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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十一章 闇に抗う者たち

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第90話 連れ去られた灯

 魂共鳴《ソウルリンク》が、ほどけていく。

 あれほど強く、深く、リヴと繋がっていたはずの感覚が、指の隙間から砂が零れ落ちるように、静かに、失われていった。


 視界が、引き戻される。

 リヴから遠ざかり、俺自身の視界へと収束していく。

 拡張されていた感覚が、無理やり引き剥がされ、頭の奥に鈍い痛みが残り、思わず奥歯を噛み締めた。


「……リヴ?」


 呼びかけても、返事はない。


 前方で、黒い翼が霧散する。

 あれほど圧倒的だった彼女の存在が、嘘のように掻き消えていた。


 嫌な予感が、背筋を這い上がる。胸の奥が、嫌な形でざわついた。


「――クロムさん!」


 ガレオンの叫びに、俺は我に返る。

 剣を握り直し、視線を前線へ走らせた、その瞬間だった。


 樹海の奥、瘴気の濃い闇の中から、足音と鎖の音が響いた。


 じゃらり、と湿った金属音とともに、姿を現したのは、チェイナードだった。

 その手に引かれ、鎖に繋がれたまま引きずられるように現れた存在を見て、喉が凍りついた。


「……リヴ」


 声にならない声が漏れる。

 黒い鎖が彼女の身体に絡みついている。顔は伏せられ、反応はない。


 鎖の先を握るチェイナードは、相変わらず穏やかな微笑を浮かべていた。


「お久しぶりです、クロム様」


 その声音に、悪意はない。

 だからこそ、余計に腹の底が冷えた。


「……お前」


 言葉が、荒くなる。


「返せ」


 低く、噛み殺すように言った。


「リヴを返せ。今すぐにだ!」


 チェイナードは肩をすくめ、困ったように首を振る。


「それは出来ません。こちらの要求を、あなた方は受け入れてくれなかった」


 鎖が、わずかに引かれ、リヴの身体が揺れた。


 奥歯が、軋んだ。


「ですから、そちらから飛び込んでくるのを待っていました」


 穏やかな口調のまま、告げられる宣告。


「こうなれば、あなた方は――来ざるをえないでしょう?」


 胸の奥に、重いものが落ちる。


 俺は、見誤っていた。


 援軍が到着し、前線が安定したことで、どこかで気を抜いていた。

 崩壊は免れた。だが、それだけだ。


 このままではいけない。何かを変えなければならない。

 その焦りが、胸の奥に澱のように溜まっていた。


 敵は正面からぶつかってくる。

 力には力を、数には数を。

 そうやって押し合う戦いが続くものだと、無意識に決めつけていた。


 戦線が保たれていることに、考えを縛られていた。

 動けていない現実から目を逸らし、別の形で手を打たれる可能性を、深く考えなかった。


 その隙を、正確に突かれた。


 慢心ではない。

 だが、焦りが視野を狭めた。


 油断ではない。

 けれど、守るべき一点を、見失っていた。


「……ガレオン」


 剣を握ったまま、短く呼ぶ。


「やるぞ」


 返事を待たず、魔力を解放した。

 半ば強引に、魂共鳴《ソウルリンク》を繋ぐ。


 世界が、反転する。


 ◆   ◆   ◆


 ――クロムさんの魔力が、流れ込んでくる。


 奔流《ほんりゅう》だ。

 熱く、重く、怒りと焦燥《しょうそう》を孕んだ力。


 身体が軋む。

 それでも、大剣を握る手は離さない。


『リヴを返せぇぇぇッ!』


 クロムさんの叫びが、意志が、そのまま叩きつけられる。


 俺は地面を踏み抜き、大剣を横薙ぎに振るった。

 解き放たれた衝撃波が、地を削り、空気を裂き、前方のアンデッドどもをまとめて吹き飛ばす。

 腐肉が舞い、骨が砕け、瘴気が散った。


 一直線に、チェイナードへ届く――はずだった。


 だが、衝撃波の前に、樹海が、立ちはだかった。


 歪んだ樹々が、まるで意思を持つかのようにせり上がり、絡み合い、壁を成す。

 幹が軋み、葉が千切れ、それでもなお、突破を許さない。


「……チッ」


 もう一撃、叩き込もうとした、その時。


「――あまりにも遅いから、様子を見に来たよ」


 新たな声が、樹海の奥から響いた。

 樹海が、左右に割れる。


 そこから現れたのは、一人の男だった。


 長い外套。鍛えられた体躯。穏やかな笑み。

 その立ち姿には、かつて誰かの上に立っていた者特有の空気がある。


「……アルドレイン様」


 チェイナードが、わずかに頭を下げた。


「わざわざ様子見など……」


「メルクアに頼まれたんだよ」


 アルドレインを呼ばれた男は、肩をすくめた。


「君も、メルクアの大事な人だからね」


 その言い方が、ひどく他人事で、背筋が冷える。


 アルドレインは、こちらへ視線を向ける。


「はじめまして」


 微笑みながら、名乗る。


「僕は、ナクロアの王子アルドレイン。――今は、ネクロスの王子かな」


 国を失い、責務を失い、それでも肩書きだけが残った存在。

 その歪さが、言葉の端々から滲み出ている。


「君の大切な人は、預からせてもらう」


 アルドレインは、鎖に繋がれたリヴを一瞥し、薄く笑った。


「さぁ帰ろう。ルナリオも、待っているよ」


 その名が告げられた瞬間。


 遠くから、腹の底を揺らすような遠吠えが響いた。

 空気が震え、瘴気を孕んだ樹海が一斉にざわめく。


 周囲に残っていた魔獣のアンデッドたちが、同時に動きを止めた。首を垂れ、命令を待つかのように、同じ方向を向く。


 ……間違いない。


 今のは、ただの獣じゃない。魔獣のアンデッドを、統べる存在だ。


 背中を、嫌な汗が伝う。


 俺たちは、壁と戦っていたに過ぎない。

 その向こう側に、命令を下す何かがいる。


 アルドレインは、その反応を楽しむように告げる。


「急いだ方がいい。あまり待たせると……機嫌を損ねるからさ」


「それでは、この辺りで」


 チェイナードが続ける。


「クロム様。私たちの城で、お待ちしていますよ。たどり着ければ、ですがね」


 その瞬間、クロムさんの怒りが魔力となって溢れ出した。


『――行かせるか』


 意思が、直接流れ込んでくる。


 俺は大剣を振り上げ、再び衝撃を放つ。

 先ほどよりも、さらに強く。


 だが――またしても、樹海が阻む。


『まだ……まだ……』


 クロムさんの声が、遠くなる。


 魂共鳴《ソウルリンク》が、限界を迎えていた。連続使用の負荷が、確実に繋がりを削っていく。


 魔力が引き潮のように消え、俺は膝をつく。大剣を地面に突き立て、息を荒く吐いた。


 視界の端で、アルドレインとチェイナードが樹海の奥へ消えていく。

 鎖の音とともに、リヴの姿も。


 手を伸ばすことすら、できなかった。


 戦場に残ったのは、折れた樹々と、倒れたアンデッド。


 そして、取り返しのつかない、敗北感だけだった。

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