7・5 謁見式
怒濤のような日々が過ぎていき、テオフィル殿下が提示した婚約期限まであと三日という今日。
人身売買及び違法薬物販売事件についての捜査終了を発表するための謁見式が、王城の大広間で行われている。
いくら特別捜査本部が設置された事件とはいえ、通常ならばこんなことはない。やはり王太子妃やテオフィル殿下が関わってくるかららしい。
「とんでもない人入りね」
となりに立つエマが呟く。
「これ、都中の貴族が、うんにゃ国中の貴族が集まったんじゃないか?」
そのとなりに立つヨーゼフ先輩が小声で続けた。
壁際に立つ私は、ふたりの言葉を受けて広間を見渡した。
集まっているのは貴族だけじゃない。王宮に勤める官吏武官、魔術師も大勢いる。おかげで広間は芋を洗うような混雑になっている。
「ライナルト、緊張しちゃうんじゃないの?」
「いやあいつはあれで侯爵令息だからな。なんとも思わないだろ」
エマとヨーゼフ先輩がひそひそと言いあう。
そうなのだ。この発表のあとライナルトは事件解決へ導いた功績をたたえられて、表彰される。そのあとには、なんと私も。だから今日は魔法局員の正装をしている。当然着崩しもなし!
「ね、ね、フリーデ」
エマが笑顔を私に向けた。
「ライナルトとはその後なにか進展があった?」
「あるわけないじゃない。なにを言っているのよ」
「ええぇ。奇跡の救出劇があったじゃない! 絶対ライナルトはプロポーズすると思ったんだけどなあ」
エマの言葉にヨーゼフ先輩もうんうんとうなずいている。
「そんなんじゃないって言ってるでしょ」
――本音を言えば、多少は私のことを好きかもとは期待してしまった。
実は子爵邸から帰るときも、お姫様抱っこのうえに馬上でも抱えられていた。ほんと、ライナルトはどこの王子様かと思うような振る舞いで。
私は爆発しそうな鼓動をライナルトに気づかれないようにするのが大変だった。
でも、それだけ。
私たちの関係はなにも変わっていない。イルザさんの解呪ではものすごく感謝されて、このお礼はいずれ必ずと言ってくれたけど。
ライナルトはずっと人身売買事件の後始末で忙しくて、ろくに顔を合わせていない。わずかな機会が、呪いの資料を借りた日と、解呪をした日だった。
そういえば、イルザさんの家からの帰り道で「焦って変な奴と婚約するなよ? 絶対にやめろよ?」と念押しされた。それと、「あと少しですべてが整うから、待っていろよ」とも。
どういう意味かは「あとでのお楽しみ」だそうだ。
「でもさ、噂を聞いたんだよね」
「なんのですか、ヨーゼフ先輩」
「キューネル伯爵がフリーデの釣書を送った貴族家から、回収してまわっているって」
「え、あの強欲夫妻が?」
なにそれ。私も初耳だけど。
え、待って。だから私の婚活が滞ったの? 確かに急に両親が婚活に及び腰になっていたけれど、てっきり子爵の事件のせいなのだと思っていた。
「どうやら夫妻の本意ではなくて、誰かの指示らしいんだけどさ。夫妻は口を割らないんだとか」
「なるほど、ライナルトの暗躍ね」
大きくうなずくエマ。
「それはないんじゃないかしら。 私がクビになりたくないってわかってくれているはずだもの」
まあ、期限まであと三日しかないけれど。
とはいえ、秘策は用意してある。街のお見合い相談所に登録をして、相談員さんに「誰でもいいので偽装結婚してくれる人を探してください」と頼んだのだ。
すでに候補者を数人見繕ったとの連絡をいただいており、明日面会予定となっている。
相談所のプロが探したひとだから、ライナルトのいう『変な奴』ではないはず。たぶん。
そうこうしているうちに、発表が始まった。
人身売買と違法薬物販売の首謀者、幹部などの主要な人物の名前と国籍。
そしてメーダ国と我が国の王太子妃の関与は認められないとの調査結果。
けれど王太子妃直属の侍従が犯罪組織の幹部だったこと。
押収物のなかに偽造したテオフィル殿下の手紙があったこと。
犯罪が露呈したときは、テオフィル殿下に罪を押し付ける手筈になっていたこととその証拠。
広間の奥の檀上には国王陛下一家がいる。中央に陛下夫妻。右手に王太子夫妻。左手にテオフィル殿下夫妻。全員表情が固い。
テオフィル殿下夫妻はよく会うけれど、王太子夫妻は初めて見る。
王太子殿下が体が弱くて、あまり公務には出られない――と昔エマから聞いた覚えがある。今も殿下の顔色は青白く、生気が感じられない。
メーダ国王女との結婚は、確か私が学園に通っていたころで、夫妻の間には五歳くらいの王女がいるはずだ。
そんな王族の前に宰相であるクラッセン侯爵が立ち、すべての発表を担っていた。
「ではここで、非公表だった事件をひとつ、公表する」
広間にざわつきが広がった。
非公表、というとライナルトのお父さんが狙われた事件のことかな?
壇上では宰相が下がり、国王陛下が立ち上がった。
「八年前のことである」
ん? となるとお父さんの件ではないみたい。
「第二王子テオフィルの暗殺未遂事件が起きた」
ざわり、と今までで一番大きなどよめきがおきる。
「八年前じゃ殿下はまだ学生じゃない! フリーデ、知っていた?」
私はぶんぶんと首を横に振った。
ちょうど最終学年のときみたいだけど、そんな話はまったく知らない。
「九死に一生を得たが、そのときの犯人もメーダ国人だった」
どよめきがさらに大きくなり、人々の視線が王太子妃に集中する。
「無論王太子妃とは無関係と判明している。ところで、王太子妃の輿入れは、十二年前のメーダ国との間に起きた危機を回避した際に決まったものだ」
「それってライナルトの父親が功績をあげたやつじゃないか」
今度はヨーゼフ先輩が呟いた。
となると、呪われる原因になった件ね。
「両国間で和平条約を結び、その証としてお互いの国の王女を相手国の王子に嫁がせた。そのような事情があったゆえ、両国間の関係悪化を避けるために八年前の暗殺未遂事件は未公表にした。だがここでまた、メーダ国人による犯罪にテオフィルが巻き込まれた」
広間がざわめくなか、王太子殿下がゆらりと立ち上がった。ちょっと強い風が吹けば飛んでしまいそうな儚さだ。
「すべて私が病弱なことが原因だろう。子も女しかおらぬ。ゆえにメーダ国王家の血を引くものをのちの確実に王につかせるために、弟を狙ったと思われる」
それから。ふたつの件とも、メーダ国も王太子妃も関与していないとの宣言がなされた。
信じられる内容ではなかったけれど、我が国の王女が向こうへ嫁いでいる以上、彼女の身の安全のためにも、戦争回避のためにも、それが事実だとするほかないのだろう。
その代わり王太子殿下は、その位を返上し王位継承権も放棄して臣下にくだるという。そして。
「ひえっ、テオフィル殿下が王太子か。もう気軽に接することができないじゃん」
ヨーゼフ先輩が肩をすくめた。
そのような発表がなされて、壇上のテオフィル殿下は口を強く引き結び正面を見据えている。
一方で王太子夫妻は立ち上がると、静かに檀上から降りて広間を出て行った。
それからいくつかの連絡事項があって。ついに褒賞の時間になった。
魔法局員の正装をし、髪もきっちり整えたライナルトが名前を呼ばれて陛下の前に進み出る。




