6・3 敵の夜会
従僕の変装をしたロイドさんが開けた扉をくぐり、ライナルトと私は馬車を降りた。
目の前には、庭園灯に照らされた荘厳な建物が浮かび上がっている。隣国メーダ王国の大使館兼大使公邸だ。
人身売買及び違法薬物販売の頭領と思われるのは、メーダ王国大使だ。予想外の大物で、捜査本部のみならず国王陛下も驚愕しているという。
なぜならテオフィル殿下の兄上であらせられる王太子殿下のお妃様が、メーダの王女殿下だから。今回の件は単なる刑事事件に終わらない可能性が高い。
従者の控室に行くロイドさんと別れて、私たちはエントランスに向かう。もちろんライナルトにエスコートされた状態で。近い距離にドキドキしてしまうけど、ここは戦場。恋にうつつを抜かしている場合じゃない……!
「……なあ」
ライナルトが珍しくおずおずとした調子で声をかけてきた。
「なにかしら?」
「オレの格好はどうだ?」
「え?」
思わず足を止めてしまった。ライナルトを見る。
ええと。
惚れ惚れするほど美しくて、動悸が止まらないんですけど!
――なんて言える訳もなくて。
こっそり唾を飲みこんで、軽い調子を装いながら「普段より十割増しでかっこいいわね」と褒めた。
これで満足したようで、ライナルトは「そうか」と嬉しそうな顔をする。まるで子供のような無邪気な笑顔で、心臓がとくんと跳ね上がった。
今日は捜査、と何度も心の中で繰り返す。
会場である広間に入ると、大勢の招待客で賑わっていた。間の悪いことにすぐ近くにクラッセン侯爵夫妻がいて、射殺しそうな目で睨まれる。
「気にするな。話は通してある」
ライナルトが耳にささやいた。
今回の潜入捜査をテオフィル殿下に命じられたとき、最初に浮かんだのは侯爵の顔だった。彼にはライナルトに近づかないよう釘を刺されている。
だからライナルトのパートナーとして私が夜会に参加すると、侯爵は確実に怒る。場合によっては私の魔法局員としての立場も危うくなるかもしれない。
そうテオフィル殿下とライナルトに説明をし、以前侯爵に恫喝されたことも伝えると、ふたりは私が引くほど怒りを爆発させた。
でもクラッセン侯爵家と弱小キューネル伯爵家では、家格が違うのは事実なわけで。ライナルトがそこまで激怒するほどのことじゃない。
――もちろん、気持ちは嬉しかったけれど。
とにかく捜査を優先させなければならないから、ということでライナルトが侯爵に事情を話し、今回は私との夜会参加を認めさせたらしい。
それにしても、侯爵が私を見る目にはかなりの憎悪が込められている気がする。
きっとライナルトのきのうの発言を知っているのね。
実際私たちは侯爵夫妻意外の人たちからも、ものすごく注目されている。陰でひそひそ言う人たちもいるし、明日にはきっとライナルトの思い人は私だという噂が王宮を席巻するのだわ。
「いた、大使だ」
ライナルトがふたたび囁く。彼の視線をたどると、絵姿で見た壮年の男性が同年代のご夫婦と談笑していた。一見柔和そうな顔をした、中肉中背の紳士だ。けれど遠くから見ても、油断ならない目をしている。
私はイヤーカフを直すふりをしながら「大使にご挨拶に行きましょう」と言った。従者控室にいるロイドさんと、敷地外で待機している合同捜査本部の人間に聞こえたはずだ。
私とライナルトは連れ立って大使の元へ向かった。
◇
「はぁ。緊張した」
「だな。大使は妙な迫力がある」
大使の元を辞した私たちは、招待客としてご来場していた王太子夫妻にもご挨拶をし、そのあとは広間の隅で給水タイムを取ることにした。
給仕からワインをもらい、のどを潤す。このあとはふたりで屋敷の探索をしなければならない。
そんな私たちを、老若男女が遠巻きに見ている。
「ライナルト。うまく会場を抜け出せるかしら。私たち、だいぶ注目を浴びているわよね?」
「やっぱりきのうの一言が効いたな」
「ほんと、アホすぎるわよ。そのうち私、令嬢がたに亡き者にされるんじゃないかしら」
先ほどはハイデマリー様が泣きそうな顔で私を見つめていたし、ほかにも多くのご令嬢が殺意を込めた眼差しで私を睨んでいる。
私なんてただの弱小伯爵令嬢で、彼女たちのライバルになんてなり得ないというのに。
「あ、ライナルトじゃないか!」
そんな声がかかり、目を向けると魔法学園の同級生がいた。確かライナルトと親しかった侯爵令息だ。
「お……っと、こっちの美人はフリーデ嬢か。え、ってことは……」同級生の目が限界まで見開かれる。「噂になっているライナルトの『心に決めた相手』ってフリーデ嬢なのか!」
「あ、それは……!」
否定せねばと、こんなときに備えて、あらかじめ考えておいた言い訳を口にしようとした。けれどそれよりも早く、ライナルトが――
「まだオレの片思いだけどな」
はい!?
「今日はなんとか口説き落としてパートナーになってもらったんだ。いい返事がもらえるよう、お前も祈っておいてくれよ」
ちょ、ちょっと待って!
呆然としている私を置いてけぼりにして、ライナルトと同級生は楽しげに言葉を交わす。
あげく同級生は、私に向かって「結婚式に呼ばれるのを楽しみにしているよ」なんて言って去って行った。
「ライナルト……!」
彼の襟首を掴む勢いで迫る。
「どうしてあんなことを言ったのよ!」
「すでに恋人関係だと思われるよりはいいだろ?」
「でも……!」
「あとでオレがふられたことにすれば、フリーデの評判は傷つかないさ」
「そんなことはない。全未婚女性に恨まれ嫉妬されること間違いなしよ」
困った顔になったライナルトは「そうかな」なんて呟いている。
そもそもライナルトだって、思い人が私だと誤解されるのはイヤでしょうに。
それともイヤだとは思わないの?
だからあんなことを言ったの?
――そんなことはないわね。自分に都合のいい妄想をするなんて、恥ずかしいことだわ。
とにかく今は、こんなことに時間を使っている場合じゃない。仕事をしにここへ来たのだから。
そう思っていると、ライナルトが私の耳に「ご両親だ」と囁いた。




