4・1 八年越しで和解しました
週末の魔法局は、閑散としている。
王宮にある機関は基本的に週休二日制で、週末を休日としている部署が多い。魔法局もそうだ。ただ、魔法局の場合は当番制の休日出勤がある。
だから閑散としていても、魔法局員はいるわけで。急ぎ足でエントランスに向かっていた私は、廊下の角を曲がったところで――
「わぷっ!」
「おっと……!」
誰かの胸に思い切りぶつかった。はずみでよろける。そんな私を衝突した相手が、すかさず支えてくれた。
慌てて、「ごめんなさい」と謝りながら相手を見上げる。
そんな私の視界に飛び込んできたのは、眉を寄せて不機嫌そうな顔のライナルトだった。
どうしてなのか、心臓がバクン! と跳ね上がる。
彼と顔を合わせるのは数日ぶり。公園へ行った日以来になる。
「――フリーデか」
そう呟いたライナルトは、フッと笑った。
「入学式の日みたいだな」
「あら、あのときのあなたは私を跳ね飛ばしたわ」
「でも手を差し伸べただろ」
「すぐに暴言を吐かれたけど」
ライナルトの眉が下がる。すごく情けない表情。
どうしてこのタイミングでそんな顔になるの?
「――あれは、悪かった」
「え……急にどうしたの?」
傲慢なライナルトが謝るだなんて。
「調子が悪い? それとも変なものでも食べた? 働きすぎなんじゃないの?」
もしかしたら高熱が出たなんてことはと心配になり、背伸びをしてライナルトの額に手を当てる。
「なっ、いたって平常だ!」
声を荒げて身を引くライナルト。
「そうね。熱はないみたい」
額はひんやりとしていた。
「となると、気の迷い?」
「あのなあ」はぁっとライナルトはため息をついた。「学生の頃はまだしも、いい歳になれば、さすがに失礼だとわかる」
そんな。ライナルトのくせに?
これはなにかの罠かしら? このあとすごい反撃がくるとか?
なんて言葉を返すか考えあぐねていると、居心地悪げにしていたライナルトが、ふと気づいたように私の全身を見た。
「……私服だな」
「そうね、私服よ。これからマリウス様とデートなの」
「……なるほど」
自分で発した『デート』という言葉に、ライナルトと行ったデートのふりをした調査を思い出してしまう。
急に鼓動が早くなったような感じがするけれど、きっと気のせいね。そう、気のせい。
「きょ、今日はついに本番だから、がんばってくるわ」
「……ああ、がんばれ」
「ライナルトのほうはどう? 婚活する余裕はあるの?」
「ない。一応候補を三人まで絞ったんだが」
「すごいじゃない」
「執事がな」
「協力的な人がいてよかったわね」
ライナルトは面倒そうに「そうだな」と答えた。
その気持ちはわかる。私も正直なところ、デートなんて面倒だもの。
でも魔法局をクビにならないためには、仕方ない。
「それじゃあ遅れるとまずいから、行くわね」
「……ああ」
「でもその前にひとつだけ」
これから言う言葉に、ほんの少し緊張する。一生口にしないと思っていた言葉だから。
「私もあのとき、言い返しすぎたわ。つい腹が立ってしまったの。ごめんなさい」
ライナルトがゆっくりと目を見開く。それから、くしゃりと笑顔になった。
「お互い大人げなかったな」
「そうね」
自分の顔に笑みが浮かぶのがわかった。
まさかライナルトと謝罪しあう日がくるなんて。
なんだかすごく変な気分。
そんな気持ちになっていると、「あれ、フリーデ」とどこかから声がした。ヨーゼフ先輩だった。
怪訝そうな顔でこちらにやってくる。
「エントランスにフォイゲ伯爵令息がいたけど――」
ヨーゼフ先輩の言葉に飛び上がる。
「いけない! 先に待っているつもりだったのに! それじゃ、ライナルト。また!」
「あ――」
ライナルトの脇を走りぬけようとしたところで、パシリと腕を掴まれた。
「え……と? どうかした?」
ライナルトを見ると、なぜか鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「ライナルト?」
「いや、その――気を付けろよ。徒歩移動はやめておけ」
「わかった。ありがとう」
腕からライナルトの大きな手がゆっくりと離れる。
「……じゃあ、行ってきます」
無言でうなずくライナルトを確認すると、私は今度こそ駆けだした。
◇
エントランスが見えるところまで来ると、すぐにマリウス様が私に気づいて笑顔になった。
「遅れて申し訳ありません!」
小走りで駆け寄り、頭を下げる。
「僕も今きたところだよ。さあ、行こう」
マリウス様が手を差し出し、私はその手を取った。ライナルトに比べるとやや小さくて、柔らかい。
「フリーデ嬢。予定どおり観劇とお茶でいいかな?」
「はい。劇を見るのは学生以来なので楽しみです」
「そうなんだ」と、マリウス様は微笑む。「本当に魔法局の仕事に没頭してきたんだね。尊敬するな」
局員以外の人にそんなことを言われるのは、初めて。
マリウス様はすごくいい人みたいだ。こんなに好条件の結婚相手なんてきっと、ほかにはいない。
そう、ほかには――
一瞬、脳裏によく知っている顔が浮かんだ。けれどそれは、さっき話していたせいだと思う。




