4・4 テオフィル殿下のお妃様
「いつもありがとう、フリーデ」
部屋に入ると、長椅子にゆったりと腰かけていた第二王子妃カトリナ様が笑みを浮かべた。
普段は鈴を転がすような声をしているのだけれど、今は少しかすれている。テオフィル殿下から聞いたとおりだ。
「お待たせして申し訳ありません。薬湯をお持ちしました」
持ってきたカゴの中から薬湯の入った瓶を取り出し、侍女に渡す。侍女はそれをスープボウル入れ替えて、カトリナ様に出した。
彼女が飲むのを、そばに控えて様子を見る。
妃殿下用にいつも調合しているものとはいえ、薬湯はドロドロとした重湯のような状態で、けっして飲みやすいものではない。
今回はのどがイガイガしているようだから、引っ掛かりを感じるはず。
妃殿下がむせたりしたらすぐ対応できるようにしないといけない。
けれど特に何事もなく、カトリナ様は薬湯を飲み干し笑顔を見せた。
「やっぱりフリーデのものは飲んでいるそばから効く気がするわ」
「ありがとうございます」
私が深々と頭を下げる脇で侍女が、「ええ、お声に艶が戻りましたわ」と嬉しそうに声をあげた。
薬湯やポーションといったものには、基本のレシピがある。そのままでももちろん効果はあるけれど、症状や飲む人間の状況を見て細かく調合をすれば、より効果が高まる。
カトリナ様の場合、それが私が作る薬湯だった。
きっかけは、つわり緩和のための薬湯だ。飲食すべてがダメになっていたカトリナ様に薬湯をひと匙ずつ服用していただき、その結果なんとかパンがゆが食べられるようになるまで回復。
それ以来カトリナ様の飲み薬は私が調合している。
「ねえ、フリーデさん。時間はあるかしら。せっかくだからお茶を飲んでいってほしいの」
持参した飴やシロップタイプの魔法薬をテーブルに広げて説明していると、カトリナ様がにこにこしておっしゃった。
「ではお言葉に甘えて」
カトリナ様の向かいにすわり、侍女が入れてくれた紅茶をいただく。
「聞いたわ。テオフィル様があなたとライナルトさんに無茶な命令をくだしたそうね」
ライナルトの名前を聞いた途端に薬草園での話を思い出して、胸に痛みが走った。
けれどそれを押し隠して、微笑む。
「ご存じでしたか。無茶と言えばそうなのですが。殿下も苦渋の選択だったのかなと思います」
結婚命令も冷静になって見れば、理解できないこともない。
合同捜査本部設立間もない時期に、魔法局長が休職。いくら魔法局が組織の主軸ではないとはいえ、批判は免れえない。
だからこそ批判を受けても比較的ダメージが少なくて済む王子であるテオフィル殿下が代理についたのだと思う。
けれど局長の休職原因が、殿下の同級生だった。なにかしらの対応をしなければ、同級生に便宜を図っていると、新たな批判が生じてしまう。
「フリーデの推察は当たっていると思うわ。でもきっと、それだけではないの」
カトリナ様の言葉に、そばに控えている侍女がうなずいた。
「どういうことですか?」
「テオフィル様とライナルトさんは幼少のころからの親友なの」
幼少! そんなに小さいときからだったとは知らなかった。
「春先ぐらいだったかしら。テオフィル様がやけに、ライナルトさんを心配するようになったのよ。『時間が足りない』『このままではライナルトがまずい』って」
それって、テオフィル殿下はライナルトとご両親との約束を知っているということ? 彼が魔術師でいられるのがあと八ヶ月しかないってことも?
それならどうして、結婚命令なんて出したの?
余計なことに割く時間なんてないってわかっているはずよね。
「テオフィル様は『ライナルトは思いつめるとなにをするかわからない危うさがあるから、なんとか対策をとらないと』と話していたの。その対策が結婚命令だったのだと思うの」
「ちょっと意味がわからないです。ライナルトと私は学生のころからずっと仲が悪くて――」
今でこそお互いに魔法が好きという共通点を見つけて、仲も改善しているけれど。なんなら私も好きになってしまったけれど。
どちらも偶然の産物にすぎない。
「そうね。表面だけ見ると、当人の意思を無視した横暴な命令ね。でもテオフィル様は権力をかさに理不尽なことを強いる人ではないわ」
「わかりました。今一度命令について考えてみます」
カトリナ様は「それがいいと思うの」とうなずいた。
「妃殿下。お尋ねしてもよろしいでしょうか」
どうぞ、と促される。
「ライナルトの両親――クラッセン侯爵夫妻はどのような方々なのでしょうか。あまり記憶になくて」
嫡男に八年の自由を与え、だけれどその後は自分たちの望む型にはめ込もうとする。
そんな侯爵夫妻がいったいどんな人物なのかを知りたい。
今更ライナルトのために私ができることなんて、なにもないかもしれないけれど。
少しでも力になりたい。
ライナルトのためにも。
私が後悔しないためにも。
◇
カトリナ様の部屋を出たとたんに、大きなため息がこぼれてしまった。
なんというか。私は今まで魔法のことだけを考えてきた。魔法に携わっているだけで幸せだったし、満ち足りてもいた。
でもその結果、王宮勤めの二十六歳貴族としては破格の世間知らずになっていたみたいだ。
――別に、今までだったらそれで構わなかったけど。
でもライナルトの力になるためには、今の私ではダメだ。
ならば、どうすればいいか。
考えなくては。ライナルトにはあと八ヶ月しか残されていない。彼が魔術師を辞めることになっても、少しでも後悔がないようにしてあげたい。
彼に惹かれているかとかじゃなくて。同じ魔法好きの同士として。親に理解してもらえない仲間として。
そんなことを考えながら歩いていると、「そこの魔術師」という声が聞こえた。
「魔術師! 聞こえていないのか!」
苛立たしげな声に足を止める。考え事をしていたせいで気づかなかったけれど、数歩離れた先に数人の男性がいて私をにらみつけていた。




