1・3 仕方ないので婚活始めます
局長の執務室を出て扉を閉めると、特大のため息がこぼれた。
閑散とした廊下に、その音がやけに響く。それがむなしさに拍車をかけた。
「今、新しい術式の研究が大詰めを迎えているのに婚活だなんて……」
「オレだってそんなヒマはない」
ライナルトがキツイ目でにらむ。
「私に八つ当たりをしないでよ」
「事実を言っているんだ」
「……そういえば。確かに今のあなたは激務ね」
現在政府はとある事件を追っている。そのために王立の騎士団、魔法騎士団、魔法院からなる合同捜査本部があるのだけど、ここに王宮魔法局からもふたりの魔術師が派遣されている。
そのうちのひとりがライナルトなのだ。
派遣といってもそれ専任ではないので、通常の仕事もある。
よく見ればライナルトの目の下にはうっすらとクマがある。
「空き時間は魔法研究したいのに、婚活? 冗談じゃない」
怒りをあらわにしたライナルトが拳をぐっとにぎりしめる。
どうやら疲れ切っていても、魔法研究はしたいらしい。これには共感ができてしまう。
「結婚なんてあとでもできる! だが研究は魔術師の使命! なによりも優先するべきものだ!」
あら。ライナルトのくせに、いいことを言うじゃない。
「そのとおり!」
私が大きくうなずくと、ライナルトもぐっとうなずいた。それから半眼になる。
「――まさかフリーデと意見が合う日が来ようとは……」
「本当。恐ろしすぎる事態ね」
ライナルトとふたりそろってため息をつく。
「よし、こんな茶番は爆速終わらせるぞ。お前は結婚相手はみつかりそうか? オレは親が見合いリストを作っているはずだから、その中から見繕える」
「どうかしら……。昔は作られていたけれど。最近屋敷に帰っていないし、手紙も無視しているから」
「よし、そこの確認からだな。オレは絶対にお前との結婚は御免だ」
「それはこっちのセリフよ!」
自分だけが被害者みたいに言わないでよね!
ライナルトをにらみあげる。
――うっ、首が痛い。
この男のなにが腹が立つって、この背の高さだ。学院の一年生だったときより、私は十センチも身長が伸びている。けれどまだ、頭一つぶんの差がある。
ついでに声もいつの間にかバリトンになっていて、悔しいけれど耳に心地よい。
ああ、なにもかもが腹が立つ!
「あなたもリストがあるからって、安心しないでよ。猫をかぶらないと、いくらハイスペックだって、敬遠されるわよ」
「誰が敬遠されるって?」
「あなたよ、ライナルト。性格が最悪だもの」
「オレはモテる」
「はいはい学生のときね」
悔しいことに、ライナルトは顔がいい。目鼻立ちがくっきりとして精悍だし、一見爽やかな好青年だ。癖のある黒髪に黒い瞳というところも凛とした顔立ちによくあっている。
身体もほどよく筋肉がついていて姿勢もいい。魔術師よりも騎士に見えるくらいだ。
だから学生のときはこの外見に騙された女子生徒に、ずいぶんとモテていた。侯爵家の跡取りという肩書もよかったにちがいない。黒薔薇の貴公子なんて呼ばれているのを耳にしたこともある。
でも恋人がいるという噂をきいたことはないし、現に結婚もしていないのだから、みんなライナルトの性格の悪さに辟易して逃げて行ったのだと思う。
「だとしてもモテていたんだ、いけるはずだ!」
ライナルトが私をにらみつける。
「その思い込みがダメ。客観視できないなんて研究者として失格よ」
「そういうお前だって性格は悪いぞ」
「わかってる。恋愛向きでも結婚向きでもない自覚くらいあるもの」
みんなが花を咲かせる恋愛話が、どうしても面白いものには思えない。
そんなことより、魔法の方が楽しい。
異性なんかのために時間も労力も使いたくない。
「でもあなたとの結婚はイヤだから、努力はするつもりよ。魔法のためなら、結婚したい女性のふりくらいできるわ!」
……たぶん。
「オレだって、そのぐらい朝飯前だ」
「言ったわね? 期限までに婚約者がみつからないなんて無様な姿をさらさないでよ?」
「当然! お前こそな!」
嫌味たらしい顔でフンッと鼻を鳴らすライナルト。
そのすぐ後に、「はぁっ……」とどこからかため息が聞こえてきた。
見回すと、局長室の扉が細く開いており、テオフィル殿下が残念なものを見る目で私たちを見ていた。
そしてその隙間から何かを差し出した。
「これ。局長命令ね。絶対参加。今日はこのまま早退して、準備を整えるように」
受け取って見ると王家の印が押された白い封筒だった。
「なんですか、これ」
「今夜の夜会の招待状。君たちにも送ってあったけど、どうせ見ていないんだろう? いいかい、必ず出席だよ」
「え、でもドレスがないです」
「嘘でしょ⁉」
テオフィル殿下が目をむいた。
「最後に作ったのは学院の卒業前なんで。十代の令嬢が着る初々しいものしかないですね」
「二十六でそれはキツイな」とライナルトが顔を引きつらせる。
「私もそう思う。婚期が余計に遅れる気しかしない。殿下。魔法局の制服でいいでしょうか」
「……わかった。ドレスをキューネル家に届ける。ライナルト。お前はまさか盛装がないなんて言わないよな?」
「ありますよ。四年前に従妹の結婚披露宴に参列したときに作ったものが」
「……っ」
キィ、とどこか物悲しい音を立てて扉が大きく開く。額を押さえて俯いているテオフィル殿下。
「わかった。もういい。ふたりとも王宮で待機。今日は服もなにもかもぼくが手配する」
「はあ、ありがとうございます」
――とはまったく思っていないけれど、相手は王族。一応、お礼を言う。
ライナルトも同じ気持ちらしく、棒読みで感謝を伝えている。
それが気に障ったのか、テオフィル殿下はキッと私たちをにらみつけた。
「いい? ぼくは本気だからね。覚悟してよ?」
◇
局長室を出た一時間後。
「ここでおとなしくしていなさい!」
局長代理であるテオフィル殿下にそう言って放り込まれた部屋には、先客がいた。ライナルトだ。
長椅子にふんぞり返っていた彼は、半眼で私を見る。
「……なんでライナルトと一緒の部屋なのよ」
「それはオレのセリフだ。だが――」
ライナルトはくいっと親指で部屋の奥を示した。そこには青みがかった大きな鏡がかかっていた。
「監視システムじゃない」
ため息が口からこぼれる。とても便利な魔道具だけれど高級品で、基本は王族警護に使われる。なにしろ消費する魔力が多く、稼働するのと同じ時間だけの魔力補充をしなければならないからだ。
「殿下ってば、こんなものまで持ち出して。そんなに私たちを信用できないのかしら」
「お前、局長室を出たあとから今までなにをしていた?」
「もちろん、新術式の構築」
「オレも古魔法の研究」
そこでため息をつくライナルト。
「今日は『早退』なんだから、魔法局に残るなだとさ」
「そんな。夜会まで時間がだいぶあるのだから、なにをして時間を潰したっていいじゃない!」
「それ――」
ライナルトは今度は顎で、テーブルの上のいくつかの綴りを示した。
「夜会の参加者リストと婚活指南書だそうだ。服の準備が整うまでよく読んでおけって」
「……めんどくさい」
本音がこぼれる。でも指南書は確かに必要かもしれない。学院を卒業して以来、ろくに社交をしていないもの。
しぶしぶライナルトの向かいの長椅子にすわり、指南書を手に取る。パラパラとめくってみて――
「あー、カーテシー。そんなものもあったわね……」
「淑女の基本からダメじゃないか」
ライナルトがバカにしたように笑う。
「そういうあなたこそ、最近レディをエスコートしたことあるの?」
「エスコート……」
単語だけつぶやいて、黙るライナルト。
「なになに、『過度に異性に触れない。下品な行いです』。これは当然ね。『会話のときは相手の目を見ましょう。また、微笑を浮かべて会話を楽しんでいるアピールをすること』」
「面白くもないのに微笑めるか」
「ほんと、興味ない話を聞かされるのなんて地獄よね」
ライナルトが顔をしかめる。
「くそっ。こんなことに時間を取られなくてはいけないなんて」
「私だって。微笑みかたなんて忘れちゃったわよ」
一応貴族の子女として、表情コントロールは習った。はるか昔に。
「よし、これは『今後の課題』ってことで。次!」
できないことにかかずらっていても仕方ない。悩むよりも前に進むのが一番。ページを繰る。
「……そうか。なるほどな」
ライナルトがなにかに気づいたような低い声を出した。手を顎にかけて、テーブル上に置かれたままの参加者リストをにらんでいる。
「なにが『なるほど』なの?」
「どうしてテオフィル殿下がオレたちの不仲を知りながら、結婚なんて言い出したのかわかった」
「私は、面倒ごとはふたりまとめて簡単に済まそう――と考えたのだと思っていたんだけど」
いいや、とライナルトは首を横に振る。
「殿下なりの優しさだったんだ。フリーデとオレなら面倒なマナーも駆け引きも必要ない。相手を我慢できる気合さえあればいい」
「確かに……!」
ライナルトを選べば無駄な労力と時間をかけずにすみ、魔法に集中する時間を減らさずに済む。
それに彼ならば、私が魔術に優れていることや仕事を持っていることに、文句を言うことはないはずだ。
残念ながらそれらをよしとしない男性は多い。私の元婚約者も典型的なそのタイプだった。
「どうする?」
ライナルトが鋭い目を私に向ける。
「オレと結婚したいか?」




