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小さな天災(死傷者1名)、大きなうねり  作者: G-20
冷戦 〜1940年代後半から1950年代〜
18/19

第十八話 明治二十二年憲法改正(中篇)

 マッカーサー率いる連合国軍最高司令官(SCAP)総司令部(GHQ)は三布告の公布を諦めて日本政府を介した間接占領に切り替えました。

 そして日本を好きなように変えるべく新たな行動を始めます。

1945年9月15日、東京

 帝都はまだ戦争の終わりを理解しきれていなかった。

 焼けた木材の匂いが、秋の乾いた風に混ざって漂っている。

 銀座の通りは瓦礫の山だった。かつて夜ごとに灯が並び、人力車や自動車が行き交っていた街路は、今では黒く焼け焦げた柱が墓標のように立っているだけだった。


 その隙間を縫うように、人々が歩いていた。

 軍服の袖を切り落とした復員兵。

 背中に幼子を背負った女。

 道端で闇市を開く男たち。

 皆、生き残ることだけを考えていた。


 しかし、この国の運命を決める人間たちは、別の戦場にいた。


永田町――第一生命館、連合国軍最高司令官(SCAP)総司令部(GHQ)

 建物内部は東京の街とは別世界だった。

 磨き上げられた床。

 規則正しく動く通信兵。

 英語の怒声とタイプライターの音。

 無数の書類が戦場の弾丸のように飛び交っていた。


 執務室では、一人の男が机上の文書を静かに見つめていた。


 連合国軍最高司令官、ダグラス・マッカーサー元帥。

 参謀が一礼して彼に書類を差し出した。

「人権指令の最終案です。」

 マッカーサーは葉巻を口元に持っていき、無言でページをめくった。


 数分後。

「これでよい。」

 短く言った。


 参謀は安堵したように息を吐いた。

 文書の表題にはこのように記されていた。


『政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去の件』


 一見すると自由主義的改革を求める穏当な文書である。


 しかし実際には違った。

 その中身は、日本の治安機構そのものへ切り込む外科手術だった。

 一、治安維持法の廃止。

 一、思想統制法令の撤廃。

 一、特別高等警察の解体。

 一、警察幹部の更迭。

 一、内務官僚機構の整理。


 参謀の一人が言った。

「かなり急進的です。」


「急進的?」

 マッカーサーは少し笑った。

「いや、日本を生まれ変わらせるための、当然の処置だ。」

 窓の向こうには焼け跡が広がっていた。


「古い日本は終わった。」

 静かな声だった。

「これからは余が新しい日本を作る。」

 その言葉は宣言でもあり、命令でもあった。



同日、東京永田町、首相官邸

 空気は重かった。

 会議室に集まった閣僚たちは、誰一人として口を開かなかった。

 沈黙の中、内務大臣が資料を持つ手を震わせていた。

「……特別高等警察の廃止要求です。」


 室内がざわついた。


「さらに警察幹部の一斉罷免要求。」


「なに……。」


「そこまでやるのか。」


 別の閣僚が堪えきれず机を叩いた。

「これは内政干渉ではないか!。」


「政府の統治能力そのものを奪う気か!。」

 怒声が飛び交った。


 だが一人だけ、静かに資料へ目を落としている人物がいた。

 内閣総理大臣

東久邇宮稔彦王だった。

 やがて顔を上げる。

 その顔は、疲労の色が濃い。

 終戦から一か月。

 その一か月で日本という国家は、信じられない速度で形を変え続けていた。

「……もはや問題は受け入れるか否かではない。」


 全員が口を閉じた。


「問題は、どこまで日本の姿を守れるかだ。」


 しかし答える者はいない。

 誰もその答えを持ち合わせてからだ。


 会議は深夜まで続いた。


 そして数日後、東久邇宮内閣は総辞職した。

 占領政策への抗議。

 そして、これ以上責任を負うことへの限界。


 日本初の皇族内閣は静かに幕を閉じた。



 後継の首班(内閣総理大臣)として選ばれたのは、幣原喜重郎だった。

 高齢の外交官にして協調を重視する男。

 だが、その穏やかな人物像とは裏腹に、彼が引き継ぐ状況は苛烈だった。


 就任直後、連合国軍最高司令官(SCAP)総司令部(GHQ)から新たな要求が届いた。

「憲法改正」

 幣原内閣総理大臣は文書を机に置いた。


 数秒間、何も言わなかった。

「……とうとう来たか。」

 部屋の空気が止まった。


 大日本帝國憲法(明治二十二年憲法)――国家の骨格にして國體そのもの。


 そこへ手を加えることを求められていた。

 幣原内閣総理大臣はゆっくりと言った。

「全面的な作り直しを行う訳ではない。

 まずは調査からだ。」


 こうして松本烝治国務大臣を中心とした憲法問題調査委員会が設置された。

 しかし委員会内部は、すぐに意見の衝突を始めることになる――


1945年11月――東京

 憲法問題調査委員会は連日の会合を続けていた。

 会議室には煙草の煙が薄く漂っていた。


 机の上には法律書、外国憲法の資料、帝國憲法逐条解説書(憲法議解)が山のように積まれている。

 だが、議論は容易には進まなかった。


統治権(主権)の所在は変えられません。」

 委員の一人が断言した。

統治権(主権)の所在は國體の根本です。」


 別の委員が即座に反論する。

「しかし現状維持ではGHQが納得しないでしょう。」


「ならば、どこまで譲歩する?」


「議会権限の拡大程度か。」


「いや、内閣責任制度も必要だ。」


 言葉が飛び交う。

 紙がめくられる音。

 鉛筆が机を叩く音。

 そして時折漏れる、大きなため息。

 誰もが同じことを理解していた。


 この議論は単なる法律論ではない。

 日本そのものの形を決める議論だった。


 部屋の中央で松本烝治国務大臣は腕を組んだまま目を閉じていた。


 周囲が静まり返る。


 やがて、ゆっくりと目を開いた。

「必要最小限。」


 全員が視線を向けた。


「憲法の根本精神は維持する。」

 静かな口調だった。

「無論、時代に合わぬ部分は修正する。」

 松本は資料を指先で軽く叩いた。

「……つまり、

 憲法の精神を残すために修正するのだ。」

 その言葉に、数人が黙って頷いた。



1945年12月8日、東京永田町、国会議事堂

 第八十九回帝国議会、衆議院予算委員会。

 憲法問題調査委員会の委員長である松本烝治国務大臣は壇上に立っていた。


 静かに原稿を取り出す。

「憲法改正に関する基本方針を説明いたします。」


 場内が静まった。

「第一、天皇統治権の維持。

 第二、議会権限の拡大。

 第三、国務大臣責任制度の整備。

 第四、国民権利保護の強化。」


 後に「松本四原則」と呼ばれる内容だった。


 議場の空気は決して悪くなかった。

 議員たちは互いに顔を見合わせた。


「この方針は妥当ではないか。」

「現実的だ。」

「急進的過ぎない。」

 そんな声が聞こえる。


 翌日、新聞各紙は大きく報じた。


 新憲法改正方針発表。

 國體維持を基本とす。

 慎重改革路線。


 しかし――


同日、東京、第一生命館。

 民政局の執務室では、まるで違う空気が流れていた。

 一人の担当官が新聞を机へ放った。

「これだけか?」


 別の男が肩をすくめる。

「帝國憲法の表面を少し磨いただけだ。」


「変化が小さすぎる。」


 部屋の奥では数人が資料へ目を落としていた。

 誰も笑っていない。

 誰も満足していない。

 窓の外では、冬の曇った空が広がっていた。



1946年1月――

 憲法問題調査委員会はようやく改正要綱を完成させた。


 その後閣議と修正を経て上奏、

 さらに細かな修正。

 会議は繰り返された。


 幣原内閣総理大臣は疲れた顔で原稿を読み返していた。

 目の下には濃い隈ができている。

「これでよいと思うか。」

 ぽつりと漏らした。


 松本は少し考えた。

「完全なものではありません。

 しかし日本として示せる最善でしょう。」


 幣原内閣総理大臣は黙った。


 窓の向こうには冬空が広がっている。

 遠くの焼け跡からは、まだ薄く煙が上がっていた。

 日本は敗れた。


 だが、まだ終わってはいない。

 そう信じたかった。



1946年2月13日

「憲法改正案ノ大要ノ説明」

 それと共に「憲法改正要綱」が連合国軍最高司令官(SCAP)総司令部(GHQ)へ提出される。


 松本国務大臣の乗る車は第一生命館へ向かっていた。


 窓の外には焼け跡。

 立ち並ぶバラック。

 行き交う復員兵。


 あの日から、まだ半年も経っていない。

 松本は窓の外を見つめた。

(この国は敗れた。

 だが……

 国の形まで失うべきではない)


 そうして、車が止まった。

 第一生命館という名の、巨大な建物が目の前に立っている。


 入口には連合軍兵士。

 英語が飛び交う廊下。

 忙しく動く通信兵。


 松本は静かに車を降りた。


 日本政府の案が提出される。

 これから「憲法改正要綱」を下敷きに議論が始まる。



















 誰もがそう思っていた――

 憲法改正の要望を受けて、松本烝治国務大臣を委員長とする憲法問題調査委員会は憲法改正要綱を作成しました。

 そして連合国軍最高司令官(SCAP)総司令部(GHQ)との意見交換を経て、日本政府(幣原内閣)は憲法改正要綱を叩き台として正式な憲法改正草案を作成することを予定しています。


 連合国軍最高司令官(SCAP)総司令部(GHQ)が憲法改正要綱に関してどのような意見交換がなされるか、次回をお楽しみに。

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