6・6 ハイデマリー様の救出
悪事の証拠になる帳簿と手紙を押収するため袋に入れていると、通信が入った。
テオフィル殿下からで、すぐに大使館を出るようにとのことだった。
自分の名前が封筒に書かれているのを見たはずだけれど、声は落ち着いている。
手紙はもちろん、本物じゃない。封蝋も殿下のものがしてあったけれど、精巧な偽物だ。
潜入前に、もしかしたらテオフィル殿下に関するものが出てくるのではないかと言われていたけれど、本当に出てしまった。
これではもう、普通の事件では済まされない。
「殿下。ライナルトとはどこで合流しましょうか」
「その必要はないんだ」
殿下によればライナルトは、先ほどの男が人身売買用の人を閉じ込めている場所に向かったから、それを追って行ったそうだ。
十分な証拠を得ることもできたし、ここにはもう用がないという。ほかの捜査官も引き上げたり、ライナルトの応援に回ったそうだ。
そう説明を受けた私は証拠類が入った袋をスカートの中に隠して、エントランスに向かった。
信じられないほど捜査は成功を収めている。相手が大使とはいえ、うまくすれば一週間とたたずに事件解決を迎えられるのでは……
そんなことを考えながら公邸と大使館の境目近くまで戻ってきたとき、女性の悲鳴が聞こえた。
「やめてください! 離して!」
「ここでなにをしているんだ!」
逼迫した状況らしいやり取りに驚いて辺りを見回すと、廊下の壁に不自然な隙間があった。どうやらそこが隠し扉になっているみたいだ。
足音を殺して近づいて中を覗くと、いかつい三人の男たちが令嬢を取り囲んでいた。
しかもその中心で腕を掴まれ、泣きそうになっているのは公爵令嬢のハイデマリー様だった。
いったいなんで彼女がこんなことに……?
困惑している私の前で、いかつい男たちが相談している。
「こいつ招待客だよな?」
「でもここに入ったんだ。下も見られたかもしれない」
「殺すか?」
「いや、これだけの上玉はもったいない。捉えて閣下の指示を仰ごう」
まずい。一刻の猶予もない。
なるたけ呪文が短く効果のある魔法を……!
私は目をつむり素早く暗唱する。
それを終えたのと同時に閉じているまぶたの裏がカッと明るくなり、「目が……! 目が……!」と男たちが叫び始めた。
閃光魔法で彼らの視界を奪ったのだ。動けなくなっているすきに、次の呪文を唱える。今度は攻撃魔法。
私の手から放たれた空気砲が、男を弾き飛ばし壁に叩きつける。ハイデマリー様を巻き込まないよう的確に、ひとりずつ。
最後の一人が叩きつけられ失神したのを確認すると、床に座り込んでいるハイデマリー様のもとへ駆け寄った。
「逃げます。私は味方だから、安心して」
隠し部屋から出る前にハイデマリー様の目に回復魔法をかけ、乱れたドレスと髪を軽く直す。それから自分の認識阻害魔法を解く。
「あなたは……」
私を見て目を見開くハイデマリー様。
「あの男たちが目を覚ますと危険だから、このまま一緒に大使館を出ましょう」
イヤーカフに、一部始終を見ていたテオフィル殿下からの通信が入る。「わかりました」と答えてから、ハイデマリー様に笑顔を向けた。
「公爵閣下にはこちらが連絡を入れ、外で合流することになりました。安心してくださいね」
こくりとうなずくハイデマリー様。
隠し部屋を出るとそのままエントランスに向かい、ロイドさんと合流するとハイデマリー様とふたりで馬車に乗った。
「ハイデマリー様。目は大丈夫でしょうか」
ハイデマイリー様は死人のように青ざめているものの、しっかりとうなずいた。
「ああするほかなく、巻き込んでしまったこと、誠に申し訳ありませんでした」
「いいえ。……助けてくださってありがとう……」
彼女の目に問題がないこと、許してくれたことにほっと胸をなでおろす。
それにしても――
「ハイデマリー様。なぜあんな場所にいらっしゃったのでしょうか」
通りがかったら隙間があって、つい入ってしまった――と最初は考えたけれど、あの場所は公邸エリアだ。通りがかるはずがない。
ハイデマリー様は気まずそうに上目遣いで私を見ると、聞き取れないほどの小さな声で「追跡魔法を使ったんです」と答えた。
「追跡魔法!?」
意外な答えに、目をむいてしまう。ハイデマリー様にそんな高度な魔法が使えるとは思わなかった。それに誰に対してそんなものを使ったの?
まさか、ライナルト?
でも追跡魔法は対象者の体の一部か、魔力が残留しているものがなければ使えないのだけど……。
「……はい。ライナルト様を探すときにいつも使っていて……」
や、やっぱりライナルトだった!
しかも、いつも……?
それに、彼に関するなにかを持っているということ……?
これってストーカー……?
思わずドン引いてしまったけれど、ハイデマリー様は気づいていないみたいで、しょんぼりと肩を落としたまま話続ける。
「今日もどうしてもお話したくて。広間に姿がなかったから、追跡魔法を使ったんです」
広間で私たちを見ていたハイデマリー様を思い出す。泣きそうな顔をしていたっけ……。
「……ええと。それでライナルトを追ってきて、あの隠し部屋みたいなところに入ってしまったのですね」
コクリとうなずくハイデマリー様。
「さっきの男たちが『下』がどうのと言っていましたが。ご覧になりました?」
「いいえ。階段があるのは見ましたけれど、降りる前に見つかってしまったのです」
……ハイデマリー様はずいぶんとアグレッシブな令嬢なのね。普通だったら怖くてあんな隠し部屋には入れないだろうに、彼女は地下にも行こうとしたんだ。
そういえば以前、彼女は勤め人専用の食堂にも入り込んでいたっけ。
そんなことを考えていると「あの。フリーデ様」と声をかけられた。
ハイデマリー様は思いつめた顔をしている。
「はい、なんでしょう」
「ライナルト様の思い人って本当にあなたなのでしょうか」
「ふぇっ!?」
しまった。変な声が出てしまった。
そ、そうよね。そこが気になったからライナルトを追ったのでしょうし。
でも、あれはあたなを遠ざけるための嘘だったのですよとも教えられないし。
ど、どうしよう。
「ええと、それは、なにかの間違いじゃないかと思うのですけど……」
なんとか否定しようとしていると、馬車が止まった。
窓から外を見ると、大使館近くに用意された後方支援用の空き家の前だった。タイミングよく中からテオフィル殿下が出てくる。
助かった……!
「ハイデマリー様、着きました。ひとまずここで公爵閣下を待ちましょう。すぐに合流できますから」
それから。ハイデマリー様の追及からはなんとか逃れることができた。
そして大慌てで駆けつけたビュッセル公爵夫妻には、私は「もうやめてくれ」と言いたくなるほど感謝された。
その様子から、ハイデマリー様がご両親にどれほど大切にされているのかがよくわかった。
まあ多少本人に問題があるみたいだけれど、侯爵令息たるライナルトにはこういうお嬢様がお似合いなのだろうな。
そして収穫物について、テオフィル殿下と合同捜査本部長にめちゃくち褒められて。
とりあえず全ての功績はライナルトのものですと言っておいた。私はあくまで臨時でお手伝いしただけだから。
でもライナルト自身も大きな功績をあげて帰ってきた。人身売買用に捕らわれたひとたちの収容場所を発見したのだ。
これだけたくさんの功績があれば、ライナルトが魔術師を辞めなくてすむようになるのではないかしら。




