4・5 腹の底からムカつくのですが!
「私でしょうか」
「お前以外に誰がいる」
偉そうにそう答えたのは若めの男性で、たぶん従者とか側近とかそういう役目の人だと思われる。
一団の中心にいるのは、明らかに身分が高い壮年の貴族。苦虫を嚙み潰したような表情をしているけれど、元の顔は美男っぽい。黒に近いダークブラウンの髪に灰色の瞳。
どこかで見たことがあるような気がする。
誰だったかしらと首をひねっていると、その男性が「フリーデ・キューネルだな?」と訊いてきた。
口調も態度も居丈高。大変に印象が悪い。
とても不愉快だけど、それが許される身分なのだろう。
直立不動で「そうですが」と愛想ゼロで答えながら、思いついた。
この貴族。もしかしてライナルトの父親、クラッセン侯爵では?
全然顔は覚えていないけれど、なんとなくこんな容姿だったような気がする。
それにこの偉そうな態度と取り巻きの様子からも、そう考えられる。
クラッセン侯爵夫妻は都にいないと聞いていたけれど、帰ってきたのかもしれない。
「なにを勘違いしているのかは知らないが」と、クラッセン侯爵(仮)は見下した目で私をにらむ。「カーテシーもできない、行き遅れの伯爵令嬢ごときが我が息子の妻になれるはずがなかろう。身の程をわきまえよ」
うん。やはりライナルトの父親らしい。
『息子』『妻』という言葉だけを見たら、マリウス様のお父様の可能性もある。だけどフォイゲ伯爵は息子と私の結婚に前向きだと聞いている。となれば残るはクラッセン侯爵のみ。
それにしても、ものすごく最低最悪極まりない!
お腹の底が怒りでグツグツと煮えたぎる。
どうして宰相ともあろう人間が、事実関係をきちんと把握しないでこんな勘違い発言をしているわけ?
私がクラッセン侯爵令息に相応しい令嬢でないことぐらい、わかっている。その点について、どう言われたって構わない。
でももし私が本当にライナルトの恋人だったら? 本人の意思を無視して、本人のあずかり知らないところで関係をぶち壊そうとするだなんて、あまりにひどすぎる。
—―でも。カトリナ様によると、クラッセン侯爵はそういう人間らしい。
先ほど彼女に頼んで教えてもらった。ライナルトの両親がどんな人たちなのかを。
その返答は、考えていた以上にひどいものだった。
クラッセン侯爵は一応、宰相としては有能らしい。貴族びいきで庶民を見下してはいるものの、政治においてはなんとかバランスを取っている。
けれど私生活においては、遠慮なしの差別主義者だとか。
一門の優秀さを鼻にかけ、クラッセン侯爵家は選ばれし家門だと言ってはばからない。
国王陛下はあまり快く思っていないけれど、侯爵には功績があるらしい。
二十年近く前に、我が国と隣国との間でとある問題が起きて戦争寸前までいったときに、侯爵が見事解決に持ち込んだそうだ。そのおかげで彼は難があっても、宰相を続けられているのだとか。
そんな人間だから、当然のこと、子供たちも徹底的に自分のコントロール下に置いている。
ただし、ライナルトを除いて――
「よいか。今後も我が息子を誘惑するならば、この王宮にお前の居場所はなくなる。心しておくように」
怒りが、爆発しそう。
それを懸命にこらえて頭を下げ、「承知しました」と答える。
鷹揚にうなずくクラッセン侯爵。
「ところで」顔を上げて、まっすぐに尊大な中年男を見据える。「失礼ですが、どちら様でしょう」
相手の顔が瞬時に真っ赤に染まった。周りの腰巾着たちが青ざめてワタワタと慌てる。
「申し訳ございません。ご子息がどなたを指しているのかがわからないと、お言葉に従うこともできませんから」
私はなにひとつ、間違ったことは言っていない。彼の言葉を守るためには必要な質問だ。
だけど侯爵にとっては、屈辱的な言葉だろう。
彼が尊大であればあるほど。自分が誰かわからない小娘が存在するなんてことは。
ワタワタ腰巾着のひとりが、「こちらはクラッセン侯爵閣下だ」と教えてくれる。
「そうでございましたか」
私は大袈裟にうなずいてみせた。
「ではテオフィル魔法局長代理に今後、クラッセン侯爵令息様との仕事は組まないでほしいと伝えます。侯爵閣下に誤解を与えてしまっているようだから、と。ご忠告をありがとうございました」
では失礼、と頭を下げて踵を返す。後ろで「いや待て!」と叫ぶ声がしたけれど、耳飾りを触り、魔道具で遠隔通信をしているふりをして無視をした。
どうやら尊大な侯爵閣下は、第二王子殿下には弱いらしい。
だけどこんなのが父親なんて。ライナルトも相当苦労しているのだろうな。
彼が親と交わした約束を思い出して、胸が痛む。
私は彼を好きになってしまったけれど、この恋を成就したいなんて思わない。
完全なる片思いだし、身分も釣り合わなのだから。恋に必死になるような年齢でもないし。
でも友人として。もしくは同僚として。ライナルトが幸せになるために、動きたい。
カトリナ様がおっしゃるには、ライナルトが侯爵に魔法局勤務を認められているのには、絶対になにかしらの理由があるという。
そうでなければあの侯爵が許すはずがないのだとか。
確かに私も今言葉を交わしたことで、カトリナ様の説が正しいという思いを強くした。
だとしたら。またなにかしらの理由ができれば、ライナルトは魔術師を続けられるのかな。
私には、いったいなにができるだろう。
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