4・3 恋の自覚
かごを片腕にかけ、必要な薬草を摘む。これで薬湯をつくる。
テオフィル殿下のお妃さまが風邪気味らしい。喉が痛いというので、その緩和をメインにしたい。
王宮魔法局専用の温室で、必要な材料を自分で選ぶ。薬草課に頼むこともできるけれど、私はできるだけ自分で摘みたい派なのだ。
そうやって薬草を摘んでいると、視界に大柄で黒髪の魔術師が入って来た。
視線を向ければ、思ったとおりにライナルトだった。私と同じようにカゴを持っている。だけど中身はない。
「フリーデもか。モノはなんだ?」
「風邪用の薬湯」
「ならば別件か。捜査本部の仕事を回されているのかと思った」
そう話すライナルトの目の下にはクマがある。
「ライナルト。一昨日はありがとう。魔石をうちに運んでくれて」
「ああ。ついでだったからな」
「でも私、怒っているのよ」
「は? なんでだよ」
ライナルトは不愉快そうに目を細める。
「あのあと『なにもない』って言ってたけど、合同捜査本部の夜勤だったんでしょ?」
昨日、テオフィル殿下から教えてもらった。本来は王立魔法院の魔術師の仕事だったのに、都合がつかなくなって急遽ライナルトにお鉢が回ってきたのだとか。
「魔法局の仕事はなにもなかったぞ。いったん自邸に帰ったのは本当だし。フリーデが怒ることか?」
「そんなに疲れた顔をしているのを見たら、誰だって怒ると思うわよ?」
「オレにじゃなくて、王立魔法院の連中に怒ってくれ」
「もちろん怒っている」
魔法院のほうがうちよりも人数は多い。それなのになぜ派遣の魔法局員を代打にするのか。
テオフィル殿下が抗議しているようだけど、状況が改善される前にライナルトが倒れるかもしれない。
私はカゴを地面に置くと、ライナルトに「回復をかけるから手を出して」と言った。
「いいのか?」
ライナルトもカゴを置き、両手を差し出す。それに手を重ねる。
温かな感触に、緊張したけれど自然を装えたはず。
いつもどおりに呪文を唱えて、回復魔法をライナルトにかける。感じられる彼の魔力は、やはり疲労感がある。
一回回復魔法をかけたくらいでは、全快とはならないだろう。
回復用ポーションを作って渡せば、多少は疲労軽減の役に立つと思う。
でもずっと仲の悪かった私がそこまでするのは、気味悪がられるかもしれない。
「はい、おしまい」
魔法をかけ終わり、手を放す――と思ったら、なぜかライナルトに手を握りしめられた。
バクン! と心臓が跳ね上がる。
「なに? どうしたの?」
自分の顔が赤くなっていないか、心配になる。
「いや。こんなに小さい手なのに、いい魔法を使うなと思って」
「手のサイズは魔法には関係ないわよね!?」
「そうなんだが……」
ライナルトはじっと手を見つめている。
いいから早く放してほしい。私の心臓は無様なほどに早く脈打っている。
「……そうだな、確かに関係はない」
ライナルトはまるで自分に言い聞かせるかのように呟くと、ようやく私の手を解放してくれた。
「あなたはなにが必要なの? 手伝うわ」
自白用ポーション、との答えが返ってきたので、手分けして必要な薬草を摘み始める。
「これが必要ということは、捜査は佳境に入っているの?」
屋台調査から始まった違法薬物の捜査はうまく進んでいると聞いている。
売人である屋台の店主を一斉逮捕し、魔法が無効化される特殊牢に保護したはずだ。
「いや、それが全然だ。薬物ルートも人身売買ルートも捕まるのは末端ばかりで、その上に繋がらない。――まずい状況かもしれない」
「『まずい』って?」
薬草を摘む手を止めてライナルトを見ると、真剣な目で見つめ返された。どこかもの言いたげな顔つきをしている。だけど彼はなにも言わない。
なんとなく察して、「なるほど」と言うと、ライナルトは真顔で「そういうことだ」と返した。
軽々しく口にできないということは、犯罪に身分がある人間が関わっている可能性が高いということ。
「厄介ね」
「ああ。早く解決させたいんだが」
ライナルトが大きなため息をつく。
「私にできることがあったら協力するわよ」
ライナルトがふたたび私を見た。
「――被害者の人たちが心配だし」
「そうだな」
そのあとはライナルトも私も黙々と薬草を摘んだ。すぐにカゴがいっぱいになる。
なんとはなしに、二人並んで薬草園を出た。魔法局の建物までは少し距離がある。王宮の敷地内だから、植え込みや花壇が整然と配置されている。
散々歩きなれた道だけれど、まさかライナルトと一緒に歩く日が来ようとは思わなかった。
「フリーデ」
呼びかけられて、ライナルトを見る。
「協力を仰ぎたいんだが、個人的なことでもいいか」
もちろん、と答える。ライナルトは足を止めた。
「助かるよ。オレも個人的に研究をしている魔法があるんだが、手詰まりなんだ。フリーデの知恵を貸してくれ」
真剣なライナルトの表情に、胸の裡になんだかわからない感情が湧き上がる。
たぶん、私は喜んでいる。
彼が信頼を寄せてくれたことに。
なんだか気を抜くと口元が緩みそう。
「わかったわ」
「今は余裕がないから、合同捜査本部が解体してからでいいんだ」
「そうね。回復魔法が必要な現状では、あなたが『今からやる』と言っても私は反対するわよ?」
ライナルトが「ああ」と答える。けれどやけに声は低く、表情が暗い。
私は別に変なことは言っていないと思うのだけど……。
反応に困っていると、そんな私に気づいたようでライナルトも眉を下げた。
「実は時間がないんだ」
「急ぎなの?」
「もう何年も取り組んでいるのだが、結果が出ていない」
そんなに時間がかかっているのということは、かなり難しい魔法ということね。
どういったものなのかを尋ねようとして、ライナルトの表情が暗く翳っていることに気づいた。彼が『時間がない』と言っていたことを思い出す。
「オレに残されているのは、あと八ヶ月だ」
「それって――?」
どういうこと?
ライナルトは見たことがないほど思い詰めたような顔をしている。
その顔に不安が湧き上がる。
「――なぜ八ヶ月しかないの?」
「両親との約束だ。魔術師でいられるのは八年。その後は彼らの望むとおりの『クラッセン侯爵家嫡男』としての道を進む」
魔法学院を卒業し、王宮魔法局に入局したのが七年前の四月。約束が八年なら、確かに残りは八か月しかない……
『せっかくいい魔術師なのに』とか『あなたはそれでいいの?』という言葉が浮かぶ。
だけどそんなものは、きっとライナルトに追い打ちをかけるだけの気がする。彼は今日までずっと、葛藤し続けてきたはずだもの。
だって王立公園で魔法の話をしたときのライナルトは、心の底から楽しそうだった。
「――なんでフリーデが泣いているんだ?」
そう言われて、自分の目に涙が浮かんでいることに気づいた。
「悔しいから」
ライナルトは目をみはり、それからくしゃりと笑った。
「ありがとな。ライバルだったフリーデに惜しんでもらえるなんて光栄だよ」
ズキリと胸の奥が痛む。
ライナルトは魔法が好きでその才もあるのに、こんなのは理不尽すぎる。
けれど貴族として生まれた以上、負う責はある。ましてや侯爵家。ましてや嫡男。
むしろ八年も猶予をくれたクラッセン侯爵は寛容なのかもしれない。
――どうせなら、ずっと自由にさせてくれればいいのに。
「それで」と、私は涙を指で拭うとむりやり笑顔を浮かべた。「研究はいつから手伝えばいい?」
「捜査本部が解体してからだな」
「そうね。落ち着いてから、しっかり取り組みましょう」
「ああ。楽しみだ」
そう言って、ライナルトは心から嬉しそうに笑った。
心臓がとくんと跳ね上がる。
「――ダメね」
思わず声が漏れてしまった。小さいものだったけれど、ライナルトの耳に届いたらしい。「なにが?」と聞き返される。
「秘密」
にこりと微笑んで、歩き出す。
どうやら私は、ライナルトを好きになってしまったらしい。
彼の笑顔に胸が高鳴るし、なにげない言動に感情が揺さぶられる。
どれもマリウス様に対しては起こらない。
私、あんなに彼を嫌っていたのに。




