3・4 魔術師の覚悟
『まさか店主に自白すると死ぬ魔法が――』
殿下の言葉を反芻する。
今までの話の流れから、『店主』とはチョコレートボンボンの屋台の店主のはず。
彼は合同捜査本部に逮捕された。
けれどライナルトによると、捜査は進んでいない。
なぜなら『自白しようとして死んだ』からだ。
先日やり取りをした店主を思い出す。四十歳ぐらいの、愛想のよい男性だった。『お、初めてのお嬢さんだね。おまけしちゃうよ』なんて言って、多めにボンボンを入れてくれた。
麻薬入りだったのだから、悪人ではあったのだ。でも。
――彼は、私が麻薬に気づいたから、死んだのだ。
魔術師は戦闘員でもある。魔法を使って戦えるのだから有事のときは最前線に出るし、平和な御代である今も、王族の警護は大切な仕事のひとつだ。
けれど私はまだ、人を殺したことはなかった――
言いようのない感情が湧き上がってくる。手を握りしめ、それを押しとどめようとしたとき――
「――……っ⁉」
ふいに頭を引き寄せられたかと思うと、顔を誰かの肩口に押し当てられた。
「悪い、ほかにどうしていいかわからない」
頭上からライナルトの声が降ってくる。それで後頭部に添えられた手と私が顔を押し当ててる肩口が、彼のものだと気がついた。
なんなの、この状況は?
「フリーデは魔法局員として必要なことをした。それだけだ」
再び、ライナルトの声。手も肩口も温かい。
私は魔法局員として、必要なことをしただけ――
彼の言葉を心の中で繰り返し、目を閉じる。まぶたの裏には様々なものが浮かんだ。
けれど私は自分で望んで、覚悟を持って魔法局員になったのだ。
この仕事に誇りを持っている。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
目を開き、「ありがとう。もう大丈夫」と告げる。
後頭部に添えられた手は外され、ライナルトは私から離れた。
目が合う。
彼は恐ろしいほどの真顔で、でもきっと私もそんな顔をしているのだろう。
◇
魔石ランプの灯りで魔術書を読んでいると、扉を叩く音がした。「オレだ。ライナルト」と、扉越しにくぐもった声がする。
もうとっくに終業時間は過ぎ、私もあとは寝るだけだ。
いったいなんの用なのだろう。
立ち上がり、ふと昼間のことを思い出した。あのライナルトに慰められてしまった。
手と胸の温もりがよみがえる。耳の奥では力強い声が響く。
気恥ずかしさと悔しさで、おかしな気分だ。
でもそれはきっと、ライナルト自身も同じだったのだと思う。
テオフィル殿下の話を聞き終えたあとは、そそくさと去って行ったから。
扉脇の魔道具で確認すると確かに彼だったので、鍵を開ける。幸い今夜はちゃんと制服を着ている。
ひと呼吸を置いてから扉を開けると、仏頂面のライナルトと目が合った。
「どうしたの? なんの用?」
「いや、なんとなく……」
そう言いながらライナルトは手にしていた紙袋を差し出した。
「アロマオイルだ」
「なんで?」
「安眠作用がある」
それくらいわかる。魔術師と薬草には切っても切れない繋がりがあるもの。当然安眠作用のあるポーションぐらい作れるわけで。
どうしてライナルトがそんなものを持って来たのか、本気でわからない。
しかも彼は私服だ。先日みたいな特別任務がない限り、こんな服装で魔法局にいるのはおかしい。
一度帰宅して、ふと思い立ってまた来た――という可能性が高いと思う。
私が紙袋とライナルトの顔を交互に見ていると、ライナルトは小さく息を吐いた。
「……オレもあるんだ」
「なにが?」
「機密事項だから詳細は言えないが、今日のお前と同じことが」
「ああ……」
つまり彼もまた、仕事上で人を殺したことがあるということか。
「すべて承知の上で魔術師になると決めたはずなのに、自分の脆さに驚いた。しばらくは寝つきが悪くてな。そのときにこれが効果があった」
「そう。それならいただこうかな」
紙袋を受け取る。中からラベンダーの香りが漂ってくる。リラックス効果のある薬草だ。
そのすっきりとした香りをかいでいると、また昼間のことを思い出した。食堂でのことだ。
ボンボン麻薬に関する状況を教えてもらっているときに、ライナルトは捜査が行き詰った理由を話さなかった。「悪い」との言葉で終わりにして。
あれは私に店主が呪いで死んだことを隠すためだったんだ。
私が気に病むと考えて。
なにそれ。ライナルトのくせに優しすぎない?
自分も同じ状況で苦しんだからだとしても。私が知っているライナルトは、敵意丸出しのライナルトだけだった。
「じゃあオレは。これを渡しにきただけだから」
紙袋を抱きかかえてぼんやりしていた私は、その声で我に返った。
頭一つぶん大きいライナルトを見上げる。
「ありがとう。さっそく使うわね」
「……回復魔法の礼だから。明日は足を引っ張るなよ」
そう言って、ライナルトは暗い廊下の奥へ消えて行った。




