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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十一章 闇に抗う者たち

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第86話 沈黙の行列

 北へ向かう道は、静かだった。


 森を抜ける。丘を越える。冷たい風が頬を撫でていく。

 だが、そこにあるはずの音が、いくつも欠けている。


 いつもなら、この道には人の営みがあった。

 アルトレアへ向かう馬車の軋む音。村と村を行き交う旅人の話し声。警戒のために巡回する兵の足音。


 それらが、今日は一切ない。


 鳥の鳴き声も、木々を揺らす風のざわめきも、どこか遠い。

 音そのものが、世界から引き剥がされたようだった。


 まるで――世界が、息を潜めて待っている。


 何かが起こる、その瞬間を。


 俺は無意識に、腰の剣へと意識を向けていた。

 隣のリヴもネクレアたちも皆、言葉少なだったが、誰もが同じ予感を抱いている。


 戦いよりも嫌な予感だ。


 ◇   ◆   ◇


 北のアルトレア村に到着したのは、昼前だった。

 門は開かれているが、活気はない。


 人の気配が、極端に薄い。

 通りには誰の姿もなく、店先の看板も出されたまま動いていない。

 生活が、途中で止められたような光景だった。


 村の入口に、ひとつの影が立っていた。


「クロム様!」


 張りつめた声が、静寂を破る。

 リリリだった。


 小柄な身体で、必死に手を振りながらこちらへ駆けてくる。

 その顔には、明らかな緊張と焦りが浮かんでいた。


「来てくれて、ありがとう……でも、急いで! 北です。すぐ、北へ」


 息を整える暇すら惜しむように、そう言う。

 状況説明も、挨拶も後回し。

 それだけで、事態がただ事ではないと分かった。


「まだ、いるのか」


 俺が短く問いかけると、リリリは一瞬だけ唇を噛みしめ、それから頷いた。


「はい。朝から、ずっと……動かないの」


 その言葉に、胸の奥が冷える。

 動かないアンデッドほど、気味の悪いものはない。


 案内されるまま、俺たちは村の中を進んだ。

 通りの両脇、家々の窓は閉ざされている。

 だが、気配だけはある。

 扉の向こうから、こちらを窺う無数の視線。


 守られる側の恐怖が、村全体に満ちていた。


 やがて、北の門が見えてくる。


 門の周囲には、すでに防衛態勢が敷かれていた。

 ネクレアたちが前に立ち、この村に来ていた冒険者や村の兵がその後ろに控えている。

 誰もが武器を手にし、北の外へと視線を向けていた。


 その防衛線の中に、二つの姿があった。


「クロムさん! 来てくれたか。助かる」


 先に声を上げたのは、ガレオンだった。

 村長となり、いつもの豪胆さは影を潜めているが、戦場に立つ者の覚悟は失われていない。


 その隣に、ヴァリアさんが立っていた。


 白髪を冷たい風になびかせ、杖を地に突いている。

 その足元から、淡く輝く魔力が、地面へと溶け込んでいた。


 アストレイが国として認められて以降、ヴァリアさんの結界は北へと集中させられた。

 ネクロスの脅威が常に北から訪れる以上、それは必然の選択だった。


 そのため、彼女はアストレイを離れ、アルトレア村を拠点としている。


「……間に合いましたか」


 ヴァリアさんが、静かに問いかける。


「ああ。状況を教えてくれ」


 そう返すと、彼女は無言で、北の外を指し示した。


 門の向こう、そこにあったのは――死の行列だった。


 人間のアンデッド。魔物のアンデッド。骸骨、屍肉を残した者、異形の姿のまま動く死体。種族も形もばらばらな死者たちが、ずらりと並んでいる。


 数は、数える意味を失っていた。

 だが、最も異様だったのは、その態度だ。


 突撃の構えはない。唸り声はするが、結界に触れようとする者もいない。


 ただ、静かに、整然と並んでいる。


 まるで、命令を待つ兵のように。


「……おかしい」


 ガレオンが、低く呟いた。


「いつもなら、結界があろうが突っ込んでくる。数で押し切ろうとする。だが、今日は違う」


 ヴァリアさんが、重く頷く。


「私の結界は強固ですが、絶対ではありません。時間と数をかければ、突破される可能性もある」


 それでも、来ない。


 この静止、この沈黙。それが何より不気味だった。


 俺は、ネクレアたちの方を見る。

 リヴも、他の者たちも、皆、言葉を失っていた。


 これは、戦場ではない。

 だが――戦争の入口だ。


 その時だった。


 アンデッドの列が、ゆっくりと割れ、中央から、一人の男が歩み出てくる。


 一歩。また一歩。


 その歩き方が、明らかに違う。死者特有のぎこちなさがない。意思を持ち、目的を持つ者の歩み。


 見た目は、人間だった。

 整った顔立ち。乱れのない衣服。死臭も、腐臭も感じられない。


 だが、確信できた。


 あれは、人間ではない。


 ネクレアに似ている。魂が、肉体に定着している感覚。生と死の狭間に立つ存在。


 男は、結界の手前で立ち止まった。

 その視線が、真っ直ぐに俺を射抜く。


「――失礼」


 穏やかな声だった。

 敵意も、殺気もない。


 だが、それが逆に、背筋を冷やす。


 男は、胸に手を当て、深く一礼した。


「私はチェイナード」


 その名が、北の空気を切り裂く。


「ネクロアより参りました、使者でございます」


 意思を持たないはずのアンデッドが、意思を持ち、言葉を話している。

 俺は、一歩前に出た。


「……用件を聞こう」


 チェイナードは、わずかに微笑んだ。


 その笑みは、穏やかなはずなのに、なぜか、ひどく歪んで見えた。


 こうして、ネクロスとの最終局面は、言葉から始まった。

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