく考えたら、変よね? ライナルトって親に魔術師になることを反対されていたから、入学式で主席になりたかったのよね。どうして今、魔法局にいられるの?」
彼の両親、クラッセン侯爵夫妻を思い浮かべようとしたけれど、うまくいかなかった。
全然記憶にない。
宰相だし、何度かは顔を合わせているとは思う。でも興味がなかったから、特に注意も払っていなかった。
「そうだ。侯爵はライナルトほど身長がないなと思ったはず。でも同じ黒髪だった……ような気がする」
それに不思議なのはそれだけじゃない。ライナルトは侯爵家の跡取りなのに、二十六歳で婚約者もいない。たぶん、貴族の嫡男としては珍しいことだと思う。
「侯爵なんて大貴族だと、いくら本人が嫌がっても、親がすべて決めてしまうものじゃないの?」
魔法学院の同級生たちは、そうだった……と思う。
結婚に興味がなかったから、確信はないけれど。
「う~~ん……。まあ、いいか」
私はクビにならなければ、それでいいのだから。彼の事情なんて、私には微塵も関係はない。




