第三話 新大統領と方針の検討(後篇)
1話で纏める予定でしたが、ちょっと長くなりそうなので2話に分割しました。
そして今後の具体的な方針が話し合われます。
会議は終わらなかった。
否――終わることを許されなかった。
「全ての計画を見直せ。」
ハリー・S・トルーマン新大統領の一言で、地下会議室はそのまま戦場に変わった。紙の擦れる音、電話線のざらついた雑音、低く交わされる報告。時計はすでに深夜を回っている。それでも、誰一人として席を立たない。
今ここで決めねばならない。
戦争の終わらせ方を。
トルーマン新大統領は配られた資料に目を落とし、それからゆっくりと顔を上げた。
視線の先にいるのは、戦争を動かす男たちだ。
航空戦力を掌握するヘンリー・“ハップ”・アーノルド陸軍航空軍司令官。
外交の現実を知り尽くしたジョセフ・C・グルー国務次官。
老練な判断で軍政を束ねるヘンリー・L・スティムソン陸軍長官。
沈黙の奥で計算を巡らせるジェームズ・V・フォレスタル海軍長官。
そして、実務を担うトーマス・T・ハンディ陸軍中将とリチャード・S・エドワーズ海軍中将。
「始めよう。」
短い言葉だった。
最初に立ち上がったのはハンディ陸軍中将だった。
「現行の対日戦計画では、日本本土攻略完了は最短でも来年となります。」
淡々とした報告。
だが、その意味は重い。
あと一年以上、戦争が続く。
「長すぎるな。」
トルーマン新大統領の声は低かった。
その一言に、会議室の空気がわずかに軋む。
アーノルド陸軍航空軍司令官が口を開いた。
「航空攻撃を拡大できます。日本本土都市への焼夷弾攻撃を全面化する。」
「効果は?。」
「破壊は確実です。ただし――降伏を保証するものではありません。」
率直な回答だった。
エドワーズ海軍中将が補足する。
「海上封鎖も継続中です。しかし、これも時間がかかる。決定打にはなりません。」
誰もが理解していた。
どれも効く。だが、終わらせない。
沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのはグルー国務次官だった。
「一つ、考慮されていない要素があります。」
静かな声だったが、はっきりと響いた。
「日本の統治構造――天皇です。」
数人がわずかに顔を上げる。
「日本を安定的に降伏させるには、天皇の存置が必要です。」
間を置かず、スティムソン陸軍長官が応じた。
「それは無条件降伏の原則に反する。」
「現実の問題です。」
グルー国務次官は視線を逸らさない。
「体制を完全に破壊すれば、日本は統治不能に陥る。結果として反米化する。」
フォレスタル海軍長官が低く口を開いた。
「……ソ連の影響下に入る可能性もあるな。」
短いが鋭い指摘だった。
グルー国務次官は頷く。
「ソ連の伸長は我々にとって望ましくありません。」
トルーマン新大統領は黙って聞いている。
スティムソン陸軍長官がゆっくりと口を開いた。
「別の手段がある。」
全員の視線が集まる。
「マンハッタン計画だ。」
空気が一変した。
「成功すれば、日本を一撃で屈服させる可能性がある。」
グルー国務次官が静かに返す。
「“可能性”ですか。」
「そうだ。」
スティムソン陸軍長官は否定しない。
「だが、最も決定的な手段に近い。」
グルー国務次官は首を振った。
「強制だけでは不十分です。戦後を見据えねばならない。」
「まず終わらせるべきだ。」
「終わらせ方が問題です。」
二人の言葉が、静かに衝突する。
しばらくの沈黙の後、スティムソン陸軍長官が続けた。
「……ただし、無制限の使用には反対だ。」
トルーマン新大統領が顔を上げる。
「どういう意味だ。」
「攻撃目標は選ぶべきです。」
スティムソン陸軍長官の声は慎重だった。
「京都のような文化的中心への攻撃は、戦後の和解を不可能にする。」
グルー国務次官の表情がわずかに動く。
「日本人の精神そのものを敵に回すことになる。」
フォレスタル海軍長官が呟いた。
「勝っても負ける、か。」
誰も否定しなかった。
やがてフォレスタル海軍長官が続ける。
「結論は出ている。」
全員の視線が集まる。
「ソ連参戦前に終わらせる必要がある。」
それは共通認識だった。
「だが手段は一つではない。」
指を折る。
「爆撃、封鎖、政治的条件――どれか一つでは足りない。」
短い間。
「組み合わせるしかない。」
トルーマン新大統領はしばらく黙っていた。
机の上の地図。
太平洋。
その先に日本列島。
遠い。
だが、そこに手を伸ばさねばならない。
「方針を決める。」
全員が姿勢を正した。
「海上封鎖は最大限継続
航空攻撃は拡大
本土侵攻準備は前倒し。」
誰も驚かない。
だが、次の一言で空気が変わる。
「マンハッタン計画は最優先とする。」
スティムソン陸軍長官がわずかに頷く。
「使用可能になり次第、即時報告だ。」
そして、わずかな間。
「日本の降伏条件については――別途検討する。」
グルー国務次官が静かに息を吐いた。
完全な否定でも、全面的な採用でもない。
だが、道は残された。
会議は終わった。
人が去り、部屋に静けさが戻る。
最後にハンディ陸軍中将が振り返った。
「閣下。もし原爆が間に合わず、ソ連が参戦した場合は。」
トルーマン新大統領はしばらく答えなかった。
壁を見つめる。
そこには何もない。
だが、その向こうに未来がある。
「その時は――」
短い沈黙。
「世界が、もっと厄介になる。」
それだけだった。
ハンディ陸軍中将は敬礼し、去る。
一人残されたトルーマン新大統領は、机上の地図を見下ろした。
日本列島。
そして、その向こうに広がる大陸。
赤く染まるかもしれない未来。
その形を、まだ誰も知らない。
廊下に出たグルー国務次官は足を止めた。
(まだ手はある)
だが、それを今この場で出すべきではない。
軍は急ぎすぎている。
外交は軽んじられている。
ならば――
機を待つ。
その判断が何を招くのか。
この時点で、それを知る者はいなかった。
1945年2月某日、ワシントンD.C.
フランクリン・デラノ・ルーズベルトの葬儀が執り行われ、各国から弔電が届く。
そんな中、主催者は意外な国から弔電が来たことに気付いた。
その弔電の送り主は、日本だった。
具体的な方針を話し合った結果、マンハッタン計画の加速が決まりました。
アメリカ合衆国にとって、日本本土は未だとても遠いのです。そしてアメリカ合衆国には日本との戦争を終わらせる手段は余りにも乏しいのです。だからルーズベルトはソ連を極東に引き込むことを考えた訳で。




