5・1 両親襲来
嫌なことは続くものらしい。
魔法局に戻って仕事をしていたら、来客だと受付に呼び出された。
「フリーデ! 結婚をする気になったのだって?」
挨拶もそこそこに弾んだ声をかけてきたのは、お父様。その隣では顔を輝かせたお母様が「ようやく自分のおかしさに気づいてくれたのね」と言う。
どうやら私の両親も都に戻ってきていたらしい。
二人に対して思うことは色々とあるけれど、口にするのはめんどくさい。
なにを言っても、取り合ってもらえないのだから。
彼らは自分たちの主張を曲げないし、それが絶対的に正しいと信じている。愚かな娘に優しく接している寛容な親だと自分たちを認識している。
「諸事情でそのように――」
「とはいえ、お前のような売れ残りをもらってくれる人は限られているだろう」
お父さまが私の言葉を遮って、ひとまとめになった書類と冊子を私に押し付けた。
「相手はこの方だ」
「――は?」
「前々から、お前をもらい受けたいとおっしゃってくれていてな」
一番上の書類をめくると、お相手の情報が書いてあった。見覚えがある。以前実家から取り寄せた縁談リストで見かけた。
貿易業で富を築き、その功績で子爵位を賜った新興貴族。年齢は私の十五歳上。
「少し年上だが事業をしているぶん、お前の魔術にも寛容でな。結婚後は魔術を商会の仕事にいかせる。良い相手だろう?」
「それって、ここを辞めて、という話ではないですよね? 私が結婚をするのは辞めないためです。執事からそう聞いていませんか?」
「え……と?」
お父さまもお母様もわかりやすく目を泳がせた。けれどお父様はすぐにわざとらしい笑みを浮かべた。
「な、なんの問題もないぞ。心配するな。初顔合わせは二週間後だ。開けておきなさい」
子爵は商談のため、都を留守にしているのだとか。
顔合わせまでに、書類に書かれた子爵の情報はすべて覚えておけだとか。
お父さまとお母様はそんなことを一方的に話すと、私の返事も聞かずに帰って行った。
押し付けられた書類を見て、ため息がこぼれる。こんなもの、個室に持って行きたくない。なにかが穢れる気がする。でも――
暗い気持ちで書類を見つめていると、となりに人が立つ気配がした。ヨーゼフ先輩だった。
「フリーデ。なんでフォイゲ伯爵令息のことを言わないんだよ」
どうやら両親とのやり取りを聞かれていたみたい。
「こうなったら両親は私の話なんて聞きませんよ。きっと両親はこの子爵から得るものが大きいのでしょう」
莫大な支度金とか。商会での取扱商品を無償でもらえるとか。
そしてたぶんだけれど、子爵は私に無償で魔術を提供させるつもりなのではないかな。
「諦めるなよ。お前に味方するやつはここにたくさんいるぞ」
「ありがとうございます、ヨーゼフ先輩。だけど私――両親のことがなくても、マリウス様はお断りするつもりだったんです」
「ええ! なんでだよ⁉」
「……いい人すぎて。なんか申し訳ないかなって」
「んん? どういうこと?」
目をぱちくりしているヨーゼフ先輩に、にこりと微笑みかける。
これ以上は説明するつもりはない。
だって、『ライナルトを好きになってしまったから、それを隠して結婚するのに気が引ける』だなんて、とうてい言えないものね。
◇
食堂からテイクアウトしたサンドイッチで夕食を澄まし、入浴も終えあとは寝るまで自由時間。
新監視システム用の術式を紙に書きながら考える。ライナルトが出してくれたアイディアも取り入れている。私ではまったく思いつかなかった発想で、素直にすごいと思った。
「ライナルトが魔術師をやめるのは王宮魔法局――ううん、この国にとって損失よね」
そう呟いたとき、扉をノックする音がした。自分の服をチェックする。夜着だ。立ち上がり足首まであるガウンをはおる。
これは、うっかり夜着でライナルトの前に出てしまったことを知ったエマがプレゼントしてくれた。ピンク色だしやたらに可愛いデザインだしで、二十代後半の私には似合わないと思うのだけど、ありがたく使わせてもらっている。
扉の前で「どなたですか」と尋ねつつ、壁の魔道具を確認。来訪者の顔が映るのと、「ライナルトだ」との返事が聞こえたのはほぼ同時だった。
魔法の鍵を開錠し、「どうしたの?」と扉を開ける。深夜にも関わらず制服を着ているライナルトは思いつめたような表情だ。
困ったことでも起きたのかもしれない。
「ヨーゼフ先輩から聞いた。キューネル伯爵に結婚を強要されて、マリウス・フォイゲを諦めるって。横暴な親に屈する必要はない。力になる」
「ま、待って。ちょっと違う。先輩にはちゃんと説明したはずなんだけどな」
ライナルトに、両親が来る前からマリウス様にはお断りを告げる予定だったことを話した。
「だとしても伯爵が用意した相手は十五も年上で、あからさまにフリーデの魔力目当てなんだろう? ひどすぎる話じゃないか」
「まあ、嬉しい話ではないわよね。でも向こうが私の魔力をほしがるのなら、それを餌に魔術師は辞めないと交渉はできる」
「そんなもの。最初から交渉が必要ない相手がいるのだから、なんの利点にもなりやしないぞ」
まなじりを上げて、憤慨しているライナルト。
私のためにそんなに怒ってくれているのかと思うと、嬉しくなってしまう。
恋っていうのは単純らしい。
「でもね、政略結婚だと割り切れる相手の方がラクだと思うの」
「政略なんて言えるレベルか。どうせお前の両親は、子爵が提示したなんらかの好条件に釣られている。向こうからしたらフリーデは対等な相手じゃない」
……うん。まあ、私だってそういう気はしている。
でも、あの人たちに抵抗するのは体力がいるし。精神が疲弊するだけだし。
それを乗り越えてまで結婚したい相手がいるわけでもないし。
ちらり、とライナルトを見上げる。
「そんなのはわかっている。でももう私は受け入れているし、ライナルトにこれ以上踏み込んでほしくない」
さっとライナルトの表情が変わった。傷ついたように見えて、胸の奥が軋んだ。
でも、踏み込んでほしくないのは本心だ。好きになってしまったからこそ、これ以上距離を縮めたくない。
「気持ちは嬉しい。ありがとう。ライナルトは私のぶんまで婚活をがんばって」
にこり、と満面の笑みを浮かべる。
「――わかった。余計なことをしたな」
返ってきたのは、固い声で。
「そんなことない。心配かけてごめんね。――連日こんな遅くまで仕事じゃ体を壊すわよ。早く帰って休んだほうがいいと思う」
「『お前は早く帰れ』って?」
今度は苛ついた声だった。
まあ、そのとおりではあるのだけど。
でもどうしてライナルトがそこまで苛立つのかはわからない。私、そんなにひどい対応はしていないと思うのだけど。
ため息をついて、ライナルトは前髪を無造作にくしゃりとした。
「――悪い。確かに疲れているみたいだ」
「あ、じゃあ回復かけようか」
そう言ってライナルトの手を取って。それから、自分の気持ちを自覚してから彼の手に触れるのは初めてだど気がついた。
とたんに心臓が跳ね上がる。
ライナルトの私のものよりずっと大きな手。心地よい温もり。それが今までよりもずっとはっきりと感じられて。
――未成年の小娘でもあるまいし。なにを緊張しているのよ。
余計なことは考えないように、ひたすら呪文に専念する。
今日のライナルトの魔力は、やや不安定みたいだ。精神的に疲れているのかもしれない。
術を終えて彼の手を放す。
と思ったら、ライナルトに手を握られた。
「どうしたの? 回復が足りない?」
そんなことはないと思うのだけど、ライナルトはやけに強張った顔で私を見ている。
「――いや。なんでもない」
ゆっくりと彼の手が離れる。
「回復、助かったよ。おやすみ」
ライナルトが踵を返す。その背に向かって「おやすみ」と声をかけ、扉を閉めた。
握られた手を見る。すごく熱い。手だけじゃなくて、顔も。鼓動も高鳴っている。
態度はなんとか平静を保てたとは思う。
「まいったな。今までどおりでいるのは、ちょっと大変かも」
長くお休みをしてすみません。
完結まで毎日21時に更新します。
最後までお読みいただけたら嬉しいです。




