3・1 お礼のランチ
降りそそぐ陽光、白いテーブルクロス、スパークリング白ワインにアクアパッツァ。
なんて最高のランチタイム!
「そんなにアクアパッツァが好きなのか。にやけすぎだろ」
突如割り込んできた、不必要な要素。
向かいの席から聞こえて来た揶揄を含んだ声に、視線を上げる。
ライナルトはこちらを見ながら、嫌味な笑みを浮かべていた。
食堂での素敵なひとときに、唯一陰を落とす存在のライナルト。
でも仕方ない。今日は彼の奢りなんだもの。
一昨日渡したチョコボンボン。あれが捜査本部でかなり評価されたらしく、そのお礼なのだという。
ちなみに。お礼はベッドをプレゼントするのとランチ奢りのどちらがいいかと尋ねられたから、私は迷わずランチと答えた。
個室にベッドなんて大きなものを置きたくないし、そもそもライナルトがくれたベッドで毎日眠るなんて、気持ちが悪いもの。
まあ因縁の相手であるライナルトの顔を見ながらのランチも、楽しくはないかもしれいない。
それでもベッドよりは断然いい。しかも今日はアクアパッツァがあった!
「仏頂面で食べるよりも、料理が喜んでくれると思うけど?」
「なんだよ、そのおかしな理屈は」
肩頬だけで笑うと、ライナルトは優雅にスパークリング白ワインを飲んだ。
所作がきれいで、一瞬みとれる。
私への態度が粗雑だから普段も同じだと思っていたけれど、違ったらしい。思い返してみれば彼がかける魔法はいつでも丁寧で繊細だ。
さすがは侯爵令息、というところなのかな。
魔法学院は生徒は身分にかかわらずみな平等という校則があったし、魔法局は実力主義の面が強い。
だからあまり身分を意識したことはなかったのだけど、ライナルトは貴族の中でもかなりの上位だ。
「きゃっ! ライナルト様がいる!」
「やった! ラッキー」
そんな声が聞こえてきて目を向ければ、ふたりの若い侍女が上気した顔でライナルトを見つめていた。けれどすぐに私に気づく。
「なんだ、残念」
肩をすくめてふたりは去って行った。
改めて周囲を見回すと、私たちは結構な注目を浴びているみたいだ。
「もしかして私たち、目立っている?」
「だろうな。婚活を始めてからオレは、前にもまして女性に話しかけられるようになったし、オレたちの不仲を知っているやつらもいるだろうし」
「さらりとモテ自慢が入っている」
「自慢じゃなくて事実。フリーデだって、夜会のときは男たちに囲まれていただろう?」
「侍女たちのテクニックってすごいわよね。よく私をあそこまで化けさせたと感心したもの」
私の容姿はあまり悪くないとは思う。けれど、あれほど声をかけられたのは施してくれたお化粧や用意してくれたドレスのセンスがよかったからだ。
「なんだかデートが心配になってきた。夜会のときと顔が全然違うと引かれたらどうしよう」
マリウス様は優しそうなひとだ。頻繁にお手紙をくれるし、デートをキャンセルしたときはお詫びに花を贈ってくれた。
でも顔が違うのはダメな気がする。
「なら、また侍女にやってもらえばいい」とライナルト。「テオフィルに頼め。オレたちを結婚させたいのはアイツなんだから、そのくらい協力してくれるさ」
「そうね。聞くだけ聞いてみてもいいかも。――あ、お魚を食べるの、久しぶり。前はテイクアウトでフィッシュフライサンドがあったのに、なくなっちゃったから」
久しぶりの真鯛のあまりの美味しさに、幸せのゲージが跳ね上がる。
「あ、トマトも甘い! 美味しい!」
魚介と野菜でカラフルなお皿を見つめながら、次はなにを食べようかと考える。アサリ、パプリカ、ムール貝。
美味しい幸せを噛みしめながら食べ進め――突如、ハッとした。
いつもみたいに、ひとりでご飯を食べているのではなかった!
向かいのライナルトを見る。
「ごめんなさい。存在を忘れてたわ」
「だろうな。面白いものが見られて飽きなかったから、構わない」
面白いもの?
ライナルトはひとりで笑うと、「ま、奢り甲斐はあるな」と言った。
「ところでチョコボンボンの件、どうなったかを聞くか?」
「そうね。お願い」
もともとランチ時に教えてくれるという話だった。もちろん私は部外者だから、可能な限りという制約はつくけれど。
ライナルトが呪文を呟き、青白く光る魔法陣がテーブル上に現れた。光りが私たちのいる場所を覆うように輝き、すぐに消える。防音魔法だ。
これで私たちの会話が外に漏れることはない。
「屋台の店主は逮捕した」と、ライナルト。「証拠の品も押収したし、店主は容疑を認めた」
ふむふむ、順調に進んでいるのね。これならなんなく麻薬の売人に辿り着けたわね。
「だがそこで止まっている」
「どうして?」
「悪い」
なるほど。そこは極秘事情らしい。私は「わかったわ」とだけ答えて、深く尋ねることはしなかった。
「フリーデには感謝している。麻薬の販路がはっきりとしていなかったんだが、屋台は盲点だった。本部にいるのは――大方が貴族だから」
貴族はそういうところでは買い物をしない。だから存在が目に入っていなかったのだと思う。
私だって、本当に偶然が重なっただけだった。
本部に平民がいない訳ではないけれど、数は圧倒的に少ない。もしかしたら意見が出ても、黙殺されていたのかもしれない。
「感謝の気持ちは受け取ったわ」
「ランチでは全然足りないんだがな」
「十分よ」
その後話題は婚活に移り、お互いたいした進展がないことに肩を落とした。
◇
食事を終えて食堂の出口に向かう。
ライナルトは午後は魔法局の仕事をするという。
「今日もクマがひどいけど、回復する? 婚活に支障をきたすわよ?」
思わずそんな言葉が口から出て、驚いた。
回復魔法は負担が大きい。大技というほどではないのだけど、進んでやりたい術ではない。
ライナルトは嫌いだから、普段なら絶対に彼にこんな提案はしない。
でも、同じ魔術師としては、本部詰めに同情はしている。
それに夜会の際にお礼として回復魔法を施したとき。彼の魔力からは、過度の疲れが感じ取れた。
「……頼んでいいか」
「じゃあ、食堂を出たら、そこで」
私はこのあと薬草園に向かう予定だ。
出入りの多いところでは邪魔になるから、廊下の隅に行って向かい合う。
ライナルトの手を握りしめ魔法をかけて――
「お、おふたりのご関係は!」
突然悲鳴のような声が廊下に響き渡った。明らかに私たちに向けられた質問だ。けれど魔法の発動中だから答えられない。
ただライナルトが動揺したのが、魔力を通じて感じられた。
回復魔法をかけ終え、声のしたほうを見る。
そこには両手を祈るように組み、不安そうな表情をした絶世の美女がいた。




