7・1 腹を決めて、動き出す
私たちが大使館を出た数時間後。夜明け前に合同捜査本部は犯罪組織すべての拠点を制圧し、幹部たちを捕縛した。
組織の頭領は予想どおりにメーダ国大使で、幹部のほとんども、所属していた数人の魔術師も同国人だった。
そして書斎で大使が会っていた男もメーダ国人。なんと王太子妃が輿入れの際に故国から連れてきた侍従だという。
テオフィル殿下の件もあるし、確実に国際問題に発展する状況で、王宮も城下も前代未聞の事件に騒然となっている。
それはさておき、現在の私も困った状況に陥っている。
事件から四日が経って、私の身辺は多少は落ち着いてきたところなのだけれど。
なんと公爵一家が、私にお礼を言いにやって来たのだ。あらかじめ連絡はいただちていたのだけれど――
魔法局の来賓室。テーブルを挟んだ目の前には、ビュッセル公爵夫妻とハイデマリー様がすわっている。そして公爵夫妻は膝に頭がつきそうな勢いで、頭を下げていた。
ライナルトの父親のせいで高位貴族に悪いイメージがあった私は、公爵夫妻がこんな態度をとるとは思ってもいなくて。それで慌てているのに、夫妻はまったく気づいていない。
「本当に、キューネル伯爵令嬢にはお礼の言いようもありません……!」
「あなたが娘を助けてくれなければ、どんなことになっていたか……!」
きっと殺されなくても違法薬物を投与され、人身売買用の商品にされていただろう。
彼女が入り込んでしまった隠し部屋の地下には、薬物を生成するための工場があったらしいから。
本当に危機一髪だったと思う。とはいえ、この態度はやめてほしい! 地位的に気まずいから!
「頭をお上げください。私は魔法局員として当然の仕事をしただけです」
だが、と顔を上げた公爵は悲壮な表情をしていた。
「娘は追跡魔法を私欲のために使っていたのだとか。非常識極まりありません」
ああ……。うん、それはそうね。
焦っていた気持ちがスッと落ち着いた。
ストーカー行為は本当によくないと思う。しかもライナルトは何度もハイデマリー様を拒絶しているわけだし。それに――
「クラッセン侯爵令息はあなたと共に任務中だったとのこと。もし任務を邪魔するようなことになっていたら……。本当に申し訳ない」
ビュッセル公爵の言葉に私はうなずいた。
「そうですね。出会わなかったのは、全員にとって不幸中の幸いでした」
もしそれが現実になっていたら偵察が敵にバレて、ライナルトは窮地に立たされていたかもしれない。もしくは敵に逃げられ捜査は失敗に終わったかもしれない。そうなったら邪魔をしたハイデマリー様もお咎めなしでは終わらなかっただろう。
「恐れながら、ハイデマリー様には、むやみに追跡魔法を使わないよう進言させていただきます」
「はい……。申し訳ありませんでした」
しゅん……と肩を落とすハイデマリー様。きちんと反省しているようで、ほっとする。けれど――
「あの。それで……」
ちらちらと上目遣いで私を見るハイデマリー様。
「大使館にライナルト様とキューネル伯爵令嬢様が共に参加されたのは、お仕事のためだったのですよね?」
ああ、なるほど。反省はしていても、そこは気になるところよね。
公爵はハイデマリー様に向かって、「今はそんなことを話す場じゃない!」と怒っているけれど。私はきちんと彼女に向き合う。
「ええ、そうです。色々と噂があるようですけど、私と彼はただの同僚にすぎません」
「よかった」
ハイデマリー様は花がほころんだような素敵な笑みを浮かべた。
その笑顔に少し、胸が痛くなる。
彼女はこんなに素直に自分の気持ちを表に出す勇気がある。でも私は……
そんなことを考えていたら、公爵様がコホンと咳払いをした。
「それでキューネル伯爵令嬢。此度のお礼をいたしたいのだが――」
◇
ビュッセル公爵一家を見送ると、入れ替わるように私の目の前に貸し馬車が止まった。予約しておいたものだ。
自分の体をみおろす。着ているのは魔法局の制服。
「着替える時間はなさそうだし、このままでいいわね。お父様たちは私がなにを着ていても気にしないだろうし」
今日はこれから実家に行く。そのためあらかじめ午後休を取っていた。
明日が子爵との顔合わせだから、それより先にどうしても両親に会う必要がある。婚約はしないと宣言するために。
了解を得られる可能性は低い。だけど、お父様たちが権力に弱いことは夜会でよくわかったから、テオフィル殿下のお名前を借りてうまく立ち回れば、チャンスはあると思う。
――私を守ると言ってくれたライナルト。
彼には事件の日以来、ろくに会っていない。
ライナルトは合同捜査本部の部員かつ、人身売買の拠点と薬物工場の第一発見者だ。さらに大使と侍従の密会現場の目撃者でもある。
おかげで休む暇もないほど忙しいらしい。
だから彼の助けを借りるつもりはない。たとえ忙しくなくとも、私の問題に巻き込みたくないし。
馬車に乗り込むと、ひとりで二年ぶりの実家に向かった。
キューネル邸につくと、執事やメイド長といった懐かしい顔ぶれが出迎えてくれた。
みんなが「お元気そうでよかったです」と涙ぐんでくれる。そういえば両親よりも彼らとほうがよく喋っていたなと思い出す。
子供のころ、家族の中で私の相手をしてくれたのは叔父だけだった。
叔父がいなくなると、使用人たちがたくさん話しかけてくるようになった。
今にして思えば、叔父がいなくなりひとりでぽつねんとしていた私を、みんなが気遣ってくれていたのだろう。
「心配をかけてごめんなさいね。私は魔法局で楽しくやっているわ」
彼らににこりと笑顔を向け、それから目の前の屋敷を見上げた。
今まで気にも留めなかったけれど、私には家族の思い出がほとんどない。でもそれは邪険にされていたからとかではなくて、単純に両親の私への興味が薄かっただけなのだ。
フリーデは女の子だから、結婚の駒として家の役に立ってもらう――その程度の認識しかなかったのではないかな。
執事に案内されて応接間に入ると、すでに両親が待ち構えていた。挨拶もそこそこに「話とはいったいなんだね」とお父様が聞く。
私は彼らの対面に腰かけると、しっかりとふたりを見つめた。
「子爵との婚約はいたしません。明後日の顔合わせもお断りいたします」
「なっ……! なにをバカなことを!」
「そんな自分勝手なことがありますか!」
お父さまとお母様が顔を真っ赤にして身を乗り出す。
「子は親の決定に従うものだ!」
「そうですよ。お母様はあなたをそんな恩知らずに育てた覚えはありません」
「今まで散々結婚から逃げてきたのだから、もうワガママは言わせない!」
「私もそのつもりでした」
「ならばなぜだ!」
お父様がハッとする。
「まさかあの侯爵家の男……」
「違います。私が拒否する理由は、子爵に理由があります。あの方は複数の愛人と隠し子がいるとか」
「「えっ……?」」
両親がそろって驚いた顔をした。どうやら知らなかったらしい。
そのことに少しだけほっとした。
「それに彼の目当ては私の魔術師としての力のようですね」
「「そ、それは……」」
今度はふたりの目が泳ぐ。
でもこちらはわかっていたらしい。やはり両親はこすからい人たちなんだわ。
そんなふたりをしっかりと見据える。
「おかげで魔法局上げての大反対運動が起きています。筆頭はテオフィル殿下です」
「「まさか!!」」
「このまま結婚すれば、キューネル家の評判は地に堕ちますよ」
「む……」
お父さまがぐぬぬぬと歯を食いしばっている。
「私自身、そのような方のもとへは嫁ぎたくありません。ですから子爵との縁談は拒否します」
お母様が、「でも、もう……」と、おろおろとお父様と私とを見比べる。
お父さまは歯を食いしばって私を睨んでいたけれど、やがて「ダメだ!」と叫んだ。
「お前の話に証拠はない。たとえあったとしても、たいした問題でもない。フリーデは子爵と結婚するのだ!」
「イヤです」
「子に拒否権はない! そんな我儘をいうのならば、この家からは出さない。魔法局も退職しろ! あんなところに勤めているから思いあがったろくでなしになったのだ!」
そう叫ぶとお父様は控えていた執事に、「フリーデを部屋に閉じ込めておけ!」と命じた。
「……それがお父様の答えなのですね」
私は静かに立ち上がり、両親を見た。
「とても……」
胸が、痛い。簡単には了承してもらえないとは思っていたけれど、ここまでだとは思わなかった。
お父さまもお母様も、私のことなんてこれっぽちも尊重してくれていない。
「……とても、悲しいです、お父様。お母様。私は魔法局へ帰ります」
「ダメだ、そんな自分勝手は許さない!」
お父さまが立ち上がり、私の行く手を阻む。
短い呪文を唱える。
とたんに小さな竜巻が起きて、直撃を受けたお父様はよろけた。その脇を悠々と通り抜ける。
「子爵にはきちんとお断りを入れてくださいね。魔法局で朗報を待っています」
振り返りもせずにそう告げると、深々と頭を下げている執事にだけ笑顔を向けて、応接間を出た。




