7・4 イルザさんの解呪
子爵は誘拐犯として逮捕された。
一方で、私の両親は今回の件には無関係だと主張した。本当かどうかはわからない。
子爵の証言は違うのだけど、報復として彼が嘘をついている可能性が捨てきれないからだそう。
そして私を助けたものの魔力を爆発させてしまったライナルトは、魔法局長代理より厳重注意を受けた。
まあ無関係の人や自分をも殺しかねない威力なのだから、当然ではある。
申し訳なさにいたたまれなかった私は、せめてライナルトの役に立とうと石化の呪いについて研究することにした。
しかもライナルトは、七年半に及ぶ研究の記録も惜しみなく貸してくれた。
さらに局長代理から、事件の影響を考慮して『心身を休めるように』と有給を強制的に取得させられた。
それで研究がさくさく進んだのだけど、正直なところ、もう打つ手はないように思えた。ライナルトは研究をしつくしている。その分量は、普通の魔術師だったら一生涯かかりそうなぐらいだ。
これで呪いが解けないのなら、呪いをかけた術者がライナルトでは足元にも及ばないほど強力な魔力の持ち主か、魔術の常識を覆すようなとんでもないものなのかではないだろうか。
だけど私には、そのどちらでもないように感じられる。
いったいなにがいけないのだろうと考えた私は、とある案を思いついた。
突拍子もないけれど悪くもないと思ったそれを、メモにして不在がちのライナルトの部屋に置いておいたのだけど――
翌日、数日ぶりに顔を見るライナルトが「今すぐこれを試したい!」と私の元に突撃してきて、そのまま馬車に私を押し込めた。
イルザさんの家に向かうらしい。
「すごいな、フリーデ。よくこんなことを思いついた」
興奮冷めやらぬ顔のライナルトが言う。
「ライナルトの研究がすごかったからよ。これでダメなら解呪できない原因はほかかなって。それに監視システムの研究をしていたからかしらね」
「だとしてもすごい!」
「ライナルト。ただの案よ。失敗する可能性の方が高いわ」
「でもオレでは思いつかなかった視点だ」
「……ありがとう」
手放しの絶賛に、不安が増して俯いてしまう。
私が思いついたのは、解呪術をかける対象を変えるというもの。呪いをかけられたのはイルザさんだから、ライナルトもそれ以前の担当魔術師も、イルザさんに向けて術をかけている。
でも成功はしていない。ならば呪いをかけた大元に解呪術をかけたらどうなのだろうと思ったのだ。
もちろんそんなのは一般的ではない。けれど呪いをかけるには代償が必要で、それと呪いは強い繋がりがある。
そこで監視システム。これは映像を発信する側の魔道具に大きな魔力を使うけれど、受信側にも魔力は必要で、やはり強い繋がりがある。受信側に映った映像は、繋がっている魔力を辿って受信側に移動する。
この仕組みを今回は応用する。
解呪術をイルザさんに向けて発し、彼女と繋がりがある魔法の痕跡にその術を乗せるのだ。
一か八かの賭けのようなものでもある。代償がなんなのか、どこにあるのかはわからない。できるのは繋がりの痕跡に魔法を乗せることだけ。その先でなにかが起きても、私たちに確認するすべはない。
「それで、どの解呪をかけるの?」
基本のものからライナルトが考案したものまで、何十種類とある。
「オレが一番自信があるのがこれ」
ライナルトは古い帳面を見せた。日付からいって六年ほど前のものだ。呪いの解析内容を丁寧にひも解いてシンプルに構築してある。
「そうね。賛成だわ。――私も一緒にかけていい?」
「だがなにが起きるかわからないんだぞ」
目をみはるライナルト。これからやろうとしていることは、難しくはないけれど前例はないかもしれない方法だ。彼の心配はよくわかる。
けれど私だって、提案者としてライナルトの身が心配なのだ。
「もし成功しなかった場合、ふたりぶんの所感が手に入るでしょ? 次の研究にいかせるじゃない」
明るくメリットを伝えると、ライナルトはじっと私を見つめた。
あまりに真剣なまなざしに居心地が悪くなってきたころ、フッと表情を緩めた。
「そうだな。ふたりでやろう」
ほっとして、呪文と手順を暗記するため、彼が示した帳面に視線を落とした
◇
ペッペル家につくとヴィムさんとテオさんに断りを入れ、あとで落とせるインクを使ってイルザさんの石像に魔紋を書き込んでいく。魔紋は魔道具によく使うもので、今回は監視システム用のものを書いている。魔力が繋がった先に魔力を送るためのものだ。
それを終えるとライナルトが「手を繋ごう」と言った。
「そのほうがふたりの魔力が調和して、いいと思うんだ」
「そうね」
魔力は複数人でかける場合、相性が悪いと効果が半減したり失敗することがある。
ライナルトと私の魔力は今まで回復魔法で感じてきた限り、相性はいいと思う。別個に魔法をかけても問題はないとは思うけれど、手を繋ぐ方がよりよいだろう。
右手を差し出すと、隣に並んだライナルトが左手でしっかりと握りしめてきた。
大きくて、頼りになる手だ。
ライナルトは不安そうな顔をしているヴィムさんとテオさんにおおきく頷くと私を見た。私も頷き、タイミングを合わせて詠唱を始める。
魔力が、流れだす。
やっぱりライナルトの魔力は温かくて穏やかで心地よい。安心して身を委ねられそうな感触がある。
私たちから放出した魔力は黄緑色に光りながらイルザさんを包むようにドーム状の魔法陣を描き始めた。黄緑色の光はゆらぎながらやがて黄色になり、次いで白く変わりながら細い線となってイルザさんの中心に向かう。
そして長い呪文を唱え終えたとき。
パリン、と音がしてイルザさんの表面からいくつもの白い破片が落ちた。破片は床に届く前に消えてしまう。
それがやむと、そこには呆然としたイルザさんが立ち尽くしていた。私たちを見て、目をぱちくりとする。
「イルザ!!!!!」
ヴィムさんが叫びイルザさんに駆け寄った。力いっぱい彼女を抱きしめる。
「え? え? ヴィム? なんで? 年とっていない? え?」
ヴィムさんの背中越しに混乱しているイルザさんの声が聞こえる。
「……解けた」
ライナルトが呟いたかと思うと、ぺたりとその場にすわりこんだ。
「解けたわね!」
「フリーデ」
ライナルトが私を見上げる。目にいっぱいの涙がたまっている。
私もしゃがむとライナルトを抱き寄せた。
「ありがとう、フリーデ。フリーデのおかげだ」
「ライナルトが諦めなかったからよ!」
私の肩口に顔を押し当て、肩を震わすライナルト。いつだったかしてもらったように、彼の頭や背を優しくなでる。
ちらりとイルザさんを見ると、ヴィムさんテオさんに抱きしめられて三人で号泣している。
よかった。
本当によかった。
これでライナルトの重荷はひとつ減ったのだわ。
私、力になれたわよね?
あとは、ライナルトが魔術師を続けられるようになれば――




