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領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十一章 闇に抗う者たち

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第85話 静かな朝の終わり

 一時は、毎日のようにネクレアたちの旅立ちを見送っていた。


 昨日までそこにいたはずの者が、翌日になるといなくなっている。

 名前を呼んでも返事がなく、気配も残っていない。


 ただ、役目を終えたという事実だけが、空気の中に薄く漂っている。


 悲しみとも、喪失とも少し違う。


 それは、旅立つ者の無事を願いながら、静かに頭を下げるような別れだった。


 だが、その流れは、いつしか止まった。


 ネクレアたちの旅立ちは、ある日を境に、ぴたりと収まった。

 理由は分からないが、消えなくなった。

 誰かが止めたわけでもないし、行かないでくれと祈ったわけでもない。


 ただ、消えなくなった。


 今日も、明日も、彼らはそこにいた。

 昨日と同じ顔で、昨日と同じ場所に立ち、昨日と同じ仕事をしている。


 それが、妙に現実感を帯びていて、少しだけ、怖かった。


 ドルビとシグレがいなくなった時、正直に言えば、皆が平静でいられたわけじゃない。

 アストレイにとって、あの二人は特別だった。


 ドルビは、技術そのもので、シグレは、剣であり、覚悟だった。


 そして二人とも、生きている者と、ネクレアとを繋ぐ象徴だった。


 彼らがいなくなったという事実は、ネクレアたちだけでなく、残された者たちの心も大きく揺らした。

 声をかけるたび、返ってこない場所を意識してしまう。

 作業場に立ち寄れば、もう聞こえないはずの声を探してしまう。


 それでも、アストレイは崩れなかった。

 いや、崩れないように、皆が必死だったのだと思う。


 泣く時間を後回しにし、考える時間を削り、手を動かし続けた。

 止まってしまえば、きっと心が折れる。


 だから、前を向くしかなかった。


 残されたネクレアたちは、以前よりも前向きになった。

 それは、諦めではなく、むしろ、決意に近い。


 アストレイの未来を、次の季節を、次の一年を、もっと先を見たいと、まるで競い合うように働き、語り、笑っていた。


 消えていった者たちの分まで、生きるように。


 旅立ちが止まった理由を、誰も口にはしない。

 触れれば、また動き出してしまう気がしたからだ。

 この静止が、嵐の前触れである可能性を、皆が薄々感じ取っていた。


 最近、ネクロスの侵攻は影を潜めていた。

 小競り合いすら起きず、不気味なくらい、静かだった。


 そのおかげで、新たにネクレアが増えることもない。


 だが、それでいい。


 もう、無理に増やす必要はない。

 ネクレアたちが築き上げた基盤は、思っていた以上に強固だった。


 残された者たちでも、アストレイは回る。守れる。続けられる。


 そうしている内に、新たにアストレイの力になる者が増える。

 生きている者が、未来を担っていく。


 だから大丈夫。


 そう、信じられるようになっていた。


 アストレイは、今日も平和に朝を迎えていた。


 ◇   ◆   ◇


 ――それは、朝食の途中で訪れた。


 木製の食器が触れ合う音。湯気の立つスープ。誰かの笑い声。

 その穏やかな空気の中で、リヴが、ふと顔を上げた。


 何かを聞き取ろうとするように、視線が宙を彷徨う。

 どうした、と声をかけるより先に、食堂に飛び込んでくる影があった。


「大変です、クロム様!」


 勢いよく扉を開けたのは、リリラだった。息が切れ、肩が上下している。


「ガレオンさんが……リリリから緊急だって!」


 その言葉で、場の空気が一変した。

 ガレオンは、軽々しく助けを求める男じゃない。


 嫌な予感が、背骨を伝って上ってくる


「ネクロスが動き出したって。村の外……かなりの数のアンデッドが待機しているって」


 待機、という言葉が、妙に耳に残った。


 襲ってきたわけじゃなく、ただ、そこにいる。


 それが、異常だった。


 いつもなら、考えるまでもなく襲いかかってくる。

 アンデッドに、そのような行動が出来るはずがない。


 「……妙だな」


 思わず、そう呟いていた。

 サリアが険しい顔で腕を組む。


「偵察目的? それとも、何か別の意図がある……?」


 シグレがいなくなった後、彼女にはアストレイの戦闘班のリーダーを任せている。

 前に出る槍から、全体を指揮する盾へ。

 感情よりも、状況を優先する判断。

 頼もしくはあるが、その分、背負わせているものの重さも、痛いほど分かる。


「数は?」


 俺の問いに、リリラが首を横に振る。


「正確には分からないって。でも……多いみたい。ガレオンさんが緊急って言うくらいには……」


 ガレオンが警戒するほどの数。

 しかも、動かず、ただ待っている。


 嫌な想像が、頭をよぎる。


 俺がネクレアと心を通じ合わせるように、アンデッドを統べる存在、死の女王。


「俺たちが行く」


 そう言ったのは、自然な流れで、迷いはなかった。


 アストレイに留まっていても、答えは出ない。

 ネクロスが何を考えているにせよ、動きがある以上、こちらも動くしかない。


「サリア、シグレ……いや」


 言い直す。

 もう、シグレはいない。


「サリアは残ってくれ。シュウも残す。アストレイの守りを頼む」


 一瞬だけ、彼女の眉が動いたが、すぐに頷く。


「分かった。ここは任せて」


 その一言に、どれほど救われるか分からない。

 背中を預けられる場所が、まだある。


 ネクレアたちも、それぞれに反応を見せる。

 不安はある。恐れも、きっとある。


 それでも、覚悟の色が勝っていた。


 まだ先を見たい。だからこそ、今を守る。


 そう言っているようだった。


 リヴが、俺の隣に立つ。


「行きましょう。クロム様」


 その声は、迷いがなかった。

 死者でありながら、誰よりも生を選び続けている声だった。


 ◇   ◆   ◇


 俺たちは準備を整え、アストレイを後にした。


 門を抜ける直前、ふと振り返る。

 朝の光に照らされた街は、穏やかで、変わらない日常そのものに見えた。


 この平和が、いつまで続くのか。

 あるいは、これが最後の静けさなのか。


 答えは、北にある。

 ネクロスの樹海の、その奥に。


 俺は歩き出す。

 リヴと、ネクレアたちと共に。


 こうして、俺の物語は静かに――しかし確実に、終わりへと向かって動き始めた。

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