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上司に結婚を命じられましたが、その男は私の天敵です  作者: 新 星緒


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6・4 ライナルト対両親

 いつのまにか下げていた視線を正面に向ける。すると額に青筋を立てたお父様とお母様がまっすぐに私のもとへやって来るところだった。彼らの後方ではお兄様夫婦が呆れ顔で私を見ている。


「フリーデ。その男性から離れなさい」

 お父様は私の目の前で足を止めたかと思うと、怒りをにじませた声でそう言い放った。

「間もなく婚約だと言うのに、ほかの異性と夜会に出席するなんて、なんてはしたない」


 お母様も私をにらむ。ふたりともライナルトをガン無視だ。恐らく初対面のはずなのに、名乗りもしないなんて。社交に疎い私ですら、貴族としてありえない態度だとわかる。


 まずはライナルトに謝らなければ。だけど。

「フリーデ嬢のご両親、キューネル伯爵夫妻でしょうか」

 私が口を開くより早く、ライナルトが一歩前に出た。まるで私をかばうかのように。


「今回の夜会は、私が彼女に頼み込んでパートナーを了承していただいたのです」

 そう告げる口調も、両親を見下ろす顔も恐ろしく冷ややかで、少し怖い。

「ライナルト……?」

 そっと声をかけると、彼はちらりと私を見た。にこりとする。それからまた、「勝手なことをしないでくれ」と騒いでいる両親に、氷点下を思わせる目を向けた。


「だいたいお前はどこの誰だ! 見たことのない顔じゃないか!」

「失礼。申し遅れましたが、私はクラッセン侯爵家嫡男ライナルトと申します」

 彼の言葉を聞いた途端にうろたえる両親。

「クラ……!?」

「嫡男……!?」


 そう。ライナルトはいずれクラッセン侯爵になる身で、両親よりずっと身分が高い。

 ふたりは自分たちの非礼に気づいて、「とんだ失礼を」と慌てて謝っている。


「フリーデ嬢とは魔法学園入学時より十一年近い親交がありますが、私はそれほどに夜会のパートナーに相応しくありませんでしたか?」 

「い、いえ、そんなことは……」


 冷や汗をだらだらと垂らすお父様。顔が美しく整っているライナルトの真顔は、私から見ても怖いものがある。ましてや普段のライナルトを知らない両親は、相当な恐ろしさを感じているだろう。


 

「本当にとんだ失礼を。私どもはこれで……」

 もごもごと言い訳をすると、お父様とお母様はそそくさと離れていった。


「ほんと、フリーデの両親も最低だな」

 両親が見えなくなると、ふうとため息を吐いていつもどおりの雰囲気に戻ったライナルトが苦笑する。

「そうね。助けてくれてありがとう。――でもわざと、名乗るのを後回しにしたでしょ?」

「効果抜群だっただろ?」

「それはね。でも自分の両親があんなに情けないひとたちだとは知らなかったわ」


 よく考えてみると、私は両親のことをあまり知らないのかもしれない。血縁者で一番仲良かったのは叔父だし。


「フリーデ」

「うん?」

「フリーデが許可をくれれば、あんなやつらが用意した理不尽な結婚は、すぐに潰すぞ?」


 ライナルトの真剣なまなざしが私を射貫く。両親を見ていたときの氷のようなものではなく、熱のこもったまなざしだ。

 とくん、と心臓が跳ね上がる。

 そんな私の手をライナルトが握りしめた。


「両親からも子爵からも、フリーデのことはオレが守るから」


 胸にじわりと喜びが広がる。

 友人のためにこんなにも親身になってくれるなんて。

 私はなんて幸せ者なのだろう。


 あまりライナルトを見つめ返していると、心のうちが伝わってしまいそうで目を伏せる。『彼は友人、私の片思い』と心の中で唱える。


 それにしても。さすがにこんなにも心配してくれる友人がいるのに、子爵と結婚をするのは絶対によくないという気持ちになってきた。

 幸いクビになるまで、まだ猶予はあるし。もう少し回避するための策を考えるべきかもしれない。


 とはいってもライナルトの手を煩わせたくはない。


 顔を上げて、ライナルトのオニキスのような瞳を見つめ返す。

「そうね。考えてみる」

 曖昧に答えると、ライナルトは「そうか……!」と嬉しそうな顔をした。

 

 とくとくと鳴る胸に気づかれないよう、平静を装って笑顔を浮かべる。

「心配をしてくれてありがとう。――あと、そろそろ手を」

「……ああ」


 ゆっくりとライナルトの手が離れる。彼の熱が消えるのを淋しく感じてしまうけれど……。

 私は今夜、仕事をしにここへ来ているの!

 しっかりしなさい。恋にうつつを抜かしている場合ではないのよ!


 ひそかに気合を入れると、 グラスに残っていたワインを飲みほす。

 そしてライナルトのグラスも空になっているのを確認すると、合図の言葉を口にした。


「お酒が少し強かったみたい。座れるところはあるかしら」

 ライナルトの表情が鋭いものに変わった。すぐに作り笑いにとって代わる。

「どこかに休憩室があるはずだ。行こう」


 グラスを給仕に返し、ライナルトのエスコートで歩き出す。

 廊下を出たら一目がつかないようほかの部屋に入って。それから認識を阻害する魔法を自分たちにかける。

 それから、捜査開始だ。


明日は2話アップします。

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