7・3 誘拐
局長室から自分の部屋に戻ると、一通の手紙が届いていた。なんと子爵からのもので、憂鬱に思いながらも封を開ける。
手紙の内容は、『誤解があるようだから、一度会ってお話をしたい。愛人がいたのは確かだけれど若かりし頃の過ちがもとで、すでに関係は終了している。隠し子はおらず、該当の子供は亡き兄の遺児たちのことだと思われる。私はあなたが数年前の建国祭で虹を出す魔法を使っている様子を見て一目惚れした。どうかチャンスをいただきたい』というものだった。
ライナルトの調査が間違いだとは思えないけれど、絶対に正しいと言い切ることもできない。私自身はなにも調査していないのだから。
それに『建国祭の虹』は確かに担当したことがある。
どうしようか迷い、相談しようとライナルトの部屋に行ったけれど留守だった。
本来なら今日が子爵と顔合わせをする日だ。
迷いに迷って、終業後に少しだけなら時間がとれると返事を出した。
◇
子爵家から来た迎えの馬車に乗り込む。
お会いするのは城下町にあるレストラン。私でも名前をきいたことのある貴族御用達の高級店だ。私の両親も呼んでいるとのことだから、おかしなことにはならないはず。
……それにしても。馬車の揺れって、こんなに心地良かったかしら。
だんだん眠くなってきた。夜会以降、落ち着かない日々だったからかもしれない。
事件のこととか。テオフィル殿下が巻き込まれた経緯とか。
婚活のこともだし、ライナルトのことも。
彼が好き。
彼の力になりたい。
私はどうすればいい……?
◇
ゆらゆらゆらゆら。
体が揺れている。
私、どうしたんだっけ?
「どうだ。眠っているか」
うん? 誰? 聞いたことのない声。若い男性かな?
「はい。問題ありません」
こっちの声は私に近いみたい。すぐそばで聞こえた気がした。
「まったく手を焼かせやがって。いったいどんだけあの強欲伯爵に貴重な魔道具と金を渡したと思っているんだ」
「フフッ。貸しははちゃんと回収させていただきませんとねえ、旦那様。お運び先は旦那様の寝室でよろしいですか?」
え、寝室ってなに? どういうこと?
そう聞きたいのに、口が動かない。目も開かないし手足も動かない。すべて鈍くしびれたような感覚がある。
私、どうしたの?
状態異常系の魔法には多少耐性があるから、余程強力な眉つでなければかからない。
それなら、今の私はどうなっているの?
じわじわと恐怖が背筋を這いあがってくる。
「いや、客間にしろ。こんな地味女をオレの部屋にいれたくない。だがな。魔力は魅力的だ。搾り取れるだけ搾り取って、我が商会に貢献してもらわねばな」
「旦那様も悪い人間ですねぇ」
フフフと楽し気な笑い声。
も、もしかしなくても男は子爵で、私と結婚するために……
思いついた可能性にゾッとする。
そんな。どうしよう。
こんなことならライナルトに相談するのだった。ひとりで子爵に会おうなんて思わうんじゃなかかった。
ライナルト……
ううん、そんなことを言っていないで、助かる方法を考えなければ。
でも魔法を使いたくても詠唱ができない。無詠唱もやれないわけじゃないけれど、この状態で使えるかどうか。
それでも試さないよりは、いい。体内の魔力に集中する。そのとき――
ドガン! と、激しい破壊音がした。続いて馬が駆ける蹄の音。
「なっ! ま、魔道具で結界を!」
なにが起きているのかわからないまま私の体は放り出され、地面にしたたかに体を打ちつける。
「フリーデに触るな、クソ野郎が――――!!!!」
とんでもない叫び声と同時に、大量の魔力波の衝撃を受けた。
とたんに、先ほどまで微動だにしなかった目が開く。
体中が痛いけれど、手も足も動く。周囲はどこかの屋敷の庭みたいだ。
手をついて起き上がる。
わけがわからず辺りを見回していると、「フリーデ!!」と声がした。
「ライナルト……?」
すごい勢いで駆けつけてきたライナルトが、その勢いのまま私を抱き寄せた。
「大丈夫か、なにもされていないか、体は?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、余計に混乱する。
「ライナルト? 私……」
「もう大丈夫だ!」
ライナルトがぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。
その強さで、ようやく私は助かったのだと実感できた。
ほっとしたとたんに力が抜けて、涙もこぼれてしまう。
「う……っぐ…‥うっ……」
「怖かったな。もう大丈夫だから」
そう言ってライナルトが優しく頭を撫でてくれる。
涙がますますあふれ出た。
◇
思い切り泣いたら、気持ちが落ち着いてきた。
ライナルトの前で号泣なんて恥ずかしい。けど、ライナルトの前でなければ泣けなかったかもしれない。
恐る恐る彼から離れると、私の顔を覗き込んだライナルトは優しく微笑んだ。
「目だけ、回復をかけようか」
「……お願いできる?」
「任せろ」
目をつむると、彼の指先が両瞼に触れた。呪文が聞こえてそこから温かい魔力が流れてくる。
彼の魔力は心地よい――けど。
あれ?
だいぶ魔力が疲弊しているみたい。連日の疲れのせい?
やがて術が終わり、ライナルトの指が離れる。
「よし、すっきりしたな」と、私の目を見ながら笑顔で頷くライナルト。
私はなんとなく辺りを見回して、すぐそばに転がっているズタボロの男性二人を見つけた。
――そうだ。子爵たちがいたんだ。
「恐らくフリーデに乗った馬車に細工されていたんだ」
唐突な言葉にライナルトを見る。
「車内に睡眠薬を大量に噴出する仕組みだな」
「だから眠ってしまったのね!」
「ああ。魔法を使わせないためだろう。フリーデに麻酔薬の匂いが染みついている。相当強力だったはずだ」
そして私が眠っているすきに……。
そこまで考えて、恐怖に体がぶるりと震えた。
「フリーデ。間に合ったからよかったけど、オレを待ってほしかった」
「ごめんなさい。帰ってこなかったし。置手紙をしておけばいいかなって……」
子爵とは両親を交えて話し合うだけのつもりで、忙しいライナルトをむりやり呼び出すほどのことじゃないと思った。
ただ夜会のときに「守る」と言ってくれたから。だからその気持ちを無下にはしていないよということを知らせるために、経緯を記した手紙を子爵からの手紙とともにライナルトの部屋に残しておいた。
それで心配したライナルトは追跡魔法で追ってきてくれたのだろう。そして――
改めて周囲を見る。門が大破し、乗り手のいない馬が所在なさげに庭をうろついている。
そしてズタボロの男性ふたり。
「ライナルト。もしかして魔力を爆発させた?」
子爵たちが倒れているだけだったら、無詠唱の攻撃の可能性が高い。だけれど私も魔力波を感じた。となると攻撃魔法ではないと思う。
ライナルトの目が泳いだ。人差し指でぽりぽりと頬をかいている。
「あ……あ、うん。気づいたらなんか勝手に」
「なにをしているのよ! 危ないじゃない!」
魔力の爆発は、術じゃない。本当にただ、魔力が爆発するだけのものだ。
制御しているものではないから体への負担が大きく、最悪の場合体内でも爆発を起こしてしまう。保持魔力が大きいひとほど危険で、ライナルトや私レベルだと体が爆散しかねない。
「いや、だから勝手になんだ。わざとやったんじゃない。しょうがないだろ」
「だからって……」
ふたたび脱力して、ライナルトの肩にこつんと額をつけた。
耳の奥に『フリーデに触るな、クソ野郎が――――!!!!』というライナルトの叫び声がよみがえる。
私を心配するあまり、爆発してしまったの?
「気をつけてね。……でもありがとう」
お礼を伝えながら、私の中で複雑な感情が暴れまわる。
私のせいで魔力を制御できなかっただなんて。
そんなの卑怯だわ。
もしかしたらライナルトも私と同じ気持ちなのかなと期待したくなってしまう。
でもそれはないわよね。私、なにも言われてないし。
婚活の同志として、あるいは友人として心配してくれただけ。
そのはずよね?




