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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十一章 闇に抗う者たち

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第87話 生と死の境界線にて

 世界は二つに割れていた。


 こちら側には、生きている者たちの息遣いがある。


 剣を握る手のひらに滲む汗。

 踏み出せば斬り合いになる距離で、それでも踏み出さずに耐えている覚悟。

 恐怖を押し殺し、背中を仲間に預けて立つ者たちの、重い沈黙。


 向こう側には、死が並んでいる。


 人であったもの、魔物であったもの。

 形も大きさも違うはずの死者たちが、驚くほど整然と列を作り、動かずに立ち尽くしている。

 意思を持たぬはずの存在が、命令を待つ兵のように、完璧な静止を保っている。


 その境界線の中央に、男は立っていた。


 執事風の服に身を包み、皺一つない佇まいで背筋を伸ばし、武器も持たず、ただ穏やかに。

 死臭も腐敗の気配も感じられない。


 それなのに、視線を向けた瞬間、確信できた。


 あれは、危険だ。


 男――チェイナードは、結界の手前でぴたりと足を止め、こちらに向けて丁寧に一礼した。


「話をして頂いて、ありがとうございます」


 柔らかな声音。敵対しているものとは思えないほど、礼儀正しい口調。


 まるで、貴族の応接間で、茶を勧められているかのようだった。

 その落差が、かえって背筋を冷やす。


 俺は一歩前に出る。


 背後で、ガレオンが無言のまま大剣の柄を握り直す気配が伝わってきた。

 金属が軋む、ほんの小さな音。

 ヴァリアさんの結界が、呼応するように僅かに波打つ。

 リヴをはじめとするネクレアたちも、自然と俺の背後に陣形を整えた。


 誰一人、声を発さない。

 だが、全員が分かっている。


 ここでの言葉、行動の一つが、戦いの号砲になり得る。


 チェイナードは、その様子を値踏みするように眺め、やがて視線を俺に戻す。


「あなたが……アストレイのネクロマンサー、クロム様ですか」


 名前を呼ばれた瞬間、空気が僅かに軋んだ。


 敵に名前を知られていること自体は、珍しくない。

 だが、この男の呼び方には、奇妙な親しみと、観察者の目が混じっている。


 チェイナードは、俺をじっと眺める。

 顔立ちだけではない。

 立ち方、呼吸、魔力の流れ――すべてを見透かすように。


 そして、ゆっくりと口角を上げた。


「なるほど。よく似ていらっしゃる」


 誰に、とは言わない。

 だが、その言葉の裏に、誰の姿が重なっているのかは、容易に想像がついた。


「……回りくどいな」


 俺は、感情を押し殺し、声を低くする。


「ネクロスが、何の用だ」


 その問いに、チェイナードは満足そうに頷いた。


「単刀直入で、助かります」


 そう言ってから、彼は改めて胸に手を当て、礼を取る。


「私はチェイナード。ネクロスが主《あるじ》、メルクア様に仕える者。今回は、そのお言葉を伝えるために参りました」


 聞き慣れない名。

 それでいて、胸の奥に引っかかる響き。


「……メルクア?」


 俺がそう呟くと、チェイナードは目を細めた。


「なるほど。外の世界では……メルクア様のお名前すら、残されていませんか」


 残念そうでありながら、どこか愉快そうな声。


「メルクア様は、我らがネクロスの女王。偉大なるネクロマンサーです」


 その言葉が、胸の奥に重く落ちる。


 ネクロスの女王。ネクロマンサー。死の女王。


 点と点が、線で繋がっていく。


「……なるほどな」


 自然と、言葉が漏れた。


「五百年前の、ヴァルメイアの」


 チェイナードの表情が、僅かに変わる。

 一瞬の驚き。そして、それを隠すこともなく、すぐに柔らかな微笑へと変わった。


「おや。ご存じでしたか」


 楽しげに、彼は言う。


「ならば……ネクロマンサーという存在についても」


 俺は、頷く。


「五百年前、ヴァルメイアと教会が何をしたか。その結果、ネクロマンサーがどう扱われるようになったか。詳しい部分までは知らないが……大筋は、知っているつもりだ」


 教会による粛清。禁忌とされ、歴史から消された存在。


 俺自身が、その延長線上にいる。


 チェイナードは、満足そうに小さく手を打った。


「なら、話は早い」


 その声が、わずかに低くなる。


「メルクア様より、ご提案がございます」


 俺は、黙って続きを促す。


「我らと協力し、この大陸を支配しましょう」


 世界が、止まった。


 風が凪ぎ、結界の光が一瞬だけ強く瞬いた。


 後方で、誰かが息を呑む。ガレオンの殺気が、はっきりと形を持つ。ヴァリアさんの結界が、明確に密度を増した。


 だが、チェイナードは気にする様子もなく、続ける。


「あなたも、ネクロマンサーなら……苦労されたでしょう」


 その言葉は、俺の胸を正確に撃ち抜いてきた。


「恐れられ、疎《うと》まれ、理解されず。それでも力を使わねば守れないものがあったはずです」


 リヴの横顔。ネクレアたちの笑顔。アストレイで積み上げてきた日々。


 それらすべてを、否定も肯定もせず、理解した上で差し出してくる言葉。


 チェイナードは、静かに告げる。


「ならば、我らと同じです」


「違うな」


 俺は、即座に言い切った。


「断る」


 一瞬の迷いもなかった。


 チェイナードの眉が、僅かに上がる。


 「即答……ですか」


 「五百年前のことは、詳しくは分からない。メルクアに、同情する部分がないとは言わない」


 俺は、視線を逸らさずに続ける。


「だが、やりすぎた。ネクロスの理念とは相いれる事はない」


 死を使うことと、死に支配されることは違う。

 力を振るうことと、世界を踏み潰すことは違う。


「俺は、支配のためにこの力を使うつもりはない」


 沈黙が、落ちる。

 そして――チェイナードは、笑った。


 「……残念です」


 心から、そう思っているように。

 だが、その笑みは、どこまでも穏やかだった。


「ですが……理解もできます」


 彼は、ゆっくりと一礼する。


「本日のところは、ここまでにしましょう」


 そう言うと、踵を返す。


 アンデッドたちは、なお一歩も動かない。

 命令を待つ兵のように、完全な静止を保ったままだ。


 チェイナードの背中が、列の中へと溶けていく。


 最後に、彼は振り返り、意味深に告げた。


「次にお会いする時は……また、違う形で」


 その言葉を最後に、死の行列は、再び沈黙に支配された。


 戦いは、まだ始まっていない。


 だが――選択は、すでに終わっていた。


 これが、避けられぬ戦いの始まりだと、はっきりと理解しながら。

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