7・2 明かされるテオフィル殿下の思惑
魔法局に到着して馬車を降りると、建物の中から血相を変えたライナルトが走り出て来た。
「フリーデ……!」
「どうしたの!? まだ事件が解決していなかった!?」
なにかとんでもない問題があったのかもしれない。私もライナルトに駆け寄る。
「違う! 実家へ向かったって聞いた! 顔合わせは明後日だろ? まさか婚約を早めたのか!?」
ライナルトが私の両肩をがしりと掴んだ。
え……? 私のこと? 拍子抜けしながら不安げなライナルトの目を見返す。
「……いいえ。婚約を断りに行ったのよ。拒否されたけれど」
「あ……」
ライナルトはガクリと頭を落とすと、魂が零れ落ちそうなほど長く息を吐いた。
「……もしかして、心配、した?」
「そりゃするだろ」
再び顔を上げたライナルトが恨めしげに私をにらむ。
「実家に行くなら、声をかけてくれよ。守るって言っただろ?」
「そうだけど、ライナルトは忙しいでしょ? 大丈夫よ。私ひとりでなんとかできる」
「でも拒否られたって今、言ったじゃないか」
「長期戦は覚悟の上よ。子爵自身とも交渉するつもりだし」
「なおさらオレを頼れって」
そういうライナルトの目の下には、真っ黒なくまがある。顔だってだいぶやつれている。相当な無理をしているようにしか見えない。
こんな状態のライナルトに――しかも片思いを隠したい相手に、頼ることなんてしたくない。そもそも、私に割く余力があるのならば。
「気持ちはありがたいけど、自分の婚活を優先したほうがいいんじゃないかしら。全然進んでいないって聞いたわよ」
ふと自分の気持ちに素直なハイデマリー様の顔が浮かんだ。でも、いいの。私は仲のいい同期のポジションで満足すると決めているのだから。
「心配するな。事件が片付いたら、力を借りる予定だ」
「ふうん? テオフィル殿下?」
「いいや、フリーデの」
「なにそれ。勝手に予定にいれないでよ」
あまりに自分勝手な言い分に、思わず笑ってしまった。ライナルトもニカリと笑う。
それがいたずらっ子みたいな笑顔で、ものすごく魅力的だ。心臓がとくとくと早く脈打ち始める。
「まったく仕方ないわね。婚活仲間だから、助けてあげる」
「よし、交渉成立だ。――そのためにも絶対に子爵なんかとは結婚させないから、安心しろ」
「わかったわかった。ありがとうね」
そこでライナルトはようやく私の肩から手を放した。
けれど代わりに右手を握られ、私の心臓が跳ね上がる。
私が内心こんなに慌てているのに、ライナルトはまったく気にせずエントランスに向かう。
「みんな心配しているぞ。ちゃんと説明しろよ」
「あ……そうね」
手つなぎを意識しているのは、私だけみたい。深い意味はなさそう。
もしかしてライナルトって、一度親しくなった相手にはスキンシップが激しくなるタイプなのかしら。
役得……じゃなかった。婚活仲間としては、『誤解を与える行為だ』と注意したほうがいいかもしれない。
◇
「子爵との婚約。断ることにしたんだって?」
局長室に呼び出され、仕事の話をひととおりしたあと。突然テオフィル殿下がそんなことを言い出した。
「はい。きのう両親に伝えて、子爵にも顔合わせには行かない旨の手紙を送りました」
「そうか。ほっとしたよ」
「ご心配をおかけして申し訳ございません」
執務机にすわるテオフィル殿下に向けて深く頭を下げる。
殿下は人身売買及び違法薬物事件の当事者だ。一局員の婚活のことなど考えている時間なんてないだろうに。
「発端はぼくの命令だからね。君が不幸になるような結婚を阻止するのは当然の役目だよ。でも、大丈夫かい? 期限までひと月を切っている」
そう。殿下にもらった猶予は三ヶ月。その間に婚約者を決めなければ、クビになるルールだ。
「大丈夫でしょう。両親が用意していた婚活リストはけっこうな人数が載っていたので。上から順に声をかけていけば、ひとりくらい釣れると思います」
「いや。う~~ん……」
殿下が首をひねってうんうんとうなっている。
私を結婚させたいくせに、不満の多い方だ。
「テオフィル殿下」
「うん? なんだい」
うなるのをやめて、殿下が私を見た。
「前から気になっていたんです。どうしてライナルトと私を結婚させようなんて考えたんです?」
当初は、問題児をふたりまとめて手っ取り早く片付けようと考えたのかなと思っていた。
でもライナルトのことをよく知るにつれ、それだけじゃないような気がしてきた。
「ぼくはね、フリーデ」とテオフィル殿下は微笑んだ。「君には悪いけれど、ライナルトの親友なんだ」
「はい……? 存じ上げていいます」
「ライナルトは魔法局所属の魔法局員になることが悲願だった。理由のひとつは、幼少のころに出会った素晴らしい魔術師に憧れたから。――彼の両親は強権的でライナルトへの干渉もひどいひどくてね」
いつだったか、クラッセン侯爵に恫喝されたことを思い出した。噂の真偽を確かめることなく、頭から私を息子にとって邪魔な存在と決めつけ、排除しようとしていた。
「わかります。侯爵とお話したのはたった一度だけですが。あまりにひどくて、ライナルトの力になってあげたいと思ったんです」
「へえ」殿下が嬉しそうに目を細めた。「嬉しいな。ありがとう。――とにかくそんな状況にあった彼にとって、魔術師が自由の象徴だったんだと思う。で、理由のもうひとつは、その魔術師に掛けられた石化の呪いをときたかったからだ」
その話も知っている。わたしは黙ってこくりとうなずいた。
「ところがだ。呪いが解呪できないまま七年半経ってしまった。あのライナルトがこれだけの期間かけても解決できなかったことが、あと半年で達成できるとは思えない。あげくに彼の心の支えだった魔術師をやめ、あの父親の望む通りの人生を送らなければならなくなる」
「……殿下は親友として助けたい?」
「そのとおり」
でもそれでも私が出てくる理由はわからない。
疑問が顔に出ていたのか、テオフィル殿下はふふふっと笑った。
「魔法局にいるとわかりにくいけれど、ライナルトは侯爵令息としては変わり者だよ。文官としてエリートコースを歩むよりも、社交にいそしむよりも、魔法局で魔術の研究をしているほうが好き。これを理解できる令嬢はなかなかいない。で?」
テオフィル殿下が、てのひらで私を示した。
「同じ穴の狢の私、ということですか?」
「そのとおり。魔法局を退職したあとのライナルトは、つらい日々を送ることになるだろう。両親に望まない相手と結婚もさせられる。だからね、せめても伴侶は彼を理解できる女性がいいと考えたんだ」
「私の意志は無視で?」
「そう。ごめんね。ぼくはライナルトの親友だから。君はライナルトと犬猿の仲だとはいえ、似た環境を生きてきたし、そばにいればいずれほだされるだろうと判断した」
「なるほど。ようやく腑に落ちました」
殿下は彼なりに、親友の未来を見据えて問題を一挙解決しようとしていたわけね。
……うん? でも、ちょっと待って。よく考えたら、これって――
「ライナルトの意思も無視していますよね?」
「あいつもほだされると思った。だってフリーデは魔術の話で盛り上がれる相手だよ? 犬猿の仲といったって出会い方が悪かっただけで、あとはお互いのプライドの張り合いじゃないか」
「んぐっ」
そ、それは否定できないかも。
んぐぐぐと悶えながらハッとした。
「でも私が結婚相手なんて、クラッセン侯爵夫妻は許しませんよ」
「大丈夫。ライナルトが『魔術師でいられる八年間』は、正確には意味合いが違う。『ライナルトが好きに過ごせる八年間』なんだ。だから両親は結婚についてもライナルトの意思を拒めない。拒めば、王命に反することになる」
「王命……?」
どうして急に国王陛下が出てくるの?
そこは尋ねてもいいところなのかな。でもライナルト本人を抜きにして、これ以上の深い話を聞くのもよくないような気もするし。
そんなことを考えていると、パンッと小気味よい音が局長室に響いた。
いつの間にか床を見ていた私は、テオフィル殿下を見た。音は殿下が手を叩いたものだったみたいだ。
「今日の話はここまで。ぼくは君がライナルトと結婚してくれると嬉しい。そのためには全面的にバックアップする。陛下もね」
「へ……!? ちょ、待ってください。なんで陛下が!?」
「心強いだろ?」
にっこりとするテオフィル殿下。
「だから今すぐライナルトに決めればすべて解決だよ。どうかな、フリーデ」
どうかなって……
しょ、正直に言えば、ちょっと心が揺らぎそう。侯爵家に相応しくないからライナルト諦めようと思っていたけど、そうではないのだったら……
でもそもそもライナルトの意思を考えないといけない。彼にとって私は婚活相手ではないものね。
「お断りします」
残念な気持ちはありながらも、私はきっぱりと拒否したのだった。




