7・6 褒賞授与
「ライナルト・クラッセン卿」
国王陛下の声が朗々と広間に響き渡り、ライナルトは胸に手を当て頭を下げた。
先ほどまで難しい顔をしていたテオフィル殿下が、柔らかい表情になって親友を見ている。
「まずは八年前、そなたの功績を公にできなかった非礼を詫びよう。よくぞ我が国の第二王子テオフィルを暗殺の危機から救ってくれた」
ええ! 先ほど聞いたばかりの暗殺未遂事件!
頭の中で、ピピピピと凄い勢いででこれまでの情報が繋がっていく。
ライナルトが魔術師になれたのも、八年間の自由も得たのもこれに起因するのでは?
先日テオフィル殿下がライナルトの話をしたときに何度も陛下の名前をあげていたもの。
陛下が「改めて勲章を授けさせてほしい」と言って、ライナルトの胸に大きな勲章をつける。
「うぉっ、大ローデンヴァルト勲章だって! 序列一位だぞ」
なにやらヨーゼフ先輩が興奮している。私は国名が入っているなとしかわからないのだけど、すごいものらしい。
「あのときそなたが望んだ褒章は『十年間の自由』だったな」
陛下の言葉にライナルトが「そのとおりでございます」と答えた。
あれ。年数が合わない。
まあ八年というのも中途半端だなとは思っていたけれど。
「宰相の大反対にあい、やもなく二年短くしたのだったな」
な、なにそれ! ライナルトの両親、息子の恩賞に横やりを入れたの!?
「フリーデの両親もひどいけど、ライナルトの両親も大概ねえ」とエマがため息を吐いている。
「まあ二年なぞとほざいた両親から、八年を勝ち取ったそなたの執念はあっぱれだった。おかげで今回の事件も解決にいたったしな」
「……すべての捜査員、協力者の力があってこその解決でございます」
ライナルトの返事に、陛下は嬉しげに笑った。そして今回のライナルトの功績を上げ、もう一つの勲章を胸につけた。
「さて、クラッセン卿。そなたの望む褒賞を申してみよ」
「はい、それでは。魔法局員の無償労働・無償魔力提供を制限する法律の制定をお願いいたします」
え。なにそれ……?
ヨーゼフ先輩も「どういうことだ?」と呟いている。参列者も一様にぽかんとしているみたいだ。
静かな広間は明らかに困惑の空気に包まれている。
「先だって」とライナルトが続けた。「長年にわたる親族による、常軌を逸したレベルでの魔法局員の労働・魔力搾取が発覚しました。陛下の臣たる魔法局員の搾取は、陛下への反逆行為ともいえましょう。ぜひ、魔法局員の保護並びに反逆者を罪に問うための法整備をお願いいたします」
「うむ。その褒賞、喜んで授けよう」
おもむろに頷く陛下。その一瞬後――
「これってフリーデを守るためじゃない!」
エマが叫んだ。それが運悪くしんとしていた広間に響き渡って。広間中の目が私たちに向く。
その中にはライナルトの視線もあった。姿勢をただし、まっすぐに私を見つめている。
あまりに真剣なまなざしに、息が止まる。
「さてはて、余にはそこまではわからぬ」
陛下のゆったりとした声に、我に返った。
ドキドキと激しい鼓動を胸の上から手で押さえて、陛下を見る。ライナルトももう陛下に向き直っていた。
「しかしながら、実はこの褒賞の希望はすでに聞いておってな」と陛下が広間を見渡す、「草案はできている。明日の会議を経て制定する予定だ」
「なるほど、彼がずっと忙しかったのはこのためね、フリーデ」
エマが今度は小さな声で私の耳にささやいた。
そう、かもしれない。
ライナルトが言った、『あと少しですべてが整うから、待っていろよ』というのは、このことのような気がする。
ううん、むしろこのこと以外にどんなことがあるというのよ。
私を両親から、そして最悪の結婚から守るために、ライナルトは褒賞を利用してくれた。自分がふたたび自由を得られる機会を捨ててまで。
俯いて、息を吐きだす。
「……似た者同士なのね」
「ん? なにか言った?」
エマが不思議そうに私の顔をのぞきこんだ。
「テオフィル殿下の言うとおりだったなって」
目を白黒させているエマを見ていたら、私の名前が呼び上げられた。はい、と答えて陛下の前へ進み出る。
ライナルトは下がって誰かのとなりに並んでいた。
ちらりと視線をやると、その『誰か』はシェーケル局長だった!
ずいぶんとやつれているけれど、間違いなく局長だ。もしかして病身をおして、私たちの晴れ姿を見にきてくれたのかもしれない。
嬉しいやら混乱するやらで、ありがたいはずの陛下の言葉をまったく聞いていなかった。たぶん、開発した新・監視システムの功績と、それが潜入捜査で決定的な証拠をおさめた功績とを褒めてくださったはず。
胸にはいつの間にか勲章がつけられている。
そして陛下は、ライナルトのときと同様に「そなたの望む褒賞を申してみよ」と告げた。
褒章について事前に問い合わせがあったのも、ライナルトと同じだ。陛下はすでに私の望みを知っている。
お人が悪いと思いながら、私はいっそう頭を深く下げた。
「監視システムの改良はライナルト・クラッセン卿の協力あってこそのことでございます。彼が望む限り、魔法局勤務を継続できる権利をいただきたく存じます」
「うむ。その褒賞も喜んで授けよう」
「なっ! 待ってください!」
宰相が飛び上がるのが視界の端で見えた。
「か、勝手にそんな、困ります!」
「宰相よ。余に公の場で一度発した言葉を、覆せと申すのか」
視線だけをそっと正面に向けると、真っ赤になったクラッセン侯爵が金魚のようにくちをパクパクとさせていた。
「ですがっ、息子のことです! 以前は私の意見も取り入れてくださったではありませんか」
「そうだな。十二年前の功績があったからこそ、侯爵を尊重してきた。だがもう、その貯金はついえたのではないかな?」
人々がざわりとし、真っ赤な顔をしていた宰相は一瞬にして青ざめた。
陛下が私を見て微笑む。
「褒章を下賜する。――ライナルト・クラッセン卿」
はい、とライナルトが進み出て来た。
「そなたに臨む限り魔法局勤務を継続できる権利を授けよう」
「身に余る光栄でございます」
ああよかった。これでライナルトの憂いは晴れたわ!
もう退職する必要はない。思う存分魔法を研究し続けられる。
顔を上げると、ライナルトと目があった。すごく嬉しそうな顔をしている。
「やっぱり似た者同士だったじゃないか」と檀上からテオフィル殿下の楽しげな声が聞こえてきた。




