4・2 家族からの搾取
馬車から降りると、辺りはすっかり夕方の橙色の光りに染められていた。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
一緒に降りてきたマリウス様に、お礼を告げる。
「よかった。またデートをしてもらえるかな?」
「……はい、ぜひ」
マリウス様はにこりと微笑み、「それじゃまた」と馬車に戻って帰って行った。
馬車が見えなくなるまで見送ってから、大きく息を吐く。
楽しかったのは、嘘じゃない。劇は面白かったし、カフェのケーキは美味しかった。マリウス様は常に笑顔で優しくて、きっと理想のデートだったと思う。
だけど、疲れた。
きっと私はデート向きの人間ではないのよ。どう考えたって、仕事をしているほうが性に会っているもの。
でも結婚するなら、こういうものに慣れないといけないのだ。
――考えるだけで、気が重くなってしまう。
それもこれもテオフィル殿下が悪い。「結婚しなければクビ」だなんてひどい。いくらシェーケル局長のためといっても、魔法局員の私生活に干渉するのはやりすぎだと思う。
「――なんて言っても、局長や魔法局に迷惑をかけたいわけではないし」
口からまた、特大のため息がこぼれる。
「そうね、一番悪いのは魔法局に抗議をする私の家族だわ……」
そんなことを考えながら職場に戻る。
魔法局はエントランスを入ってすぐが円形の広いロビーとなっている。その一角にある受付カウンターの上に、見覚えのある大きな木箱が置いてあった。
「あ、フリーデ。帰ったんだ」
そんな声とともに奥へと続く廊下からヨーゼフ先輩がやって来た。そのとなりにはライナルトもいる。きっと退勤するところだ。
「今日はデートだったんだろ? どうだった?」
「つつがなく終了して、次回も誘っていただきました」
「お、いいね。その服も似合っているじゃん。よくがんばった」
「でも疲れましたよ。私、デート向きの人間じゃないんだと、よくわかりました」
ヨーゼフ先輩が「なんだそりゃ」と笑う。
そんな先輩を気にすることなく、ライナルトが「フリーデ」と声をかけながら、カウンターの上の箱を示した。
「それ。キューネル伯爵家の人間がお前にって持って来たんだが」
「ええ、ありがとう」
「受け取ってよかったか? 毎月頼んでいると言っていたんだが」
「そうなの」
「こんなにたくさんの魔石を?」
ライナルトが顔をしかめ、事情を知っているヨーゼフ先輩は困ったように肩をすくめた。
魔石は魔力を込めることで、魔道具の動力源となる。消耗品だけど、割れるまでならば何度でも使える。とはいえ魔石も魔力も良質なものは相応の値段になるし、おいそれと手に入るものでもない。だから――
「私が魔法局に入ったときから、用意を家族に頼まれているのよ」
月に一度、魔力補填済みの魔石を渡す。魔力切れのものとの交換で。
それから魔石の入手も。魔法局員は私用に使う場合でも、良質なものを資材課から局員価格で購入できる。
「今日が受渡日だったのだけど、すっかり忘れていたわ。補填済みのものを今日中に送らないと」
うんざりして、ついため息がこぼれてしまう。
「頼まれているって――。この重さ、いったいいくつあるんだよ?」
「五十だよ」なぜかヨーゼフ先輩が私の代わりに答える。「しかも無償。魔石購入はフリーデの負担。そのくせ結婚しろ、結婚しても魔石の準備は続けろって言うんだよな、キューネル家の人間は」
「は? なんだそれは」とライナルトが顔をしかめる。
「フリーデが屋敷に帰りたくなくなっても、仕方ないんだよ」
ライナルトが険しい顔で私を見た。
「なんで断らないんだ」
「育ててもらったから……? あと魔法学院の学費を出してもらっているし」
「そんなの、親としては当たり前だろうが。キューネル家が困窮しているならともかく」
「そうかもしれないけれど――」
実はきちんとした事情がある。私は親の反対をふりきって魔法に熱中し、その結果魔法学院の適性テストで主席になった。
そんな私を婚約者が「可愛くない」と批判して。「わからせる」ために私に魔法の勝負をしかけた。
結果、婚約者は私にボロ負け。私より二歳年上で、学院の成績は優秀との話だったのに。
それで怒った彼は私に婚約破棄を言い渡した。
このことでの両親の落胆は大きいものだった。相手の家と、どうしても縁を結んでおきたかったらしい。
「だからその贖罪もあるの。婚約者はろくな男じゃなかったから結婚がなくなって私は嬉しかったけれど、親を失望させたのは事実だものね」
「……なるほど」
ライナルトは険しい目を箱に向けた。
この魔石の用意が、魔法局員に不評なのはわかっている。でもやめたらやめたで、きっと面倒なことになる。余計なことに煩わされるのはイヤだ。
「それを渡している限り、結婚についてしか干渉されないの。だからいいのよ」
「ふうん。……というか」ライナルトがまた私を険しい目で見る。「婚約していたことがあったのか」
「ええ。その破棄騒動があったのが、入学式の三日前だったの。だからライナルトの暴言が余計に許せなかったの。女子が魔法に優れちゃいけないのか、ってね」
ライナルトは「え……」と小さく声を出して目を見開いた。
「別にあれは女子だから貶したわけじゃないぞ。小さいこリスみたいな子供だったから――」
「いや、それもたいがいひどいぞ?」
すかさずヨーゼフ先輩のツッコミが入った。
私も大きくうなずく。
「でもこリスって可愛いよな。お前、初見でフリーデを可愛いと思ったんだ」
「ふぇっ!?」
ヨーゼフ先輩の言葉に驚きすぎて、変な声が出てしまった。
「せ、先輩曲解しすぎですよ!」
急いで抗議したけれど先輩はニヤニヤしているし、なぜかライナルトは顔を赤くしている。
「いや別に変な意味じゃなくて、小さかったから……!」
「普通に失礼! ライナルトが大きすぎるだけでしょ!」
わちゃわちゃと。なんだか心がわさわさするやり取りをして。なんとか落ち着いたというところで、ライナルトがまた魔石の話を始めた。
「で、フリーデはこれから魔力補填済みの魔石を、キューネル家に運ぶんだな」
「面倒だけれど」
「ならオレが退勤ついでに届けよう」
「なんで!?」
「だから、帰るついでだよ。用意はできているのか?」
「あ、うん、部屋に」
「なら、取りに行こう」
ライナルトはヨーゼフ先輩に「お疲れ様でした」と声をかけると、魔石の箱を持ってさっさと廊下の奥へ歩き出す。
「ちょっと、待ってよ!」
慌てて追いかけるとヨーゼフ先輩がすれ違いざまに、ほとんど聞き取れないような声で囁いてきた。
「結婚。やっぱりライナルトにしておけば」と。
◇
「どこにある?」と、魔石の箱を作業机に置きながら、ライナルトが私の部屋を見渡す。
「そこ。棚の下の」
「ああ、あれか」
ライナルトは補填済み魔石の入った箱に近づくと、悠々と持ちあげた。運んでもらったものもそうだけど、ライナルトは重さを軽量化する魔法を使わずとも余裕で持てるらしい。私はダメだ。
「忙しいのに、悪いわね」
「別に。今日はもう仕事はないから問題ない」
ライナルトはサクサクと動いて持ち帰るものを作業台へ、届いたほうを棚の下へと移動する。
「で――」と作業を終えて、補填済みの箱に手をかけてライナルトが私を見る。
「『で』?」
「フォイゲ伯爵令息との婚約は決まったのか?」
「まだ。私の意見だけで決まるものでもないしね」
そう、と言ってライナルトはため息をついた。
「ダメだな。フリーデに差をつけられて、オレはだいぶ焦っているみたいだ」
「ライナルトは忙しいから進展していないだけでしょ?」
いつも余裕ぶっているライナルトが、こんな弱気なことを言うなんて珍しい。昼間もちょっとおかしかったし、やっぱり疲れがたまって平常の状態ではないのかもしれない。
「そうなんだが。フリーデはがんばっていて偉いよ」
ライナルトは私を見て小さく笑う。
だから私も、微笑みを返した。
――でもね、ライナルト。
今日マリウス様とデートをして、私は気がついてしまった。
楽しかったのは嘘じゃないけど、それよりも疲れた気持ちのほうが大きかった。
手を重ねても、まったくドキドキすることはなかった。
ライナルトと公園で偽装デートをしたときのほうが、私はずっと――




