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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十一章 闇に抗う者たち

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第91話 闇を喰らう

 意識が、底から引き上げられるように浮上してきた。

 深い水底に沈められていたものが、無理やり光の差す場所へと引き戻される感覚。


 重い。身体も、思考も、すべてが鉛のように沈んでいる。指一本動かすのにも、意志と時間が必要だった。


 瞼を開くことすら億劫で、しばらくは呼吸の音だけが世界のすべてだった。

 自分が生きていることを確かめるように、ゆっくりと息を吸い、吐く。


 それでも、いつまでもこうしてはいられない。意識の奥から、焦りだけが先に目を覚まそうとしていた。


 ゆっくりと、瞼を押し上げる。


 視界に映ったのは、木組みの天井だった。

 鼻をつくのは、薬の匂い。血と鉄と、死の気配が混じる戦場の臭いとは違う。


「……よかった」


 安堵の声が、すぐ近くから聞こえた。


 視線を向けると、そこにいたのはフリシアだった。 少しだけ目の下に影を落とし、疲れを隠しきれていない。それでも、微笑みはいつもと変わらない。


 俺が目を覚ましたことを確認して、胸を撫で下ろしているのががはっきりと分かった。


「心配しました。二日間、ずっと眠ったままでしたから」


 二日。

 その言葉が、胸の奥に突き刺さり、思考が一気に引き戻された。


 リヴ。


 あの瞬間、背後から伸びてきた鎖。間に合わなかった判断。掴めなかった、その指先。


「……リヴは」


 声が、思った以上に掠れていた。


 身体を起こそうとするが、力が入らない。上体を起こしかけた瞬間、視界が揺れ、世界が傾いた。


「クロムさん、無理を――」


「助けに行かないと」


 フリシアの制止を遮って言った。

 考えて出た言葉じゃない。ただ、胸の奥に溜まり続けていたものが、堰《せき》を切ったように溢れ出ただけだ。


「今すぐ行かないと。リヴは……ネクロスに連れて行かれた。時間をかければ、それだけ――」


 パンッ!


 その先を言い切る前に、視界が横に弾かれた。乾いた音が、耳の奥に残る。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 遅れて、頬にじんわりと熱が広がる。


 顔を上げると、そこに立っていたのはサリアだった。

 振り抜いた手を下ろし、鋭い視線で俺を射抜いている。


「落ち着きなさい」


 短く、強い声。


「焦って突っ込んで、何ができるの。あなたが死んだら、それで終わりよ」


 息を呑んだ。

 反論しようと口を開きかけて、言葉が出てこない。

 否定できなかったからだ。


「……もう二日経ってる」


 サリアは続ける。


「今さら早い遅いで状況は変わらないわ。冷静になりなさい」


 二日。

 その事実が、じわじわと胸に染み込んでくる。


 俺は、歯を噛み締めた。

 焦燥感でいっぱいだった頭が、ようやく現実を捉え始める。


 今の俺は、剣を振るえる状態じゃない。立つことすらままならない。


 ――このまま突っ込めば、足手まといになる。


「……悪い」


 小さくそう言うと、サリアはほんの一瞬だけ目を伏せてから、表情を和らげた。


「分かればいいのよ」


 そのときだった。


「やれやれ、相変わらずいい夫婦だな」


 背後から、場違いなほど陽気な声が飛んできた。

 振り向くと、そこにいたのはハードンだった。腕を組み、いつもの豪快な笑みを浮かべている。


「ハードン、なんでここに……」


「僕たちもいるよ、クロムさん」


 それを合図にしたかのように、次々と人影が現れた。


 コーハ、ドレイナ、ツムギ、シュウ。


 アストレイを支え続けてくれた仲間たちが、揃ってそこに立っていた。


 胸の奥が、じんと熱くなる。


「……なんで、みんな」


「決まってるだろ」


 ハードンが肩をすくめる。


「仲間がさらわれて、黙って見てろって言われて誰が従う」


 コーハが一歩前に出る。


「相手はアンデッドです。正直、僕の力じゃ通用しないかもしれません。でも……出来ることは、全部やります」


 ドレイナも、腕を組んだまま言った。


「アストレイは男だけじゃないのよ」


 ツムギが、静かに頷く。


「ここまで紡ぎとめてきた想いを、途切れさせるわけにはいきません」


 シュウが、淡々と続けた。


「状況は把握している。俺も今はアストレイの一員だ。助太刀させてもらう。シグレの代わりに」


 俺は、視線を落とした。

 一人で背負い込もうとしていたことが、少しだけ恥ずかしくなる。

 同時に、胸の奥が確かに支えられているのを感じた。


「アストレイとアステリアは……ギルドはどうなってる」


 気になっていたことを口にすると、フリシアが即座に答えた。


「心配しなくていいよ」


 その声には、迷いがなかった。


「各国から援軍が来ています。後方はミーノさんやドロシー、ネバルドさんに、トローネさんに任せてあります」


「ギルドの方もだ」


 ハードンが続ける。


「ギルディアからな。ギルド設営のときに世話になったサポルさんが、代理で管理してくれてる」


 あの人の顔が、すぐに浮かんだ。


「それだけじゃない」


 ハードンはさらに言った。


「バルドリアから腕利きが来てる。アストレイとアステリアの防衛、それにアルトレアにもな」


 胸の内で、静かに息を吐いた。

 俺が倒れている間にも、世界はネクロスに向けて動いていた。


「それと」


 サリアが一歩前に出る。


「イグラード様から伝言を預かってる」


 父の名を聞き、背筋が自然と伸びた。


「『ヴァルメイアのことは心配するな。今は自国のことに集中しろ』だそうよ」


 ……父上らしい。突き放すようでいて、確かに背中を押してくれる。


 部屋の空気が、次第に引き締まっていく。


 そのとき、扉が静かに開いた。


 入ってきたのは、バラクだった。

 無言で近づき、俺の前に立つと、一本の刀を差し出す。


 黒い。柄も、鞘も、光を吸い込むような色をしている。


「最近はシグレやシュウと訓練してただろ。それなら刀の方がいいと思ってな」


 俺は、無言でそれを受け取った。ずしりと、重みが掌に伝わる。


「名前は、まだない」


 バラクはそう言って、一歩下がった。


 俺は、刀を見下ろす。鞘から抜くと、刃に歪んだ自分の顔が映った。

 自然と、言葉が口をついて出た。


「……喰闇《くらやみ》だ」


 周囲が、静まり返る。


「闇を喰らうと書いて、喰闇《くらやみ》」


 柄を握る手に、力を込める。


「これで――ネクロスという闇を喰らう」


 顔を上げ、仲間たちを見る。


「アストレイのみんなでリヴを、取り戻す」


 誰も、軽口を叩かなかった。誰も、否定しなかった。


 そこにあったのは、ただ一つ。


 ネクロスとの決戦を前にした、静かな覚悟。


 戦いは、避けられない。


 ならば俺は、闇を掲げ、闇を終わらせる。


 アストレイのみんなと共に。

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