1・5 夜会を甘くみていました
「まずい……」
「どうしよう……」
絢爛豪華な王宮の広間は溢れんばかりの人で賑わっている。誰もが美しく着飾り、花の蜜を求める蝶のようにあちらこちらへと飛び回り、社交にいそしむ。
そんな様子をライナルトと私は呆然と見守るしかなかった。
「……お前、こういう会はいつぶりだ?」
傲慢なライナルトがかすれた声で尋ねる。
「……デビュタント以来」
「オレは卒業後すぐのに出たきりだ」
「お互いに八年以上ぶりってことね」
夜会は、考えていた以上に戦場だった。
人の多さも、彼らの化けっぷりも。
魔法局の同僚だっているはずなのに、見知った顔をひとりも見つけられない。
とくに女性はお化粧とドレスが普段とはまるで違うからだ――と、先ほど鏡に見惚れていた自分を思い出して気づく。
こっそりとポケットからメモを取り出す。親が用意していたライナルトと私の縁談リストから、名前だけを書き写したもの。
これは私が支度に時間がかかっている間に、ライナルトが用意してくれた。綴りなんて大きなものは、夜会の最中に持って歩けないから。
傲慢男は意外にも気が回るらしい。
「せっかくのメモも、無駄になりそう。私は誰一人見つけられない自信しかないわ」
「……右に同じ」
ライナルトがため息交じりに答える。
ああ。どうして婚活が必要なこのタイミングで家族がいないのよ。
両親と兄一家はそろって隣国へ行っているという。しかも出発は三日前。帰国予定は一ヵ月後。
ライナルトの両親も領地で緊急事態が起きたとかで、二日前に都をたったばかりなんだとか。
私たちの婚活を手助けしてくれる人はいない。
「当たってくだける作戦にするしかないみたいね」
「効率悪すぎるが、仕方ないな」
「じゃあ、お互いに幸運を祈って」
「グッドラック」
成功を祈りあって、別々に歩き出そうとした私たちの前に、すっと人が現れた。美男美女のカップルだった。
青年の方が「初めてお見かけしますが、ご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか」と尋ねる。
ライナルトが「もちろん」と答えると、青年はにこにこと自己紹介をした。となりの美女は妹で、言われてみれば髪色も同じだし、顔も似ている。
ライナルトと私がそれぞれ名乗り、局長命令で夜会に参加していると伝えると、兄妹はパッと顔を輝かせた。とくにライナルトの肩書は効いたらしい。
侯爵令息で父親の侯爵は現在宰相だ。妹はうっとりと彼を見つめている。
一方で兄は私に微笑んだ。
「では私と一曲踊っていただけませんか」
え、ダンス! それは無理。最後に踊ったのはいったい何年前だかもわからない。
「申し訳ありません。先ほど足を痛めたばかりなのです」
転んでおいてよかった! もう治ってはいるけれど、怪我したのは事実だもの。
「そうですか。――では少しお話はどうでしょう。美しい方だなと思って声をかけたのです」
え。私が美しい⁉ 確かにいつもよりは可愛くなっているとは思うけれど……!
「そんなことは初めて言われました」
嬉しいやら恥ずかしいやら様々な感情が湧き上がり、顔に熱が集まる。思わず俯いた私に、兄は「なんて可愛らしいかたなんだ」と追い打ちをかける。
「魔法局の男性は奥ゆかしい方ばかりなのですね」
フフと笑った兄は、ライナルトに一言二言告げると、私の腰に手を当てて移動を促した。
ちらりとライナルトを見ると、彼には妹が愛らしい笑顔で話しかけている。
これはお互いにいい滑り出しでは⁉
私の視線に気づいたらしいライナルトと目が合う。小さく頷くと、向こうも頷き返す。
私は心の中で「うまくやりなさいよ!」とはっぱをかけて、兄とともにライナルトのそばを離れた。
◇
待機部屋に戻ると、長椅子にうつ伏せに倒れこんだ。お行儀が悪いけれど、靴を投げ飛ばして脱ぐ。
「あ~~~~、疲れた!!」
部屋には、置きっぱなしにしていた縁談リストを取りに戻っただけだったけど、椅子を見たとたんにもう一歩も動きたくなくなってしまった。
このまま寝床にダイブしたい。今すぐお布団をかぶって眠りたい。
でもコルセットは苦しいし、セットした髪では仰向けに寝れないし、お化粧をした顔はつっぱりを感じて不快感マックスだ。
「婚活はするけど盛装はもうやりたくない~~」
ガチャリ、と音がして続いて「オレも」と声がした。見なくてもわかる。ライナルトだ。
「……ひどい格好だな」
「だって。一生分話した気がするし、高いヒールはものすごくものすご~く疲れるのよ!」
「……だな。オレも限界」
ボスッ、とライナルトが長椅子に身を投げた音がする。
最初に出会った兄と共にライナルトの元を離れてからは、驚くほど婚活がスムーズに進んだ。男性たちが次々と話しかけてきたのだ。
会話をしているうちに気づいたのだけど、単純に初めてみる可愛い令嬢がもの珍しかったらしい。
それはライナルトも同様で、私が見かけたときはいつでも周囲に令嬢の壁ができていた。
「でもお互いに幸先のいいスタートは切れたわよね?」
「……いいや。令嬢の区別がつかないまま終わった。名前も忘れた。散々だった」
疲労が色濃くにじむ声。私は顔だけをなんとかライナルトに向ける。
大股を広げ、両手を背もたれに乗せ、頭も後ろに反らしている。上着を脱いでいてクラバットをとり、シャツは首元のボタンを外している。
私同様にひどい格好だ。
「……私も。会話をこなすだけで精一杯。どこの誰だったのか全然わからない。でも次の機会に向こうから声をかけてくれるかもしれないし、存在を覚えてもらってれば勝利、ってことにしようかと思ってる」
「……オレもそれを採用する」
深いため息の二重奏が奏でられる。その後しばらく静かだったけれど、ライナルトがぽつりと「……あの男、すごかったな」と呟いた。
「誰のこと?」
「最初の兄。あんな歯が浮きそうなことを次から次へと。よく思いつく」
「――ああ」
もう顔もおぼろげだし名前も覚えていないけれど、私のことをめいっぱい褒めてくれたのは覚えている。嬉しかったから。
「あれに喜ぶって、私にも乙女心があったのね」
冷静になって見ると、我ながらびっくりしてしまう。
ずいぶん昔に婚約者に「可愛げがない!」と罵られて以降、異性に外見を褒められることなんてなかった。
今日、私の見た目がよかったのはお化粧のおかげだけれど、どんな理由であっても褒められるのは心が弾んだ。
そう思っていると、かすかにハハッと屈託なく笑う声が耳に届いた。
まさかと思うけど、ライナルトが笑ったの?
小馬鹿にするときしか笑わない男が?
きっとよほど疲れて、おかしくなっているのだわ、きっと。
その証拠に、また大きなため息をライナルトはついている。
「ああ、マジで疲れた。このまま寝たい」
「同じく」
私のまぶたも、急激に重くなってきている。
支度をしてもらった部屋で侍女たちが私を待っている。だけど、もう少しだけ休みたい。
本当の本当に、疲れている――
◇
「もう、結婚するしかないんじゃないの?」
夜会翌日の局長室。出勤前に呼び出されたと思ったら、テオフィル殿下が顔を引きつらせながら、机上に一枚の紙を置いた。
ライナルトとふたりでのぞきこむ。
それは魔道具で撮った写真だった。映っているのは、待機部屋で眠りこけている私たち。
それぞれローテーブルを挟んで別の長椅子に寝ている。どちらの姿もだいぶひどい。
ライナルトはシャツとウエストコートのボタンがはじけとんだのか、胸からお腹にかけてが露わで、その上シャツのすそがズボンから出ている。
私の方も髪はぐしゃぐしゃ、スカートも乱れまくって、あげくに片乳がこぼれそう。
顔から血の気が引いた。
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