6・2 いざ、出陣
「ライナルトの様子がおかしい?」
エマが目をぱちくりさせながら聞き返す。
「そうなの。ささいなことなんだけど。なんていうか突然変な行動をとることがあるの」
意味もなく顔をそらしたり、大きなため息をついたり。
「苛立たせるようなことをしているつもりはないし、本人もそんなことはないと言うのだけど気になって」
「ふうん。いつから始まったかはわかるの?」
気になり始めたのは、自分の恋心に気づいてから。だけどこれは言えない。ライナルトを好きになってしまったことは、誰にも打ち明けるつもりはないから。
「一週間くらい前だと思う」
「ふむ。あなたのクズ両親がクズ男との縁談を持ってきたころね」
「言い方ぁ……」
じとりとエマを見つめたけれど、「事実でしょ!」と言い返されてしまった。
あの結婚についてはヨーゼフ先輩にしか話さなかったのに、いまや魔法局中の人が知っているらしい。会う人会う人に、「断りなさい!」と言われる。
ここまで騒ぎが大きくなってくると、さすがに私も考えるものがある。
そこで先日両親に、子爵は問題が多すぎるから結婚したくないと手紙を送ったのだけど、予想どおり『婚約破棄され親に迷惑をかけたくせに、我儘を言うな』という返事がきただけだった。
十年以上前のことを両親はまだ、許してくれていないみたいだ。
「で、顔合わせっていつだっけ?」
「五日後」
エマがにやり、と意味深な笑みを浮かべる。
「それにライナルトがついていくんでしょ?」
そうなのだ。テオフィル魔法局長代理の代理で、ライナルトが参加するらしい。
この結婚は魔法局として看過できないという理由みたいだ。意味がわからない。私に結婚かクビかの究極の選択を押し付けたのはテオフィル殿下なのに。
しかも代理がライナルトってどういうことなの? 確かにふたりは幼いころからの友人だし、魔法局で殿下に次いで一番身分が高い――というか高くなる予定なのは侯爵家嫡男のライナルトではあるのだけれど。
特大のため息が零れ落ちる。
「私を振り回さないでほしいわ……」
「そうねえ。――諦めてライナルトと結婚すれば解決するんじゃない? キューネル伯爵家じゃクラッセン侯爵家に文句は言えないでしょ?」
「たとえ私に諦める気があっても、ライナルトとクラッセン家から断られるわよ」
「そうかなあ。クラッセン家はわからないけど、ライナルトって全然婚活していないじゃない。喜ぶと思うけど」
思わず笑ってしまう。
「喜ぶはずがないでしょ。婚活していないのは、合同捜査本部で忙しいからよ」
「そうかなぁ。彼、公爵家の美しいご令嬢を『心に決めた相手がいるから』といってふったらしんだけど」
「え? なにそれ」
「すごい速さで王宮中に噂が流れたのよ。きのう」
「『きのう』」
え、『きのう』ってきのうのことよね?
美しい公爵令嬢ってハイデマリー様?
「どうしてこんなタイミングで! ライナルトのバカはなにをやっているよの!」
「エスコートを頼まれたらしいわよ。それぞれの当主を通じて。だからそう断るしかなかったんじゃないのかしら」
「ああああああ」
なんてこと。
あまりのショックに頭をかかえる。
と、とんとんとんと扉を叩く音がした。エマが「どうぞ」と答える。
「準備はできたか」と言いながら入ってきたのは、ライナルト。ブルーシルバーの上下にほんのりピンク色したベストを合わせた盛装だ。耳にはピンクダイヤがあしらわれたイヤーカフをつけている。
――うっとりするほどカッコいい。
「あら、素敵ね」
エマがそう言うと「ほら、フリーデも立って」と私を椅子から立ち上がらせた。そんな私も盛装姿だ。桜色からすそに向かって空色にグラテーションするAラインのドレス。大胆に開いたデコルテはブルーダイヤモンドのネックで飾られ、耳にはやはりブルーダイヤのイヤーカフがついている。
「ふむ。フリーデとライナルトの衣装はお揃いね。さすがテオフィル殿下。素晴らしいものを用意してくれたわね」
なにが楽しいのか、にこにことしているエマ。
こっちは気まずいわよ! まるっきりペアの装いじゃない。
だいいち『ライナルトに心に決めた相手がいる』なんて噂が出回っている今、彼と揃ってこの衣装を着ていたら、百パーセント誤解される。
私がライナルトの思い人だって!
そんなの嬉しいよりも、むなしさが先立つ。
「ドレスを変えられないかしら」
「なんでだよ。きれいだぞ」
そう言ってライナルトが微笑む。
なにそれ。以前盛装したときは、お世辞なんて言わなかったのに。急に口が上手くなったの?
――あ。
「婚活の成果ね。ずいぶんと自然に女性を褒められるようになったわね」
「――そうかもな」
「お、本当だ。フリーデ、きれいなだなあ」
扉からひょこりと顔を出したロイドさんがにこにこと言う。
「それからフリーデ。魔道具は全部身につけたかい?」
「……はい」
「私も確認したわ」と、エマも答える。
ライナルトと私はこれから合同捜査本部の仕事として夜会に参加する。
ようやく人身売買と違法薬物販売の元締めがわかったのだけれど、証拠がない。ところが折よくその人物が関わる屋敷で、今夜舞踏会が開催されるのだ。
招待されているのは伯爵位以上の貴族のみ。
ということで、潜入調査するライナルトのパートナーに私が選ばれた。
魔法院や騎士団からも三組参加するので、全四組。
今日成果を出さなければ、次のチャンスはいつになるかわからないという。
「でも今日のあなたたちに捜査ができるかしら」
エマが首をかしげる。
「だね。噂の渦中だもんな。注目を浴びること絶対だ」
ロイドさんもうんうんとうなずいた。
私も我が意を得たりとばかりに大きくうなずく。
「そうよ、ライナルト。ハイデマリー様のエスコートを断るのに、とんでもない理由をつけたのですって? どうしてもっと無難なお断り文句を言わなかったのよ」
「あのぐらい言わなきゃ、彼女は引かない」
「そうかもしれないけれど。それで捜査に支障をきたしたら意味がないじゃない」
「夜会中ハイデマリー嬢に付きまとわれているより、捜査できるぞ?」
「それは……そうかも?」
なんだかうまく丸めこまれている気がする。捜査はよくても私の今後の生活に支障をきたすし。
「それに」と苦笑するライナルト。「まさか一日でここまで噂が広がるとは思わなかったんだ」
「自分の人気度を見誤ったのね」とエマがしたり顔で言う。
「人気者はつらいな。ってことで、ほら。行くぞ」
そう言ってライナルトが私に腕を向けた。
「……?」
エマが「エスコートでしょ」と呆れたように呟く。
「そんなの、今は必要じゃないわよね」
「練習」とライナルト。「フリーデは慣れていないだろ。向こうでうっかり大コケでもしたらどうするんだ」
「な、慣れていないのはあなたもじゃない。この前の夜会では青ざめていたくせに!」
「オレはイイ男に日々進化しているんだ」
……うん、そこに異論はない。今日のライナルトは本当に一分の隙もなくカッコいい。
ほら早く、とライナルトがせかすので、仕方なく彼の腕にそっと手を乗せた。
距離が近すぎるせいで鼓動が早い。気づかれないようにしないと。
私はライナルトのただの同僚。それ以上なんて、望んでいない。
ぐっと気合を入れて、ライナルトを見上げる。
「それなら無敵ね。絶対に魔法院の人たちよりもいい成果を手に入れるわよ!」
「……もちろんだ」
ライナルトもニカっと笑って答えた。
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