5・3 マリウス様への謝罪
「婚活をやめる?」
戸惑いの表情でマリウス様が私の言葉を繰り返した。
「はい。せっかく親しくしてくださったのに、申し訳ありません」
もう一度、深く頭を下げる。
フォイゲ伯爵邸の応接室。
昨日送った『大切なお話をしたいので訪問させていただきたい』という不躾な手紙に、快く応じてくれたマリウス様。彼がなにを思って私を待っていたのかは、わからない。
もし良い話だと期待していたなら、申し訳なさすぎる。けれど対面で、きちんと謝罪すべきだと思ったのだ。
「つまり僕はふられたのかな?」
「申し訳ございません」
下げていた頭を、もっともっと深く下げる。
「理由を聞いても?」
顔を上げると、マリウス様は優しげに微笑んでいた。その笑顔に、良心が痛む。
「とても自分勝手な理由です。――マリウス様はとても素晴らしい方です。だからこそ、私なんかが自分の危機を脱するためだけに、結婚を望んではいけません」
「なるほど。それは本心なのかな」
「もちろん!」
「僕の性格が気に入らないとか、デートで嫌悪を感じたとか」
「まさか! マリウス様に非なんてありません!」
よかった、と微笑むマリウス様。
「とはいえ婚活をやめたら、君はクビになってしまうのだろう? どうするんだい?」
「両親が相手を決めましたので」
「どなたなのかな」
少し迷ったものの、私の結婚は本決まりしたようなものだ。まだ内々の話だから口外しないようにお願いしたいと前置きをしてから、相手の名前を告げた。
マリウス様が眉を寄せる。
「あなたは納得しているの?」
「……そう」
「マリウス様の貴重なお時間を私に費やせてしまったこと、本当に心からお詫びいたします」
何度目かわからないお辞儀をして。ふと、目の前のテーブルにある手つかずの紅茶が目に入った。
せっかくいれてくれたのに悪いとは思うけれど、私は謝罪に来ただけだから。「ではこれで失礼します」と立ち上がる。
マリウス様も「送るよ」と続いた。
応接室を出ると、離れたところからマリウス様の妹が心配そうな顔でこちらを伺っていた。
そちらを向いて、しっかりと頭を下げる。
「馬車を用意してあるから、それで帰ってくれ」
マリウス様の言葉に驚いて彼を見ると、苦笑された。
「乗合馬車と徒歩で来たと聞いたからね。とてもではないけれど、それで帰すことはできないよ」
婚活をお断りに来たのに、そこまでしていただく訳にはいかない――と思ったけれど、よく考えたら私をそのまま帰すのは伯爵家の体面がよろしくないのかもしれない。
「ありがとうございます。今回のお詫びとお礼はいずれ必ず。僭越ながら、マリウス様の幸せをお祈りしております」
「うん。――ところでフリーデ嬢。結婚の件はクラッセン侯爵令息に相談はしたのかな?」
「え?」
ライナルトに? どうして急に彼の名前が出てくるのだろう。
ああでも最初に会ったときに、ライナルトと私、ふたり揃って結婚かクビかを迫られていると話したような気がする。
きっとそのせいだと思いながら、「報告はしました」と答える。
「報告ではなくて、相談だよ」
「相談もなにも、もう決定事項ですから」
「あのね、フリーデ嬢。ご両親が用意した縁談はどう考えても、あなたのためにならないものだ」
そんなことはない、と言おうとしたけれど詭弁にすぎないことは自分が一番よくわかっている。
「……それでも人の好いマリウス様を利用するよりもずっとよい結婚なのです」
「フリーデ嬢。あなたが僕を慮ってくれるように、僕だってあなたを心配する。あなたが不幸になったら、とても悲しい」
「……ごめんなさい」
「だから彼に相談をして、しっかりと考えてほしい。じゃないと僕は安心して次の相手を見つけにいけないよ」
それは、困る。マリウス様のようなよい方は、絶対にすぐ素晴らしいお相手様が見つかるはずだもの。
「僕の幸せを願ってくれるなら、必ずそうしてくれたまえ」
「わかりました。でもどうして彼なのでしょう。ほかの人でもいいでしょうか」
「ダメ。絶対にクラッセン侯爵令息だ。――四、五日前だったかな。偶然会ってね。彼に確認されたんだ。結婚後もあなたが魔術師を続けることを本当に認めてくれるのかって」
ライナルトが? そんなことは一言も聞いていないけれど……
「あの彼が許可する結婚ならば、僕も安心できる。頼んだよ。そうだね、これが僕への償いだと思ってほしい」
そう言われてしまうと、拒否することはできない。
「では、そういたします」
ライナルトに相談なんてしたくないから代わりに、マリウス様のために話を合わせてほしいと頼んでみよう。
◇
王宮に戻り、魔法省のエントランスに入ろうとしたところで、背後から「フリーデ!」と呼びかけられた。
振り向くと書類をたくさん抱えたテオフィル殿下が走って来るのが見えた。
「ちょうどよかった、これを――」と、殿下が書類の山から取り出した、ひとつのファイルを差し出した。「ライナルトに渡してくれるかな。ちょっと急いで行かないといけないところがあって。休みの日に悪いけど」
「承知しました」
「頼んだよ――!」
殿下はファイルを押し付けると、すぐさま走り去ってしまった。
「まだ心の準備ができていないんだけどな」
思わず弱音が零れ落ちる。
マリウス様のお願いについてなんと切り出すかを、帰りの馬車で考えていたのだけど、結論はまだ出ていない。
二日前、私を心配してくれたライナルトを追い返したというのに、どんな顔で相談すればいいのだろう。
そもそも彼の前で恋心を押さえるのは、けっこう大変だし。
――というか、好きな人に会うのにこんなに気が重いって、悲しいかも。
「この先ずっとこうなのは、さすがにイヤね。なんとかしないと。しっかり割り切らないと」




