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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十一章 闇に抗う者たち

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第88話 縛られる戦場

 チェイナードが去ってから、三日が経った。


 あの日、死の行列が村の外へと溶けるように引いたあとも、アンデッドたちは完全には姿を消さなかった。

 北の樹海の入口付近。

 霧が立ちこめる森の縁に、黒い影が点々と並んでいる。


 村との距離を、正確に測った位置。

 近すぎず、遠すぎず。

 襲ってこないが、去りもせず待機している。


 こちらがどう動くのか、攻めてこない事を確認するための偵察。


 アルトレア村は、異様な緊張の中で三日を過ごしていた。

 昼間は、畑に出る者もいれば、井戸に水を汲みに来る者もいるが、その動きはどこかぎこちない。


 夜になると、空気は一変した。

 家々の灯りは普段よりも早く落とされ、通りには人影が消える。

 代わりに聞こえてくるのは、鎧の擦れる音と、見張りの足音だけだった。


 守られている側の恐怖というものは、どうしても澱《よど》みのように溜まる。

 襲われれば、覚悟が決まる。

 だが、襲われないまま待たされる時間は、人の心を静かに削る。


 俺たちも警戒を解くことなく、アルトレア村に留まっていた。

 アストレイへ戻るという選択肢は、最初からなかった。


 ここが落ちれば、北は一気に抜かれる。

 そうなれば、アストレイ本土への侵攻は避けられない。


 チェイナードの言葉が、頭の奥で何度も反芻される。


『次にお会いする時は……また、違う形で』


 穏やかな声音。

 だが、その裏に込められていた意味を、俺たちはまだ測り切れていなかった。


 ◇   ◆   ◇


 四日目の朝だった。


 北門の見張りを終えて戻った直後、リリリが駆けてきた。息を切らし、頬に焦りを浮かべたまま。


 その表情を見た瞬間、胸の奥が嫌な形でざわつく。

 リリリは俺の前で立ち止まり、短く告げた。


「リリラから、連絡です」


 それだけで、十分だった。

 嫌な予感は、いつも裏切らない。


 集会用の建物に、主要な顔ぶれが集まる。

 リヴ、ガレオン、ヴァリアさん。そして、連絡を中継するリリリ。


 リリラの声は直接聞こえないが、リリリの口から語られる内容は、ひとつひとつが重く、鋭かった。


「……ヴァルメイアに、ネクロスの侵攻が始まったって」


 空気が、目に見えて沈む。


「突然、ネクロスの樹海が増殖をして、ヴァルメイア北部領地へ侵食して……それに合わせて、アンデッドの軍勢が襲撃を開始してるって」


 樹海に紛れ、数を誇るアンデッドが押し寄せる光景が、脳裏に浮かぶ。

 聞くだけで、背中に冷たいものが走った。


「現在は、ヴァルネスト領主――イグラード様の力で、樹海ごとアンデッドを焼いて対抗しているみたい」


 父の名が出た瞬間、呼吸が詰まった。


「けど……火力で押し返してはいるけど、相手は数と再生力

で、長期戦、持久戦になる可能性が高いって」


 報告は、そこで一度切れた。

 沈黙が、重く落ちる。


 俺は、奥歯を噛み締める。

 ヴァルメイア。生まれ育った土地。父が、領主として守り続けてきた場所。


 今、その地が戦場になっている。


 助けに行きたい。力を貸したい。


 だが――それは、叶わない。


 アルトレア村の外には、未だにアンデッドの軍勢が控えている。

 ここで俺たちが動けば、アストレイの北は無防備になる。

 それに、俺が国を離れれば、ネクレアたちとの繋がりが途絶える。

 彼女たちの存在は、俺の魔力に依存している。


 どちらにせよ、俺たちはここを離れられない。


 俺は、ヴァリアさんを見る。


「……結界を、ヴァルメイア側まで広げることは」


 分かっていて、聞いた。

 だが、聞かずにはいられなかった。

 ヴァリアさんは、静かに首を横に振る。


「……無理です。わたくしの結界は、アストレイを守るためのもの。ネクレアとなった今、それ以外の目的では展開できません」


 はっきりとした答えだった。


「国として認められた時点で、役割は決まっています。私は、ここを守るためにいる」


 正論だ。間違ってはいない。


 それでも、胸の奥に溜まるこの歯がゆさは、どうしようもなかった。


 父のことは信じている。

 イグラード・ヴァルネストは、生半可な相手に負ける人ではない。


 だが――信じることと、何もできないことは、別だ。


 ◇   ◆   ◇


 その日の夜だった。最初の悲鳴が、北門から上がったのは。


 見張りの角笛が、鋭く鳴り響く。村中が一斉に目を覚まし、動き出す。松明の光が揺れ、武器を取る音が重なった。


 アンデッドが、来た。村の外で待機していた影が、一斉に前進する。


 それからは、昼夜を問わない襲撃だった。波のように、間を置かず、繰り返し押し寄せてくる。


 俺は前線へと向かう。この状況を逆手に取れる可能性を、一瞬考えた。


 ネクロスのアンデッドをネクレア化できれば、戦力を奪える。


 だが、現実は冷酷だった。


 襲ってくるのは、魔物のアンデッドばかりで人間のアンデッドは、後方に留まり、動かない。

 俺には、魔物のアンデッドをネクレアにすることはできない。


 そして――敵は、それを理解している。


 俺たちにできるのは、迎撃だけだった。

 だが、半端に倒すと意味がなかった。


 後方に控える、回復役のアンデッド。

 倒れた魔物のアンデッドが、黒い霧に包まれ、再び立ち上がる。


 何度も、何度でも。


「……くそっ!」


 回復役を狙おうにも、その前に魔物の壁が立ち塞がる。

 一体を崩せば、即座に次が埋める。


 リヴの拳が炸裂し、ガレオンの大剣が唸り、ネクレアたちが連携して押し返す。


 それでも、減らない。


 夜が明け、また夜が来る。


 昼も、夜も、襲撃は止まらない。


 俺たちは、次第に理解し始めていた。


 これは殲滅《せんめつ》戦ではなく、俺たちを消耗させるための戦いだ。


 ヴァルメイアを攻める一方で、俺たちをここに縛り付ける。

 動けなくするための、完璧な配置。


 チェイナードの穏やかな笑みが、脳裏に浮かぶ。


 俺は、剣を握り直す。


 終わりの見えない持久戦。削られていくのは、体力だけじゃない。


 それでも、ここを退くわけにはいかなかった。


 これは世界が、確実に戦争へと転がり始めた証なのだから。


 夜明け前の空の下、俺たちは歯を食いしばり、再び迫る影へと向き直った。

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