5・5 ライナルトの悲願
「呪い……?」
聞き返すとライナルトは真剣な顔で「そうだ」とうなずいた。
呪いは魔法の一種だけど、性質が違う。
とくに重要なのは、次の三つ。かけるのに代償が必要なこと、解かない限りはほぼ永久的に効力が維持されること、解くためには多大なる魔力と完璧な術式が必要となること。
呪いについて基本的なことは学校で学ぶけれど、使用は法律で禁じられている。もし使用すれば死罪だ。
我が国だけでなく近隣諸国でも同様の扱いとなっている。
それでも王族や高貴な身分の人は、狙われる危険は常にある。だから呪いの対策は魔法局の大事な仕事のひとつで、私も携わっている。
けれど呪いそのものは見たことも聞いたこともはない。
「悪い、驚かせたよな」
ライナルトの表情がやや緩んだ。困ったように眉を寄せている。
「だけど本当のことなんだ」
「疑っているわけではないわ。でも呪いが実行されたなんて聞いたことがなかったから、少し驚いただけよ」
「呪いが発動した場合、箝口令がしかれるらしい。それに父の事件は十二年も昔だ」
それって……私たちが十四歳のころ?
となると学園入学前になる。箝口令もあったとなると、普通の伯爵令嬢である私ごときが知らなくても当然ね。
「呪われたのは、うちの専属魔術師なんだ。彼女が雇用されたところから順を追って話すよ」
高位貴族が専属の魔術師を雇うのは一般的である。クラッセン侯爵家も常にひとりを雇い、風邪薬の生成から結界作成まで、あらゆる魔法に関する仕事を任せていたという。
「――ってひとりに任せるには仕事が多岐に渡りすぎじゃない?」
「恥ずかしながら、そのとおりなんだ。給料は高水準だったらしいんだが仕事内容がそれだったし、うちの両親は魔術師を下等な職業と見下している。当時の魔術師界隈では仕えたくない貴族として有名だったらしい」
十三年前、そのような状況下で、専属魔術師がクラッセン侯爵の横暴に耐えかねて退職した。侯爵はすぐに後任を募集したけれど、応募者はゼロ。
困っていたところにようやく現れた魔術師が、のちに呪われてしまったイルザ・ベッペルさんだった。
「両親は働く女性も見下しているからね。イルザ先生のことも最初は面接すらなしで不採用だった」
「『先生?』」
気になって尋ねると、ライナルトはほんのりと恥ずかしそうな顔になった。
「専属魔術師はオレの魔術の教師も務めていたんだ」
「なるほど。続けて」
「ああ。――で、結局ほかに応募者が現れなくて、彼女を雇うことになった」
イルザさんは男爵家出身だったけれど平民に嫁ぎ困窮していて、お金が必要だったのだとか。ブラックな環境にも関わらず、真面目に、誠意を尽くして働いていたそうだ。
「オレの授業も工夫してくれていてね。それまでの先生の物とはまったく違って、すごく楽しかった。オレが魔術に興味を持ったきっかけは彼女の授業なんだ」
「……すてきな人だったのね」
そう答えながら、胸の奥はざわついていた。ライナルトのはにかんだ顔から見るに、イルザさんはきっと彼の初恋の相手だ。
今悲惨な状況にあると思われるのに、嫉妬を感じてしまう。
「ところで、彼女が来る少し前のことだ。父が大きな功績をあげた。隣国と戦争勃発寸前になるほどこじれた件を解決したんだ」
「それで宰相になったと聞いたわ」
そのとおり、とうなずくライナルト。
「けれどこれに不満を感じた者が多かったらしい。父や家族の命を狙った事件が増えた。お抱えの騎士は大勢いるが、魔術師は先生ひとりのみ。先生は自分だけではカバーしきれないと父に進言していたんだが、父は取り合わなかった」
ライナルトの表情が曇る。
「父は魔術師を見下しているくせに、魔法の力でどんなケースも対処できると考えている」
「無知なのね」
「ああ。そんな危うい日々が一年ほど続いたある日、検閲をすり抜けて呪具が父の元に届いた――」
声に苦いものが混じり、ライナルトの顔が僅かに歪む。悔しそうな、辛そうな、そういった表情で。
「呪いの発動を抑えられないと判断したイルザさんは、身を挺してお父様をかばったのね?」
「そうだ。彼女は呪われ、石化した」
石化の呪い。そういったものがあるとは習っている。解呪も合わせて学んでいるけれど、いまだにライナルトが方法を探しているとなると、学校で教わったレベルのものではないのだろう。
「無論、魔法局に解呪の依頼を出した。けれど一年かけても解決にいたらず、父は依頼を取り下げた」
「ひどいわ」
「そういう両親なんだ」
犯人が捕まれば、解呪方法を聞き出すことができる。けれどそれも叶わなかった。
イルザさんはその時点では平民。結婚前も貴族社会の中では身分の低い男爵令嬢で、実家は政治的な力も財力もない。彼女を助けたくとも、家族は魔法局を動かすこともクラッセン侯爵に抗議することもできなかった。
そして元々魔術師になりたいと考えていたライナルトは、改めて魔術師になる決意をした。
「オレが先生を助けるしかないんだ。幸い、魔法局に入局することもできた。絶対に八年の自由期間中に、解呪方法をみつける。そう誓って今まで頑張ってきたんだ。だが――」
ライナルトはまた辛そうに視線を下げた。けれどすぐに強い目で私を見る。
「残り八ヶ月。フリーデの手を借りたい。最初は合同捜査本部の件が終わったらと考えていたけれど、やはり、今すぐにでも頼みたい」
「それはもちろん、構わない、――ううん、全力で手伝うわ。だけど今のあなたは多忙すぎて――」
ハッとして、ライナルトの前に置かれたお皿を見る。そこには包み紙にくるまれたままのサンドイッチが乗っていた。
「話に夢中でお昼を食べ損ねているわよ、ライナルト!」
「あ……。忘れてた」
「まずはあなたの健康維持が大切よね? 解呪方法が見つかったとして、実行には膨大な魔力が必要なのだから、あなたが万全でなければ失敗してしまうのよ?」
「確かに」
「ほら、さっさと食べる!」
私もお茶に手を伸ばした。すっかり冷えてしまっている。ちらりとライナルトを見ると、サンドイッチにかぶりつくところだった。
案外大胆な食べ方もするんだと新鮮な気持ちになる。侯爵令息だけど忙しい魔法局勤めだものね、と自分と似た箇所を見つけてほんの少し安心した。
頃合いを見計らって、気になっていることを尋ねる。
「で、どうして心境が変わったの? 急がないといけない状況になったとか?」
「そんなところだ」
「この件について知っているひとはいるの?」
「シェーケル局長とテオフィル。ちなみに事件当初、解呪調査に携わったひとりがシェーケル局長だ」
なるほど、と納得をして。それから、先ほど室内を見渡した時に、書棚の一角が呪いに関する書物ばかりだったことを思い出した。
なんでだろうと不思議に感じたのだけど、こういう訳だったんだ。
ささっと食べ終えたライナルトは包み紙を丁寧に折りたたんで、お皿に乗せた。
「やっぱりさ。フリーデに話すのを早めたのには、理由がある」
「どんな?」
「知っていてもらいたかったんだ。オレは魔術師を辞めても、呪いの研究は続ける。それから、彼女の家族には、オレ個人の収入から毎年見舞い金を送っている。そのふたつだな」
「うん……。でも、なんでそれを私に知っていてほしいの?」
「自己満足、かな?」
ライナルトが照れたように笑う。
その笑い方は少し幼く見えて可愛い。
なんだか話の内容も笑顔も、私が特別扱いされているかのような気がしてしまう。
ダメだわ。ライナルトを意識しすぎているみたい。




