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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十一章 闇に抗う者たち

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第89話 待たれていた一歩

 終わりが見えない――それが、今の戦況を最も正確に表す言葉だった。


 北から押し寄せるアンデッドの襲撃は、相変わらず止む気配がない。

 昼夜を問わず、間断なく続く波状攻撃。


 前線で迎え撃ち、削り、押し返す。数を減らすことはできていると思う。


 だが、それだけだ。


 減っているはずなのに、減らない。

 倒しているはずなのに、終わらない。


 このままでは、いずれ擦り切れる。

 この村の住人も、ネクレアたちも――そして俺自身も。


 そう判断して、現状を伝え、参加可能な冒険者の援軍を募る。


 助けを求めることに、迷いはなかった。

 これは意地を張る場面じゃない。


 数日後、 援軍と物資が、ようやくアルトレア村へと到着した。


 ここへ来る覚悟を持った猛者たちは、状況を理解した顔で、すぐに前線へと向かう。

 アストレイとアステリアからの物資で、不安だった補給線が、ようやく息を吹き返した。


 彼らの到着によって、前線は目に見えて安定した。

 押し寄せるアンデッドの波を押し返し、被害を最小限に抑え、防衛戦もなんとか踏みとどまる。


 だが――それだけだった。


 戦況は、膠着《こうちゃく》したまま、微動だにしない。


 敵の動きは、あまりにも統率されていた。

 人間のアンデッドは前に出ない代わりに、魔物のアンデッドを盾として並べ、その後方から遠距離攻撃と回復役が支える。


 倒せば、起き上がり、削れば、すぐに補われる。


 こちらが踏み込めば、左右と背後から回り込まれる。

 一度でも陣形が乱れれば、その隙を逃さず食いついてくる。


 決定打がない。


 ◇   ◆   ◇


 夜の見張りを終え、交代を済ませたあとの休憩時間だった。

 張りつめていた緊張が、ようやく一息分だけ緩む。


 焚き火の前に腰を下ろし、俺は剣を膝に乗せた。

 布でゆっくりと刃を拭いながら、静かな時間に身を委ねる。


 炎が爆ぜる音だけが、規則正しく耳に残る。

 誰も口を開かないが、それは安心からくる沈黙ではなかった。


 張り詰め続けた心が、どこにも逃げ場を見つけられずにいる――そんな空気の中で。


 俺は、無意識に口を開いてしまった。


「……こんな時、シグレがいれば」


 言った瞬間、しまったと思った。


 その場の空気が、わずかに揺れる。

 焚き火の爆ぜる音だけが、やけに大きく響く。


 リヴは、何も言わず、ただ炎を見つめている。揺れる火の光が、その横顔を照らす。

 ガレオンは表情を変えないが、大剣を持つ拳に力が入ったのが分かった。

 ヴァリアさんは、視線を伏せ、静かに息を吐いた。


 アストレイの最強戦力だったシグレ。

 ここにいない存在を口にした意味は、誰にでも分かった。


 俺は、強く歯を噛みしめる。


「……すまない」


 それしか言えなかった。


 本当は分かっている。

 シグレがいれば、という考え自体が、甘えだ。


 最初から、サリアやシュウに同行してもらう選択肢もあった。

 俺が判断を急がず、もっと慎重に構えていれば――


 結果論だが、責任は俺にある。


 守るべき国の前線で、戦況を動かせていないのは、俺だ。


「……一気に、状況を変えるしかない」


 俺は顔を上げた。


 消耗戦を続けていても、ネクロスの思惑通りになるだけだ。

 ならば、向こうの盤面そのものを壊す。


「樹海を切り広げる」


 言葉にすると、全員の視線が集まる。


「視界を確保する。動線を減らす。アンデッドが溜まりにくい地形にする。少しでも、攻めにくい状況を作る」


 無茶なのは承知しているが、何もしないよりはいい。


「俺がガレオンと魂共鳴《ソウルリンク》して、敵ごと樹海を一気に薙ぎ払う」


 そう言った瞬間だった。


「……それなら」


 リヴが、静かに声を上げた。


「私と、魂共鳴《ソウルリンク》を」


 一瞬、言葉を失った。

 リヴは、真っ直ぐ俺を見ている。

 逃げも、迷いもない。


「ガレオンさんの大剣は確かに有効でしょう。でも――」


 一歩、前に出る。


「クロム様と一番深く繋がれるのは、私です」


 拳を握りしめる。


「クロム様と私なら、道を切り拓けます」


 その言葉に、嘘はない。

 俺以上の覚悟と、信頼と、強さがあった。

 俺は短く息を吐き、頷いた。


「……分かった。頼む」


 こうして、翌朝、作戦は決行された。


 ◆   ◆   ◆


 クロム様と意識が重なった瞬間、世界が一変した。


 ――視界が、広がる。空気の流れが分かる。敵の気配が、線となって浮かび上がる。


 魔力が、溢れる。底が見えないほどの力が、私の中へと流れ込んでくる。


 背中から、黒い翼が展開する。クロム様と私の魔力で形作られた、アストレイの象徴。


 地を蹴ると一歩で、敵との距離が消える。


 魔獣のアンデッドが、群れを成して迫る。

 咆哮、腐臭、爪と牙。


 ――遅い。


 拳を振るう。


 衝撃が、空気を裂き、前列の魔獣たちがまとめて吹き飛ぶ。


 身体が軽い。クロム様の魔力が、奔流のように私を満たしている。


 次々と現れる魔獣を、薙ぎ払う。爪も牙も、届かない。


 翼で跳躍し、樹海へと迫る。


 黒く歪んだ樹々。ネクロスの瘴気を孕んだ、異様な森。


 この壁を、壊す。


 そう思った、その時だった。


「――それを、待っていました」


 樹海の奥から、声。


 ぞくり、と背筋が凍る。


 次の瞬間、周囲の空気が変わった。


 人間のアンデッドが、樹海の中から、次々と姿を現す。


 いつの間にか、完全に包囲されていた。


 数が違う。今まで見てきた比ではない。


「……罠、だったのね」


 舌打ちし、迎撃態勢に入る。


 拳を振るい、二体、三体と打ち倒す。迫る人影を砕き、薙ぎ払い、後退させる。


 だが、減らない。意識は、完全に周囲の敵へと向いていた。


 ――その瞬間。


 足元に、違和感が走る。


 アンデッドに気を取られている間に、地面が静かに歪んでいた。

 遅れて、魔力の流れを感じ取る。


 黒い鎖が、地中から伸び、脚を絡め取った。


「っ……!」


 引き剥がそうとするが、次の鎖が腕に、胴に絡みつく。


 ただの鎖ではない。魔力で作られ、私の動きを縛る。


 力が、抜けていく。


 意識が、急速に遠のく。


 霧の向こうから、あの男の影が歩み寄ってくる。


 穏やかな声。


「では、一緒に来てもらいましょう」


 クロム様――


 そう呼ぼうとした意識は、闇に沈んだ。

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