7・7 あずまやでの告白
「フリーデ嬢、ちょっとよろしいかな」
謁見式を終えてエマ、ヨーゼフ先輩と話していると、ハイデマリー様のお父様であるビュッセル公爵がやってきた。
「まずは叙勲おめでとう」
そう丁寧にお祝いを述べてくれた公爵は、「娘を助けてくれたお礼のことなんだが」と続けた。
「はい。どうぞよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げる。
「いやね、フリーデ嬢。必要ないんじゃないかと思うんだよ」
「いったい何を望んだんだ?」
小さく呟いたヨーゼフ先輩に、公爵は笑顔を向けた。
「ライナルト卿がクラッセン侯爵と対立した際に、ライナルト卿の味方になることだ」
「「え……?」」
エマとヨーゼフ先輩が揃って声をあげた。
「察するに」と公爵。「先ほどの魔法局勤務の件を想定した望みだったのだろう?」
はい、と答える。
「でもあの様子なら陛下とテオフィル殿下がバックアップするだろうし私は必要ないと思う」
「そんなことはありません。味方は多いにこしたことはないですから」
「そうかい? 困ったな。それでは私の気が済まないよ……」
顎に手をあて考え込む公爵。お気持ちだけで構わない、と伝えてもうんうん唸っている。
と、突然顔を輝かせた。
「では、こうしよう。君は婚活中だと聞いた。結婚が決まったら、私が結婚立会人になろう」
「そんな! 私ごときに公爵閣下がそのようなことをしていただくわけにはまいりません!」
結婚立会人は貴族の結婚で必要なもので、結婚式に参列し、婚姻証明書に証人としてサインをしなければならない。
「だが私が立会人になれば、どのような結婚だったとしても君に文句を言える人間はいないぞ。よし、決まりだ。結婚が決まったら連絡してくれたまえ」
公爵は一息にまくしたてると、華麗にウインクをして颯爽と去った。
「どうしたんだ。ビュッセル公爵がいたみたいだが」
公爵と入れ替わるかのように、合同捜査本部の人たちと集まっていたはずのライナルトがやって来た。
「ええと。ハイデマリー様を助けたお礼に、私の結婚立会人になってくれるって」
「へえ。それはいいな。頼もしい」
でも私の結婚相手は平民になると思うんだけど、どうしよう。街の結婚相談所に貴族が登録しているとは思えないし。
困ったなと思っていると、ライナルトが「フリーデ。話がある」と言い出した。
◇
「まさかオレのことを褒章に望むなんて。なにやってんだよ、フリーデは」
ふたりで廊下を並んで歩きながら、ライナルトははちきれそうな笑顔を向けた。
「あなたこそ。せっかくのチャンスをどうして私に使っているのよ」
「言ったろ? 守るって」
「そうね。ありがとう。すごく嬉しかった」
「オレも。驚いたけど、嬉しかった」
ライナルトと顔を見合わせ笑いあう。
「でもね、あんなにうまく話が進んでびっくりしたわ。絶対にクラッセン侯爵が許さないと思っていたから」
「ああ、その話もしたかったんだ。ひとけがなくなる所まで待ってくれ」
そう言ったライナルトが向かった先は庭園だった。薔薇の咲き乱れる一角のあずまやに入り、防音魔法をほどこす。
なんでこんなところでと思ったけれど、魔法局に戻るより近いからかもしれない。テーブルを挟んで向かい合わせにすわった。
「まずは父の件だな」とライナルト。「イルザ先生の呪いを解いただろ? その結果呪術者に呪い返しがいったらしい」
「犯人がわかったの!」
「そう。呪い返しで全身が燃え上がったそうだ」
「っ……!」
ライナルトの話によると、犯人はクラッセン侯爵家に雇われていた、イルザさんの前任の魔術師だったらしい。
当時、クラッセン侯爵はメーダ国との間にあった開戦の危機を回避させたと褒めたたえられていた。けれどその案は魔術師が出したものだったそうだ。
なのにクラッセン侯爵は手柄を自分だけのものにして、叙勲を受けた。
さらに、それに抗議した魔術師を解雇したという。
自分の案だという証拠を持たなかった魔術師は、恨みを募らせクラッセン侯爵を呪った――
という訳らしい。魔術師は亡くなったのだが、息を引き取る前に駆けつけた医者に告白したそうだ。
「でもどうして公表しないの?」
「彼は左腕を失っていた。きっと代償だな」
「その状態だと魔術師として雇ってくれるところはなさそうね」
薬湯の調合や魔道具の作成など、魔術師は手を使う仕事も多い。片手でもできないことはないけれど、雇う側は両腕が揃っている魔術師を優先するだろう。
「だから下町で平民相手の薬師をやっていたらしい。で、彼は人気も信頼もあり、家族もいた」
「……呪いは重罪ね」
「そうだ。人気があったぶん、真実を明かせばその内容はすぐに広まるだろう。彼の家族は平穏な暮らしを確実に失う。だからだ。家族に罪はないし、イルザ先生もそれに同意した。そして公表しないとはいっても、父は責任をとって辞職することが決まっている」
そのような事情があるから、私の要望がすんなりと認められたらしい。
なんとなく物悲しい気持ちになったものの、すぐにハッとした。
「ていうか、下町にいたのなら呪いがイルザさんにかかってしまったのに気づいていたわよね。なんで解かなかったのよ!」
そう考えると魔術師には一片も同情できないわよね。
「恐らく、自分では解けなかったんだ」
「ああなるほど。代償ね」
片腕と共に大きく魔力を減らしてしまったのだろう。
「そっか。――となると、あなたの問題も私の問題も解決したし、一件落着かしら。残すのは、私の婚活くらい?」
「そうそう。なにが『誰でもいいので偽装結婚をしてくれるひとを見つけて』だよ」
「ええっ! なんで結婚相談所しか知らないはずのことを、知っているのよ!」
半眼で私を睨むライナルト。
「変な奴と婚約するなって、オレは釘を刺したよな?」
「そうだけど。それとストーカー行為は話が違くない?」
「だって整わないうちに、フリーデが婚約を決めたら困るじゃないか」
……ん?
どういうこと?
私の婚約が決まると、なぜライナルトが困るの?
ドキドキと心臓が高鳴る。
だって勘違いしてしまいそうなセリフなんだもの。
ライナルトはおもむろに立ち上がると、私のそばへ来て片膝をついた。
なんなの、このポーズは。
そんなに真剣な目で私を見上げないで。
期待してしまう。
もしかして、ライナルトもって。
「フリーデ。好きだ。オレと結婚してほしい」
ああ。
聞き間違いじゃない?
これってライナルトが現実に喋っている?
「誰でもいいのなら、オレを選んでくれ。偽装でもいい。いずれ絶対にオレを好きになってもらうけれど!」
なにそれ。
思わず笑いがこぼれる。その拍子に涙もこぼれ始めた。
ライナルトは私を選んでくれるの?
侯爵の邪魔は入らない?
ああ、でもそんな心配も憂いもどうだっていい。
大人ぶって恋は諦めようと思っていたけれど、そんなに簡単に気持ちの整理をつけられるものではなかったみたいだもの。
私は微笑む。
「偽装でなくていいのなら、結婚するわ。私もあたなが好き」
「本当かっ!」
ぴょん!と飛び上がったライナルトは私の両手を握りしめた。
「今、なんて言った? 信じられない。もう一度言ってくれ!」
「ライナルトが好きよ。あなたは?」
「フリーデを好きだ!」
叫ぶのと同時にライナルトは私を抱き寄せた。ぎゅうぎゅうと力をこめてくる。
私もお返しに抱き返す。心臓が破裂しそうにドキドキしているし、涙も止まらない。
嬉しすぎて泣くことがあるなんて、知らなかった。
ああきっと。この感情を幸せというのね。
「嬉しい」
思わず言葉がこぼれ落ちる。すぐに「オレも」との言葉がライナルトから返ってきた。
「フリーデ」
「なあに?」
「……オレは恋愛にずっと興味がなかったし、いまだによくわからない。もしなにか間違っていたりイヤだったりすることがあったら教えてほしい」
「わ……わかったわ」
真剣な声で告げられたことに戸惑いつつも返事をすると、頬にライナルトの手が添えられた。
思いの外に熱い手にドキドキしながら、彼の顔を見る。
目が合った彼の黒い瞳もやっぱり熱があって、これ以上速くならないと思っていた鼓動が更に速まる。
「フリーデ、キスがしたい」
「……そうね。私も今同じことを思ったところ」
素直に想いを告げると、ライナルトの目が嬉しそうに弧を描いた。
明日は2話アップし、それで完結します。




