↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
領主の長男ですが、禁忌のスキルネクロマンシーを授かって処刑されかけました。蘇らせた愛するメイドや仲間達と共に、滅びかけの辺境の村から国を興す。  作者: ドラドラ
第十章 想いを遂げた者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/122

第83話 雨を受ける者

 城門前の空気は、張りつめていた。


 朝の雨はすでに止み、石畳にはまだ湿り気が残っている。

 踏みしめるたび、水分を含んだ音が、やけに大きく響いた。


 薄曇りの空の下。静けさの中に、確かな気配だけが漂っている。


 向かい合って立つのは、二人。


 一人は、この地に長く身を置く侍。

 時代からこぼれ落ちたようでいて、なお刃を失わぬ男。


 もう一人は、遠き国から腕を試しに訪れた侍。

 若く、荒く、それでも刀に命を預ける覚悟を持った男。


 シグレは、腰の晴天に手を置いたまま、静かに言った。


「よかろう」


 その声は低く、揺れがない。


「腕試し、受けて立つ」


 その一言に、迷いはなかった。


 シュウは、一瞬だけ目を見開き、それから口角を上げた。

 獲物を前にした獣のような、剥き出しの笑みだった。


「……話が早くて助かる」


 俺は、息を呑んだ。


 これは模擬戦ではない。

 最初から、互いにそれを理解している。


「場所は?」


 シュウが問う。


「城の訓練場だ」


 シグレはそう答え、背を向けた。


「余計なものはない。刀を振るうには、ちょうどいい」


 その背中を見送りながら、俺は胸の奥に沈む感覚を覚えた。


 ◇   ◆   ◇


 濡れた地面が、空を映して鈍く光っている。

 雲は低く、風はない。


 まるで、雨が再び降るのを、世界そのものが待っているようだった。


 俺は少し離れた位置で、二人を見守っていた。


 止める理由はない。

 止められるとも、思っていない。


 シグレとシュウは、それぞれ向かい合い、間合いを測る。


 二人とも、真剣だった。


 刃に宿る重みが、空気を変える。

 肌を刺すような緊張が、訓練場を満たしていく。


 呼吸の音すら、やけに大きく聞こえた。


 ふと、シュウが口を開く。


「……まさか、こんなところで侍と出会うとはな」


 薄く笑いながらも、その視線は鋭いまま、シグレを捉えている。


「名を聞いてもいいか?」


 一瞬の沈黙。


 シグレは、構えを崩さずに答えた。


「この戦いが終わって――」


 低く、静かな声。


「生き残っていたら、教えよう」


 その言葉に、シュウの口元がわずかに歪む。


「……いいね」


 短く息を吐き、刀を握り直す。


「それくらいの方が、張り合いがある」


 それ以上、言葉はなかった。


「――始め」


 俺の合図と共に、世界が切り替わった。


 シュウが、踏み込む。


 一歩、二歩、三歩。


 距離を詰める速さが、尋常ではない。


 連撃。


 文字通り、息つく間もない。

 横薙ぎ、縦斬り、返し、踏み替え。

 剣が雨のように降り注ぐ。


 その動きは、荒々しいが、雑ではない。


 それに対しシグレは、一切後退しない。

 受け流し、わずかに身をずらす。

 剣先が、紙一重で衣を掠める。


 最小限の動きで、すべてをやり過ごしている。


 まるで、激しい雨を、静かな屋根の下で受け止めているかのようだった。


「……いい剣だ」


 応酬の中で、シグレが低く言った。


「名前は、シュウだったな」


「そうだ!」


 斬り込みながら、シュウが答える。

 その瞬間、シグレの目が、わずかに細まった。


「……なるほど。名の由来は驟雨《しゅうう》か。急に降り、すべてを洗い流す雨……」


 刃と刃が、激しく噛み合う。


「よく知っているな!」


 シュウの声には、驚きと、わずかな誇りが混じっていた。


 洗い流し、押し潰し、退路を断つ。


 シュウの剣は、まさにその名の通りだった。


「名は、刀に現れる」


 シグレは静かに言う。


「そして刀は、使い手の生き様を映す」


 次の瞬間、シグレの足が、半歩、前に出た。


 世界が、止まったように見えた。


 抜刀。一閃。


 シグレの必殺の居合――霽光《せいこう》。


 曇天を切り裂くような、澄み切った光。


 音が、遅れて届いた。


 乾いた、断絶の音。


 シュウの剣が、宙を舞う。


 根元から、綺麗に断ち切られていた。


 刃を失った刀身が地に落ち、鈍い音を立てる。


「――っ」


 シュウは、踏みとどまり、歯を食いしばった。


 敗北を悟った目だ。


 だが、悔しさよりも先に、声が零れた。


「……俺の、時雨《しぐれ》が」


 その名に、俺は息を詰める。


「時雨《しぐれ》?」


 シュウは、折れた刀を見下ろし、静かに言った。


「代々、俺の家系に伝わる刀だ」


 拳を、強く握る。


「俺たちの……魂だ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 シグレの動きが、止まった。


 彼は、しばらく黙っていた。

 雨上がりの風が、訓練場を吹き抜ける。


 やがて、シグレは刀を納めた。


「……しばらく」


 低い声。


「拙者の元で、修行するがいい」


 シュウが顔を上げる。


「……いいのか?」


「道は、まだ終わっていない」


 シグレの言葉には、揺るぎがなかった。


「驟雨《しゅうう》は、ただ荒れるだけの雨ではない」


 シュウは、しばらく黙り込み――そして、深く頭を下げた。


「……頼む」


 ◇   ◆   ◇


 それからの日々は、静かに流れた。


 早朝の城裏の訓練場。


 俺もまた、剣を手に、二人の修行に加わっていた。


「遅い」


「重い」


「考えるな、置け」


 言葉は短いが、剣は嘘をつかない。


 シュウの剣から、荒さが削ぎ落とされていく。

 代わりに、芯だけが残っていった。


 ある朝、シュウがふと尋ねた。


「そういや、あんたの名前、聞いてなかったな」


 シグレは、木刀を振り下ろしながら、淡々と答えた。


「……シグレだ」


 一瞬だけ、シュウの動きが止まる。


「……不思議なことも、あるもんだな」


 それだけ言って、深く考える様子はなかった。


 シグレは、それ以上、何も語らない。


 自分が、何者であるか。


 その事実を、口にすることはなかった。


 だが、その背中は、剣を交えるたび、教えるたび。


 どこか、安らいで見えた。


 それは、かつて果たせなかった約束を、今、静かに果たしているような。


 そんな背中だった。


 俺は、剣を振りながら、思う。


 雨は、巡る。


 形を変え、名を変え、それでも、命をつないでいく。


 この時間が、いつか終わることを。

 まだ、誰も口にしないまま。


 朝日は今日も、訓練場を照らしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。